2003年9月、いよいよ待ちに待ったシニアのスタートだ。リトル時代を終えて、習得したことが多かったことに、感謝したい。人間的に成長できたのではないかなと、ちょっとだけ、期待してしまう。引き続き心の支えに成れればよいと思う。父さんが、ボケないように、グランドに連れてってくれよ。そして、元気に活躍する姿を見せておくれ。

  • 2003年11月30日
    広島の山の中、志和の広島信用金庫グランドで練習した。懐かしい、このグランドは潤が小学2年生の 時以来だ。以前に比べ、グランドが小さく見えた。子供らが成長したからだろうか。ここを前使ったとき、 グランド3面取れていたと思う。グランドの周りは、山から繋がる茂みや畑で、鹿が出没するという。 周囲の山々は紅葉で雲の切れ間からあたる日照りで、山を赤く染めている。冷たい風が、木の葉を散らし、雪の 季節がすぐそこまで来ているのを感じる。練習参観の保護者は完全防備で椅子に身を寄せている。 わし、Tシャツ一枚で、ノックのお手伝いをしていた。今日は、赤帽を被った選手が4名居る。チーム の練習帽は紺色なのだが、この赤帽は、故障者がかぶることになっている。その中の1名が潤。初めて赤帽 をかぶった。昨日、練習で、友達と接触して左足ふくらはぎの筋肉を痛めてしまった。ダッシュや 瞬発系が出来ない。それと、昨晩から、喉がおかしい、微熱があった。昨日、頑張ったつけがが出たようである。 それにしても3名の保護者から、昨日の活躍を聞かされて、ちょっと照れくさかったが何だか嬉しい。 グランドコートを着て、ベンチに座ってちじこまって居るのを見るのは何となく悲しい。 それでも、フリーの打撃練習では、足が痛いとは言っていたが、センターと右中間に良い当たりがあった。 しかし、本調子で、ぶん回しているわけではない。悲しいなぁ。試合形式の練習では、座って、バーベルを 時々行うだけで、後は寒そうに背中を丸めていた。帰り際のグランド整備のとき、潤は、頭が痛いと 咳き込んでいた。今日は、バッティングセンターに行かずに家に帰った。暖かい風呂を沸かし、潤が入浴中に 使いきりのコンタクトレンズがもう無いことに気がつき、メガネスーパーに買いに行った。夕食は、ファミリーマート の弁当だ。それにトマトやきゅうりを追加した。プロテインを飲ませ、早めに寝かせた。潤が寝際に、父さん 今日ありがとうと言った。えっ、何が?と聞き直すと、スパイク綺麗になっとった。と潤が答えた。 昨日、練習に付き合えなかったが、スパイクが、ドロドロだろうと思い、昨夜、潤が寝てから、手入れをしといた。 練習着を洗濯した際、両方の靴下に10円程の穴が開いて、足の裏の辺りが一面真っ黒になっていたからだ。 砂が、靴の中に溜まると、靴下はすぐに破けてしまう。何故って、靴下にヤスリを掛けているのとおなじだ だからである。
2003年12月02日 11時00分33秒

  • 2003年11月28日
    今日も雨である。秋の長雨ってところだろうか。家に帰ると潤は自転車で藤木の塾に行った後だった。最近外食や買い弁が多いので たまには、飯を炊いた。でもおかずが冷蔵庫に何にも無い。困ったなぁ、潤と相談してから買おうと思った。 雨がしょぼしょぼ降っている。エスティマで塾に迎えに行った。潤が出てくる前に、自転車を後部座席をたたんで積み込んだ。 暫く、懐かしいイーグルスのホテルカリフォルニアを聞いて、時間を潰した。学生時代を思い出していた。免許取立で、 どこか、世の中全てに不安を感じつつもそれなりに大人の仲間入りをしたつもりになって、歯止め無く行動していたなぁ。 下宿に一人で暮らし、むちゃくちゃをやっていた。わし、親と一緒に住んだのは中学生までである。イーグルスや、アース ウィンドアンドファイヤァ、リー・オスカー等が懐かしい。また、オスカー・ピーターソンやハンコックも好きだった。 雨が降って寒くなり、一人で好きな音楽を聞きながら車中に居るとそのころのことを思い出す。富士山のあたり、 河口湖や山中湖、富士急ハイランドを良くドライブした。早いもので、長男が免許を取るという。 長男には、あまり潤のように愛情を注げなかったと思う。一緒に居ることが少なく、目が合うと小言が先行してしまう。 いい訳だが、時間がなかった。まぁそれでもなんとか、自活しているので、遠くから見守っている。 免許費用は、わしがかつてそうだったように、全額だしてやろうと思う。潤が乗り込んできた。瞑想していたので ドアががちゃっとあくまで気がつかなかった。「腹減ったぁ。今日はジョイフルに行こうや!」いつも、外食を嫌がるくせに そして、飯を炊いた日に限ってこうである。一応、バッティングセンターに行ったが、時間が間に合わず、閉まっていた。がっくり。 ジョイフルで潤は、みぞれ焼肉丼とドリンクバー、わし、すき焼き。でも、結局すき焼きが美味いということで潤にすき焼きを取られてしまった。 そして、焼肉丼のご飯も取られた。わしは、これでいい、家に飯があるから。 安いのなんのって、二人で夕食1000円で御つりが来た。家に帰ったら、シャドウピッチングを行った。カーテンを開け、リビングの窓ガラスに姿を映し行った。窓の外は雨、明日練習できるのかなぁ。
2003年11月29日 16時41分02秒

  • 2003年11月27日
    雨の日は嫌だなぁ、お散歩に行けない。ジェニーもあれ以来見かけていない。にジェニーのことを言ったら、すごくショックを受けいた。 潤もわしと同じで、いつも頭や胸をなでてやっていた。潤とメイは間違いなく犬と人間、いやっ人間と犬の関係であるが、 小さなころから、一緒なのでそのような一線は引いていない。だから、潤はジェニーに関しても同じで、凄く身近な不幸な出来事と捉えているようである。 会社に潤から電話があった。試験終わったから、友達とバスか、チャリで遊びに行くと言っていた。いつもあまり外出しないから、楽しみにしているようである。 家に帰ると、バッティングセンターに行こうと待ち構えていた。先ず、久しぶりに、サーガルでインドカリーで腹ごしらえをした。ナンとチキンカりーが 相変わらず美味である。続いて、腹いっぱいの状態でバッティングセンターで練習した。最近二人で打つので1回に4000円使ってしまう。 歯止めが利かなくなっている。こまったちゃんである。今日は、「父さん、もう金使うなっ」と潤に言われた。「父さんはもったいないから、やらんで、わし(潤)を 見てくれ」と言う。しょうがなく、わしは3コインで止めた。ポケットの中にコインがジャラジャラ残ってしまった。雨がきついので、潤も今日は7枚で終わりにした。 明日は塾があって、これないから、残りを学校帰りに行って練習することにさせた。この後、久しぶりに古本屋さんに行った。潤は使わなくなったゲームを600円で売り、 本を6冊購入した。その中の1冊はベーブルース、後5冊は、マンガの単行本である。1冊75円から95円である。潤が言うには、今は、全然ゲームに飽きてしまったそうである。
2003年11月28日 17時18分32秒

  • 2003年11月24日
    福岡と山口から2チームを迎え、NTT球場で練習試合が行われた。潤は、1年生チームで出場した。レフト2番のオーダーだった。昨日、コーチから、来期を考え、遠投力を着けた方が良いと言われていた。内野はいつでも出来ると付け加えられた。私も思うが、このチームは1年生でも大きい子が3人居る。それに続く4番目ではあるが、明らかに彼らに比べて、貧弱なのである。体重差においては、10キロ以上軽いかも知れない。今の課題は、野球じゃない。パワーをつける事である。内野でチョウチョの止まるような球を投げていたのでは話しにならないのである。ガムシャラ感が一番欠如しているのである。何事もスマートにこなそうとする節がある。これを払拭し一回り大きくするためだと言う。どちらでも良いと言われた。私はお任せしますと、下駄を預けた。そんなこんなでレフトでの起用だと思われる。この外野起用案を持ちかけられる前に、こんな事があった。わしは子供たちに混じって、遠投をしていた。それで、言うのは何だが、なんとわしが一番飛んでいたのだ。今は、完璧おデブちゃんではあるが、後15キロ絞ったら、100m行けるんじゃないかと自分で思う。これをどうやら見られたのだ。親が親だから、子供もそうなるであろうと思われたのかなぁ。だとしたらまぁ良いが、そうじゃなく、戦力外通告なら、最悪である。まぁ、本人には、コーチから言われたことをそのまま言った。どう解釈したかは、謎である。投手は外野グループに属すから潤は良いほうに解釈していると思われる。さて本日送りバント成功、投手の右足を強襲する強い当たり、それがはねかえってサードが捌き1塁アウト(本当はセーフ、まぁどちらでも良い)。最後はセンターフライで、今期最後の対外試合で出塁ならず。救いは何れもセンター方向への打球であり、当りがよかった。一方守備機会は無くアピールできなかった。とりあえずチームは3戦全勝。あぁ、詰まらない。
2003年11月26日 19時03分29秒

