桃花酒宴  〜周の休日/崑崙の休日〜 (1/4)









「師匠ぉー、おはようごさいまっす! 今週の予定聞きに来やしたぜ〜っ」
 僕の一週間は木タクのこの声で始まる。答える僕のセリフもいつも同じ。
「木タク、まだ新しい師匠についていないの? それに修行メニューなんて毎週毎週そう変わるものじゃないのに」
「だーかーらーっ、俺の師匠は普賢師匠だけだって何度言ったら分かってくれるんっすか!」

 新・仙人界も神界もまだ少しばたばたしているけれど、ずいぶん落ち着いてきた。特に神界は、みんな封神台の中にいたときにある程度説明されていたから、蓬莱島の人よりも混乱は少なかったと思う。……仙人骨のない、普通の人間出身の人たちには少し気の毒だったけれど。
 僕らの神としての仕事は今のところジョカ戦の後始末。人間界をまわって破壊された自然が回復するのを手助けすること。一夜にして風景が変わったりするようなやり方はまずいし、そのうえ規模が大きいから十数年……もしかしたらそれ以上の年月がかかるだろうと試算されている。スローガンは“とにかく丁寧に!”。もちろん急造された組織だということもあって、仕事のやり方ひとつとってもいちいちもめることが多いんだけど、時間だけは十分あるからこれから歩み寄っていける筈だと思う。全てはこれから、だね。
 そんなこんなで、今のところ僕らは結構ヒマだったりする。

 木タクに修行の経過を聞いて新しいメニューを渡して少し雑談。この内容もいつも同じ、仙人界のあれこれ。
 人間界と違って仙人界と神界の行き来は大して規制されていない。でも神界のヒトはあまり仙人界には行きたがらないけれどね。僕も、そう。だから、木タクが来るのはちょっと楽しみでもある。もしかしたらそれに気づいてるから、毎週やって来るのかも知れない。
「―――っつーワケですんごい夫婦ゲンカでしたぜ。道行様から結婚祝いに分捕ったって噂の万能包丁持ち出して『ハニーを殺して私も死ぬーっ!!』ってブンブン投げるんですぜ? 俺らもこっちに来ることになるかと思いやしたね」
 身振り手振り交えて話してくれるその内容を聞いていると、仙人界以外の誰かに話したいって気持ちになるのも無理はない気もするんだけど(笑)。
「そういえば、とりあえず最近は神界入りする人はいなくなったよね。ジョカ戦直後は時々新入りさんがいたけれど」
「ナタク達が頑張ってっすからね!」
 木タクは少し嬉しそうだ。ナタクはすっかり強くなって、今じゃ僕も敵わないと思うんだけど、相変わらず木タクと金タクには突っかかってくるらしい。それなりにお兄ちゃんだと思われてるって事なのかな? 無愛想な子だけど、結構カワイイよね。
「おお、師弟揃ってお茶か? 仲の良いことぢゃな」
 こうやって話してるとちょくちょく誰かやって来る。今日は懼留孫だった。
「ウチの馬鹿弟子はやはり嫁の尻に敷かれておるのかの」
「……え〜、そ、そうっすねぇ」
「夫婦ゲンカで封神されかけたそうだよ? 元気だよね」
「どうせ浮気しようとでもして、失敗したあげく見つかったのぢゃろう? ホッホッホ」
 ここには武吉君たちを始め仙人界の人も結構やってくるけれど大抵は仕事関係だし、その点ヒマで来る時間・場所が決まっているのは木タクくらいだから、皆、自分から足を運んだり手紙を書いたりするほどでもない、ちょっと知りたいことってのを聞きに来るんだ。
 ひとしきり3人で土行孫・蝉玉夫婦の話をして、お茶が無くなったところでお開きに。そうして今週もいつもと同じ生活が始まると思っていたら、
「あ、そうだ、忘れるトコっした! 師匠、伝言があるんですよっ」
 走って戻ってきて叫ぶ木タク。……もう少し落ち着こうね。修行メニューに追加しとかなくっちゃ。
「し、師匠ぉ〜〜………。はぁ、失礼しゃっした。えっと、ですね。伝言ってのはよーぜん教主からです」
「あ、それ聞かない」
「ちょ!? そりゃねーっすよ」
「それ、望ちゃんがらみでしょ? 4、5回書簡が来てるんだ。そのたびに正式に断ってるんだけど、彼もしつこいよね」
 楊ゼンには楊ゼンなりの望ちゃんへの思いがあるんだろうって事は僕も知っている。仙界大戦中の短い間だったけど、望ちゃんの態度を見てたらそれくらい分かるよ。でも今、その思いはあまり良い方向を向いてはいないだろうから。
 困った顔をしていた木タクは僕の簡単な説明の一番最後辺りで合点がいったらしく、何度もうなずいている。
「あー、わかりやす、わかりやす。俺ら下っ端ですから詳しくは知りやせんけど、当分怒ってたらしいっすからね〜。今でも時々愚痴ってるらしいし。ねちねち。……ま、相手があの師叔じゃ暖簾に腕押しな気ぃしやすけども」
 木タクは僕の弟子だから、封神計画以前から望ちゃんの事を直接・間接で知っている。望ちゃんは木タクの修行の邪魔はなるべくしないようにしていたから、直接話した事はあまりなかったはずだけど、昔の武勇伝は僕が結構話しちゃったからね。
「けど、伝言の内容は師叔がらみじゃありやせんぜ。大体、そういう事だったら俺もそうそう伝言引き受けたりしないっすよ」
 話した僕が望ちゃん贔屓だからなんだろうけど、木タクも望ちゃんのファンなんだよね、今じゃ。
「それなら聞くけど、どういった事?」
「ええ、それがですね―――」

