桃花酒宴 〜周の休日/崑崙の休日〜 (4/4)
篝火のはぜる音がひびく。その明かりに照らし出されるのは空の食器や空き樽ばかり。―――それも次第に片付けられて元の状態へと返っていく。
ただの広い桃畑に。
この宴に参加していた周の人たちの大半は家路につき、残りの人は医務室で夢路をたどっている。そして、僕らは。
「これで全員回収しましたね」
大分回復したらしい楊ゼンの後ろには数台の黄巾力士。まだ飛行手段を持っていない仙道を迎えに来たんだけど、その割には来るときに使ったより台数が少ないと思ったら。
「ねえ……、確かに酔ってる人は帰る途中落っこちる危険性高いけど。袋詰めにするのはどうかと思うよ?」
「いいんです。もう帰投時刻だと何度言っても聞き入れなかった人たちだけですから。では太乙さま。……あの、本当に大丈夫なんでしょうね」
「まーかせて! 酔っぱらい運転なんてもちろんしないさ。危ないもん。こんなこともあろうかと黄巾力士にはオートで蓬莱島まで帰れるようにセットしておいたし♪。ほぉら、ここにちゃーんと行き先が、ってアレ?」
「おう太乙! その黄巾さっきちょっと借りたぜ! ちーっと穴ぼこ空けたらここのまとめ役の女の子に怒られちまってよぅ。埋め戻しに……、おい顔色悪ぃぞっ大丈夫か?」
「酒気帯び運転は一発免停……。でも黄巾の運転できる奴で酒飲んでない奴なんてこの場にいないし―――っ! えーっと、今週のワープゾーンの移動ルートはどうなってたんだっけ!?」
そのデータなら僕も持ってるけど……大丈夫そうだからまあいいか。猛烈な勢いでデータを入力し始めた太乙の横ではやっと力尽きたらしい蝉玉さんが土行孫くんに介抱されていて、
「こ……これが『つわり』ね……? あたしとハニーの子なら絶対公主よりカワイイに違いないわ」
「お前なぁ、そういう夢見たいんならちったぁ控えろよ。身体に悪いだろ……」
蝉玉さんは本当、いい旦那様捕まえたよね。普段はあの通りだけど。
微笑ましいな、と思いながら眺めていると横からどかっと肩に腕をまわされた。
「飲み足んなくねーか普賢ようっ。帰ったら一杯つきあわねぇか? 黄竜も道行も誘ってあるし、3馬鹿も来るぜ」
「それはいいけど慈行……太乙に後で謝っておきなよ? 君、黄巾の設定かなりいじったでしょ」
さっきから太乙が時々うめき声をあげているのがその証拠。
「だってよぉぉ、今まで俺ら専用で動かしてたろ。今さらマニュアルなんてやりづらくてさ、つい。それにちょっとだけだし」
「普賢〜っ、悪いけど太極符印を貸しておくれよ。この黄巾、OSが逝っちゃってるみたいなんだよっ。おっかしいなぁ、昨日メンテした時は大丈夫だったのに……」
慈行って肉体派仙人だと思ってたけど違う方面の才能も持っているらしい。いつの間にかいなくなっちゃってたけど。
結局出発できたのは12時を大分過ぎてからだった。
閑散とした桃畑に残っているのは比較的元気で後片づけに回された人たちとこの宴の責任者―――仙人界の楊ゼン、周の武王と邑姜ちゃん、それに神界の僕―――数人だけ。それも後わずかでこの場から去ることになる。
「今日はどうもありがとう。やっぱり迷惑をかけることになっちゃったけど」
「いいってことよ。俺も久しぶりに羽を伸ばせたしな! そうしょっちゅうは来れないんだろ? たまにはこんなんもアリじゃねーの」
そこで武王はほんの少しだけ真面目な顔をして、
「それにお前らにはろくに礼もしてなかったからな。これからも、こっち来る時には遠慮無く顔出せよ、友人としてな」
「その時はきっと歓迎しますわ」
あはははは、楊ゼン照れてるよ。
「普賢さま、リストの確認終わりました。全員ちゃんといます!」
すでに宙にある黄巾力士から飛び降りながら武吉くんが報告してくる。
「ありがとう。仙人界に直接帰った人の確認もさっき終わったから、これで全部だね」
宴の終わった桃畑。遠くかすかに明かりの灯る周の都。
僕の知らない、君の愛する世界。
「帰ろうか、僕らの場所に」
満天の星空の、その中のひとつに。
武吉くんは四不象に飛び乗り、楊ゼンは考天犬に。僕もそっと大地から足を離す。
「……ああ、そうだ。そこに普賢さんはいるか?」
僕らの方を近眼の人がやるみたいに目をしばしばさせて見上げながら言う武王。太乙の『神様見えーる』はもう回収しちゃったから僕は見えないんだよね。
「ええ居ますが、何か?」
いぶかしげにしながらそう答える楊ゼン。でも、僕には武王が何を言いたいのか何となく予想が付いた。
