いわたたつじ ちょしゃ  2005(へいせい16ねん)10がつ2にち りゅうじんのいずみ

2がつ ふしぎなかわ 「みずなしがわ」

 

さむいさむいふゆのひ、はやくもおひさまは、やまのはにしずみかけました。そのころ、こうぼうさまは おおすみがはらを いそいでよこぎっていました。

 くさはらは、どこまでもひろがり、そのなかを ひとすじに なもない おおきなかわがながれています。わたしばでは、そのひ さいごのふねが でようとしているところです。そこへ4、5にんのたびびとが さきをあらそってのりこみ、こうぼうさまが わたしばについたときには もうのれそうもありませんでした。

「もし、もし、ふねのおかたや、わしもいっしょに のせてはくれまいか。さきをいそぐ りょそうじゃほどに。」と、ことばていねいにたのみました。

 せんどうは、いじわるそうなかおで じろりとみて、

「だめ、だめだ。おまえがのる ばしょはない。それにのれても ほかのおきゃくさんが めいわくをしなさるぞ。こじきぼうずめ。」

と、にくにくしくののしったかとおもうと、さおをかわぞこにぐっとつき、ふねをはしらせてしまいました。

 でていってしまった ふねをみおくりながら、

「こまったせんどうだわい。さぞおおくのひとが なんぎをしていることじゃろう。」と、いいながら、かわのながれを じっとみつめました。

 なにか けっしんされたかのような こうぼうさまは

「ようし、わしのねんりきで、あのせんどうには きのどくじゃが、おおくのひとたちの くろうをとりのぞかねばならぬ、そうじゃ、そうじゃ。」

と、いったかとおもうと、りょうてをあわせて、

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

いっしんふらんに、おいのりをはじめました。

 いつまでもいつまでも、おいのりはつづきました。

 いつのまにか、とっぷりと ひはくれ、ひがしのそらには かけはじめたつきが たかくのぼっていました。

 やっとのことおいのりがすむと、こうぼうさまは つきあかりをたよりに かわかみにのぼっていきました。そしてとびいしづたいに むこうぎしにわたることができました。

そんなことがあってから はつかばかりが、またたくまに すぎさりました。ふしぎやふしぎ、わたしばのちかくの かわのみずがひにひにへっていくのではありませんか。それでもまだむらびとや たびびとも、いや わたしばのせんどうも まったくそれにきづきませんでした。

・・・・・・・・・・・・・・・。

「かならずこのかわを かわらにしてしんぜよう。」

と、いのったこうぼうさまのすがたを せんどうがおもいだしたときには、なみなみあったかわのみずは まったくなくなっていたのです。

 あまりのできごとに おどろいたせんどうは、かわかみがどうかなったかと、ようすをしらべにいきました。しかし、かわかみは なんのかわりもなく、とうとうとみずがながれているのです。

 ふしぎにもかわしもも かわりなく かわじゅういっぱいに みずがながれているのです。おどろいたせんどうは そのばに へなへなとすわりこんでしまいました。

“わたしばを ちゅうしんにして かわらになってしまったのです”

 それからは、だれいうともなく かわのなを、「みずなしがわ」と、よぶようになったのですと。

 いまもむかしのままに かわかみと かわしもは とうとうとみずがながれていますが、とちゅうだけ みずがきえてあるいてわたることができる ふしぎなかわ「みずなしがわ」なのです。 

はだののでんせつより

「はだののみんわ」(こども)

2がつ ふしぎなかわ「みずなしがわ」 ろうどく

 

 

 

2006年11月18日水のない川、水無川    2005年2月27日 たんざわをのぞむ

 

平成17年2月2月3日 はつうま(しらささいなりじんじゃ)

初午(白笹稲荷神社) 2/10

平成17年2月5日 たんざわ めいすいくみ(せいざんそう)

市町村対抗 かながわ駅伝競技大会(秦野市中央運動公園スタート)2/12

 

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