  • 2003年11月26日(号外)
    家の前にラブラドール(メス)ジェニーちゃん3歳。いつも柵からちょこんと顔を覗かせ、身体を撫ぜて貰おうと尻尾を振って擦り寄ってくる。柵があるため、十分に撫ぜてあげることが出来ないが、壁と柵の間から手を入れることが出来る 。会社から帰ると、いつもバイクの音を聞きつけ、いつもの場所にちょこんと座って待っている。 朝、メイの散歩を終えて帰って来るときも、夜、野球の練習から帰ってきた時も同じだ。私は、ジェニーを見ると、いつも、よって行って、声を掛け、 お腹や背中を擦ってやっていた。 一見厳つい大きな犬だが非常に優しい目をしている。白い長いまつげで どちらかというとタレ目が性格の良さを表している。人を恐れる事を知らない純真なワンコだ。 ここ2日ジェニーの姿が見えない。どうしたのかなあとは思っていたがケージの中か、ご主人様と一緒なのだろうと、さほど気にとめなかった。 今朝、メイの散歩を終え家に入ろうとしたとき、ジェニーの背中が見えたので、朝の挨拶をしようとそばに寄った。 愕然とした。ジェニーの左眼が潰れていた。それでも、もっと様子を見ようと思って、いつものお気に入りの場所に導こうと誘ったが、 そこには、何を恐れてか、途中まで行くと、くるっと回って引き返してしまう。何度呼んでも駄目だった。私の全くの思い込みかも知れないが、 そこには行きたくない理由があるのだと思う。家の前は、通学路で住宅街とはいえ学生の往来や散歩をする人が多い。人が通るとジェニーはちょこんと 柵の隙間から顔を覗かせるのである。悪戯されたのだと思うと胸が痛い。勿論ジェニーは、犯人を知っているだろう。 しかし、人間にはジェニーの訴えがわからないだろうし、ジェニーはそれを人に知らせる術を知らない。なんと荒んだ世の中だろう。 やり場の無い怒りが込み上げてくる。
2003年11月26日 13時26分05秒

  • 2003年11月22日
    本日は、マスターズリーグの野球教室と福岡ドンタクズ対札幌アンビシャスの試合が広島市民球場で行われる。大人が対象の野球教室に我チームだけ、どういうわけか混ぜてもらえたらしい。参加者が少なくて結構、良かった。わし、また、めだっちまった。野球教室でマスターズの選手に混じり、一人だけ、子供のノックの返球を受けていた。中西氏(西鉄)にキャッチを頼まれてしまった。写真を撮ろうとそこに居ただけなのに・・・。まあ良いかぁ。渡されたグラブが、な、なんと軟式グラブだった。ノックを受ける大人も子供も、張り切って、鋭い返球をしてくる。わし、溜まらん!かっちょ悪いから悲鳴こそ出さなかったが、左手人差し指付け根が紫色になってしまった。こんなに痛くって恐怖を感じたのは久しぶり。自分のグラブを取りに行く暇がなかった。死ぬかと思った。続いて打撃練習は、金森氏を中心に指導が行われた。言い方は違っても基本的に同じ事を言っているなぁ。これが、新鮮なんだよなぁ。午後からは、福岡対札幌の試合だった。我チームコーチの属する福岡ドンタクズは0−2で負けてしまった。一方札幌アンビシャスの監督は我チームの監督のお兄さんだったりする。なんか、ちょっとすごいかも。残念ながら、基選手とは再会ならず。
2003年11月25日 20時17分52秒

  • 2003年11月21日
    今日、試験週間だから、藤木教室ではなく、彩が丘教室の塾に行った。8時に迎えに来いと潤が言っていた。本当なら、夜10時ぐらいまであるのに、早退するという。家で待っていると塾に行っている潤から電話があった。小テストを受けてから帰るから帰りが8時30分になるとの事だった。しっかり勉強しろよ。電話を切り、電話機の表示を見ると、留守電が溜まっていた。その中に学校の担任からのものがあった。理科の小テストの追試を受けずに帰ったため、火曜日再テストとの内容だった。心配になってしまう。20点満点で10点以下なら再テストらしい。潤が8時半を過ぎても戻らないので、車で塾に迎えに行った。教室を覗くと、びっしり並んだ机に向かって大勢の生徒がカリカリなにやら書き込んでいた。すごい雰囲気を感じた。こんなにみんな必死にやっているのに、うちの子は早退させて良いのだろうか?先生に聞いたら、潤は今さっき帰ったところだった。行き違いになってしまった。家に急いで戻ると潤が丁度玄関を入るところだった。潤をすぐに拾って、バッティングセンターに直行した。車の中で、学校の先生の留守電があった事を告げると、けろっとした顔で、忘れて帰ってきてしまったと言う。大丈夫なのかなぁ。本人曰く、今度は、満点取れるのだと言う。バッティングセンターでいつもの練習を行った。潤が、ちぐはぐなかっこをしていた。着る服がないのだという。そういえば、冬物ないなぁ、家には・・・。
2003年11月25日 19時37分35秒

  • 2003年11月20日
    試験週間はいつも塾が開いているのだが、今日は先生不在で塾がない。会社に電話が掛かってきた。父さん練習に行こうや。ハイハイ。試験週間なのだが、家で勉強しているのを見たことがない。大丈夫かなぁ。とりあえず、バイクで帰宅。潤をエスティマに乗せ、バッティングセンターに向かった。途中auショップに寄ろうとしたが、既に午後8時を過ぎていて閉まっていた。潤のメールの量がかなり増えているので、割引サービスの見直しを掛けようと思っていた。このところ、電話代が家計を圧迫しつつある。うーん、まずい。潤には来月これ以上多くの請求が来たら、電話を取り上げても良いと一筆書かせておいた。と同時に、わしに出来ることは、料金体系の見直しと言うことである。さて、ファミリーマートでスタミナ補給して、バッティング開始。今日は、土砂降りの雨。球が滑って、コントロール悪いのがよろしい。練習になるのだ。わしは、金欠なので3枚で終了ってこともあるが、潤が醜いから止めろと言う。バカヤロー、とうちゃんはなっ!とうちゃんなんだぞ〜!!まぁいいかぁ。潤は、わしが勝手にやっているのが嫌らしい、自分を見てくれと言う。最近、軸足のことは、言わなくした。言っても無駄と言うか、どうすればよいか、潤なりに答えを出しているようである。そしてあたりもよい。われのときバットヘッドが、頭から離れるのだけを注意させている。後は特に問題なし。ステップの仕方は、今までで、これが一番実戦向きだと思う。
2003年11月21日 18時59分50秒

  • 2003年11月19日
    うーん、寝坊で朝練できなかった。最近わしが起きれないのだ。困ったものだ。友達が3人いつものように迎えに来ていた。それでものんびりマイペースの潤。飯を食って、寝癖をドライヤーで直して・・・。全くお構いなし。もう10分も待たしている。毎度のことなので、仲良し3人組みは、玄関の縁石に腰掛け待っている。潤は、やっと玄関を出たかと思うと、カバンと一緒にバットを持った。友達を散々待たせた挙句、素振りを始めた。おいおい、遅れるぞ。適当に振って満足したのか、バットを傘立てに戻して、やっと出発した。忍耐強い友達である。それにしても、マイペース、何とかならんのかなぁ。
2003年11月21日 18時41分47秒

  • 2003年11月18日
    最近わしもよくケージに入るようになった。一度やりだすと癖になるから、幾ら金があっても足りんなぁこらぁ、困った困った、困ったチャン。潤の打席が塞がっていたのでわしが先に練習開始しちまった。ダンシングピッグ(空振り時)とか、バッティングピッグ等、ケージの後ろで、ごちゃごちゃ言う。うるせーバーロー。打つ時、ごちゃごちゃ言われると結構大変だなぁ。潤の気持ちちょっとは分かります、ハイ。潤は隣のケージで練習を始めた。昨日は黙っていたが、打ち方を自分なりに工夫している。一見突っ込んでいるように見えるが、これが、中々良い。何となくウネリっぽいところもある(デジカメ撮影しました)し、よく打球が伸びる。従って、口チャック。特に指示を与えなかった。われのとき、バットが下がリ気味になるのを、チョビットだけ注意した。良い感じである。暫くして、もうおしまいと潤が言ったので、誘ってみた。わしと勝負しようぜ。1球100円の勝負じゃ。マシンの上を越え、フライにならず良い打球が飛んだら100円ゲットじゃ。差が出た分、負けたほうが金払うんじゃ。汗だくで帰る準備をしていた潤がやる気をだした。なんとこいつは金には目がないことか。情けない。2ゲームでの合計を競った。1コインめ、1000円わしの負け。2コイン目わしの400円負け。やばかった、途中1800円差までリードを許した。舐められてたまるかい。老体に鞭打って、合計1400円まで戻した。はーはーっ(息切れ)。帰りの車の中の会話、父さん年じゃけー、今度勝負するとき、1000円差が開いたら、父さんにはハンデーで1本で2本分カウントして良いよだと。はい、ありがとう。他に返す言葉がない。
2003年11月20日 13時22分10秒

