桃花酒宴 〜周の休日/崑崙の休日〜 (3/4)









 篝火が用意される。白から淡紅の桃の花に灯火の光が映えてより一層色味を深くする。まだ冷たい春の風が集まった人々の熱気を受けてやわらかくとける。花宴はまだ終わらない。
「飲んでまちゅか―――っ、普賢? 君のトコの弟子も戻ってきたようでちゅよっ」
「あれ、道行。ご自慢のミルク酒大放出は終わっちゃったの?」
「はぁ? そんな事はしてまちぇんよ?」
 もごもご言いながら酔いでトロンとしていた目が不意にギンっと見開かれる。
「オンドレ、あんのクソ馬鹿弟子が後先考えんとまぁたやりよったな……? 今宵の祭りは血祭り決定のようじゃのぉぉぉおう!!?」
 う〜ん、ほどほどにね。
「あ、普賢! ナタク見なかった?」
「戻ってきてるらしい事はきいたけど……」
「あの子もしかしたらお酒マズいかもしれないんだよね! 見かけたら飲むなって言っといてね〜っ」
 せわしないなぁ。何をそんなに急いでるんだろう。
「うわ、ちょっと待つさ太乙さん! あ――……、ま、いっか」
「あれ、天化くん太乙に何か用があったの?」
「いや、宝貝人間なら天祥の様子見に臨時医務室に行ってんだって言おうと思っただけさ。えっと…」
 そういえば直接話すのは初めてだっけ。
「僕は元12仙の普賢真人だよ。封神計画中はうちの望ちゃんがお世話になったそうで、どうもありがとうね」
「あ、いやこっちこそ色々迷惑かけて……ってアンタ師叔の何さ?」
「同期なんだ。それと、僕は親友だと思ってるけど」
「あの悪辣宇宙人の親友やってられるとは、見た目とは違ってタダ者じゃないっつーことさね」
 あはははは、面白いこと言うね、この子。
「さっき武王が君のこと探してたよ。師弟対抗一気飲み大会やるんだって。道徳はもうスタンバイしてるって言ってたから、早く行ってあげなよ」
「お? 王サマも変わってないさね〜。そんじゃちょっち行ってくるわ。教えてくれてサンキューさ!」
 彼も最初っからいるのにまだ飲んでるんだ。まだ若いのに強いなぁ。
「ううっ、……僕は潰れるわけには……っく、い、いかないんだ―――」
 こっちは200歳以上なわりに弱いなぁ。原形がお酒にやられるタイプなのかな?
「なにが可笑しいんですか、普賢さま………」
「別に可笑しくないよ? なに、楊ゼン」
 ゾンビのようによたよたとやってきた彼は、僕に用があるようだったので聞いてみる。
「……大変申し訳ないんですが、僕の体内のアルコール分を分解していただけませんか」
「ズルはだめだよ。そんなに玉鼎が負けたのが悔しいの?」
「一気飲み大会の話じゃありません…! 僕は責任者ですから、倒れるわけにはいかないんです。うぷ」
 うわぁ、限界近そうだなぁ。
「ねえ、そんなに無理することないと思うよ? これでお酒抜くのはあまり微調整が利かないから、後で体調崩したりするし」
「いいから、お願いします!」
 ………僕は太極符印を取り出して、いくつかのコードを打ち込んだ。軽い作動音と共に宝貝の表面に『分解』の文字が浮かび上がる。
「う……ん。ちょっと、普賢さま。思ったより抜けてないんですけど」
「それくらいにしておきなよ。今日は普通に楽しめばいいじゃない。僕以外の12仙も皆そうしているでしょう?」
 見える範囲では全員まだつぶれていない。道徳はあっちで裸踊りしてるし、赤精子と広精子は花札の勝ち負けでやたらハイレベルな喧嘩。太乙はナタクと何かあったみたいで九竜神火罩に籠もってるし、玉鼎は珍しいことに斬仙剣で居合い抜きの余興をしている。……今回宝貝は基本的に不許可だったんだけど、僕たち12仙や他にも何人か人員管理なんかの名目で持ってくることを許されていた。でも、それって表向きの理由だよね。
「僕以外で宝貝を持ってきてる人ってさ。ほとんど君主催の秘密倶楽部の会員でしょ? 僕には声掛けてくれなかったみたいだけど、今日のコレもその活動の一環なんだよね」
「……知ってたんですか」
 だって、有名だもの。
「伏羲捕獲委員会だっけ? 結構楽しそうだけど、身体壊してまでするもんじゃないと思うよ、楊ゼン教主」
 そう言った瞬間、彼は少し傷ついたような顔をした。
 いくら王天君と同一人物で封神計画の真の首謀者だったからといって今さら望ちゃんのこと殺したいとは思っていないだろうけど、それはそれとして僕はあまり彼の活動を応援していない。楊ゼンが神界に来ないのは望ちゃんを捕まえるまでの願掛けらしいってことも知っているけど、譲れないこともある。僕は、望ちゃんには自由でいてほしいから。
「僕を教主と呼ぶのなら、その命令には従っていただけるのでしょう?」
「あいにく僕は神界の住人だからね。もっとも、正式に申し入れされても今は聞き入れるつもりはないけれど」
「今は、ですか?」
「そう、今は。もうちょっとしたら気がかわるかもしれないけれど、当分は」

