お 引 っ 越 し
その部屋はひとことで言うなら混沌だった。
ありとあらゆる品物が棚から抽斗から押入から床の上にぶちまけられ、その上に段ボールやら麻紐やらが乗っていて、隙間は獣道のようになっている。
一方、続きになっている隣の部屋はそれとは対照的にまるで何もない。
いや、なくなるところだった。
ちょうど部屋の主が最後の箱を持って出てきたところだ。一抱えはある箱を二つ重ねて持っているのだが、ふらつくこともなく獣道をたどっていくので案外中身は軽い物なのかもしれない。
ただ、いくら道がわかっていても顔の前に箱があるのでは細かい物が見えるはずもなく。
ゴリッ
「うわ痛ぁ!」
なにやら堅い小さな物を踏んづけた彼はバランスを崩し、危うく踏みとどまったものの手にした荷物は空中へ。そして二つの箱の落ちていく先には……人影が二つ。
「避けて、望ちゃん!!」
どんがらっがっしゃん
「くっそう、白鶴め。自分一人で逃げおってからに……っ痛〜〜。やはり本のカドはこたえる〜」
額に絆創膏を貼った望ちゃんがまたブツブツ言っている。
「ゴメンね。僕がもっとしっかり箱を持っていれば良かったんだけど」
「…っつーか普賢よ、あんなクソ重たいもんを入れた段ボールは重ねて持つな。頼むから」
実は昨日僕がひっくり返した箱の中身は全部本だった。紙って集まると重たい物なんだよね……。
さすがにもとが鳥の白鶴は文字通り飛び避けてくれたんだけど、望ちゃんには直撃。いまだにご機嫌ななめなんだ。
でもそろそろやめて欲しいなぁ、だって今日はちょっと特別な日なんだから。…それに、ね。
「だけど望ちゃんにも責任があると思うよ。あの本はぜんぶ君の物だったし、散らかってた物もほとんど君の物だったし。だいたい望ちゃんあの時居眠りしてたでしょ。自分の物の片づけなのに」
「んなこと言ってもおぬしがいきなり引っ越すとか言い出すからではないか〜っ」
「あのねぇ…」
僕が引っ越すことにしたのは仙人資格を取って洞府を開けるようになったからだ。
こういうことは勢いのあるうちに早目に済ませるべきだと思って、洞府用の山を一ついただいた昨日、早速荷造りを始めたんだけど。
まさかあんなに望ちゃんの私物が多いとはね。
「おかげでわしの部屋は今、玉虚宮・最下層倉庫(←千年以上前からガラクタばかり詰め込まれてるって噂の倉庫。ほとんど異世界らしい)よりぐっちゃんぐっちゃんだ。白鶴の奴め、『…魔窟ですね』なんぞと言いおったわ。失礼な」
「普段から片しておかないからだよ」
「おぬしのようなほとんど私物を持っておらぬ奴からはどう見えるかは知らぬが、充分片しておるわい。すべてわしの行動に最適化してだな―――」
それって客観的に見て片づいてるとは言わないと思うよ。
だいたいそんな事言う割には、しょっちゅう僕の部屋でゴロゴロしてたし。これ、自分の部屋が魔窟だっていう充分な証明じゃない?
「最適化もいいけど、ほどほどにね。もう避難場所はないんだから」
「普賢が冷たい、冷たすぎるっ。わしを、この長年連れ添ったわしを捨てる気なのだぁっ!」
何言ってんだか……。
望ちゃんの言う通り、僕の荷物はたいした量じゃない。引っ越しは今日のうちに済ましてしまうつもりだったから、ぐずる彼はほっといて僕は黄巾力士のハンガーへと歩き始めた。
僕にも黄巾力士は支給される予定だけどそれはまだ先のこと。だから今日使う黄巾は借り物だ。
そして今目指している行き先は、僕ら二人にとっては(何故か)勝手知ったるおなじみの場所。そう、昨日のうちに荷物を運びこんだ先は原始天尊さまの黄巾の足元だったりする。だけど、今日はおなじみじゃない物もあるね。
視線を落とせば、手の中には小さな金属片。
バタン、と言う音に振り返ると望ちゃんが小走りでハンガーに飛び込んできたところだった。どうやら機嫌は直ったみたいでホッとする。
「そういえば黄巾力士に堂々と乗れるのってこれが初めてじゃない?」
「…あぁ、そういやそうだな」
小走りで隣までやってくる望ちゃんに声をかけると一瞬彼は考えて、それから悪ガキの笑顔でそう答えた。多分、僕も似たような表情をしてるんだろう。手の中の物を望ちゃんの目の前に揺らせて、
「ほら、起動キーも借りてきたんだけど♪」
と言えば、
「はは、そんなもんわしらに必要か?」
と予想通りの返答。
「そりゃ要らないけどそこはそれ」
「ジジィめ、どんな顔をしておった?」
「別に普通の表情だったけど」
でも内心はどんな気分だったんだろうね。やり方はよい子には秘密だけど、鍵なんてなくても僕らは黄巾を動かせる。これまでのイタズラを思い出して二人でちょっと笑ってしまった。
ごめんなさい、原始天尊さま。だけど、とても楽しかったんです。
やがて準備は整い操縦席へ。起動キーを持つのは望ちゃんだ。
「ま、たまにはちゃんと手順ふんでするのもよかろう。では“黄巾引っ越し社”の芸術的な仕事ぶりを皆の者に見せつけてやるとするかのう!」
芸術的って…? あぁ、でも確かに望ちゃんの操縦は芸術的かもね。きれいと言ってもいいかもしれないよ。
でもさぁ。
「さぁて、しゅっぱぁ」
「今日は僕が操縦するよ?」
「っって何故だ!」
「望ちゃん、荷物持って宙返り出来るか試そうとか思ってたでしょう」
「………そりゃなんのことであろーかのう?」
そっちこそ その棒読みはなんなのさ。
僕の荷物はネットにくるんで黄巾の手に吊して持っていくんだけど(だって黄巾力士って丸いから背負えないし)、そんなことされたらどうなるか!