  • 2003年11月17日
    バッティングセンターで練習。今日も好調だった。わしは130キロのケージで潤は140キロのケージだ。 隣り合わせで向き合って立つ。父さんには絶対に負けんけーだと。舐めやがって。わし、手袋忘れて来た。お手てが痛い。 打球が思うように上がらん、ボテボテだ。そのうち、潤は右打席に入り、右でも勝てるけー。バカにしやがって。悔しい。
2003年11月20日 13時02分00秒

  • 2003年11月16日
    2−1から、センター前に痛烈なゴロを転がせ、ランナー1,2塁とした。張り詰めた保護者席が拍手喝采に変わった。 出塁後、3塁まで到達して、チェンジ。そのままセカンドの守備に着いた。ショートとのコンビネーションが上手く行かず、 結果、ショートのエラーを誘うかたちになった。ごめんねぇ、ショート君。ゲッツー中々取れないねぇ。上級生に混じって緊張島倉千代子 の潤でした。次の試合、時間の関係で5イニングゲーム。潤は2番ショートでスタメン。あらマっ、びっくり。わし、スコア係をコーチから 命ぜられ、ベンチイン。何か、緊張してまう。いつも、鉛筆で書いていたのに、ここは、黒ペンと赤ペンで着けていた。ありゃ、どうやるんだろ? とりあえず、黒ペンで見よう見真似で開始。着けているうちに、何となく思い出してきて、一安心。ゲームを楽しむ余裕が出てきた。 ベンチインすると、適当な応援が出来なくなるので、ちょいむずいなぁ。でへへ。初回潤は三球三振、アウトハイをストライクと言われ、目を丸くしていた。 まぁ、こりゃ仕方ない。交流試合だし、少々関係ない。全く打つ気がない球なのでOKOK。続いて、動揺したのか、カーブボール球を空振りして、簡単に追い込まれた。 その時点で、Kはほぼ確定、わしは先が読めて、笑えてしまった。案の定カーブをスイングアウト。第二打席め、四球でがっくり、一方守備は、最初の打球処理は、捕ったは良いが、 暴投を恐れ、素早い送球が出来ず、辛うじて、アウトを捕ることができた。これには、監督から激が飛んだ。 その後、固さは取れ、後は、ゲーッツーも取れOK。第三打席、投手交代で左投手になった。左対左は打者不利と一般には言うが 潤は、左投手にめっぽう強い。外に逃げる球は練習している。外角の球を逆らわず、センターにブッ叩いた。センターレフトが下がったが、追いつかず、芝の上をフェンスまで転がった。 風に乗った打球は100mぐらい飛んでいた。2ベースヒットだった。ボーイズに来て、やっと活躍できたって感じだった。遠征から帰り、潤は言った、わし、もう少し身体作れば、センターにぶち込めると。 来年には、出来る予感がするのだという。ほんまかいな?
2003年11月20日 11時29分59秒

  • 2003年11月15日
    九州遠征初日、山口県に入ると、雨が降ったり止んだり、いやな予感がするなぁ。九州に入ってさらに雨脚が強くなった。これじゃ今日は中止かなぁと思っていたが、九州自動車道を下りるころには雨が止んでいた。街道の近くの小学校からは、練習が中止にでもなったのだろうか、白に青い線のユニフォーム姿の野球少年たちがグランドから帰って行く所だった。ムム、まずいなぁ、グランド荒れてんのかなぁ。さらに30分走って漸くグランドに到着、グランドでは、九州チームが綺麗にスタジアムの黒土を整備していた。思いが通じたのか、雨が上がった。この間を逃していかんと設営と同時に、少年たちは、アップを開始、即試合開始だった。やっぱアップが全然足りない。立ち上がりの悪い試合展開になった。でもね、大きな大会や全国大会等は、こういった感じが多い。綺麗なスタジアム程、アップする場所が無いし、時間が限られてくる。どのチームも条件は一緒だが、如何に身体を起こして試合に望むかで1,2イニング目の出来に大きく影響してくる。これを最後まで引きずって、涙をのむケースは、避けたい。案の定、1イニング目は荒れた。しかし、終わってみれば、コールド勝ち。まあ、勝敗には、何ら拘っていない。両チームとも全力で行えればそれでOk。九州チームからびっくりするほどの大量のカレーが昼食として準備されていた。その量は、半端じゃない。うちは相撲部屋か?なんちゃって。大感激であった。天気の関係上、次の試合が直ぐに行われるため、控え選手や手の空いたものから順に昼食を取った。わしは、特盛り2はいを食った。普通なら遠慮しながら食うべきなのだろうが、残しては、申し訳ないと思って勝手に自分の都合の良いように解釈して、ダイエットは一時中止した。わし、遠征に行くと必ず太るタイプである。2試合目、相手1点リードで6回終了時に雨天コールドゲームとなった。ほんの10分の間に冷たい雨が本降りになった。帰り際、いつまでも選手たちが見送ってくれた。遠征って良いなぁ。結局、予定されていた、1年生大会は中止になった。まぁ良いか、先は長いんだから。ホテルに着いて早速一風呂浴びた。大浴場はやっぱええなぁ。選手やコーチ、保護者との裸の付き合いだ。大食堂でみんなで食事、これもええなぁ。わしらは軽く一杯引っ掛けた。うぃーっ。7時半から大濠公園、舞鶴橋たもと目と鼻の先はアメリカ領事館がある、そこで2列に並び、みんなで素振りをした。ジョギングや散歩をする人たちで賑わっていた。博多って良いところ。練習を終えて、大人の時間、みんなで屋台に繰り出した。2件まわって、天ぷらとラーメンで締めくくり。明日があるのでホテルに11時前に戻ってお開き。遠征って、ぶち楽しい。
2003年11月17日 12時43分07秒

  • 2003年11月10日
    会社から、家に帰ったとき、潤が出てこなかった。どうして?と思ったら、注文しておいたマッサージチェアが来ていて、その上でご満悦状態だった。説明を受けて自分で理解したらしく、カバーなども取り付け、もう、わしの物状態の潤だった。エアストレッチが良い。そして下半身の足を伸展する機能がついている。血流を上に押し上げてくれる。いつも潤のマッサージは手抜き気味だった。寝るときに行っていたが、本音はわしがマッサージされたい。わしはいつもベッドに横になると3分後には意識が無い。身体が資本であるから、使った後のケアが大切であるが、手を抜き気味だった。全て機械任せもどうかと思うが、これで一安心である。潤とバッティングセンターに練習に行った。最近二人でケージに入るので、金がぶちかかる。今日もおじさんが千円分おまけしてくれた。ありがとねぇ。
2003年11月12日 13時05分48秒

  • 2003年11月9日
    NTTグランドで練習、打撃が大分調子を上げてきた。リトルの時のようなフォームに戻ってきた。スイングがスムーズになった。雨が降り出し、練習は午後3時半で終了。一度家に帰ってシャワーを浴びた。五日市のデオデオでマッサージチェアでリフレッシュ後、再び練習にでた。五日市バッティングセンターでわしもケージに入った。今日の練習で、外野ノックを行った。しかし、前日のバッティングセンターの打ち込みで左手にまめをつくっていた。そのまめが、ノック中に破れてしまった。ケージで我慢してバットを振っているともう一つできてしまった。リトルコーチ時代は、こんな事は無かったのになぁ。バッティングセンターのおじさんにテーピングをもらい、左手をぐるぐる巻きにしたが無駄だった。潤は、わしを笑いながら、左手一本で父さんに勝てると言いやがる。クソ!でも、あいつは、テニスでもやるかのように左手一本(トップハンド)で綺麗に球を打ち返す。ボトムハンドでできる子はいても、トップハンド一本で、140キロを綺麗に打ち返すのは、難しい。わしもやってみた。全然だめである。わしは、いつも潤に言うだけで、行わなかった。可也難しいことをやっていたんだなと実感した。もう、打撃では、まったく勝ち目が無い。
2003年11月12日 12時55分20秒

  • 2003年11月8日
    ありゃいけねぇ、練習に遅刻寸前で滑り込みセーフ。わし、寝坊した。疲れが溜まっているみたい。潤は、だいぶ慣れてきた様子、適当にやっているのでそう思える。打撃は,だいぶ調子を上げてきた、デモねぇ、いまいち、線が細い、コーチ監督から、飯食え!といつも言われておる。わしもそう思う。今の潤に必要なのは、沢山食って、身体つくることだろうなぁ。投げ方も、打ち方も綺麗、じゃがなぁ・・・・飯食え!だそうである。パワーがないのだ。そりゃ、リトルなら、じぇんじぇーん問題ないのだが、強豪ボーイズでは、何と非力なこと。練習を終えて、コンビニでカロリーメイトとから揚げ食わせて、バッティングセンターに行った。ここで約1時間半仮眠をとって、その後、ゲーセンで神経機能をリフレッシュ。外で素振りをして、練習開始、わしもダイエットを兼ねて、ケージに入った。今日練習試合で球審などやっちまった。やっぱ身体のキレが無い。反省。潤と二人で26枚も使ってしまった。ダイエットって金、かかる(涙)。
2003年11月09日 01時07分26秒