 木タクが乗った黄巾力士を見送りながら、僕は楊ゼンの伝言の事を考えていた。多分、十中八九裏があるんだろうな。でもだからこそ興味を引くだろうし、なにより……みんなも行きたがるだろうしなぁ。
 ため息をひとつ ついて。
 茶器を片付けながら今週の予定に思いをはせる。いつもなら1日働いて1日のんびり、って感じだったけれど、今日からは忙しくなる。
 頼まれたのは神・仙人合同の人間界日帰りツアー、神界側の幹事。決行日は今週末! 皆の希望行き先を聞いて、班組みをして……妖怪の人はムチャ言うからなぁ。
 心の片隅でこの急な企画の本当の目的を思いながら、でも僕は次第にワクワクしてくる気分に身をまかせる事にした。僕だってそれなりに人間界には思い入れがあるもの。
 きみといっしょで。





 久しぶりに降り立った人間界――周は淡い紅色に染まっていた。
 仙人界と違い雑多な人間たちがまき散らす喧噪や汚染も今この時期は祭りのような活気を伝えるものとして好意的にすら感じる。そう、今は花の季節。
 周の建国により国中の人々はようやく花を楽しむ余裕を持ち始めたところだ。
 そうは言っても豊邑のあたりはもともとのお祭り好きな気質に加え戦争中も農業が盛んで豊かな地域だったから、八分咲を過ぎた今ではどんちゃん騒ぎに突入している。
 ちょうど建国一周年になる頃だしね。
「おう、来たか! 思ったより少ねぇなぁ、他の奴らはどうしたんだ?」
 僕らに声をかけてきたのは武王、だったかな? この国の王様だ。会ったのは初めてだけど、確かに姫昌さんに似ている。後ろから追いかけてきたのが多分、周公旦と呂邑姜。
「武王! いくら仙道の方たちに会うとはいえ、供も連れずに出歩くのはやめて下さいと何度言ったら!」
「やっと王らしくなってきたと思ったのは早計だったようですね。礼を尽くすのは確かに大切ですがご自分の立場という物もお考え下さい。迷惑するのは周囲の者です」
 うわー、聞いてたとおりの人たちだ。あんまりすごい迫力なんで楊ゼンが引いてるよ。
「す……すみません。大勢で押し掛けまして」
「いえ、事前に連絡を頂いておりましたから問題はありません。今、問題なのは武王自身の事ですわ」
「まったくです。ごくささやかなものですが建国一周年の記念式典を開く事になったのですが、そのための準備もまだ終わっていないというのに無断で抜けだすなんて……。せめて今日の仕事は終わらせてからにして下さい」
「あ、明日 倍 働く! いや、今日の夜から働く!! 頼む、俺けっこう楽しみにしてたんだぁぁぁぁあ!?」
 ……引きずられていっちゃった。でもあの様子だと怪我の具合は良さそうだ。それにしても弟さん、文官だってのに力強いんだなぁ。
「お恥ずかしいところをお見せしました。あれでも普段はずいぶんしっかりしてきているんですよ」
「はしゃいでるっスねぇ……」
「でも元気がいちばんですよ!」
「そう言ってもらえれば幸いですわ」
 四不象&武吉くんのコンビにちょっと困ったように笑う邑姜ちゃん。なんだかその感覚わかるような気がする。
「それはともかく、こんな所で立ち話も何ですから移動しましょう。席を設けてありますので」
 どうやら今日一日、彼女は僕たちに付いてまわってくれるらしい。だけどここで楊ゼンが慌てて引き留めた。
「ちょっと待って邑姜くん! 僕ら実は見た目より大人数なんだけどっ」
 多分 武王や周公旦さんたちには楊ゼン・雷震子くん・武吉くん・四不象・土行孫くん・蝉玉さん・韋護くん・天祥くんの8人しか見えて無かったと思う。だけど実際は。
「ええ、分かっています。封神された方々もいらっしゃっているのですよね。それに会場は屋外ですからあとで増えても大丈夫ですよ。さ、こちらへ」
 今、彼女僕たちに視線を向けていたような……僕たち、つまり武成王や天化くん、聞仲に四聖、趙公明なんかの『神』は普通の人には見えないはずなんだけどな。

