今月の音楽人
22 2003年5月号)
(※この内容は「町田音楽ネットワーク」からの一部引用です)

何も存在していない所に人の心を動かす「モノ」を創り出す。
その「モノ」には誰も触る事ができないし終わればその存在は消えてしまう。
そんな「モノ」をこの地域で創り出してきた人々を紹介していきたい。


―  福本 マサ さん ―

 「社会の意識改革が必要なんですよ。日本じゃメディアに乗っかるのも聞く側も流行りのマーケットばかり意識していて。」「世界的に見ても素晴らしいミュージシャンがいるのに・・・・・、この世の中で『音楽家』ですってちゃんと名乗らせてあげたい。」等々、まったく同感である。今月の音楽人は今年で設立11年目を迎えるジャズドランカーズ代表 福本マサさんだ。ジャズドランカーズはコンサート活動及びジャズ音楽を通じて小田急線沿線のジャズ振興と地域の活性化を目指そうというボランティア集団。メンバーは高校時代に遊び友達だった福本さん・下湯川さん・渋谷さんの3人。

 福本さんは文京区小石川のご出身、中学3年生の時に町田一中に転校してきて以来の町田市民だ。高校時代は三上寛の「夢は夜ひらく」が青春の歌、やがてディキシーランドジャズを聴き始め、ジョージ・ルイスのファンになったあたりから、アメリカ黒人のメッセージが表現されているブルース、ゴスペルそしてジャズへと傾倒していった。

 「ジャズドランカーズ」という名前とコンセプトは福本さんたちが毎年観客として行っていたMt.Fujiジャズフェスティバルの中から生まれた。一般客が泊まれないはずのホテルMt.Fujiになぜか毎年宿泊してずいぶんたくさんのミュージシャンたちと交流を深めたようだ。あのアートブレーキーは自前の浴衣を着込んだ上に徳利を何十本も並べてご満悦だったそうだ。

 ジャズドランカーズ始動の直接のきっかけは、たまたま新宿の「カーニバル」というお店に遊びに行った時、ちょうど演奏していた今津雅仁&Fuzz Motionに惚れ込んで、その場でファンクラブ結成を約束してしまった事。その後、Fuzz Motionのワンマンコンサートを新宿シアターモリエール(ホール)で大盛況のうちに開催。この時の司会はジャズ評論の草分け的存在瀬川昌久。やはり評論家として有名な油井正一は超満員のため入場できず、である。

 
自然環境保護などを目的としたチャリティーコンサートの企画、お年寄り・福祉施設等の方・身体に障害を持ちながらも頑張っている方々の招待なども行っている。これはジャズドランカーズの特色といってもいいと思う。

 現在、福本さんはNPO(特定非営利)法人の申請中である。名称は「文化芸術市民協議会」。ジャズドランカーズという小さな有志ボランティア団体では出来なかった事をNPOという社会に認知された形で目指す。行政や地域とのつながりを積極的に進め、「音楽の街を作りたい。」・・・・・これが福本さんとジャズドランカーズの夢だ。