  • 2003年11月7日
    会社に潤から電話、「父さん、塾行くけぇ。」がちゃ。偶には美味いもの食わそうと思って、スーパーザビックで買い物をした。今日は、バッティングセンターにはいけない。11月から、冬の営業時間になって9時半に閉まってしまうからだ。どんなに急いでも塾の後では、間に合わない。昨日は、夜中の1時まで、バットを振っていた。そして、夕飯はコンビに弁当だった。今日は、美味いものを作ろうと思っていたので、早く会社を出た。夕食は、フライドチキンとエビフライ、沢山食べて、大きくなーれ!
2003年11月09日 00時52分51秒

  • 2003年11月3日
    今日は、ななんと、コーチから、ノック手伝ってくれって言われた。そして、バッティンググラブまで貸してくれた。これ、琢のグラブ、使ってええときた。青で5番TAKUと刺繍されていた。あら、感激、わし、やる気まんまんになっちまった。昨日80球くらい練習していたんで、まぁ、何とかなった。5,6回へぼい外野ノックがあったなぁ。言い訳はトスが上手く上げれなくなるの、そうして、無理に打とうとするから、へぼるのである。もう、とっくに退化は始まっている。可也、反省、ダイエットしよっと。まぁ、ガキたれどもにへぼいところ見せたんで、結構、笑いが取れて、ちょいとは親密になれたかも知れないと思うと、まあ良いかと思ったりするなぁ、ぐへへ。それは、そうと、今日の練習で1本だけ良い当たりが右中間にあった。それでもNTTのサブグランドの土手の上だからたいしたことは無い。(90Mぐらい)それを、外野手が土手に上って上手いこと捕球したんで、潤は可也悔しがっていた。先輩のように、場外打を打てる体格に早くなって欲しいものである。今日はショートの守備についた。何が悪いかって、声が出ないのである。喘息君だから、皆と同じように、ダミ声で怒鳴り声がでないのである。みんなから、声出せと罵声が飛ぶ、本人可也つらいと思う。これが、守備に影響しているのが、良く分かる。声が出ないのを気にしてい集中できないようである。わしも、見ていて歯がゆく辛い。声が出ていないことで、練習が何度も中断する。でも、このまま、発作を起こさないようにしていれば、いつかは、恐怖心から開放されるのでは無いかと思う。指導者は、かばうことなく、言いはしないが「できるよ」と自信をつけさそうとしてくれている。本当に感謝したいな。潤は、厳しいこのコーチが大好きだ。
2003年11月06日 01時44分28秒

  • 2003年11月2日
    リーグ練習、午前中は体力作り中心のメニュー、これが中々良い。テンポ良いんだなぁ、真新しいメニューは無いんだけど、時間的なこと強さ的なこと、子供に無理なくできていると思うんだなぁ。今日は11月なのに暖かい、わし、半袖。そして空気が湿っている。喘息もちの潤には都合がよい。心配された喘息は出なかった。練習にはいつもインタールを持っていっている。これを見られるのを嫌がる。潤はアップやトレーニングをみんなと一緒にやりたいのだが、恐怖心があり、どうも本気を出せない。先週、監督コーチに打ち明けた。潤は言うなといっていたが、医者から、発作は絶対に避けてくれといわれている。少年期の喘息から、成人の喘息に移行しつつあるからだ。こうなると、スポーツはできなくなる。普段から、予兆が無いか、ぴりぴりしている。(実は)潤は、このことがチームメイトにばれるのが、いやでしょうがない。監督に一応報告しなければと以前言ったことがある。すると泣いてしまった。先週これを監督コーチに打ち明けた。すると、吸引は子供(潤)が恥ずかしがりますから、人目につかないところで行わせて下さい。この優しい気遣いに感激して、益々チームが好きになってしまった。幸いにして今日は、予兆が一度もなかった。午後からは、打撃練習と守備練習、打撃練習は、カーブが打てて、まっすぐが打てない。どうなっちまってんの?先週と逆。まあ、色々悩むのは、良いことである。今日は、実を言うとあんまり、潤の練習を見ていなかった。わしが楽しんじゃって、他所の子のノックのお手伝いしたり、球拾い等していた。シニアって保護者口出し手出し禁止かと思いきや、結構自由っぽいところもある。お手伝いは、進んでしようと思う、何せ、暇じゃけぇ。練習を終えて、バッティングセンターに練習に行った。ちょっとしたヒントや気持ちの変化で打撃が変わる。わしが珍しくケージに入ってへぼいところを見せると、途端に頑張るから、笑える。勝負して1000円巻き上げられた。まぁ、良いか。
2003年11月06日 01時17分28秒

  • 2003年11月1日
    会社である。土曜日に働くのは、何年ぶりだろう。湯ノ山温泉のグランドに潤を送って行った。県道を極楽寺の峠を越えて廿日市の勤め先に向かった。仕事中もなんとなく野球が気になり、身が入らなかった。5時くらいになって、チームメイトの保護者に送ってもらって帰って来た。潤が言うには、今日は、ライトオーバーの良い当たりがあったという。電話の向こうの声が弾んでいた。7時を過ぎて家に帰ると、ソファーで寝ていた。野球の練習着のままだった。一時間起こさずに寝かせておいた。その後、ジョイフル(ファミリーレストラン)で夕食をとった。昨日と同じである。昨日潤は、カルボナーラと、ハンバーグ、今日は、豚の生姜焼き定食、わしは昨日と同じくカキフライ定食だ。安くて、美味い。他に数品頼んでも二人で二千円で十分にお釣が来る。寝ぼけていたので、飯を食って先ずは、リフレッシュ。続いて、バッティングセンターに練習に行った。久しぶりに、わしも打った。潤が、疲れきっていていて、苦しそうだった。だから、わしがヘボイところを見せて、潤を誘った。丁度同じくらいの中学生たちが数人やってきて、潤がいつも使うケージで打っていた。潤は、「しょぼいけー、わしが打つけー見ときんさい。」と言うと、バットを持ってぶり打ち出した。こうでなくっちゃ。何がやる気を駆り立てるか分らん。暫く打った後、潤とわしで、HR競争をした。18対8で、わしの負け。1打差100円で千円を巻き上げられた。まあよいか、最近小遣いやっていなかった。練習を終えた後も、リーグのみんなは練習していると思う。少なくとも、人より努力しなければ、奇跡は起きない。
2003年11月02日 21時04分36秒

  • 2003年10月29日
    反抗期を乗り越えちまったのかなぁ、と思うくらい、言うことを聞く、ちょっと子供っぽくないなぁ。 朝練でピッチングがスムーズになった。スクラッチと左手親指を指摘して、左肘が後ろに逃げないようにしろと伝えた。 昔は、左肘で、肘鉄食らわせろって言っていたが、大リーガーはこうやる人は少ない。これだと、力が逃げてしまうからだと思う。 どういうことかと言うと、脊柱軸で回るのならこれでよいのだが、右手の加速距離を伸ばすため、脊柱軸より、左側に回転軸を作るのだ。 ドアスイングと言うことではない。回転軸を背骨から、左骨盤に移すことで、ケツを上げ、左腕を小さく巻き込むように行う。 こうすれば、右手は、前方に伸展される。左足は捕手を向き上体は一塁ホーム間に向く、膝は割れては、いけない。 これを行うには、バランスポジションで、スクラッチを小さく、スニーキーファストを用いる、前足着地ぎりぎりまで、 左肘は開かない、つまり胸を張らない。巻き戻した瞬間、ほんの一瞬だけ、全力で胸を張るというより、上体の左方向への 強烈なねじり戻しゆえ、胸が自然に張られる。秘密は、いっぱいあるが、肝心なところは今は書くのやーめた。 安定したフォームで投げるためには、下半身の柔軟性が特に大切である。ここら辺が課題だな。 夜は、塾のため、打撃練習はない。明日のお楽しみ。
2003年10月30日 18時44分14秒

