| ギリシャ近代年表 (1453 - 2004) | |||
| 1453 | 5月29日、オスマン=トルコによってコンスタンティノープル陥落。 | ||
| 1464 | ビザンティン帝国の領土を最後まで支配したトレビゾンド王国、オスマン=トルコに征服される。 | ||
| 1571 | ヴェネツィア領のキプロス島をオスマン=トルコが占領。 | ||
| 1669 | 20年の戦闘を経て、ヴェネツィア領のクレタ島がオスマン=トルコの手に落ちる。 | ||
| 1709 | ニコラオス・マヴロコルダトス、モルダヴィアのホスポダル(君主)に就任。最初のファナリオティス。 | ||
| 1748 | 民族復興の知的指導者アダマンディオス・コライス、スミルナで生まれる。 | ||
| 1774 | クチュク=カイナルジ条約締結。露土戦争(1768〜74)終わる。ロシアはオスマン=トルコ内の正教徒にたいする保護権を主張。 | ||
| 1783 | ロシア=トルコ間の通商会議により、黒海でロシア旗掲揚のギリシャ船の交易を許される。 | ||
| 1797 | カンポ・フェルミオ条約によってイオニア諸島が革命フランスに割譲。 | ||
| 1798 | リガス・ヴェレスティンリス(フェレオス)、オスマン=トルコに対して革命を企てて失敗。ベオグラードで処刑。 | ||
| 1806 | ギリシャの民族運動について論争を巻き起こした最も重要な文書、『エリニキ・ノマルヒア(ギリシャの県知事政治)』刊行。 | ||
| 1814 | 独立戦争の基礎を築いた秘密結杜フィリキ・エテリア(友愛結杜)、エマヌイル・クサンソス、ニコラオス・スクファス、アサナシオス・ツァカロフによって結成。 | ||
| 1815 | イオニア諸島にエプタニシア共和国がイギリスの庇護のもとで建国。 | ||
| 1821 | 2月1アレクサンドロス・イプシランディス率いるギリシャ軍、モルダヴィアに侵攻。 | ||
| 3月(通常3月25日とする):ぺロポネソス地方で蜂起勃発。 | |||
| 4月:コンスタンティノープルで世界総主教グレゴリウス五世処刑。 | |||
| 1822 | 独立ギリシャの最初の憲法公布。 | ||
| 1823 | イギリス外相ジョージ・カニング、ギリシャ反乱軍をトルコと対等の交戦国と見なす。 | ||
| 1825 | カニング、ギリシャ反乱軍から出された、ギリシャをイギリスの保護下に置くという「仲裁協定」を却下。 | ||
| 1827 | 4月〜5月:トレゼネ議会でイオアニス・カポディストリアス伯爵を初代ギリシャ大統領に選出。第3憲法公布。 | ||
| 7月:ロンドン条約により、英露仏の3国がギリシャの自治を保証する・平和的干渉・政策を開始。 | |||
| 10月:英露仏3国の混成艦隊、トルコーエジプト連合艦隊をナヴァリノの海戦で撃破。 | |||
| 1831 | カポディストリアス大統領暗殺。 | ||
| 1832 | ロンドン協定で独立の条件とされた「世襲統治」の主はバヴァリア王ルードヴィヒー世の次男で17歳のオットー(ギリシャ名オトン)に確定し、英露仏の保証の下でギリシャ・王政独立・国家成立。 | ||
| 1833 | オトン王、ギリシャの仮首都ナフプリオンに到着。 | ||
| 1834 | ナフプリオンからアテネに遷都。 | ||
| 1835 | バヴァリア人の摂政政治終わる。 | ||
| 1843 | 軍事クーデターにより、オトン国王に憲法の批准を強制。 | ||
| 1844 | 憲法発布。 | ||
| 1854-57 | 英仏によるピレウス港(アテネの外港)占領。クリミア戦争中ギリシャは中立を強要される。 | ||
| 1862 | 軍隊の反乱によりオトン王退位させられる。 | ||
| 1863 | デンマークのホルシュタイン=ゾンダーブルク=グリュックスブルク王家のクリスティアン・ウィリアム・フェルディナンド・アドルフス・ゲオルク王子が、ギリシャ国王ゲオルギオス一世として王位を継ぐ。 | ||
| 1864 | 3月:イオニア諸島がイギリスによってギリシャに併合。 | ||
