| 和辻哲郎のイタリア古寺巡礼(1927年12月から1928年4月) | |||||||
| 1927年 (昭和2年) |
行程 | 見学地 | コメント | ||||
| 12/17 | パリ <ルーヴル> |
和辻春樹 浜田耕作、田中豊蔵、小島祐馬 |
|||||
| 12/18 | <ルーヴル> | 亀井高孝 | |||||
| 12/21 | 朝パリ発、 夜9:45 マルセーユ着 |
マルセイユ | 務台理作 | ||||
| 12/24 | 10:00
マルセーユ発 3:30頃ニース着 |
ニース | |||||
| 12/26 | モナコ、モンテカルロ | 「ニースから電車でモナコとモンテカルロへ行って来た」 | |||||
| 12/27 | 10:00
ニース発 11:15 国境 12:15に時差調整 1:30 発 6:10 ジェノア着 |
「イタリアにはいって著しく目につくのは、農家のきたないこと、村の多いことである。」 「農村が山の中腹に位している。」 「葡萄畑などのまわりに、石の塀がめぐらしてある。」 「しかしそれにしてもこういう塀が、野原にうねうねと、むやみにたくさん並んでいるのは、まことに殺風景であた。」 「コロンブスの家。。。小さい廃墟のような感じのもの」 |
|||||
| ジェノア <中央寺院カテドラール> <サン・マテオ> <サン・ジョルジオの宮殿> <ドリアの宮殿> <白い宮殿><赤い宮殿> スルバラン「聖ユーフェミア」 カルボーネ「ジェノアの貴婦人」 |
|||||||
| 12/30 | 朝10:00 ジェノア発 夜ローマ着 |
||||||
| 12/31 | ローマ <パンテオン> <トリトンの彫刻の噴水> <カピトリノの美術館> 「ヴィナス」 <コロセウム> <新アピア街道> 水道の遺跡 |
藤懸静也、川路柳虹 | |||||
| 1/10 | <サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ>寺 ミケランジェロ「モーゼ」 |
「このモーゼの像を見ても、ギリシャ人と同じやり方では到底かなわない、ギリシャ人のやらなかった道を見つけたい、という気持ちが非常によく出ていると思う。」 「ギリシャ彫刻とまるで違ったやり方でやろうとしている。」 「ギリシャ人は、全体の調和の。。いかにも朗らかにやっている。ミケランジェロは、それより「深刻」に、あるいは「精神的」になったかも知れないが、しかし偏っている。二つを比べろといわれれば、ミケランジェロの負けだというほかはない。」 |
|||||
| 1/12 | <テルメ国立美術館> ルドヴィッチの玉座「ヴィナスの誕生」 |
「つまりあの厳密なシンメトリーは、それぞれ異なった個性を持った部分によって構成されているのである。ギリシャ人の作る統一は決して一様化ではない。あくまでも多様の統一である。」 | |||||
| 「ニオベの像」 | 「私は裸体彫刻を見てこれほど美しいと思ったことは一度もない。これもローマへ来て一番驚いたものの一つである。」 | ||||||
| 「アナディオメネのヴィナス」 「キレーネーのヴィナス」 |
|||||||
| 1/13 | <カピトリノ美術館> 「カピトリノのヴィナス」 |
||||||
| 1/15 | <ヴィラ・ルッフィネラ> | 「黒板勝見先生が突然来訪された」 「午後は先生のお伴をしてローマの郊外アルバノ、フラスカティなど、山の上の町まで自動車遠乗りをした。」 |
|||||
| 1/18 | <市立美術館コンセルヴァトリ> | ||||||
| 1/19 | 「ヴァティカンへ行ってミケランジェロの大壁画をゆっくり味わって来た。」 | 大西克礼、古屋芳雄 | |||||
| 1/25 | 「今日はシスティン・チャペルで、大西、古屋それに若い竹山道雄君などに落ち合った。」 「23日の午後。。。夕日がサン・ピエトロのすぐ左へ落ちて行くころで、円屋根が赤い西の空にくっきり浮いており。。。実に立派な雄大な感じである。」 「永遠の都ローマの宝冠はサン・ピエトロだといわれている。。。これこそ宝冠だ、とつくづく思うようになった。」 「堂の構造そのものが絵のためにできている結果として、絵の効果は十分に発揮され、堂内は芸術的な美しさに満たされたものになる。すなわち世界にたぐいのない美しい堂になる。つまり、堂がおのれをむなしゅうして絵に仕えている結果、絵は完全にその効能を果たしていることになる。両者が互いに生かせ合っているのである。」 |