  • 2003年10月28日
    朝練は、投球フォームを固定することを目的に行った。時間がないため、 軽いランニングと体操を行って、バッティングで身体を起こす。これにはシャドウが良い。 自分を見て、自分の意識でフォームチェックさせる。その後シャトルティーを行い。 今度は、投球をシャドウで行う。これも、同じである。そうこうするうちに、通学する中学生の 姿が目立ってきた。いつも迎えに来る仲良し3人組が、公民館にやってきて、駐車場の地べたに あぐらをかいて、私らを見ている。ピッチング中に友達の前で、ああだ、こうだ言われるのが 嫌なようである。が、ぐっとこらえていた。時間がかなりオーバーしてしまい、結局私は、子供4人を 中学まで車で送ってやることにした。わしは、タクシーじゃないぞ。朝のメイの散歩ができなくなっちまった。 ごめんね、めいちゃん。夜は、町内会の用事があったため、久しぶりに6時台に家に着いた。用事を済ませ、 打撃練習にバッティングセンターに行った。コイン12枚を購入した。オーナーは潤にだけはおまけしてくれる。 コイン5枚多くくれた。潤はオープンスタンスを止め、スクエアに立つようにした。これで、軸のぶれは直りつつあるようだ。 左手首をチェックした。子供は、指摘する端から忘れてしまう。そして、潤なりに思い悩んだ挙句、他の方法を見出そうとする。 ところが、最近になって、基本に戻ればよいと、言うことが、漸く分かってきているのかな。そんな気がする。 このように素直に、基本に戻れば、こちらもチェックしやすい。左手がミートポイントでボディーブローを意識させただけで 問題点は解消された。つまり、思うに、打撃やピッチングなどは、一生こうやって、チェックしつづけるものだと思う。 その精度が徐々に上がればよいと思う。7ヶ月ぶりに仕事仲間に偶然バッティングセンターで出くわした。会社こそ違うが、 彼とは、同じ職場だった。リストラ組みで自己退職していた。7ヶ月経って未だ就職口がない。一方私は、借金を背負ったものの、 何とか切り抜け、今は安定している。そうでないと、毎日のようにバッティングセンター等に来れない。昔は、話し込んだ 事はなかったが、彼と話し込んでしまった。失礼な言い方かも知れないが、勝負に例えれば、負け組みということに 例えられるかも知れない。彼は2コインを行って去って行った。彼は夢や希望を語るが、現実は厳しい。 私は、彼に伝えた。現状を受け入れ、誠心誠意、正面からぶつかるしかない。そして、相手に喜んで頂く事である。 これは、自分が切り抜けた方法だ。捨てる神あれば、拾う神は必ずある。今だから、言えることである。 生きていくことは、厳しいと思う。他人の心配している余裕はないの、本当はね。頑張れ、みんな! 早くピンチを脱して欲しい。しかし、私にはどうすることもできない。
2003年10月29日 11時52分32秒

  • 2003年10月27日
    朝から頭痛がするという。夕べは焼肉でちょいと塩分大目のせいかな?それと 疲労と寝不足。わしの場合、このパターンだと翌日必ず頭痛がする。遺伝だな。 会社に昼頃、学校から電話が掛かってきて、早退させるという。しゃーないな。 まっ、午後は、合唱コンクールの練習と、技術家庭だからまあ、良いか。でも、 潤は技術家庭と音楽は大好きである。家に帰ると、ピンピンしていた。ブリ腹減った そうで、東京ラーメン、紺のれんで夕食をとった。今日は、今晩は練習中止である。
2003年10月29日 11時04分02秒

  • 2003年10月26日
    昨日に続き、中国大会2日目、備前との対戦だ。今日もシートノックの球拾い。一塁からの返球を受けて、ボールを渡す係だ。どうせ球拾いをするのなら、ノッカーにボールを渡す係より、返球を受ける方がましである。ここらは、ちょいと要領がわかっているようである。昨日は辛くも4回ツーアウトから4得点で同点に追いつき、終わってみれば7対4だった。しかし、相手のミスが目立ち、快勝には、程遠かった。そんな事もあり、オーダーは主軸を中心に大きく変更されていた。打線が沈黙した。結果5回コールド負けを期した。完封負けだった。試合後、1時間以上のチームミーティングが行われた。遠巻きに聞いていたが、指導者が素晴らしい。良いことを言っていた。少なくとも潤は、何かをがっちり掴んだようだった。尾道から平均速度150キロでぶっ飛んで広島に帰ってきた。潤は車の中でこう言ったからだ。「今から新チームを作るって。チャンスはみんなにあるから、今から、やらなくちゃいけないんだ。父さん、コンビニ寄ってくれん?わし、野球日記つけるけー毎日書くんだ。」佐伯運動公園でピッチングを行った。日が落ちても、受付の階段下は、外灯があって、壁当てができる。わしが横から見てフォームチェックを行った。途中、以前のように、ブーたれて、わざと反抗する。しかし、時間がたつにつれ、無駄であることをさとっていくのであろうか、やけ糞の大きなハイの返事に変わっていった。わしは、一先ず階段したの駐車場で仮眠をしていた。目がさめると午後7時40分で辺りは真っ暗だった。車から降りて、潤が練習している場所まで、100段の階段を上ろうとした。上の方の明かりの下辺りから、硬球が石の壁にぶつかって跳ね返るパンという音が何回も響いていた。階段を上ると、背番号5が、石の壁に向かって、黙々と球を投げていた。さらに、不具合を指摘した。一瞬、むっとした表情、しかし、素直になり、練習した。最後は、、自分で、気をつけ、礼、ありがとうございました。と言って笑顔の潤に戻っていた。わしは、思わず、駆け寄って、潤を抱きしめてしまった。照れくさくもあったが、誰も居らんし親子だしまあ良かったのではないかと思う。普段、こんな事はできない。階段を、今度はわしのトレーニングじゃ!と言って、潤をおぶって、1段抜かしで、大声でわめきながら、笑いながら階段を駆け下りて言った。続いて、バッティングセンターで練習、コイン12枚を行った。以前から指摘していたことを、素直に行った。そうしたら、調子が良い。「もう忘れんけー、大丈夫じゃけー。」親子の確執この一線を超えてしまえば、なんとスムーズなものか。二人で、久しぶりに焼肉を食いに行った。試合を終えてから、家に着いたのは23時だった。きっと一番帰りが遅いだろうな、チームの中で。しかし、今日は、素晴らしい一日だった。野球日記には2ページ程、何かごそごそ書いてあった。素直な気持ちが書けていた。
2003年10月27日 19時16分29秒

  • 2003年10月25日
    先週は、初3ベースを練習で打った。もう少しでRHRだったが、安全ぱいをきった。しかし、このところ、打撃に迷いがあって、全然成果が出ない。今日は、ボーイズ移籍後、初の公式戦だった。2年生に食い込んで3人の一年生が出場できた。しかし、新参組みの二人(そのうち一人が潤)は出番なし、シートノックも球拾いだった。早く慣れて欲しい。一方チームは強い。今期練習しあいも含め無敗である。試合に出れないというおみそ経験は潤は初めてだ。これが、現実だ。頑張って欲しい。試合を終えて、バッティングセンターに6時に着いた。そこから、閉店の10時まで練習した。
2003年10月26日 00時28分43秒

  • 2003年10月21日
    バッティング好調。9月から、迷い続けたバッティング。忘れかけていた感触を取り戻した。親子で大喧嘩を一昨日した。練習を終えてから、二日続けて、6キロを歩いて帰らせた。どういった風の吹き回しか、わしが悪かったと素直になっていた。最近忙しくて、金をおろせに行けなかった。わしの財布に670円しか入っていなかった。その600円でコイン3枚購入して、練習した。そのお金の意味が、少しはわかったのだろうか。40男が70円しか持っていない。その70円も潤の小遣いに消える。一文無しだ。それが一昨日。昨日から、以前のスイングに戻った。6月30日のバリーボンズとその時の自分のスイングを見て、今とは掛け離れているのに気がついたのだろう。ボンズの画像をスローで再生して、軸がぶれていないこと、球を捉えるまで、上を向いていないこと、当時の自分もステップは小さく、軸が出来ていたことに気がついたのだ。このスイングは、今のシニアのスイングとは、掛け離れている。他所の子は、ボトムハンドで打っている。うちの子はトップハンドで打っている。受け入れられるかわからない。しかし、潤は、これが一番良い。迷いのあったフォームより、遥かに小エネでしかも力強い打球が飛んで行く。今日確信したのだ。これしかない。今日、デジカメ忘れたので、今週末にアップの予定。
2003年10月22日 00時42分25秒

