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 ノーマライゼーションという言葉は、日本語で言い換えにくいそうですと、はじめにで書いておりましたが、続きが遅くなっている間に(すみません)、言い換え語が発表されました。等生化・福祉環境作りと言うそうです(国立国語研究所)。ノーマライゼーションと言うか、等生化・福祉環境作りと言うかは、使いやすいほうにと言うことでしょうが、この「考え方」が当たり前になればいいですね(意味説明として、障害のある人も、一般社会で等しく普通に生活できるようにすること、「等しく生きる社会の実現」とありました)。

ノーマライゼーションの歴史と言うことで、次にベンクト・ニィリエ「ノーマライゼーションの原理・育ての父」について触れさせていただきます。

 福祉住環境コーディネーターの教科書によれば次のように紹介されています。

 B・ニルジェは、知的障害者のライフスタイルとしてのノーマライゼーションについて、以下の内容を基本として普通の生活実現を提起したが、この内容は知的障害者のみならず、痴呆性高齢者や障害者等の要援護者にも適用できる考え方である。

◎ 起床、衣服着脱、食事、就寝等の一日のリズム。
◎ 異なる環境での家庭生活、余暇等を楽しむ一週間のリズム。
◎ 休暇への参加を含む一年のリズム。
◎ 幼児期、青年期、成人期、老年期におけるライフスタイルの保障。
◎ 自己決定権の保障。
◎ 結婚する権利も含め、異性との交際等の保障。
◎ 労働における差別、偏見を除去し、公平な賃金保障。
◎ 学校や施設における一般的な基準に基づく標準的な環境保障。と紹介されています。
 
 一日のノーマルなリズム、一週間のノーマルなリズム、一年間のノーマルなリズム…とノーマライゼーションの原理を八つの側面から説明しています。

 ベンクト・ニィリエの著書「ノーマライゼーションの原理 普遍化と社会変革を求めて」は、現代書館から、河東田博、橋本由紀子、杉田穏子、和泉とみ代訳編で出版されていますので、御著書を拝読したほうがよくわかると思います。ベンクト・ニィリエの労作を架け橋のように素晴らしく翻訳・紹介された著書を私なりに引用させてもらいます(拾い読みのようになってすみません)。

「ノーマライゼーションの原理の意味するところは、全ての知的障害者に、社会の普通の環境や生活様式にできるだけ近い生活のパターンや日常の生活の状態を入手可能にすることである。」

「私は、1961年の夏に、FUB(スウェーデン知的障害児童・青少年・成人連盟)のオンブズマンとして出発した。同時にカール・グルンネワルドは、スウェーデンの医学顧問、後には、社会庁の知的障害者部門の部長としての仕事を始めた。そして私たちはすぐに協力しあうことになった。…カール・グルンネワルドは、新しい心理学的、発達学的、そして社会学的な洞察力を駆使して、ダイナミックで教育学的、そして、人道主義的な研究法を編み出していった。そしてそれは、変化をもたらす強い風潮を生み出していった。彼は単に省庁内で仕事をこなしただけでなく、施設を活性化させたり、施設をよりふさわしいノーマルな環境にしていく計画促進の必要性と働きかけを強調した彼の調査報告に関心をもったメディア通して、外部に、つまり一般の人々に対しても働きかけていったのである。」

「変化をもたらす強い風潮」これを生み出すと言うのはすごいですね。能動的にかかわると言うのは力のいることですから、すばらしいですね。

「スウェーデンにおいては、中軽度の知的障害で、16〜25歳の青年や若者のための社会生活トレーニングプログラムがスタートしたばかりである。アヴェドン博士が1963年にスウェーデンを訪問したのが契機となり、彼の原理が今ではかなり実用化されている。また、青年期の若者に対する周りの大人の態度が重要であるという認識が、トレーニングプログラムや余暇活動を通して高まったことも重要な要素である。…

 私たちは、これら全ての活動を通して、実際的な社会生活トレーニングが大変重要であることを確信した。買い物の仕方、スーパーマーケットやセルフサービスのカフェテリアでの対応、タクシーの乗り方、メニューから注文する方法など、まず初めに個別のトレーニングが必要である。たとえ字が読めなくても、大人の振る舞い方をすることが、青年期の若者は大切だと思っている。経験不足を感じ、より豊か経験や能力向上を求め、毎日の生活において他と同等の立場に立ち、技術的に完全に社会に統合することが彼らの切なる要望である。

 また、親にたいしても、プログラムの意味や効果を説明し、理解を得ることが必要である。」

 プログラムとして社会生活トレーニングが行われていると言うことが大事ですね。また、自己決定能力を高めるためのトレーニング、自己主張のための社会生活トレーニングにまで進んでいることが、原理の適用としてさすがですね。「ノーマライゼーションは、ゴールであるとともに過程であり、手段であるとともに目的である」これが等生化ですね。終わることなき生成発展ですね。

「知的障害者は、その障害故に、自己のために発言することが困難で障害者の中でも最も重度の障害と見なされてきたため、彼ら自身が、自己主張実現への道を歩みだすことができれば、今まできわめて無視されてきたノーマライゼーションの側面を実現することになるだろう。声なき人々の発言権を強めることは、他の障害をもつ人や価値が低いと見なされてきた人々の発言権をも強めることになり、専門家や知的障害者自身、あるいはその親たちだけでなく、社会の他のグループの人々にも大きな影響を及ぼすであろう。デンマークやスウェーデンでは、法の制定を受けて知的障害者の親たちが得た発言力と同様に、知的障害者自身の発言力を強くする基盤をつくり上げようとする策がとられている」

「最も弱く、社会から逸脱した価値のない人たちだと思われてきた知的障害を持つ人々の自己決定の問題を解決することができれば、私たちは、彼ら以外の価値が低いと見られてきた人たちや他の障害をもつ人たちに、有意義でその社会にあったあたり前の自己決定を保障することのできる新しい社会を作ることができるであろう。そうすれば、知的障害をもつ人々以外の障害をもつ人々の生活条件をごく普通にすることができ、生活の質を向上させることにもなる。自己決定の権利が知的障害を持つ人々に尊重されないなら、他の多くの人々に対しても、この権利は尊重されることはない。」

 民主主義とは多数派によって意思決定されるものですが、少数派の意見も傾聴されるべきです。おざなりのヒヤリングという手続きを踏むというだけでは充分ではないでしょう。また、権利はあるというのではなく、主張されてこそ権利です。機会は均等であるべきです。意思決定のための情報も平等であるべきです。多数、強者によって黙殺、圧殺されるような社会は、弱さ・恥部を秘めているからでしょう。誰もが等しく尊重されるのでなければ民主的な社会とは言えず、弱くもろい社会です。自立した個人の尊厳は守られるべきです。矛盾噴出というのは誤魔化しのある社会、虚構の社会、幻想の情報でつくられた社会なんでしょうね。戦争もそうですけど、人間を軽く見る社会って嫌ですね。

 デンマークのバンクミケルセン、スウェーデンのベンクト・ニィリエ、ノーマライゼーションを単なる理念でなく、法的に具体化して言ったということが凄いですね。偉人伝として絵本になってるのかな?