||||||
| 1/27 | <ピンチオの丘> <アヴェンチノの丘> |
「朝、浜田さんがローマに着かれた。目下同宿中である。」 | |||||
| 1/28 | <アピア街道> <地下墓地カタコム> |
||||||
| 1/30 | 「今日は午食後浜田さんと竹山道雄君と三人で。。。」 | ||||||
| 2/1 | チェルヴァトリ村 (エトルスキの古い町があったところ) |
||||||
| 2/2 | ヴァティカン | 亀井、浜田 | |||||
| 2/3 | <パラティノ美術館> <サン・クローチェ尼寺> |
||||||
| 2/4 | 「ローマの廃墟を歩き、浜田さんを停車場に送った」 | ||||||
| 2/5 | <テルメ国立美術館> | ||||||
| 2/6 | 小さい寺三つ四つ <アヴェンナの丘> |
||||||
| 2/7 | <ローマ時代の廃墟> | ||||||
| 2/8 | <サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ>寺 | 「キオストロ(四面回廊)がなかなかおもしろいもので、ちょっと驚かされた。一体ローマには中世のものはあまり残っていないし、残っていても大しておもしろくないのであるが、このキオストロだけは例外のように思われる。」 | |||||
| 2/9 | <サン・パオロ>寺 | 「キオストロがおもしろくなったので。。。キオストロを見るために、ローマの西南の郊外にあるサン・パオロという寺へ行った。」 | |||||
| <ドミチリアのカタコンベ> | 「秘密結社の運動に加わることを「地下にもぐる」と言い現わすのは、ここから始まったことである。」 | ||||||
| 2/10 | <オスティア> | 「ローマから電車で半時間」 | |||||
| 2/11 | <ヴァティカン> 「ボルゴの火事」「アテーナイの学校」「モーゼ神の恩寵を祈る」 |
「ラファエロのいろいろな絵」 | |||||
| 2/13 | <ティヴォリ> アドリアヌス皇帝の別荘 <ヴィラ・デステ>枢機官エステの別荘 |
「ルネッサンス時代の庭園としてはこの右に出るものはない。」 | |||||
| 2/15 | 午後3:40 ローマ発 6:30 ナポリ着 |
「山の色がいかにも乾いた色であること、畑の色が日本よりもきれいな緑であるとともに、ひどく単調に見えること。」 「こういう富沃そうな平野に、村が一つも見えないこと。」 「この平野に臨んだ山の上には。。。人家の塊りがある。」 |
|||||
| 2/16 | ナポリ | 「今日はナポリの美術館で一日暮らした。なかなか見るものが多い。」 | |||||
| 2/17 | <ポンペイの遺跡> | ||||||
| 2/18,19 | 「ナポリの国立美術館の見物で暮らした。」 | ||||||
| 「シヌエッサのヴィナス」 | 「しかもその美しさはパリにあるミロのヴィナスの比ではなく、今まで発見されたヴィナスの裸像のうちでこれほど優れたものはないと言ってよいのである。この美術館に並んでいる実に多数な作品全部を持って来ても、このただ一つの彫刻よりは軽い。」 「しかし残っている下半身だけでもこの彫刻が神品であることを感ぜしめるい十分である。」 「この作の特徴は、その雄大さ、雄渾さである。女体の裸像にこのような雄大な感じが現わされるということは全く不思議である。」 「剛宕とさえも言えるような成熟した女体の美しさである。」 |
||||||
| 2/20 | 「これからサレルノの町へ向って出発する。」 | ||||||
| 2/21 | サレルノ 昔のポセ−ドニア(ペストゥーム) <ネプチューンの神殿> |