  • 2003年10月18日
    今日土曜日は、授業参観日だ。でも、夕べ喘息の発作で、寝れないようだった。薬は、一昨日で切れていた。私が忙しくって、病院に連れて行く暇が無かった。それと中間試験だったし、タイミングが悪かった。今日は、学校を休ませた。篠原小児科は、我が家からちょいと不便なところにある。広島に来た当事は、井口台のマンションに住んでいたため、近所だったが、今は10キロぐらい離れてしまった。抗生物質とインタールとテオドールを処方してもらい、薬を吸引して大分息が通る様になった。続いて、床屋で散髪、イチローカットにした。最近は床屋が安いので、気軽に行ける。わしも散髪した。二人で2千円ぽっきりだ。そして、店内の自動販売機のジュースは全て100円とこれまた安い。続いて、皮膚科に行った。野球で不潔にする所為か、はたけが出来ている。こちらも薬を切らしているので、処方してもらった。続いて、楽々園のショッピングセンターに靴を買いに行った。潤は普段はく靴を持っていない。穴の開いた、わしのお下がりのアップシューズを履いていた。コンバースの黒のハイカットを買ってやった。わしの通勤靴も一緒に買った。足のサイズはついに同じサイズになってしまった。以前から自転車を欲しがっていた。ショッピングセンターに来ると、携帯電話コーナーか、自転車売り場でぶらぶらすることが多い。自転車を購入した。二人で住んでいるのに、自転車が4台になってしまった。マウンテンバイク2台、折りたたみが一台そして、アルミ、ステンレス27インチ通学チャリだ。まいっか。焼きそばとたこ焼きを食って昼食にした。今頃は、学校では授業参観を終えて、バザーでもやっているのだろう。ま、全然興味が無い。おっと11時40分をまわり、ボーイズの練習に行く時間が迫っていた。自転車は、練習が終わってから取りに来ることにした。今日は、湯来町で練習がある。本来なら朝から練習なのだが、潤の中学だけ、学校があるため、予め午後から練習に行く予定にしていた。家に帰る途中、家路に着く中学生達とすれちがった。わしは、普段出来ないことを、半日で終わらせることができて、少し安心した。着替えをして、車でぶっ飛んで、午後の練習に合流した。打撃練習を行った。リトル時代のホームランもここでは通用しない。単なるセンターフライでしかない。潤は、綺麗なスイングより、がむしゃらなスイングをしろと言われたようだった。そういえば、そのように見えなくもない。今日は試合形式の練習でショートについた。打撃は不振が続いていたが、守備は、まあまあだったが、声が出ていなかった。何でもないショートゴロの凡ミスが一つあった。第2戦目、3たこの潤は、1番から、6番に打順を下げられた。そこで一発3塁打が出た。もう少しでRHRだったが、安全パイを切ってしまった。惜しかったなぁ。その後、セカンドに痛烈打を打ったが、真正面でアウト、まあ、少しずつ調子を上げてきているので良いか。今日は、学校を病欠しているし、熱っぽい。自転車を買ったので、頑張るしかなかったのだ。そうせんと、自転車を取りに行ってもらえないのはわかっていたようだ。練習を終えて、自転車屋さんに行くと、籠と荷台とペダルがついて、完成していた。潤は嬉しくて、暫くショッピングセンターの駐車場で自転車を乗り回して遊んでいた。続いてバッティングセンター。コイン12枚、帰りは、潤は自転車で、わしは車、セブンイレブンで待ち合わせして、夕食の弁当を買い、一緒に帰宅した。薬が効いたのか、今晩は、発作が起きず、久しぶりにぐっすり寝ている。
2003年10月19日 00時05分09秒

  • 2003年10月14日
    明日から中間テストだというのに、朝練と夜練を行ってしまった。大丈夫なのであろうか。わしが帰宅する頃には、潤は塾から帰ってきていた。午後9時10分、今なら未だ間に合う。「行こうや父さん」と来た。いつもの元気良い潤だった。CDをフルボリュームで、気違いのように歌っていた。恥ずかしい。車から降りると、自信満々で打ち出した。今日は、何を言っても、素直に応じた。下半身の捻りと、バットの振り出し方を分解して教えたのが良かったようだ。ついこの前まで、悩んでいたのは、何だったのだろう。やっと以前のような、身体全体でバットを振るスイングに戻っていた。明日は試験だから、いい加減に、帰ろうといっても、もう一枚、そしてもう一枚、切がない。強制終了の8枚でバッティングセンターを後にした。家に帰ったら、11時には床についていた。大丈夫かなぁ。明日・・・。
2003年10月15日 23時34分05秒

  • 2003年10月13日
    潤を起こすと、比較的すんなり起きてきたので一安心である。塾には行かないと言う。監督から、優しい言葉を貰って安心したのだろう。いつもの潤に戻っていた。これからは、仲良くやろうと申し合わせた。人やわしの目は如何でも良い。自分の今のプレーに集中さえしていればよいのだ。今日は、内野で一番速い球を送球しろとだけ言って送り出した。バッティングのことは言わなかった。二日間の欠席のこと、家での事はチームの人は知る由もないが、何だかわしは、気が引けていた。そんなことを見抜いてか、気遣ってか、私を、一緒に野球を見ましょうと他の親御さんが気遣ってくれた。同じリトル出身の保護者が私に尋ねてきた。卒団アルバム見ましたか?潤への監督のコメントが素晴らしかったですよ。監督は、潤に対し、抜群のバッティングセンスと評していたという。本当かどうかは定かではない。実は、うちは、卒団アルバムを注文していなかった。今は、リトルは人生で最大の汚点と位置づけている。糞食らえと思っていたので、アルバムは注文しなかった。潤も今となっては、振り返りたくないらしい。ただ、そんなことは言ってみても、監督や、親しい友人のことは忘れることが出来ないようで、特にリトル時代の監督の話は一日に1度は必ず話題に上がる。切なくなる。今は、バッティングがひどく悪い。思うに、精神的に苦しんでいるのである。バットはよく振っている。色んなスイングも出来る。でも、何かが違う。それが分らない。焦っている。シニアの子は潤と全然違うフォームでスイングするし、それがまた飛ぶ。彼らは、ボトムハンド1本の素振りをするが、うちは逆で、カブレラのようにトップハンド一本で素振りをしてきた。彼らと原理が違うのである。脇を絞れと言われて、どうしてよいのか苦しんでいる。しかし、最終的には、バランスの問題なのである。バランスが悪いから、脇を絞り彼らと同じようにスイングしろと言われているように私には感じられた。あるコーチから、グリップを指摘され、それが、あるきっかけになり、脇絞め問題は解消された。さすがであると思った。こうしろではなく、自分が一番力が入りやすいようなグリップにしなさいと優しくユックリ指導してくれた。伊達に歳をとっているのではない、選手の心を掴むのが上手いなあ。投球もちょっとしたところで褒めてくれる。そんな優しい言葉で、鬼のようなわしから解放されて、潤は楽しそうに野球をやっていた。指導者に感謝したい。悪夢のような週末はやっと幕を閉じた。練習を終えて、家に帰ってからは、シャドウピッチングを行った。コーチの言葉が、潤の心に響いていた。直ぐに中間テストなのに、今度は、頭が野球モードになってしまっている。まぁ、しかし、これでよいと思う。今週は、監督、コーチに助けてもらった。感謝したい。
2003年10月15日 00時29分20秒

  • 2003年10月12日
    頭痛がひどくって、潤が塾に行っている間、わしは、寝室で寝ていた。今日は、公式戦なのに、潤は塾に行っている。まあ、今日一日が無駄にならないように、頑張って欲しい。潤の携帯に佐伯リトルシニアの友達から電話があった。佐伯リトルシニアは試験期間中には練習が無いそうである。これは、これで正解だなぁ。でも子供は練習したくて、しょうがないようだ。友達に誘われると潤は、本当は野球がしたいのであろう。独り言で、野球しよっかなぁと私の注意を引こうとする。夕食の仕度をしているとメールが飛んできた。本日2戦2勝である。私の知る限り無敗である。暫くして監督から電話があった。潤を気遣ってくれてわざわざ電話をしてくれていた。着信履歴を見ると、何と4回も電話を掛けてきていた。申し訳なく思う。監督は、潤に、人は人、自分の事を一生懸命やれば良いといったようだった。潤は明日はどうすると聞かれ、明日は塾が10時から5時までと答えていた。気が向いたら、練習に来るように言われたようだった。電話を切ると、つかえていたものが取り除かれたのか、元気顔になり、バッティングセンターに行くと言い出した。飯を早々に切り上げ、練習に向かった。ケージに入りコイン1枚目は、ウオーミングアップだから、文句は言わんかった。ところが、あれほど言ったのに、またしても、意見が食い違った。ここで再びぶつかった。仕舞には、わしのせいでフォームが崩れたと言い出した。わしはぷっちん切れて、今日も潤をバッティングセンターに残し家に帰った。一度家に帰ってみたものの、やっぱり心配になり、県道を探しながら走ったが潤の姿は無かった。バッティングセンターと家の間を4往復した。道を変えたのだろう。見つけることが出来なかった。あきらめて家に帰った。するとワン切りの電話が数回掛かってきた。公衆電話だった。近頃の公衆電話kddiは、お金を入れなくても、電話を掛けることが出来る。呼び出すことは呼び出すことが出来るのである。そこで、受話器を上げると、切れてしまう。そりゃ、お金を入れていないので仕方がない。潤は1円も持っていないし、携帯電話も持っていなかった。生活の知恵である。潤はお金が無くても、家に居場所を知らせるすべを知っていた。わしは、エスティマで吹っ飛んでファミリーマートに迎えに行った。ファミリーマートの灯りの下でちょこんと道路に頭を出して私がやってくるのを待っていた。車に載せる前にもう一度話をしようと思った。話をするとまた、生意気な言葉が飛んでくる。思わず、右頬をぶん殴っていた。その後潤は、涙をこらえ、暗がりに消えて行った。わしは、頭にきていたので、家の方に車を走らせた。しかし、ここでぐっとこらえて、再びファミリーマートの駐車場に戻った。潤がどこか、そこら辺に隠れているのではないかと思ったからだ。しかし、明るいところを探しても潤は居なかった。店の裏の暗くなった電柱の陰で、バットを抱いてうずくまって潤は泣いていた。急に可哀想になったが、車に乗るはずがないと思った。ついさっきわしに殴られているからだ。潤は、とぼとぼわしを無視して、無表情で家の方角に坂を登っていった。ここまでくれば安心と思ったが、潤を置いて一人家に帰れなかった。車で少しずつ後を追ったが、県道を他所の車が、煩わしそうに避けて追い越して行くのが気になった。仕方なく一先ずわしは家に帰った。午前0時を過ぎていた。掛ける言葉も交わす言葉も無く、別々に就寝した。今は、こうするしかない。
2003年10月15日 00時03分55秒