 今日はいくらか風のある日だった。でもずっとそよ風程度だったんだけど、その時ひときわ強い風が吹いた。一斉に篝火が揺れる。一瞬喧噪も止んで……すぐに騒ぎは再開されたけれど、ほんの少し雰囲気が変わった。そうだね、もう結構な時間だもの。
「今日のところはタイムリミットってとこかな」
「そのようですね。これからこの後片づけ………あーあ。結局師叔は来ませんでした、と」
 やれやれと首を振りながら楊ゼンは城の給仕係の方へと歩いていった。あの様子だと僕が想像していたよりは望ちゃんに対する遺恨は浅いみたいだね。もう心配する必要はないのかもしれない。

「あ、師匠。ここにいたんですか。そろそろお開きの用意だそうですぜ」
「やあ、木タク。ずいぶん元気そうだけど君は飲まなかったの」
「そりゃちょっとは飲みやしたけどね。どっちかってーと俺は食う方専門でさあ」
 頭をかきながら恥ずかしそうに笑う木タク。でも、その方が平和でいいよ。ミルク酒持ち出した韋護くん、あの後どうなったんだろう。
「それにしても太公望師叔、来やせんでしたね」
 木タクは望ちゃんの宴会好きをよく知っているから、やっぱり期待していたのかな。
「木タクも望ちゃんに会いたかったの?」
「師匠ほどじゃねえですがね」
 ……まあね。そうかも。
「けど、みんな言ってっすよ。師叔の酒好きは有名なんすね。来るか来ないかの賭けやってる所がありやしたけど、ほとんどが何時頃来るかってんで盛り上がってやしたからね。来ない側に賭けてたのなんて四不象くらいなもんで」
 本当の気持ちって、どうして裏返したくなるんだろうね。
「ねぇ、それってどこでやってるの」
「賭場っすか? こっから桃の木10本ほど向こうの王様が胴元の奴っすけど……。あ、師匠っ、もうほとんど締め切ってますぜ!」
 軽く手を振って答えながら、人と木の間をすり抜けて歩く。少し酔いが回ったみたいで、舟に乗っているような感覚がする。なつかしいな、こんなに飲んだのって君と修行していた頃以来じゃないだろうか。
 少しずつ片づけの始まった宴の中、僕の近づいてゆく方向はいちばん活気を保った場所だった。元気な酔っぱらいも元気じゃない酔っぱらいも……崑崙と周のヒトは皆、ここに集まってきているようだ。
「んーじゃ、もう一回説明すっぞ〜。いいかぁ、この賭はこの宴会に太公望が来るかどうか、来るならいつかっつーのを当てるのが目的だっ! 一回張った奴はそれで終い、ただし同時に何口買ってもそれはOK。今んトコ午後10時までの時間にはった奴は全滅っぽいな。ちなみに宴会の終了は一応夜中の12時予定でこの賭の締め切りもそこまでだ。終了寸前まで受け付けてっけどだんだん払い戻し率下がるからそのつもりでなっ。さ〜、はったはった〜!」
「は〜や〜く〜、早く来なさいよ太公望っ。あたし10時から11時半までに今月の生活費半分方賭けてんのよぉ〜………」
「お、お前そんなに賭けてんのかよっ。オレは一口しか賭けてねぇぞ。もうハズレたけど」
「華麗なる登場……、それは宴の最高潮の寸前! 君ならば9時47分にやってくると思ったのに、ああっ僕は悲しいよ!」
 オニユリの花びらがどこからともなくハラハラと散る。よく見ると金鰲のヒトもちらほら混じっているようだ。
「オヤジー、俺っちはハズレさ。っつーか、もう来てんじゃねーかとは思うんだけど、見つけねーとダメなんだよな〜。親父はどこ賭けたさ?」
「ん? 俺は昼頃に賭けたんだがな。結構いい仕出し弁当が出てたじゃねぇか。太公望殿は食い物にも弱いから期待してたんだがよ。おい、聞仲はどこに……って、大丈夫かよ」
「わ……私にかまうな。これしきの酒、大したことは、ない。賭けたのは、午後12時だ。最後くらい、顔を出すのでは、ない、か、と」
「うわ、聞仲さましっかり!」
「そうだ、楊森の壁地珠で回復すれば…」
「あいつ医務室でこき使われてもうぶっ倒れてんだよーっ!」
