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雇用ポートフォリオ

雇用ポートフォリオ 中間レポート 第2回 中間レポート 授業内アンケート結果 中間レポート 役員・開発チーム・一般社員

<中間レポート参考資料>

1.     「雇用ポートフォリオ」(草稿)

1.1.     雇用ポートフォリオの前提と一般概念化

「雇用ポートフォリオ」は、一九九五年の日経連の報告書『新時代の「日本的経営」』(以下『報告書』)[i]で着目され、その後、一九九〇年代以降、バブル崩壊後の日本企業の雇用政策を考える重要な指針の一つとなった。この用語は、日本の雇用形態の策定の戦略と現状を表している。『報告書』は、日経連事務局から五〇〇〇部頒布、その後、増刷され二三〇〇〇部発行され,この種の報告書としては異例の部数である。この『報告書』の基本的視点は、その理念は長期的な視点と人間尊重である。技術的には「日本的雇用・処遇制度に欧米の合理性やマーケットメカニズムの要素も加味していくという考え方で取りまとめた」(日経連、1995:7)ものである。ただし以下で検討するように「全従業員を流動化させる」のではなく「長期雇用者と流動化させる雇用者との組み合わせ」と比率を問題としている。この組み合わせと比率の経過において新しい雇用形態の導出を想定している。

「ポートフォリオ」は、本来、投資を一定対象に集中させず、リスクの異なる金融商品を組み合わせリスク分散させる金融・財務の用語である。一つの金融商品に投資対象を特定すれば、その変動にリスクが集中する。これを雇用に適用すれば正社員だけ雇用すれば、労務コストは固定費化する。人材を異なる種類の金融商品と同様に異なる雇用形態や職務内容によって分類し、組み合わせることで労務コストを流動化させ固定費化リスクを回避できる。分類される主要な雇用形態は、以下の類型であった。

(1)「長期蓄積能力活用型」: 新卒一括採用・年功賃金・長期安定雇用の「正社員」であり、長期雇用を前提にOJTOffJTによる人材育成の対象となり、「職務・階層」のランクで処遇される正規雇用の社員である。この類型には長期安定的雇用が適用される。

(2)「高度専門能力活用型」: 長期雇用を前提とせず,即戦力の専門的熟練・能力の活用、年俸制・労働時間ではなく従量制など成果で処遇し、「ライン」ではなく特定専門分野の「スタッフ」として採用される。社内育成では即戦力にならない特定のすぐにでも必要な専門的知識・能力の人材を即戦力として外部労働市場から調達される.現在の製造業などではAIの技術者が想定される。どのような専門的知識が要請されるかは状況に依存し、状況に不適合となれば雇用調整の対象となる。

(3)「雇用柔軟型」: 定型業務の期限雇用の非正規の人員であり、「職務給」で処遇される.この雇用形態の場合,「職務」の範囲内で同一労働同一賃金が勤続年数にかかわりなく適用される。同一職務である限り同一の賃金が支払われ,年功的な処遇はない[ii](日経連、1995:33)。またこれらの雇用柔軟型の就業人口での拡大は賃金原資の固定化リスクの分散、圧縮は人手不足への対応を意味する。さらに定型業務は、海外への向上の移転や定型業務のアウトソースという方法で外部労働市場に雇用関係が放出されることになる。

これらの雇用類型を組み合わせ、人件費の固定化リスクを回避するが、その組み合わせと比率は流動的に調整され、景気・経済状況の変化に柔軟に素早く対応する意図ある。「雇用形態の多様化や需給関係の変化は、新しいタイプの雇用システムを生み出していく」[iii](日経連、1995:33)。余剰人員が見込まれれば、正規の新卒を絞り込み、非正規を増やし、社内で人材育成せず、即戦力として必要な分野の専門職を中途採用し対応することで、労務コストを流動化させ賃金原資の節約を行う。今現在、直面する問題解決に貢献できる人材の確保、最先端のテクノロジー、人工知能などの専門技術者・研究者が該当する。これらの人材は社内で育成する時間的余裕がない。またポートフォリオの概念で重要なのは、組合せと流動性である。ただし、この流動性の実質的な結果は、「長期蓄積能力活用型」の男性正社員をできるだけ少数にすることになった。実際のところポストバブル不況下で男性の正社員は絶対数においても就業者全体の占める相対的な割合においても減少した。「雇用柔軟型」とは景気の良い時は都合よく採用され、景気が悪くなったら真っ先に解雇される雇用形態である。「高度専門能力活用型」も、必要に応じて中途採用され、不要になれば決して居心地の良い状態ではなくなる。「中途採用の賞味期限は3年」という言説もある[iv]。現在は、少子高齢化と人口減少から人手不足の状態から、地域と職務に関する限定正社員の雇用形態の流動化カテゴリーによって正社員化への流動性が見られる。以下は、日経連の基本的なコンセプトを図式化したものである。