| 1866 | クレタで暴動勃発。 | ||
| 1875 | ゲオルギオス国王、ディデイロメニの原則を受け入れる。これにより国王は議会多数派のリーダーを内閣首班に任命しなければならなくなった。 | ||
| 1878 | ベルリン会議で列強はオスマン政府を・招待・し、ギリシャに有利に国境線を広げる。イギリスはキプロス島の統治権を獲得。 | ||
| 1881 | オスマン帝国、テッサリアとイピルス地方のアルタ地域をギリシャに割譲。 | ||
| 1885/86 | セオドロス・ディリヤニス、武装軍を動員してセルビア=ブルガリア抗争に介入し、ギリシャに有利に持ち込む。これに反発した列強海軍はギリシャを封鎖。 | ||
| 1893 | ギリシャ、対外借款返済を怠る。 | ||
| 1897 | クレタ島の反乱からギリシャートルコの30日戦争が勃発、ギリシャ敗北。国際財務委員会が国家財政を監督。 | ||
| 1909 | アテネ郊外で起きたグーディーの軍事クーデターにより政府転覆。 | ||
| 1810 | 自由党の創立者、エレフセリオス・ヴェニゼロス、首相に就任。 | ||
| 1911 | 改正憲法発布。 | ||
| 1912 | 10月1第1次バルカン戦争勃発。ギリシャ、セルビア、ブルガリア、モンテネグロは連合してオスマン帝国を攻撃。 | ||
| 11月:テッサロニキ占領。ギリシャの第2の都市に。 | |||
| 1913 | 3月:国王ゲオルギオスー世、テッサロニキで狂人によって暗殺。コンスタンディノスー世が王位継承。 | ||
| 6月〜7月:第2次バルカン戦争。ギリシャとセルビアはブルガリアの攻撃を撃退。 | |||
| 8月:ブカレスト条約により両国の間でマケドニアの大半を分配。 | |||
| 1914 | 11月:イギリス、キプロス島を併合。 | ||
| 1915 | 3月1第1次世界大戦の参戦をめぐり、ヴェニゼロスとコンスタンディノス国王が対立。 | ||
| 6月:選挙。ヴェニゼロスは317議席中184議席を獲得。 | |||
| 8月:ヴェニゼロス権力復帰。 | |||
| 10月:国王、ヴェニゼロスに2度目の辞任を強要。 | |||
| 12月:選挙。ヴェニゼロスの支持者たちは棄権。 | |||
| 1916 | 9月:ヴェニゼロス、テッサロニキに臨時政府を樹立。テッサロニキは・新・ギリシャの首都となる。 | ||
| 12月:王党派政府、ピレウスとアテネの英仏上陸を撃退。イギリスとフランスは「旧」ギリシャを封鎖。 | |||
| 1917 | 6月:コンスタンディノスー世、王位を退位せずにギリシャを去る。次男のアレクサンドロスが王位を継承。1915年6月に選出された議会が復活。いわゆる・ラザロ内閣・成立。 | ||
| 1919 | 5月:スミルナ(イズミル)にギリシャ軍上陸。 | ||
| 1920 | 8月:セーヴル条約によって「2つの大陸と5つの海」のギリシャ誕生。 | ||
| 10月:アレクサンドロス国王、猿にかまれた傷がもとで死去。 | |||
| 11月:選挙。反ヴェニゼロス派、370議席中260議席を獲得。ヴェニゼロス、ギリシャを去る。 | |||
| 12月:不正操作された国民投票により、コンスタンディノスー世国王復帰。 | |||
| 1921 | 8月:ギリシャ前線、トルコの民族主義者の牙城アンカラに進撃するものの、サカリア川の戦いで頓挫。 | ||
| 1922 | 8〜9月:ギリシャ軍小アジアから撤退。スミルナ焼失。 | ||
| 9月:ニコラオス・プラスティラス大佐によるクーデター。国王コンスタンディノスー世亡命。長男のゲオルギオスニ世王位継承。 | |||
| 11月:反逆罪により・六人組・処刑。 | |||
| 1923 | 1月:ギリシャとトルコ間の強制住民交換に関する会議。 | ||
| 7月:ローザンヌ条約により、セーヴル条約で得たギリシャの領土は放棄させられる。 | |||
| 12月:国王ゲオルギオスニ世、・長期休暇・の名目でギリシャを離れる。 | |||
