古刹 「生蓮寺」
上品山・生蓮寺
明徳二年(一三九一)二月一日、塩田区に上品山生蓮寺が創建されました。室町時代の頃であります。当時を知る資料が町内には乏しく美野池田栄治郎氏所蔵の「永田家系図」によれば、永田元雄その子行徳、孫の行一の頃かと思います。また石垣にあったと伝えられる本源寺が焼失したのは生蓮寺創建二年前の事です。
さて生蓮寺の御本尊阿弥陀如来の立像は塩田津のたびたびの大火の難も逃れ見事な彫刻の御木像であり六一〇年余の昔から拝まれています。
さて蓮池藩祖鍋島直澄公は神仏を厚く崇拝されました。生蓮寺の寺宝と伝えられている3升入りの大柄杓は直澄公が寄進されたと伝えられています。領内の方々は米三升麦三升の奉加ほうかを生蓮寺へしておられました。この奉加は昭和初期まで続けられ御仏の御慈悲に感謝しておられ
ました。また寺の記録によれば、享和二年(一八〇二)十一月二十二日、前田伸右衛門が一手寄進の大施主となって本堂を再建されたと伝えられています。また現在の本堂は『本堂再建記念碑』によれば明治四十年七月二十三日、本堂再建落成とあり、井上和右衛門三百円寄進を始め、深村安太郎、宮崎卯助、下田丑五郎、下田辰三郎、宮埼好太郎、宮崎辰一、前田ヤノ、前田ミツ等門徒一同の懇え志しによって建立されています。
本応寺参道から石段を登れば享保九年(一七二四)建立された薬師如来が祭られています。また境内には天保三年 庚申青面金剛 天保十四年 猿田彦大神 天保十四年 猿田彦 弘化三年 猿田彦大神 嘉永七年 庚申尊と幕末頃に建立された猿田彦大神がまつられています。塩田でも、庚申信仰があった事を物語っています。
生蓮寺から立伝寺は続いていたと伝えられ、脇の城を作るとき埋め立てら
れたと語りつがれています 生蓮寺の本堂内には安産祈願の薬師如来がまつられ、町や町分の方また門徒の方が参拝しておられます