 回復系の宝貝使いは強制招集されてたんだよね。確か昼頃から雲中子が医務室に詰めていたはずだけど、普通の人は彼の生物薬見たら逃げるから……たまに体質に合わない人もいるし。楊森くん、お疲れさま。
 そんな感じで集まっている人たちの邪魔にならないように遠回りして、僕は武王に後ろから声を掛けた。
「ちょっとごめん、まだ賭けられる?」
「うおっ、びっくりした!」
 慌てた様子で振り返った彼の顔にはあまり似合わない眼鏡。太乙謹製『神様見えーる』はバッテリー付きの網膜投写型受像器で、宝貝ではないらしい。
「おう悪かった、あんたも張るんだな。んーじゃ太公望ご来場予想時刻を言ってくれな! そうそう、一口500円だから」
 前に仕事で人間界に降りてきて見かけたときにはほとんど半病人だったのに、この人ずいぶん元気になったんだなぁ。やつれてるのは相変わらずだけど、目の輝きが半端じゃない。
「それじゃ、僕はね―――」
 少し声を潜めて武王に耳うちする。すると彼はニヤリと笑った。同じように声を潜めて
「……へぇ、そこに賭けるとはお客さん通だね。まだ二人目だぜ。ま、俺も胴元でなきゃそこに賭けたいとこなんだけどな。あんた、太公望と仲いいのか?」
「うん。僕は望ちゃんの同期」
 そう言うと武王は軽く目を見開いて笑った。
「じゃ、あんたが普賢さんか。聞いてたよりイイ人っぽいな」
「何て聞いてたのかな?」
「エセ聖人」
 ………………ぼぉちゃん?
 顔色は変えなかったはずだけど、黙り込んだ僕を盛大なニヤニヤ笑いで眺めている賭の胴元。他のお客さんに声を掛けられて立ち去るすれ違いざま、
「……親友だって言ってたぜ」
優しい声で付け加えた。
 もう一度声を掛けようかとも思ったけれど忙しそうだったから僕はその場を離れた。まだ日が浅いからと言って今日この場に来ることの無かった姫昌さん、伯邑考さん。もしかしたら会いに来ても良かったのかもしれないよ。きっと彼は大丈夫。
「あらー、普賢真人みっけ! どうよ、飲んでる〜っ!?」
「もっ、もう、やめとけ、なっ! すんません、すんません、すんません」
「モグラっちも大変さね……。結婚ってああいうもんさ?」
「俺と賈氏見てりゃ違うって分かるだろうが。いい娘じゃあるんだが、ありゃ相手が悪ぃな」
「おうアンタ旦にい見なかったか? 小にいが賭率の計算やるんで探してるんだけどよ」
「旦さんなら医務室に行ってるぜ。目眩の見舞いっつーて!」
「つまんないでちゅ! ど〜せかまちゅんなら笑えるのにしろって何度言ったらわかんじゃ、このボケが――〜っ!!」
「ひーっ、キレ上戸〜!? ヤバいって、この人! あんさんも笑ってないで止めて……っ」
 ズガガガガガッ
 僕と崇黒虎くんの間に一列に突き刺さる万能包丁。今度同じような企画があったら道行からは宝貝取り上げておかなくちゃ。
 辺りを見回して周公旦くんが見舞いに行ったという人物を思い描いてみる。う〜ん、やっぱり彼かな? ぼんやりと想像しながら会場の外れへと歩を進めると臨時医務室用に用意された天幕から出てくる人が居る。
「おや、普賢真人お久しぶり。まさか君が酔い覚ましを必要とするなんてことは有り得ないと思うのだけど?」
「必要としてるのは確かに僕じゃないね。楊ゼン、中にいる?」
 さっきはあまり抜いてあげなかったから、あの後蝉玉さんに捕まってたらもしかして。
「ああ、彼に用なのかい。入ってすぐのところに転がっているはずだよ。玉鼎と、なんか頭の長い人がついてるから分かりやすいよ。それじゃ、僕は行くから」
「あ、雲中子、ちょっと待って。それは置いていこうね」
「え、なんだい?」
 くるっと振り向いた雲中子の手の中にはお見舞い用の定番なフルーツ籠。僕はそれに手を伸ばして、
「その果物。今日は人体実験は禁止だよ? 帰ってからにしてね」
「……いやあ。さすがだね、玉鼎にはバレなかったのになぁ。ま、仕方ないから明日乱暴者の弟子にでも食べさせるかな」
 やれやれ、雷震子も苦労するよね。雲中子には悪いけど、今回のところはこの 果物、無害な物にしておこう。