| 1924 | 3月:共和国宣言。 | ||
| 4月:国民投票により共和国樹立承認。 | |||
| 1925 | 3月:キプロス、イギリスの直轄植民地となる。 | ||
| 6月:セオドロス・パンガロス将軍による独裁政権成立。 | |||
| 1926 | 8月:パンガロス政権転覆。 | ||
| 11月:暫定的に・世界教会(超党派)政府成立。 | |||
| 1927 | 6月:共和国憲法公布。 | ||
| 1928 | 7月:ヴェニゼロス最後の統治の開始。 | ||
| 1930 | 6月:アンカラ会議でトルコとの和解の時代始まる。 | ||
| 1933 | 3月:ニコラオス・プラスティラス大佐率いるヴェニゼロス派、クーデターを企てる。 | ||
| 6月:ヴェニゼロス暗殺の企て。 | |||
| 1935 | 3月:ヴェニゼロス派がクーデターを企図して矢敗。ヴェニゼロス亡命。 | ||
| 10月:暴動の結果ツァルダリスの政府転覆。 | |||
| 11月:国王ゲオルギオスニ世復帰に有利になるように操作された国民投票実施。 | |||
| 1936 | 1月:選挙。キャスティングボートを共産党が握り、議会は膠着状態に。 | ||
| 3月:フランスでヴェニゼロス死去。 | |||
| 8月:メタクサス将軍の独裁体制(「1936年8月4日体制」)始まる。 | |||
| 1940 | 10月:イタリア、ギリシャを侵略。ギリシャはアルバニアに報復攻撃。 | ||
| 1941 | 4月:ドイツ、ギリシャを侵略。 | ||
| 9月:民族解放戦線(EAM)結成。 | |||
| 1942 | 11月:ギリシャのレジスタンス勢力とイギリスの破壊工作員により、ゴルゴポタモス川の鉄橋破壊。 | ||
| 1943 | 9月:レジスタンス内部で内戦勃発。 | ||
| 1944 | 4月:申東のギリシャ軍部隊の中で、レジスタンス勢力に呼応する反乱勃発。 | ||
| 10月:ギリシャ解放。チャーチルとスターリンの間で交わされたモスクワ・パーセンテージ・協定により、ギリシャはイギリスに割り当てられる。 | |||
| 12月:アテネでデモ隊に警官隊が発砲。これをきっかけとして共産主義者の暴動が勃発。チャーチルはアテネに赴き平和工作を行おうとしたが、アテネ大主教ダマスキノスを国王の摂政に任命して終わる。 | |||
| 1945 | 2月:ヴァルキザ条約に反発した共産主義者が暴動を起こす。 | ||
| 1946 | 3月:戦後初めての選挙。王政派の勝利。 | ||
| 9月:国王復帰の是非を問う国民投票実施。ゲオルギオスニ世ギリシャに戻る。 | |||
| 10月:ギリシャ人民軍(共産党)結成。内戦始まる。 | |||
| 1947 | 3月:トルーマン・ドクトリン布告。政府に大規模なアメリカの軍事支援と経済支援。 | ||
| 4月1パヴロス、兄ゲオルギオスニ世の死に伴い王位継承。 | |||
| 1949 | 8月:人民軍の残党、グランモスとヴィツィの戦いで敗北。アルバニアに逃亡。 | ||
| 10月:ギリシャ共産党が戦闘の・一時休止・を通告。内戦が正式に終わる。 | |||
| 1952 | 1月:新憲法公布。11月:パパゴス元帥の「ギリシャ国民連合」選挙で勝利。 | ||
| 1955 | 4月:キプロスのEOKA(キプロス解放民族組織)、ギリシャとの統一(エノシス)を求めて武力闘争を開始。 | ||
| 1958 | 5月:最左翼政党「民主左翼連盟」、24%の得票率で正式な野党に。 | ||
| 1960 | 8月:キプロスは英連邦内の独立共和国になる。 | ||
| 1961 | 10月:ゲオルギオス・パパンドレウ、コンスタンディノス・カラマンリスの選挙の勝利に対して、「不屈の闘い」に乗り出す。 | ||
| 1963 | 11月:パパンドレウの中央同盟、選挙で勝利。 | ||
| 12月:キプロスの1960年憲法体制は破綻。 | |||
| 1964 | 2月:中央同盟、議会で過半数を確保。 | ||
| 3月:パヴロス国王死去。コンスタンディノスニ世に王位継承。 | |||
