はだのし しぶさわきゅうりょう 2005ねん4がつ23にち さつえい
3がつ からこさん 〜唐子さん(からこさん)(伽羅子さん(からこさん)〜
いまから せんすうひゃくねん まえ、はだの ちほうには わずかなひとしか すんでいなかったと いわれています。とくに ほんちょうちくには ほとんど すいでんがなく(みずがないため) ひじょうに せいかつが こまっていたのでは ないかとおもわれます。
そのころの あるひ、ちゅうごくから おいでになった からこさんが ぶらくのなかを おとおりになりましたと。みすぼらしい いえいえが てんざいし、どことなくさびしさが ただよっていたのでしょう。そっと なかをのぞかれて びっくりなさいました。
それも そのはずです。いえのなかには やせほそった ろうじんが よこたわり、わかものも ちからなく うつむいていました。「これは ただごとではないぞ」とおもわれた からこさんは、いろいろと たずねられましたそうだ。
わかものは やせたとちでの くろう、そしてのうさくもつの ふさくを なげき ふうんをうったえました。
そのはなしをきいた からこさんは たいへんきのどくにおもわれ、もちあわせた ぎゅうにゅうせいひん(よーぐるとのようなもの?)を ろうじんたちにわけてくださいましたそうだ。
よろこんだ ろうじんたちが おしいただくようにして、「ごくごくごく」と のみほしました。すると みるみるうちに ちからが よみがえり、はたらくきりょくが でてきましたと。
「これは うしの ちちから つくったものだ。みんなは これから うしをかい、そのちちを たくさんのむがよい。」とすすめられ、うしのかいかたや、ちちのしぼりかたまで おしえてくださったそうだ。
それからは むらびとたちは うしを たくさんかい、にゅうぎゅうに せいをだし、こうふくにくらしたことですと。
そのことにちなんで ぶらくの な を 「ちゅうし(乳牛)」と よぶようになったといわれ、ちゅうしぶらく(牛乳部落)の ひとたちは けんこうと しょくぎょうを いただいた わたしたちの うじがみさまとして からこさん(唐子さん)を おまつりし、いつまでもしんこう していました。しかし、めいじのころとなり、ごうしゃ に なって、ちゅうしぶらく(乳牛部落) から からこじんじゃ(唐子神社) が なくなりました。
でも、ついさいきんまで おこなわれた 7月9にち・10にち(さいきん へんこうされています)の おまつりには こどもたちが ちゅうしの おおきなおみこしのまえにたって からこじんじゃ と かかれた のぼりをもって ちょうないをあるいたものです。
ところで、こんなに ゆかりのある、なんびゃくねんも つづいてきた ちめいも ちょうめいへんこうによって なくなってしまったのです。また、あとなんねんか たつと このちゅうしと いうよびなすら まったく はだのから わすれさられて しまうのではないでしょうか。
そのほかにも そや だいごみち(とちの ころうは デーゴみちと はつおんします)とうがあって にゅうぎょうした おもかげが わずかに のこっています。
はだのし ほんちょう 奥津善太郎さん、熊沢さんからうかがったものです。
3がつ からこさん 〜唐子さん(からこさん)(伽羅子さん(からこさん)〜ろうどく

3がつ25にち ちゅうおううんどうこうえん 3がつ16にち みたけじんじゃ(みなみちく)
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