こうぼうやま さつえい へいせい17ねん1がつ2にち

 

11がつ こうぼうやまとこうぼうさん

 

 かながわけんの やねといわれます たんざわさんかいをちゅうしんに やまなみは しほうはっぽうに ひろがり、そのなかに ちいさなぼんちがあります。そのぼんちを 「はだのぼんち」といいます。

 このぼんちの ひがしがわに たかさ250メートルそこそこの ちいさなやま「こうぼうやま」があります。

 それは、それはむかしのこと、こうぼうやまのまわりは おおきなきがうっそうとしげり、またぼんちないは ざっそうが せたけほど ぼうぼうとのびていましたそうな。そんなわけでか ぼんちないを「はだの」(はだの)と、よんだのだということですと。

 あきののやまは ひとしおうつくしく、かわのおとは さらさらとなり、ひるなく むしのこえも かすかにきこえてきます。あしばやのあきのひは、すすきのなみのなかに しずみかけるころです。

 からもめんの そういに しろのきゃはんをまとった ひとりのたびそうが くれゆくそらをみては なにかかんがえこんでいました。

 いつしかあしもとのおがわには、ぎんいろの うつくしい つきがうつっていました。

「おう、もうつきがでたか、どれそこらでいちやの やどをねがおうか。」

と、ひとりつぶやきながら、ほのかにみえるあかりを たどってあるきはじめました。

 しずまりかえったとぐちにたって、

「たびのそうゆえ、どうかひとばんのやどを おかしくだされ。」

と、ことばしずかにたのみました。そのこえをきいた しゅじん にざえもんは こまったようすのたびそうをみて、

「これは、これはたびのそうかい。さあさあ なんのえんりょもないところでございますに・・・・・・・。」

と、こころよくむかえました。

 よそのとちから めったにひとが、おとずれることのなかった おおむかしのことです。にざえもんも おくさんも たびのそうから、いろいろな よのなかのできごとをきくのが なによりのたのしみでした。ですから たびそうをむりやりにひきとめて、いつまでもいてもらおうとこころがけました。

 あるひのことです。たびそうは、

「わたしは、あのやまのうえで しばらくしゅぎょうをいたしたいのだが、あなたがたも ちからをかしてはくださらぬか。」

と、やまにゆびさして はなしだしました。

 にざえもんは おどろき、

「ととと・・・とんでもありません。あのやまは みちもなければ、たべものもない。それにえたいのしれないばけものがいるでしょう・・・・・・。」

と、いって てをよこにふってとめました。

 しかし、そんなことでたびそうはかんがえをかえませんでした。とうとう にざえもんは、そのねっしんさにまけてしまい、むらのひとたちにまで そのことをはなしてはまわり、やっとのことたすけをかりてやまのうえにいっけんの こやをつくりあげてしまいました。

 そして、たびそうはただひとりやまのうえのこやにすむようになりました。ところがむらのひとたちは、やまのうえでたびそうが なにをしているのか、だれひとりしりませんでした。またしろうともしませんでした。

 うすらさむいあきのかぜと、きのみをあさるとりのほかにおとずれるもののないしずかな こやのなかからはときおりおきょうがながれてくるのです。

 そんなあるひのことです。にざえもんが たびそうのところにやってきました。

 たびそうは にざえもんのかおをみるなり、

「ああ、こまったことがおこるわい。こんや このやまのしたにおおきなかじが・・・・・・・・。」

と、いいながら、いつもとはちがったきびしいくちょうではなしだしました。

 いつものことながら、ただならぬそうだと おもっていた にざえもんですが、このおそろしいよげんをきいては、おどろかずにはいられません。

 そのわけもきかず、あわてふためいてやまをかけおりました。そして「かじがあるぞ」、「こんやかじがおこるぞ」と、たびそうの よげんをむらびとにふれあるきました。

 ところがどうでしょう。むらびとはおどろくどころか、

「あんなやどなしぼうずのいうことなんかあたってたまるもんか。」

と、あざわらい、だれひとりしんじてくれるものがいませんでした。しかし、にざえもんだけは、あのしんけんなたびそうのめのかがやきにうたれて しんじてしまっていたのです。そうだあのことばどうり、おおきなかじでなくてもいい。すこしでもかじがおきてくれればと、ひそかにいのりながら むねをどきつかせていたのです。

 そのよるがだんだんとふけていきました。

 とつぜんむらのいっかしょから ひのてがあがりました。みるみるうちに ひはよぞらをまっかにこがしおおかじになってしまったのです。

 まずしいながらも へいわにくらしていたむらびとたちは、そのおおかじにびっくりし、おおあわてに、あわて、うろたえにうろたえました。

 ところが、・・・・・むらびとのなかには、

「きっと、あのぼうずが ひをはなったにちがいない。きっとそうだ。あのぼうずが ひをつけたのだ。」

と、よげんをしんじるどころか うたがいのめでみていたのです。それもむりはありません。あたりまえのことです。

 とうとう、むらびとのなかには、

「ひをつけたぼうずを おいだしてしまえ、いやいや、おいだしたってだめだ、たたきころせ、たたきころせ。」

と、いきりたち、むらびとたちをせんどうしました。こうなったら てのほどこしようもありません。

「にざえもんも ひつけのなかまだぞ。」

と、いってとらえられてしまいました。

 そしてにざえもんを せんとうにしてやまごやにおしかけていきました。

 いきりたったむらびとをみたたびそうは、すこしもあわてず、じっとすわってめをとじていました。

 そんなすがたをみたむらびとたちは、おこりくるって、

「おい、くそぼうず、ひつけぼうず。」「はやくここからでていけ、ころしてしまうぞ。」

と、ののしりました。しかし、おちつきはらった たびそうは、

 しずかにくちをひらいて、

「けしてうたがうな。わしはいまここであかしをたてよう。」

と、いいながら たちあがりそらをゆびさして、

「あれ、あそこにくもがみえるだろう、あのくもは おまえたちがいえにかえるころには、おそろしいあめとなりかぜをよぶだろう。さあこころしてかえられよ。」

と、いいました。そのめは むらびとたちをあわれむような、また、もえるしんねんのひかりにかがやいていました。

 さわぎ わめきたったひとたちも、そのめのひかりと そこじからのあるこえには、はじめのいきおいは どこえやら、すごすごとひきあげていきました。

 まだうたがいのまなこでみられていた てんのいっかくの くろくもは、みるみるうちにかわり、そらいちめんをおおってしまいました。そのよるは、あれにあれ、くるいにくるい、かわばたのいえはながされ、かぜにふきとばされたいえが なんげんかありました。

 おそろしかった だいぼうふううがおさまると、むらびとたちは、ふとわれにかえり、あのよげんのふしぎさにこころをうたれてしまいました。そしてしだいしだいに たびそうをそんけいするようになっていきました。

「えらいおぼうさまだ。いきぼとけさまだ。」

と、くちぐちにいいながら やまのうえにおしえをもとめにおしかけていきました。

 しかし、いつまでも このちにおでになることは、できなかったのでしょう。

 さむいさみむい きたかぜがふきあげてくるひ、たびそうは にざえもんにむかって、

「わしはにしのほうにたびだちたい。」

と、もうされました。

 むらびとたちと つきぬなごりをおしみながら、ひょうぜんとにしにむかってやまをおりていかれました。

 ほんとうに このたびそうこそ、だいしさま、こうぼうさまだったのです。

 それからはだれいうともなく こやのあった やまを「こうぼうやま」とよぶようになったのですと。

 

だいしんさいふっこうし(落合政一 ちょ)はだののでんせつより

 

 

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