 中を覗くとちょうど周公旦くんが出てくるところだった。武王が探していたことだけ告げて入れ違いに中に入る。この辺にいるはずなのに見つからないと思ったら……。
 なんだ、玉鼎もつぶれてたんだね。師弟揃ってダウン中。
「だから、何が、可笑しいんですかっ、普賢さま……っっ」
 思ったより元気みたい。
「周公旦くんに……そろそろ撤収の準備を……して、くれと……」
 でもさすがに気力だけじゃ身体は動かないか。やっぱり体内のアルコール分解してあげなきゃかな。ああ、でもなぁ。
「ねえ、楊ゼン。僕ヒマだし、良ければ代わりにやっておくけど」
「え? でも、これは僕の仕事ですから」
 なんだか少しムキになっているみたい。
「最後の締めはやってもらうから。なにも1人で全部やらなきゃならないワケじゃないでしょ。ね?」
「……じゃあ、『手伝い』をお願いできますか」
 楊ゼンは多分原始天尊さまみたいにはなれそうにないね。でも、彼には彼の目指す教主像があるのだろうし、それはそれでいいんだろうと思う。



「頭に輪のある神の人。あなたが普賢さんですね」
 今回のツアー参加者とこの宴会の酔っぱらいたちを太極符印で照会していると、そう声をかけられた。あまり似合わない眼鏡をかけた女の子。
「そういう君は邑姜ちゃんだね。今回は色々お世話になってどうもありがとう」
「いえ、こちらもお世話になりましたから。それより、少しお話したいことがあるのですが、いいですか?」
 言いながら彼女はどこからともなく巨大なハリセンを取り出すと背後から忍び寄ってきていた蝉玉さんを張り飛ばした。素面の人は許さないとばかりに例によってムリヤリ飲まそうとしていたみたいだけど、この様子だと邑姜ちゃん、ことごとく返り討ちにしているんだろう。特に怒るでもなく普通の表情でそのまま続きを口にする。
「この宴会の後片づけですけど、そちら側にして頂きたいことは大してありません。いくつか空けられた地面の大穴だけは埋めていってくださるとありがたいのですが。それから持ち込んだ物は忘れずに持ち帰ってくださいね。そうそう、この眼鏡の回収も」
 目元に手をやってにっこり笑う。そうすると事務的な雰囲気がずいぶんやわらかくなっていいな、と思いながらこちらの予定を伝え、スケジュールのすりあわせをする。といってもお互い酔っぱらいだらけだから多少のズレは見込んでごく簡単に。
「じゃあ、こんなところかな」
「そうですね……あ、」
 うなずきあって打ち合わせを終えたところで、彼女が口ごもった。少し考え込んでから、こちらに目を合わせる。
「あの、ひとつお尋ねしてもいいですか」
「僕で答えられることなら」
 どことなく逡巡が見えるけれど、なんだろう。
「仙人界で、……太公望さんといちばん仲が良かったのは貴方だと聞きました。ジョカとの戦いが終わってそろそろ一年経ちますが、あの人相変わらずそちらには顔を出していないんですか?」
「僕のところには来てないね。仙人界や神界を覗きに来ているらしいって噂はあるし、確実にやってるだろうけど。もうそろそろまともに会いに来てくれてもいいと思うんだけどね」
「そうですか」
 少し心配そうな、でもどこか安心したようなやわらかい顔で彼女はつぶやいた。

「いつか機会があったら、太公望さんの修業時代の様子を教えていただけませんか」
「その時は君の知ってる望ちゃんのことも教えてね」
 『呂望』の姪にあたる彼女。多分ほぼ全ての事情を知っているだろう彼女が変わらず望ちゃんを思っていてくれているのが嬉しかった。最後に約束を一つして、お互いの仕事に取りかかる。
 人間の邑姜ちゃんと神の僕が話せる機会がこれからあるのかはわからない。でも、予感があった。彼女とはいつかまた会うことになるだろう。







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