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古刹 高徳山・立伝寺

天正十二年(一五八四)、塩田区に浄土真宗、高徳山立伝寺が創建されました。

『立伝寺由緒覚』によれば、当時の開基は、筑前国津城主原田相模守と申す人の二男建立とあります。『塩田郷土史』には、「筑前国津城主原田相模守、戦敗れて兄弟肥前に逃る 兄相模守は、龍造寺に仕え弟修理之進は、塩田に彷徨ひ幼童を集め手習い師匠として住居けるが後、天正十二年法躰となり名を玄照と改め徒弟六七十名悉く檀徒たらしめ一宇を立て立伝寺と称す(後略)とあります。立伝寺は昭和五十八年、開山四百年の記念法要を勤修なされ門信徒参集し開山玄照師のご苦労を謝し仏縁を深められましたが、その時の記念誌によれば、創立筑前の国、津城主原田相模守の二男修之助が創立した。槍一本の武将であったが藤津郡(現在嬉野市)塩田に来て子ども達に手習いを教えていたが、後これを檀徒として出家し、法名を玄照と改め一寺を建立した。宗派は、はっきりしない。とあります。また三世玄道のとき、本山(本願寺)より許可書をいただき本願寺末寺(浄土真宗)と成る 寛永十八年八月二十六日 許可とあります。

また立伝寺には『公方様第三代御位牌造立、正献院様御位牌造立書 元禄元戊辰、法悦(第四世)の古文書もあります。それによれば、三世玄道は、三代将軍家光の葬儀に列し、帰国後、公方様三代大B院殿公の位牌をまつった正献院様(鍋島直澄)の位牌の安置を許されたと伝えられ寺宝として安置されています。また三世玄道の坊守は直澄公息女音成姫であったと伝えられています。第七世慧燈の頃本堂を建立されました。

天明四年甲辰(一七八四)には、塩田の名石工筒井藤右衛門の作なる水盤が江口龍右衛門・吉富又右衛門・藤松次良右衛門・森貞右衛門・西喜四郎・桑原長左衛門・江口利兵衛によって寄進されています。現住職は第十三世原田大和師 門信徒の教化に尽瘁しておられます。