| 1965 | 7月:パパンドレウ首相、コンスタンディノス王と憲法上の問題で衝突、首相辞任。 | ||
| 9月:保守党国民急進党の支持を得て、・背教者・たちによる中央同盟内閣の成立。 | |||
| 1967 | 4月1軍事クーデター。5月に予定されていた選挙の機先を制する。 | ||
| 12月:コンスタンディノス国王、対抗クーデターを企てるが失敗し亡命。軍事政権、摂政団を設置。 | |||
| 1968 | 9月:独裁的な憲法、戒厳令下で行われた国民投票で承認。 | ||
| 1973 | 3月:アテネ大学法学部、学生の手で占拠。 | ||
| 5月:海軍で反乱、失敗する。 | |||
| 6月:「大統領制議会制共和国」宣言。 | |||
| 7月:ゲオルギオス・パパドプロス大佐の選挙。戒厳令下で行われた国民投票で大統領となった唯一の候補者。 | |||
| 11月:アテネ理工科学校における学生占拠、軍によって制圧。大統領はパパドプロスからフェドン・ギジキスに。 | |||
| 1974 | 7月:マカリオス大主教、アテネの軍事臨時政権の差し金によるクーデターによって、キプロス大統領を追放される。トルコ、北部キプロスを侵略して占領。軍事体制は崩壊、コンスタンディノス・カラマンリス率いる文民政府成立。 | ||
| 11月:カラマンリスの新民主主義党(ND、ネア・デモクラティア)、議会で絶対多数を確保。 | |||
| 12月:国民投票で7割が君主制廃止に賛成。 | |||
| 1975 | 6月:新憲法公布。大統領の権限が強化される。 | ||
| 1977 | 11月:アンドレアス・パパンドレウの全ギリシャ社会主義運動(PASOK、パソック)、最大野党になる。 | ||
| 1980 | 5月:カラマンリス、大統領に選出される。 | ||
| 1981 | 1月:ギリシャ、10番目のメンバーとしてヨーロッパ共同体(EC)加盟。 | ||
| 10月:パパンドレウのパソック、ギリシャ初の「社会主義」政権樹立。 | |||
| 1985 | 3月1政治危機によりカラマンリス、大統領職を辞任。フリストス・サルゼダキス選出される。 | ||
| 6月:パソック再び選挙で勝利。2期目の政権に入る。 | |||
| 1987 | 3月:工一ゲ海事件で、ギリシャとトルコの関係は武力衝突寸前に。 | ||
| 1988 | 1月:ダヴォス条約合意。ギリシャートルコ間の和解の確立を約束。 | ||
| 1989 | 6月:選挙。どの政党も安定多数派を確保することができなかったため、一時的に保守/共産党が連合。 | ||
| 11月:選挙。結論は出ず、超党派の・世界教会・政府が成立。 | |||
| 1990 | 4月:コンスタンディノス・カラマンリスの新民主主義党、議会で300議席中150議席を確保。政府を組織。 | ||
| 5月:コンスタンディノス・カラマンリス、大統領に選出される。 | |||
| 1993 | 10月:パパンドレウ率いるパソック、ふたたび政権獲得。 | ||
| 1996 | 1月:パパンドレウ首相辞任。後任はコスタス・シミティス。トルコ沿岸のイミア島の領有をめぐる論争により、ギリシャとトルコは武力衝突寸前の状態に。 | ||
| 9月:選挙。シミティス率いるパソック内閣成立。 | |||
| 2000 | 1月:パパンドレウがギリシャ外相として37年ぶりにトルコを公式訪問。 | ||
| 2001 | 11月トルコのジェム外相がギリシャを訪問。両国は不法入国者送還に関する協定などに調印 | ||
| 2002 | 10月:統一地方選挙でミツォタキス元首相の長女で新民主主義党のドーラ・バヤンニが初の女性アテネ市長に当選。 | ||
| 2004 | 3月:総選挙で新民主主義党がパソックを破り、11年ぶりに政権に復帰。 | ||
| 8月:アテネ五輪開催。 | |||
| 出展:リチャード・クロッグ著、高久暁訳「ギリシャの歴史」創土社 2004 | |||
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