「んじゃまぁ、楊ゼンも聞いとけや。あのな。『宴会は家に帰るまで終わりじゃない』っつーことで。他の奴らにもそう言っとけよなっ。あとは……近いうちに、またな!」
「……そんな、子供の遠足じゃあるまいし。いや、しかしみんな酔っぱらいだからなぁ。うーん」
苦笑から心配モードになってしまった楊ゼンは放って置いて、僕は地上の2人に手を振った。邑姜ちゃんは振り返してくれて、それを見た武王も振ってくれた。やがてその2人も、星明かりにぼんやりと煙る桃の花に遮られて見えなくなる。地上の人にあまり騒がれないよう上空へと高度を上げるにつれ、その花も遠ざかり白くかすれてゆく。
「そんなに名残惜しいんですか?」
笑みを含んだ声で楊ゼンが問いかけてくる。そうだね、僕は周の人たちとは関わりがなかったから、彼にしてみたら不思議かも知れない。でも僕はできるならもう少し、彼らと話してみたかった。だけどそれは理由の半分。
「名残惜しいのもあるけどね。……ちょっと期待してることがあるんだよ」
「…? それはどういう、―――――!?」
楊ゼンが聞き返そうとしてきたとき、それは来た。
真下からの突風。
「うわ………っ!?」
「きゃ――っ、きゃ――っ、きゃ――っっ」
「ゆ、揺れるぅぅ、酔うぅぅ、は……吐くぅ、うっ」
バランスを崩す黄巾力士。自動運転中だから少し危ないかも、と思った瞬間目の前に夜空よりも闇い色が閃いた。とっさに六魂幡で黄巾を支えたのか……。それをした楊ゼンの顔を見ると。
あ、やっぱり怒ってる。
「こんな所で、こんなタイミングで、こんなことをするのは……できるのは。申公豹でなきゃあなたしかいませんよね……! 師 叔 !!!」
ああ、ツノまで出して。でもこのまま攻撃態勢に移るのはやめてほしい。僕は止めようと彼の目の前まで移動して、でも結局その必要はなかった。
ひらり、と目の前を白い物が横切って、
やがて頭上から次々に降り注いで。
「あれ、何………これ」
「雪? いや、違う。花?」
それは遙か天空から。白と言うよりは淡紅の。
「うわーっ、すごいや」
「キレイ………」
「ほう、これは美しい」
それは、夢のような花吹雪。
頭に、肩に、服の裾に、やわらかな桃の花びらが舞う。仙道も神も、妖怪も人間も酔いつぶれていない者はみな、一時心を奪われる。
やがて花は僕たちを通り過ぎ、地上へと還っていった。多分、元あっただろう場所へ。
「こんな所で、こんなタイミングで、こんなことをするのは。多分申公豹じゃないんだろうから」
「―――わかってますよ。師叔でしょ。こんな手の込んだ、どうしようもない余興をするのなんて」
肩布についた桃の花びらを手に取りながらつぶやく楊ゼン。怒りは抜け落ちて、代わりに疲れたようにかすかに笑った。
「一本取られましたね」
「文字通りね」
僕の返した言葉にかすかに怪訝な顔をしながら、それに含まれた意味にはその時彼は気づかなかった。
「どうしてあの時ちゃんと言わなかったんですか!?」
一週間後、神界。僕の部屋のいつものお茶会。今日のメンバーはちょっと豪勢。僕と木タクはいつもの通りだけど、ゲストが4人。
「しかし、彼もその時には気づいていなかったのではないか?」
「(いや、こやつに限ってそれはないじゃろう…)ゲフンッ。いや、何でもないぞ」
「まあ茶でも飲んで落ち着かないか。普賢の煎れた茶は神界中でも評判なのだぞ」
ゲストの内訳…元教主が2人、現教主が1人、その師匠が1人。
「うむ、確かにこれはうまい」
「黒鶴の茶とは雲泥の差じゃ」
「褒めてくださって嬉しいんですけど、今日のお茶菓子はこれだけですよ?」
「そーいう話じゃないでしょうが―――っ!!!」
音圧で卓上の盆に盛った胡麻団子がひとつ転がり落ちる。ああ、でも床に落ちる前に木タクがキャッチした。食べ物は粗末にしちゃいけないよね。
せっかくの願掛けを破ってまで彼がここにやってきたのはあの賭の結果が地上から届けられたことが原因だ。それは昨日、武王へのお礼状を届けに行った伝令コンビが持ち帰ったもので、仕事に追われていた楊ゼンは今朝それに気づいて駆け込んで来たというわけだ。
『楊ゼンは色々大変だったかも知れないが、俺たちは楽しかったから気にすんな。またやろうな!
あと、太公望ご来場予想時刻トトの結果が確定したから参加した奴らに知らせておいてくれ。
当たりは“来ない”に賭けた2人、四不象と普賢さんだ。おめでとー!