 『仙道は人間界には不干渉』という決定はジョカ戦後 全仙道に徹底された。神は一応例外だけど、それも最低限にとどめる事になっている。だけど、仙人界入りして日が浅い人なんかはまだ人間界に直接の家族がいたりするし、なんと言っても生まれ故郷には色々思い入れがあるわけで。
 今日こんなにぞろぞろ連れ立って人間界に降りてきたのはそういった人たちの里帰りの日の第一回。条件は三つ。一つ、宝貝を携帯しない。一つ、なるべくグループ行動。一つ、時間内に帰ってくる。……小学生の遠足みたいだけど、いろんなヒトがいるから仕方ないかな。
 前評判は上々だったよ。仙人はもとより神の人にも。普段も仕事で地上に来ているとは言っても好き勝手にウロウロはできないからね。金鰲出身の人は結局あまり参加しなかったけど、崑崙出身の人は墜落現場に、普通の人間出身の人はそれぞれの故郷に出かけているはずだ。
 他には木タクたちは兄弟で実家に帰っているし、太乙なんかは崑崙跡地で回収しそびれた壊れた宝貝の発掘をするつもりだって言っていたな。
 そんな中で、今 周に来ているメンバーは封神計画中にここに思い入れが深かった人たちと、あとはもしかしたら暇つぶしの人かな。―――この里帰りの広報チラシ、『第一回 里帰りツアー・地上で花見をしませんか』って題だったから。

「人数は流動的、それに実体のない神の方も参加という事でしたので失礼ながら会場はこちらで用意させて頂きました。本日ここで花見をしているのは城の関係者ばかりですので気兼ねなく騒いで構いません。でも、破壊活動は最小限にしてくださいね」
 僕らが案内されたのは見事に満開な桃畑だった。そこここですでに宴会が始まっていて、いたる所に酒樽が置かれている。どうも飲み放題らしい。
「あ、あの人、お師匠様の秘書やっていた時にお世話になった人だ!」
「うげ。俺に風呂入れって追っかけ回したオバチャンじゃねーの」
「あれってパパよね!? ハニー、近況報告しに行くわよ!」
「何はともあれタダ酒と来たらまずは一杯……」
「飛虎……お前は変わらんな(汗)」
「まーまー、太師、今日は無礼講さ。って、天祥はまだ酒は早いっつーの!」
 みんな元気だなぁ。
「こんな場所まで手配してくれているとは思いませんでしたよ」
 そう、楊ゼンの言うとおり、本当は僕ら周には顔を出すだけで、近くの山で普段の慰労会も兼ねた花見を行うことになっていた。太乙たちもあとで合流する予定だったし、ちょっとした騒ぎになる事は間違いなかったから。
「手配したのは武王なんですよ。せっかく久しぶりに降りてくるんだから一緒に飲みたいって……」
 そこまで言うと邑姜ちゃんはニッコリ笑った。
「今日の仕事は少な目にしてあるので、午後にはここに来るでしょう。相手をしてあげて下さいね」







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