「今朝サレルノの町から汽車でペストーに行った」 「ローマで見た建築。。。それはメカニズム(機構)の美しさであった。しかるにここにあるのは、いわばオルガニズム(有機体)の美しさである。」 「午後の汽車でサレルノまで引き返しそれから自動車でアマルフィへ来た」 |
|||||
| 2/22 | 午後3:30 アマルフィ発 サレルノまで |
<サン・アントレア>(中世の寺) | 「午前中アマルフィの町をぶらぶら歩いて。。。」 「おもしろいキオストロ」 「9時の夜汽車に乗り込んだ。」 |
||||
| 2/23 | 2:40
メシナ発 夕方6:00 シラクサ着 |
<メシナの町> <タオルミーナ> 劇場 |
「八時過ぎにメシナ海峡を汽車のまま船に乗って渡った。」 | ||||
| 2/24 | この地の美術館 「アナディオメネのヴィナス」 |
「柔婉繊細な感じをねらった型のものとしては、現存のヴィナスのうちで屈指のものと言っていいかも知れない。」 | |||||
| 2/25 | <シラクーサの昔の町のあと> <劇場> <石切り場> |
||||||
| 2/26 | シラクーサ発 ジルジェンナに向かう 8時すぎ アグリジェンド着 |
<アクラガス>=<アグリゲントゥム>=<アグリジェント> <カストルとポルックスの神殿> <コルコルディアの神殿> <ユノの神殿> |
「まず第一に受けた印象は、その粛然とした感じである。。。実に静かでしんとしていて、そうして底力がある。」 「石材を完全に征服して、生きものにしている。」 |
||||
| 2/28 | 昼アグリジェント発 5時すぎパレルモ着 |
||||||
| 2/29 | <中央寺院> 昔の王宮<モザイックで有名な礼拝堂カペラ・パラチナ> <マルトラナ>寺 モザイックのマリアの像 エレミテの<サン・ジェヴァンニ>(ノルマン寺) <パレルモ国立美術館> (セリヌンテには行かず) |
「パレルモの町の見物で暮らした。」 「ギリシア人のやったことは、どうも実に例外的、天才的である。どの民族でもそういうふうに行くわけではないであろう。」 |
|||||
| 3/1 | <モン・レアーレ>寺 セジェスタのギリシアの神殿 |
「しゃれたキオストロがある。これまで見た中では一番大きい。。。なかなかしゃれた美しさがある。」 | |||||
| 3/2 | 「夜の汽船でパレルモをたち、翌日朝ナポリ着、午後ローマに帰った。」 | ||||||
| 3/11 | ローマ発 アシシ着 |
アシシ <サン・フランチェスコの寺> <ジョットーの壁画> 「聖フランチェスコ小鳥に説教する図」 |
「しんと落ちついた、気持のいい絵である。」 | ||||
| 「ラザロの復活」 「聖フランチェスコの伝記画」 チマブエ「聖フランチェスコを描き込んだ聖母像」 ジョットーの弟子「キリストの誕生」 |
|||||||
| シモーネ・マルチニ「サンタ・キアラ」 | 「全体に調和がとれて、色の調子が非常にいい。」 | ||||||
| 「ジョットーの流派は簡素と力強さとを特徴としているが、シエナ派は洗練と甘美とをもってこれに対抗しているのである。色でも形でも実にスウィートな感じで、それが魅力となっている。」 | |||||||
| ピエトロ・ロレンゼッティ「聖母像」 <カルチェリ>(昔聖フランシスが籠っていた) |
|||||||
| 3/15 | 夕方フィレンツェ着 | フィレンツェ <パラッツォ・ピティ> <パラッツォ・ストロッチ> <パラッツォ・ヴェキオ> |
「ルネッサンスの絵はフィレンツェへ来て見なければわからないというのはほんとうだと思う。」 | ||||
| <中央寺院> | 「ローマの本山の円屋根から受けるような感銘をフィレンツェの円屋根からは受けることはできなかった。中央寺院で一番印象に残っているのは、ギベルチの青銅浮き彫りの扉である。」 | ||||||
| (3/20) | <サン・マルコ僧院>(サン・マルコ美術館) フラ・アンジェリコの絵 「受胎告知」「マギの礼拝」 |
「こういう絵を見ていると「天使画家」に相違ないという気がする。」 | |||||
| 「マドンナ像」 | |||||||
