和泉式部伝説
昔、昔、塩田荘に大黒丸と呼ぶ正直者で働き者の夫婦がおられました。夫婦円満でとても幸せに暮らしておられましたが、残念なことは子供に恵まれない事でした。「腕白でもよいから子供を授けてください」と朝に夕に、神様、仏様におまいりされていました。
そうしたある夜の事、夫婦は同じ夢を見られました。それは夢の中に出られた仏様が、「明日朝早く白石の福泉寺へおまいりしなさい。あなた方が待ちのぞんでおられる子どもさんが待っておられます。」との事です。
二人は同じ夢を見たことを喜び、夜が明けるのを待って杵島山を越えて福泉寺へまいられました。ところが福泉寺では大騒ぎでした。騒ぎと言うのは、和尚さんが本堂で朝のおつとめをしておられますと裏山から赤ちゃんの泣声が聞こえてきました。何事かと行ってみられますと一頭の鹿が赤ちゃんにお乳を飲ませようとしています。鹿も人間の赤ちゃんが泣いていたのでお乳を飲ませようとしたのでしょう。和尚さんが行かれると、「和尚さんたのみます」と言うように頭を下げて山おくへ消えていきました。さて和尚さんは赤ちゃんをだっこして寺へ帰ったものの産衣もなく、お乳もなくどうして育てたらよいものかと思案にくれておられたのです。
そこへ大黒丸夫婦がこられたのです。夫婦は夢のお告げを語って、かわいらしい女の赤ちゃんをいただいて帰られました。
かくして大黒丸夫婦のもとで育てられるようになった赤ちゃんはすくすくと美しく育ち九歳才頃になると塩田一番の学者も教える事がない程に成長されました。彼女の事を聞かれた都の法師様は塩田を訪れぜひ京都で勉強させてほしいと夫婦に懇願されました。可愛い娘と別れる事はつらい事でしたが娘の幸せを思い法師様について勉強させる事になりました。
かくして成長され、かの有名な和泉式部となられたと伝えられています。式部は天子様から望む賞をとらせようとの事で、大黒丸夫婦へ五町歩の田をいただかれました。それが「五町田」(地名)の由来となったと伝えられています。昔、昔のお話です