 

 

 流動性には、いくつかのパターンが考えられる。「図1」の右上から左下、すなわち「雇用柔軟型」⇒「高度専門能力活用型」⇒「長期蓄積能力開発型」への流動は、定型業務を担当する通年採用のパートタイマーの特定の潜在的な職務能力が開発され、正社員に雇用形態が流動化されることを意味する。このケースは人手不足の場合に右上から左下へのシフトの傾向がある。また新卒採用され、定型業務からスタートし、離職・「第2新卒」に回帰せず、業務の習熟化と配置転換をへて基幹的な業務に向かいながら緩やかに昇進していくことも考えられる。逆に左下から右上へのシフトは、定年退職した正社員が非正規の職員として再雇用されるケース、また余剰人員が想定されるケースで、新卒採用を抑制し、非正規雇用の採用の比率を高めるようシフトし、人事コストを抑制するケースが考えられる。二つの流動化のパターンを確認しておくことが議論の混乱を回避する。一つは、転職による外部労働市場の流動化であり、もう一つは、内部労働市場の流動化であり、すでに雇用関係にある非正規雇用者の正規化あるいは正規雇用者の非正規化である。このような雇用形態の組み合わせによって、終身雇用制は崩壊せず、コアな人材に適用される雇用関係の一類型として維持されることになる。これは制度の変更であり、ただしすべてが失われ、全く新しいものが取って代わったわけでもない。コアな人材にたいてい終身雇用制が適用されることに変わりなく、内部労働市場での流動性が確保されたことを意味する。またコアな人材の構成はダイバーシティが要請されることが予測される。「終身雇用制の崩壊」は、正確には、新卒採用を絞り込むなど、その雇用制度の適用範囲の収縮局面を意味すると理解することが妥当である。厳密には、退職勧奨や新卒採用の絞り込みは、終身雇用制の制度ルールが維持され、適用範囲が限定されることを意味するし、また人手不足の場合は、その逆の対応がなされる。

日経連の『報告書』の執筆・策定者へのインタビューには、「正社員で雇えば雇用も保障するし年功賃金だけれども、全員を正社員にすると…、不況が来たときに「解雇できません」「賃金を下げられません」となって立ち往生する。その時に対応できるために、派遣社員やパートタイムの人たちも組み合わせ…」[v](八代・牛島他,2015:94)との指摘がある。ただし『報告書』策定者たち自身は、非正規雇用を「全体の二割」に想定し、実際には「三五%」の構成比となり、「想定外であった」[vi](八代他,2015:95)。非正規雇用は、今日、四〇%に達している(厚労省「就業形態の多様化に関する総合実態調査」二〇一五年).確かに、この統計には、改正高年齢者雇用安定法(二〇一三年)によって雇用の継続を希望すれば働き続けられ、定年退職した正社員の再雇用者が「パートタイム労働者」として算入されている。しかし就業者の非正規割合が人手不足の状況であっても増加傾向にあり、正規採用を希望しながら正規で採用されない不本意の非正規雇用も少なからず含まれていることも事実である。派遣労働者の平均時給は現在の人手不足から高騰し現在二五〇〇円前後であるが、それでも正規社員より安価である。国税庁によれば、正規雇用者の平均年収は四七八万円,非正規のそれは一七〇万円である。

『報告書』(一九九五年)が策定される当時、バブル経済が崩壊し、プラザ合意後の二年間で為替レートが一ドル二四〇円から一二〇円になる急激な円高から企業経営は空前の極めて厳しい状況であった。人員余剰の状況での報告書の作成過程で「減価償却を除けば国民所得の7273%までが人件費….結局コストを下げるには人件費を下げる以外にない」、「人件費の上昇をいかに抑えるかということがメインのテーマ」、「職掌を分けて、単純業務をする人の賃金が定年まで毎年上がっていくようでは……。定型業務の人の賃金は、ある程度いったら上がらないというのも」(八代他,2015:89-90)との指摘がある。「雇用のポートフォリオ」は会社が生き残るため選択の余地のない戦略と想定されている。このころから転職があり得なかった心情から、一つの選択肢となるか、ならざるを得なくなった。