特に普賢さんは理由までドンピシャ! “宴会自体には出ないで裏方参加”ってな〜。厳密に言うとちと微妙だから、“最初から参加”に賭けた武吉っちゃんと玉鼎さんも前後賞ってことにしとくぜ。
言っとくが、太公望の奴が準備からずっといたの俺はホントに知らなかったからな。あいつ邑姜の手伝いしてたらしくて、会ったのは宴会の後だったからよ。
それから、普賢さんに伝言だ。“半分頂いた、ごちそうさま”だってよ。
じゃあな。』
「ああ、一本どころじゃなかったかー。もともと望ちゃんの物でもあるからいいんだけど」
「何を納得してるんですかーっ。てゆーか一本? もともと師叔も物でもある? ……花が降ってきたとき一本取られたとか言ってましたね、アレ比喩的な意味じゃ無かったんですね!? いつの間にか賭にも勝ってるし! 手伝えとは言いませんが、何か気づいてたんなら教えてくださいよ!」
「あのね、楊ゼン。ちょっと落ち着こう? 顔に模様が浮かんでるよ…?」
まるで燃燈さまのようなオーラ(ただし色は妙に黒い)を背後に燃え立たせる彼に、慌てる2人のお父さん。あれ、原始天尊さまってばそんな遠くにいつの間に。―――それにしても望ちゃん、武王には会ってるんだ。ふーん。ふーん……。
「なに笑ってんですか普賢さま! いや、落ち着け、僕。ふーっ。………で、取られたってのはあの日飲ませて頂いたお酒ですか」
「うん、小瓶を一本持っていったのが花に気を取られていた間に持って行かれたみたいでね。でもわざわざ半分、って言うくらいだから、確かめてないけど地上に隠してあった分も持っていったんだろうな」
「ほぉ、桃花がまだあるのか?」
「原始天尊さまは黙っててください。……すでに持って行かれた後じゃ、あれをエサに誘い出すこともできないか。くそ〜、こういうことにばかり知恵が回るんだからあの人は」
「……………」
「原始天尊さまを黙らせるとは。強くなったな、楊ゼン」
「うむ」
「2人ともそれ感心する場所が間違ってんじゃないすか?」
今回、楊ゼンって踏んだり蹴ったりだったかも。忙しい仕事に上乗せして計画を立てて、あんまり楽しめない宴会でムリヤリ飲まされたり責任者なストレスだったり。挙げ句に会いたい人には会えなくて。―――そのためにしてた願掛けまで無効にしちゃって。
でもその代わり、事情を知らない神や仙人からの株は上がったし、お父さんたちには会えたし、日頃のストレスの発散にはなったわけで、多分悪いことばかりでも無かったと思う。特に通天さまはちょっとアレな状態の息子さんにビックリしていたようだけど、やっぱり嬉しそうだしね。
そして最近の日常。僕の毎日は前よりちょっぴり忙しくなった。楊ゼンが直接色々と仕事を持ち込むようになってね、それまで少し敬遠していた新仙人界にもしょっちゅう顔を出すようになっちゃった。でも、これはこれで楽しい。新しい場所、新しい人、新しい生活。神になったことで僕はそれを傍らから眺める立場になったと、そしてそれで充分だと思っていたんだけど……僕という存在がここにまだ在る以上、それはきっと違うんだろう。僕らも過去の者じゃない、未来に向けて歩いているんだ。君の言っていた『騒ぎは渦中にいてこそ』というのは、つまりそういうことなんだろう。
「今週はこんな感じでね。じゃ、僕はもう行くから」
「わっかりやした〜。いってらっしゃいっす、師匠!」
行きしな木タクに修行メニューを渡し、今日も僕は仕事に出かける。いつもの格好、いつもの装備。書類なんかは太極符印でデータ化しているから近所に行くような軽装なんだけど、一つだけ僕は私物を持ち歩くようになった。
淡い桃色の液体の入った小さな瓶を一本。
いつ君に会ってもいいように。
いつ君が残りを全部持って行っちゃってもいいように。
あの宴で君の持っていった飲み差しの仙桃蒸留酒・桃花。まさかあれで約束を果たしたなんて言わないよね? ………このお酒を造った時にした、約束。
いつかまた、2人で。みんなで。いっしょに。
その時もきっと、花吹雪の中で。
2005/3月に書き直し
●駄文な気分●
これは本にしそこねた話。当時は封神熱をネットで発散することができなかったので今となっては結構な量一気に書いておりました。でもきちんと完結してるの多分これだけなんですよねぇ……。
細かい矛盾とかどういう設定だとか言いたくなるような話だしキャラ偏ってる上(蝉玉さん大活躍)やたらまったりと展開しますが、私の脳内補完物語ですのでその辺はご勘弁。
ちなみに今回いちばん美味しい場所にいたのは邑姜ちゃんですね。あっはっは。