白鶴洞までのドライブは、一応無事だったと言って良いのかな。……とりあえず何も壊れはしなかったから、ね。
僕の新居への荷物の運び込みはさほど時間をとらなかった。
「これでもう終いか?」
つぶした段ボール箱をひとまとめにして部屋の壁に立てかけて、望ちゃんは振り向いて僕に尋ねた。
「うん。手伝ってくれたから早く終わったよ。ありがとね」
「っつ〜か、手伝わんでもこれなら…マジでなんも無いトコだのう」
肩を回しながらあきれたようにこれから僕が住む部屋を見回して言う。余ったスペースの方が広い部屋に今までの荷物は所在なさげに収まっている。でも、多分望ちゃんが言ってるのは白鶴洞その物のこと。だけどそれは当然だ。
「だってこれから作るんだもの」
実際この部屋が用意してあるのは原始天尊さまの好意に過ぎず、今のところ白鶴洞は洞とは名ばかりの岩のカタマリ。
「うえー、ご苦労なことだな」
君はそう言うけどね、でも、だからこそ僕は楽しい。
「どんな場所にしよう。全部好きにデザインしても良いんだよ?やっぱりシンプルで使いやすくて、だけど目にも楽しいのがイイよねえ♪ 台所はできれば広めがいいし、お風呂はいっそ温泉仕立てにでもしようかな♪ 弟子の部屋だってなるべく過ごしやすい物にしてあげたいし、そうだ、客室も作らなきゃ。なんなら望ちゃんの部屋も作ってあげるけど、どんな部屋がいい?」
「はっはっは……自慢するでな〜い!ええい、わしは今の部屋で満足なのだっ。そんなモンは要ら〜ぬ!」
「………あははは………はぁ〜」
「何故ため息をつく?」
そりゃまぁ、そんな気分になる時もあるよ。
「では、わしはこれで」
「あ、ちょっと待って。ねえ、コレ昨日僕が踏んづけた物なんだけど、何だかわかる?」
日が西に傾き、そろそろ望ちゃんも帰る頃。あらかじめ用意しておいた軽食も食べ終わって席を立ちかけた彼を僕は呼び止めた。見せたのはごく小さな物。
「んん? 種だな。ウメボシの物にしちゃ大きいから………ぁ」
ふふふ、わかったみたい。
「そ。これ桃の種。部屋片づけたあと掃除したら、さらに出てきて。いくつあったと思う?」
「…さ、さぁ?」
「二十七個」
「………」
額の絆創膏を多分無意識だろうけどなでながら落ち着かない様子の望ちゃんを見れば答えなんて一目瞭然。
「ほんっと、望ちゃんってしょっちゅう僕の部屋で出所のわからない桃食べてたよね〜。それはいいけどなんで棚の裏とか寝台の下とかに種が落っこちてるんだろう」
「はっはっはっ。他のウン百個はちゃんとゴミ箱にほおりこんだのだがのう!」
口鉄砲の命中率としては多分いいほうなんだろうけどさ〜。
………まったく、もう。いつまで経っても子供っぽいんだから。
でも、そう思いながらも口元に笑みが広がっていくのが自分でもわかる。こんなところは、というよりこんな所こそが変わらないで欲しい。これからもきっと僕らは変化していくだろうし、そうでなきゃならないと思うけど。だからこれは僕のエゴなんだろうけど。
これから毎日は君に会えなくなって、いつの日にかは属する場所すら変わっても。
再会した時にいつものように変わらない距離でいられたらいい。今日はその始めの第一歩。
「…普賢よ、何がおかしい」
「え、僕笑ってる?」
「いつものことだがな。…まあ良い。では、」
「じゃあ、」
______な!」
「「 ま た
______ね!」
九功山白鶴洞は鳳凰山と並んで植物が多い。
しかし様々な種類がまんべんなく育てられている鳳凰山と違って、農園に近いものがある。なにしろ植えてあるのは食べられる物がほとんどなのだ。
特に南側の開けた場所は一面畑になっていて、水色の髪をした少年が日々丹誠込めて世話している。
そしてそこには数本果物の木が混じっていた。少年がはさみ持参でそこへ向かって歩いていると、羽音と共に頭上から声をかけられた。
「こんにちは、普賢真人。今日は何のご用ですか」
「ああ白鶴、早かったね。…うん、ちょっとお使いを頼みたくて」
バサバサと降りてくる友人に白鶴洞々主はいつものようにニッコリと笑ってみせる。
「少し遠いんだけどお願いできるかな」
「それはもう、普賢真人の頼みとあれば」
「じゃあちょっと地上まで♪」
「………ちじょお?」
安請け合いした白い鶴はビシッと固まった。
桃栗三年柿八年。
洞府をかまえてから三年目。桃の収穫期はまさに今。
「多分今日は下にいると思うんだ。ね、仙桃三つあげるから v」
「はいはい、おサボり中の師叔のトコですね!」
崑崙は今日もいい天気だ。
2003/5月 <夢幻>より
●駄文な気分●
どちらを選んでも後悔すると解っていた(苦笑)ので勢いで参加させて頂いた普&太アンソロジーからの再録です。そりゃあもう予想通り大変に浮きまくってしまいまして、今でも現物を見ると七転八倒なのですが……、大切な思い出で宝物です。
うちの二人、ということで書いてみましたがそれなりのイベントのはずなのに割と淡々とした日常ですね。もっと仲良しな話が書けたら良かったのにと今でも思います。