『報告書』の企業経営が当面,対応すべき状況は,(1)低成長下の「雇用の維持・創出」、(2)人員の当面の余剰と将来の不足、(3)「事業再構築」、(4)余剰人員と産業間・職種間の移動の活発化,(5)国内雇用の空洞化(日経連,1995:21-22[vii]であった.したがって「雇用ポートフォリオ」は『報告書』の策定当時,各企業の適応すべき状況と個別性を認識する歴史的な概念の側面がある。ここでは「雇用ポートフォリオ」を個性記述的(ideographic)な個別性の認識よりも分析概念として当時の歴史性から離脱し、純粋化、経験的な一般規則性を導く(nomothetic)認識のための概念の一般化を試みる。上記「(3)」の「事業再構築」を除外し、人員の余剰か人手不足かをパラメーターとして、さらに労働移動が内部労働市場か外部労働市場も含めるかの検討が必要となる。同様に「(5)」の「空洞化」についても留保が必要である。労働集約的な部門を現地化し、より付加価値の高い企画・研究開発部門に人員を集中させ、国内生産と外国現地生産のシナジー効果などを考慮すれば「国内雇用の空洞化」は個別的な状況依存の歴史的問題となる(Dore, 2005:35-36)。『報告書』の策定当時は、バブル崩壊後の人員余剰への対応が要請され、現在は「人員不足」である。

日経連は、これらの雇用形態間に「流動性」を想定し「身分」の性質のないことを強調している。端的には「長期蓄積能力活用型」以外の雇用形態は基本的に雇用調整の対象となり、新卒採用が絞られる。これらの雇用形態の組み合わせと比率は各企業の実状に適合するポートフォリオが選択される[viii]。正規雇用の労働コストの固定化と非正規雇用の流動化を組み合わせ調整し、労働力需要の変動に適応可能性を確保する。雇用が過剰の場合、雇用をすべて守ることは困難だが、「雇用柔軟型」すなわち非正規雇用を組み合わせ調節弁として活用し労働コストを流動化する。

 人員余剰の場合、正社員比率を下げ、非正規雇用の比率を高める雇用ポートフォリオが合理的である。また「高度専門能力型」は、より高度で複雑な専門的知識の要する特定の職務を担当し、内部育成するより外部労働市場より調達することが人材育成コストを節約できる。必要な職務専門分野は適応状況とともに変動し、長期継続的な雇用を前提としない。逆に人手不足の状況では、正社員の比率を高め、非正規の正規化、定着率の確保のため、地域・職務の「限定正社員」などの媒介的雇用形態を組み合わせる。長期的な視点に基づく経営の立場から、正社員の雇用を守るため、雇用調整の対象となる雇用の型を組み込み、人事コストの視点から組織の競争力を確保することが想定される。

 正社員の雇用維持として、どのような制度化がなされたか事実関係を確認しておこう。一九八五年の労働者派遣法によって、派遣可能業務は、専門性の高い一三業務に限定されていた。二〇〇二年,小泉政権下、内閣府の「総合規制改革会議」にて「円滑な労働移動」、「就労形態の多様化」として、労働者派遣法での派遣期間の一年制限の撤廃、年までの派遣が認められる業務を拡大、製造業への派遣、派遣期間上限年を五年に、判例だった解雇の基準やルールの法制化が提言された[ix].ただし労働者派遣法の適用対象業務の自由化と非対象業務のリスト化は「雇用ポートフォリオ」と呼応し得るが、直接的な因果関係は確認できない。『報告書』の策定は一九九五年五月、一方、派遣法関連の行政改革推進本部の「規制緩和検討委員会意見報告」の提出は一九九五年二月、それ受け同年三月に閣議決定されている。翌一九九六年一二月、「労働者派遣法施行令の一部を改正する政令」が公布・施行され、一六から二六業務に拡大されている[x](八代・牛島他、2015:27-28)。『報告書』の策定者自身、「非正規が二〇%で止まってくれれば、社会の劣化は最小限に防げた…。二〇%を一%超えるごとに、その分だけ社会が劣化していった…」(八代・牛島他、2015:97)との指摘がある。派遣労働は、限定業種だったが、二〇〇四年に製造業に認められ、日雇い派遣まで拡大され、自由化された。

1.1.1.    雇用ポートフォリオの一般概念化

「雇用ポートフォリオ」は、歴史的に一九九五年の経済状況下の人事コストの固定費化リスクの回避の要請にから導入された戦略である。その歴史性を除外し「雇用のポートフォリオ」を分析装置として一般概念化に着手しよう。この用語は、一九八七年の成瀬健生の研究、『人事トータル・システムの設計と運用』(成瀬,1987)で採用され頻出化していった(八代・牛島他,2015:92)。労働組合側からすれば、経済的状況の変化に適応するためにリスクを労働者側が負うことへの懸念であった。経営側は、適宜に労働力を確保し、企業利益最大化の戦略をとるが、働く側の多様な働き方の選択をどのように確保するかが問題となる(八代・牛島他,2015:30-31)。