| 廊下の壁にある「受胎告知」の絵 | 「これなど実にいい絵である。」 | ||||||
| <ウフィチの画廊> ジョットー「マドンナ像」 |
「これまで予期していなかった絵にかえって心がひかれた。その一つがジョットーのマドンナ像である。。。板に描いたもの」 「きわめてさっぱりとした、瀟洒な感じ」 「構図がなかなかうまい。」 「いかにも慈悲の女神としての聖母マリアを描き出している。」 「超現実的な理想への憧憬を形象化するために用いられている。この形象化の力強さには、実際、ジョットーの独特の偉さがあると思われる。」 |
||||||
| (3/22) | ミケランジェロ「聖家族」(ウフィチ) | 「人間の肉体の持っている美しさを捕え、肉体の担っている意味を鋭くつかむという点では、ミケランジェロは何といっても第一人者だと思われる。 | |||||
| <ピティの画廊>にあるラファエロのマドンナ像 「グランドゥカのマドンナ」 |
|||||||
| <ウフィチ>レオナルド・ダ・ヴィンチの「マギの礼拝」 | 「レオナルドの偉さを感じさせる絵」 | ||||||
| 「ジョットーやフラ・アンジェリコのころまでは宗教芸術であったものが、十五世紀後半に至って宗教芸術でなくなってくる、という一つの転機を認めなくてはならぬ。」 「ここにイタリアのルネッサンスの根本的な意義は現れているように思われる。」 |
|||||||
| 伝レオナルド「受胎告知」 | |||||||
| 3/23 | フィレンツェからシエナ日 | シエナ <カンポの広場> <市庁パラッツォ・プブリ> <マッパモントーの広間> シモネ・マルチニの大きい聖母像 将軍の像 <平和の間> ロレンゼッティの大きい壁画 「善き統治」「平和」 |
|||||
| <中央寺院> <付属美術館> ドゥッチオ「マドンナ像」 |
「ドゥッチオのマドンナ像はなかなかすばらしいものがある。」 | ||||||
| <美術のアカデミアと呼ばれる美術館> ドゥッチオ サノ・ディ・ピエトロ |
「色が濃くてなかなか好い。いかにも宗教画という感じである。」 | ||||||
| 3/25 | ピサ <中央寺院><斜塔><洗礼堂> <カンポ・サントー>(墓地) |
「今日は雨に中でピサ見物」 | |||||
| (3/26) | (ボティチェリのこと) 「ヴィナスの誕生」 「春」 |
「ヴィナスの誕生。。。全体の色調は何となく眠そうな、鈍い調子である。」 | |||||
| 「フィレンツェには実にいい絵が多い。シエナ派のシモネ・マルチニの好い絵もあれば、ずっと新しくヴェネチアのティチアノのすばらしいヴィナスの裸像もある。。。デューラーの絵も数枚ある。」 | |||||||
| 3/26 | フィレンツェ郊外のフィエソーレ | ||||||
| 午後4:00 フィレンツェ発 ボローニャへ |
|||||||
| 3/27 | ラヴェンナへ | ラヴェンナ <中央寺院> <絵画館ピナコテカ> ラファエロ「サンタ・チェチアリ」 |
|||||
| <ガラ・プラチディアの墓> <サン・ヴィターレ>寺 モザイックで有名。「アブラハムの物語」 <サンタ・ポリナーレ・ヌオボ>寺(モザイック) |
|||||||
| パドヴァ <ジョットーの礼拝堂> 天井にあるマドンナの絵 <イル・サントー>寺 マンテニャの壁画 |
「ジョットーの礼拝堂は大したものである。」 「ジョットー壁画館としてのみ世界にユニックな存在なのである。」 |
||||||
| 3/29 | 夕方ヴェネチア着 | ヴェネチア <パラッツォ・ドゥカーレ>(ドージの館) <美術のアカデミア>にあるティチアン「ピエタ」 |
「パドヴァからヴェネチアまで汽車で一時間余り。」 「ヴェネチアには色彩がある」 |
||||
| ヴェロナ | ヴェロナ | ||||||
| ミラノ | ミラノ <中央寺院> <ブレラ宮殿の美術館> <アムブロ・シアナ図書館の画廊> |
||||||
| スイスのルツェルン | |||||||
| 和辻哲郎「イタリア古寺巡礼」 | |||||||
| 要書房 1950, 岩波文庫 1991 | |||||||