  • 2003年10月11日
    親子喧嘩の続きである。今日は、塾があるから、野球に行かんと言い出した。明日は公式戦だし、今日行かないでどうすんの!今日練習に行かんから、明日も行かんとこきやがった。そりゃ、中間テストは来週早々だけど、今まで小学2年生から野球をやってきて初めてそんなことを言った。仕方なく事務局に電話したが、電話に出なかったので、メールを入れた。何だかまどろっこしい。そりゃそうだよ朝、これからだって時に、みんな忙しいんだ。練習場が自衛隊内ということもあり、入門は厳重なチェックがある。事務局に迷惑を掛けてしまった。今まで、お山の大将で野球をしてきたのに、同学年で二人大きな一年生がいる。彼らは、ボーイズ出身者だ。矢張り、早くから慣れているのだろう、その優位性は否定できないし、確かに上手い。それらのことも、きっと面白くないのだろう。何だか野球がつまらなくなったと言い出した。バッティングセンターに行けば、帰りは、いつも歩き、父さんは怒っている。わしだって、分っているんだ、何度も何度も言うから、嫌になってしまうんだと潤は言った。わしは、暫くそっとしておいた方が良いと思うが、顔を見ると、馬鹿親であるが故、野球のことを話し出してしまう。もはやこれまでかとつい、悪いことを考えてしまう。なるべく、顔をあわせないように、わしは、庭の草むしりをした。
2003年10月14日 23時38分29秒

  • 2003年10月10日
    バッティングセンターで久しぶりに、爆発!親子喧嘩をした。どうしても言うことを聞かない。スイング動作の原理原則を無視する。わしが文句つけると、それが気に入らないのか、わざと変なことをしやがる。コインを無駄に使っている。一枚200円30球、潤にはここら辺の金銭感覚が無いらしい。アッたまに来て、潤を置いてわしは一人で帰宅した。
2003年10月14日 23時26分18秒

  • 2003年10月5日
    潤に知らず知らずプレッシャーを掛けていた自分に反省の日だった。家に帰って布団の上で目を閉じてから、すまないと反省した。新しいチームで、潤は、ミスをしないように気を使っていたのだ。わしは、土日は、発表の場だぞと潤に言い聞かせていた。これまでリトルでは殆ど投手かセンター中心の守備位置だった。チーム事情があり、どうしても長打警戒の布陣に成らざるをを得なかった。そんなことから、ボーイズでは、内野守備が新鮮だった。潤は、一生懸命に守っていた。しかし、一生懸命の意味が違っていた。ミスを恐れていた。監督、コーチそしてわしの目を恐れていた。そんな訳で、ミスをしないこと、きれいに動くことに注意を払っていた。つまり、練習になっていなかった。ボールに集中して、カッコはどうでも良いから、ボールを処理することに集中しなければならない。しかし、それができなかった。その結果、無心になれず、声が出ない。注意されるとその事を気にした。そして、気にするから、注意が散漫に成る。ボール回しを忘れ、怒声が飛ぶ。ボールを処理できない。帰りの車の中で、怒鳴り合いとなった。成長のため、だんだんエスカレートしてしまう。最後はどちらかが、無視するまで終わらない。最悪の一日だった。バッティングはセンターオバーが一本出て、これはアピールになった。しかし、他は、なんでもない球をボテボテのPゴロと2ゴロの山だった。今日入団の一年生が一人居てその子とは、まるで対照的だった。彼の両親は、見に来ておらず、彼は、ひたすら、ボールに集中できていた。今の今に最大限集中しており声が出ていて、まさに戦闘体制だった。ミスは無く、ナイスプレーを連発していた。失敗しても先輩から指摘されると、くりくりマナコで先輩を見て大きな返事が出るのであった。この二人の違いは何か?わしである。わしが結果的に潤に要らぬプレッシャーを掛けていたのである。潤は地に足が着いていなかった。かわいそうなことをしてしまった。潤は実力の10%も出せずに、彼らとは、別の世界に取り残されていた。潤の口から同じ答えが返ってきた。わしは素直に認めることができんかった。親の面子があったからである。そして、生意気な口を利く潤が腹立たしかった。こんなわしのせいで、落ち込まないで欲しいと、今日ほど思ったことは無かった。自信を無くさねば良いが・・・・。
2003年10月06日 20時35分41秒

  • 2003年10月4日
    今日練習で、新しいユニフォーム一式が監督から渡された。背番号は5番が縫い付けられていた。このチームは、一度背番号を決めたら卒団するまでそれなのである。背番号は、空き番であれば自由に選べるのである。(監督、コーチの番号以外)これってある意味、リトルから来た私らには、笑えてしまうが、大変良いシステムだと思う。プロ野球や、大リーグで自分の好きな選手の番号を背負っているのである。と言うわけで、51番55番は使われている。一桁に空き番があった。0、5,6が空いていて、潤は5番を選んだのだった。守備は背番号のせいかどうか分からんが、サードに入れられてしまった。ショートセカンドが良かったのだが、まあ仕方がない。守備は、まだなれずにガチガチである。困ったものだ。まあ、それでも、何とかやっていた。打撃練習で、カーブマシンが全然打てなかった。潤は、カーブマシンは、これまで3回しか経験が無かった。リトルでは、カーブマシンはシニア専用でリトルには貸し出ししてくれなかった。そんなわけで、これまでバッティングセンターでは、90キロをカーブマシンに見立てて練習してきていたが、ここ最近はほとんど140キロしか打たせていなかった。これは、練習の仕方に問題があるなぁと感じた。今後の課題である。一方、直球はOKなのだが、3打席連続センターフライだった。リトルで、HRでも、シニアでは、単なるセンターフライでしかない。ファーストに行く途中で、諦めて歩いてしまい、監督に怒鳴り上げられていた。やっぱり、シニアだ。感覚が違うといった表情が伝わった。自分でやってきたことが、通用しないのである。練習を終えて、佐伯運動公園に練習に行った。ピッチング練習を行った。一度家に帰り、休息後続いて、バッティングセンターで練習した。コイン2枚ずつ90キロと140キロを往復した。結局22時を過ぎ最後の一人になるまで練習していた。
2003年10月06日 13時03分58秒

  • 2003年10月3日
    塾に迎えに行った。あら、ジーンズを佩いているなぁ。それじゃ打ちにくかろうという前に短パンを塾のカバンの中にしまってあると言った。良く出来ましたぁ。衣服で言い訳できないのを心得ている。駐車場でパンツ一丁になるなよな。そろそろ年頃だろうが。コイン8枚を行った。帰りに東京ラーメン紺のれんで夕食にした。潤は、なんか、腹の調子がいまいちということで、キムチと餃子二皿の変則注文、と、ビール。なぬ?これ冗談。わしは、軽めにに味噌ラーメンだった。ここ五日市の紺のれん、チェーン店のクセに美味いんだなぁ。なんか、安心するな。でもね、餃子は、圧倒的に我馬の方が美味いなぁ、でもラーメンは最悪。人の好みだけど、わしらには、あそこの味は合わんなぁ。こっちの方がええどぉー。
2003年10月05日 00時31分31秒

  • 2003年10月2日
    朝いつもメイ(アイリッシュセター)と散歩するときに、すれ違う柴犬を連れた初老の男性。今朝、朝練で潤が茂みの中のボールを捜しているときに声を掛けてきた。このボール(硬球)懐かしいですわ。野球をやっていたという。潤のバットを持つと、潤に守備につけと、言う。わしに、ワンコを預け、ノックを行ってくれた。そして私が100万回以上潤に言っていることを、また潤に説く。潤は、ハイと返事をする。優しいなぁ、潤はその男性を気遣って素直に返事をしていた。うさぎっとびせいと言われ、それでも、ハイと答えていた。何だかほのぼのした朝練になった。ところが大変である。年寄りは、暇なのである。話を聞いているうちに、友達がどんどん学校に行ってしまう。ついに8時になってしまった。あっりゃー、こりゃ遅刻だ。わしのせいでもあるなぁ。さっさと切り上げればよかったのに、学校へ電話連絡を入れた。潤は安心してシャワーを浴びて学校に行った。わしも遅刻である。今日は大事なシステムカットオーバーの日だ。でもいいや、1時間遅刻。夕べ遅かったのを理由にしてしまった。夜はいつもいの打撃練習に出かけた。コイン1ダースで終了。
2003年10月05日 00時21分59秒