人事コストの削減だけでなく、「人的資本の最適ポートフォリオ」を考慮すれば、ドーリンジャーとピオレの議論が重要である.ドーリンジャーとピオレの先行研究にはゲーリー・ベッカー(Gary S. Becker)の『人的資本』(Becker, 1964)があり,この人的資本の概念には「暗黙の契約」、「特殊性をもった」(idiosyncratic)労働交換が前提となる。ベッカーによれば、各企業の内部労市場への要請は、企業特殊的人的資本(enterprise specific human capital)が想定されるからである。企業にはその企業独自の技能が培われる。社内のOJTなどの技能訓練は、その企業で必要な資本・設備投資と同様に人的資本への投資、人材育成への要請がある(Becker, 1964; Doeringer & Piore, 1985: xvi)。従業員の立場からすれば、将来の処遇を期待し自らの労力と時間を投入し、技能向上への動機づけが導かれる。しかしながら、その技能が企業特殊であり、他社では効果的でなければ、雇用の流動化および労働移動は自己の人的資本・技能の付加価値を低減させる。また企業とすれば、そのような技能の流出は損失であり埋没費用となる。企業が技能訓練の費用回収のために労使ともに安定的な雇用の継続が合理的である。企業は熟練労働者の確保が困難な場合、賃金外給付を賃金に上乗せする。しかし余剰人員のある場合、従業員は賃金の減額を受容する。人的資本への投資・技能形成が投資対象と考えられ,従業員はリスク回避の傾向なら、労働移動よりも雇用の継続性を選択し、より低い賃金水準を受容する。「使用者は授業員と比べ、そのポートフォリオを分散する能力がより高いと想定されることから、双方にとって有益な形でのリスクと賃金の交換が存在しうる」(Doeringer & Piore, 1985: xvii).ドーリンジャーとピオレの「人材育成投資」のポートフォリオは多様な職務技能への人材育成コストの分散を意味する。

これらの職務・技能への分散投資,すなわち「職務技能のポートフォリオ」は、使用者側の戦略に限定されるより、従業員の側からの働き方の選択でのポートフォリオを考える必要がある。そうでなければ従業員による低賃金と雇用の継続性との交換以外に選択肢を想定できない。職務技能への分散投資は、働く側の収入源のポートフォリオが想定される。就業規則に職務専念義務が明記されていれば、その規制緩和が授業員の側の働く可能性と選択肢を広げることになる。企業も労働コストの固定リスクを回避する機会を効果的に確保できる。雇用ポートフォリオの一般概念化とは、経営側からすれば最適の雇用形態と職務技能の組み合わせであり、働く側からすれば働き方の選択と収入源の労使による授業員の副業の容認である。使用者側にポートフォリオの分散する能力が高くリスク許容度が高いのはドーリンジャーとピオレの仮説だが、その妥当性が継続するとは限らない.

働かせる側からだけのリスク回避であれば、一般化された分析概念というよりも、経営イデオロギー的な概念である。そうではなく、働き方の選択としてのリスク回避の分析概念としての一般性を確保する必要がある。



[i] 新・日本的経営システム等研究プロジェクト、『新時代の「日本的経営」――挑戦すべき方向とその具体策――』、1995年、日本経営者団体連盟。

[ii] Ibidp.33p.64

[iii] Ibidp.33

[iv] 樋口弘和、『即戦力は3年もたない――組織を強くする採用と人事』、二〇一〇年、角川oneテーマ21

[v] 八代充史・牛島利明・南雲智映・梅崎修・島西智輝編、『新時代の「日本的経営」:オーラルヒストリー」:雇用多様化論の期限』、2015年、p.94

[vi] Ibidp.95

[vii] Ibidpp.21-22

[viii] Ibidp.33

[ix] 「規制改革の推進に関する第1次答申」(2003)、http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kisei/tousin/011211gaiyou.html

[x] 新・日本的経営システム等研究プロジェクト、『新時代の「日本的経営」――挑戦すべき方向とその具体策――』、1995年、日本経営者団体連盟、p.27-28

 

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担当: 村上綱実(Kohjitsu MURAKAMI) 立教大学大学院 21世紀社会デザイン・ 経営学研究科兼任講師
( 公益財団法人) 政治経済研究所 主任研究員 
最終更新日 : 2017/06/13