  • 2003年10月1日
    朝練は、内野の練習をした。大きなバウンドの球をノックした。緩い大きな弧を描く球は待っていては、打者はセーフになる。しかし、中々落下点に入るのが難しい。早々に切り上げた。家で学校に行く前に、ビデオ観賞した。プロの選手がどうステップしているか、どう捕球してどうスローイングしているか観察した。左右に振れるときは、大きくステップして打球に向かい、間合いを詰める時小さくステップし右足踵から捕球体制に入る。ボール、グラブ、目の線が一直線になるような間合いだ。左足の側で取れば、その後の、スローイングが正しく行える。右足を左足の位置にワンステップし、スナップスローする。グラブは下から上に引き上げる。この動作をすれば、少々のイレギュラーバウンドには対応できる。引いたグラブは、へその前で、右手ににぎりなおす。ここで、大事なことが一つある。これが行えるかどうかで、流れるようなスナップスローが行えるかどうか決まってしまう。へその前に引いたグラブとボールを持ち替えた右手の向きだ。両手とも親指が下を向いていること。つまり、右手のボールが下向きで手の甲がお空を向いて左グラブから右手に持ち帰るのである。これを、少年たちは、グラブからボールが落ちないようにグラブの内側をお空に向けて右手親指を前に突き出すような感じでボールを掴んでしまう。こうなったら、肘が下がるわ、上体が起きてしまうわ、一連動作が途切れてしまうわ、悪いことだらけである。どうか、一度確認すると良いですよ。
2003年10月04日 00時16分48秒

  • 2003年9月30日
    リトル時代の監督から電話があった。仕事中にも関わらず、話し込んでしまった。色んな人が心配してくれる。潤にとっては、この監督は、一生監督だと思う。自分が体験したこと、苦しかったこと、辛かったこと、後になって分ったことなどを、優しく、潤に教えてくれた。転ばぬ先の杖のような監督だった。わざわざ電話を掛けてきてくれる。本当に有り難い。仕事を終え、そのことを潤に話した。きっと今は、良くわからないだろうなぁ。大人が何を考えているかなんて。でも、潤なりに、信頼できる人間、自分を陥れる人間は、分っていると思う。悲しいけれど、そういう経験をした。まぁ、プラスに考えれば、良い経験をしたとも、言えなくも無い。バッティングセンターに行って練習した。コイン12枚行った。でも、今は、球をよく見て、身体の内側から速い強いスイングをするように心がけている。だから、変な話、コイン1枚30球のうち、15回ぐらいしか振らないこともある。でもね、これって凄く集中できて良いみたいである。以前のように、バットが下がらなくなり、耳を擦るように綺麗にバットがでて、ライト方面、センター方面へと強い打球が闇に消えて行く。潤は、今、レギュラー取りに燃えているのである。
2003年10月02日 00時30分27秒

  • 2003年9月29日
    今日は、オフ日だったので、仕事を午後九時まで行った。途中で、潤から電話があり、三和中学のそばのお好み焼き屋さんで潤の自転車を預かっていると言う。はて?詳しく聞いてみると、自転車は盗難に遇っていて、お好み焼き屋さんが、自転車に書いてある電話番号を頼りに、電話で知らせてくれたのだった。帰ったら、自転車を取りに行かなくっちゃ。バイクをぶっ飛ばして、家に戻り、自転車を引き取りに行った。急いでいたので、お礼も何もできなかった。ごめんなさいねぇ。&ありがとさんです。帰りが遅かったので、夕食の仕度をしていないため、長崎チャン麺に夕食を食いに行った。こんな夕食は可愛そう。23時を過ぎていた。
2003年10月01日 20時48分18秒

  • 2003年9月28日
    練習試合があった。潤は正式入団手続きを終えておらず、ユニフォームも無い、スパイクも金属歯しかなく、試合には出れないが、有意義な一日だった。チームは、圧倒的に強く、やる気満々で一日を終えた。試合中に入団手続き書に全て記入して、捺印して、支払を済ませた。善は急げである。10月からは、晴れて一員になることができる。良かった、良かった。選択肢は間違っていないと思う。素晴らしいチームだ。2戦全勝だ。3チームによる巴戦では、あるチームのエースで4番は、レフトにライナーで球場の外にでる特大HRを放った。一学年上の選手だった。こういう選手が現実に居るのである。素晴らしい。潤は、練習を終えてから、バッティングセンターに行こうと言った。燃えていた。コイン15枚を打ち込んだ。
2003年09月29日 13時15分31秒

  • 2003年9月27日
    不安なのだろう、少し遅れていこうと言う。そうは言っても、あんまり遅いと、アップが見れないしなぁ。グランドに30分遅れで到着。不安そうに潤がしていた。挨拶を済ませ、先輩に連れられてアップしていた。午前中は守備練習に続き打撃練習を行い、午後から、3年チーム対1、2年チームで試合を行った。潤は、3年生チームに混ぜてもらい、9番セカンドだった。第一打席2−1からレフト前ヒット、初打席初ヒットだった。見方の援護射撃で無事にダイアモンドを回り生還した。2ヶ月ぶりの試合で、久しぶりに潤の笑顔を見た。長かったなぁ、悪い夢から覚めるまで。
2003年09月28日 01時37分47秒

  • 2003年9月26日
    バッティングセンターで相変わらず、練習をしている。前にも一層まして打ち込んでいる。12枚綴りの回数券(2000円)は、このところ手にしたことがない。なぜなら、一回で全て使ってしまうから、最初からコイン12枚だ。数日前から、バッティングセンターの団員募集の張り紙が気になっていた。予め、連絡先を携帯電話に入れておいた。いよいよここに電話を掛けなくてはならなくなった。感じの良い方が電話の向こうで優しく説明してくれた。ケージからでる潤に話すと、どうせ、明日行くところがないので、行って見ると言う。
2003年09月28日 01時20分10秒

  • 2003年9月25日
    残念な知らせがあった。野球が出来なくなってしまった。みんな暖かく支援してくれたのに残念である。関係者は、色々骨を折ってくれた。電話の向こうからは、最大限気使ってくれている様子が伺えた。私どものことで、気を使わせてしまって逆に気の毒である。申し訳ない、ボランティアなのに。これ以上、迷惑をお掛けする事は出来ない。皆さん本当にこれまでありがとう。一時的とはいえ、受け入れてくれたリーグの皆さんには、感謝の念でいっぱいである。新しい仲間と別れるのも辛い。ハンコ一つが子供の人生にどう影響するかは、彼らには関係なく、結局、色眼鏡で興味本位にもてあそばれているだけなのである。そりゃそうだろう、彼らにしてみれば、煙たい存在だろうから。
2003年09月28日 01時11分05秒

  • 2003年9月5日
    今日こそは早く帰ろうと思い、協力会社の人間より早く帰ってしまった。まぁいいかぁ、偶には。家に着くと潤は学生服でソファーに寝ていた。藤木団地の塾まで送って行ってやる約束をしていた。私の顔をみると、腹へったと言う。潤を連れフレスタで秋刀魚のにぎり寿司と鉄火巻きを買い、車の中で食べながら塾に向かった。潤を送った後、コンタクトレンズを買いに行った。昨日バッティングセンターで最後の2W使用の最後の一枚を落としてしまい、暫く探して、有ったは有ったのだが、汚れてしまっていて、どうも着きが悪いらしい。わし、目はブリ良いので感覚が分からん。日曜日にシニアデビューだから、絶対に購入しておく必要があった。ケア用品も購入した。再びフレスタに行き、夕飯の買出しをした。ラッキー、今日は美味そうな鯵の刺身があった。しかも時間帯が時間帯なので半額だ。ブリの照り焼きも半額、最近、魚ばかりだが、潤のリクエストに答えられたので一安心。家で洗濯を済ませ、再び塾に迎えに行った。ルイスビルのメープルを家で素振りしていたので、車に積んで持って来てと言われていた。それと、目薬と新しいコンタクトレンズを持っていった。少し待つと潤が元気に飛び出してきた。潤は本当に打ちたくてたまらないんだなぁ。へんなやつとわしでさえ思ってしまうことがある。何故って、ワシは子供の頃、ああまでして一つのことに拘った事がなかったからなぁ。この気持ちはきっと良いことなんだろうなぁ。バッティングセンターで13枚行った。一つ面白い事を試した。笑ってしまいそうなことだが、メンタル面で非常にプラスになることだ。可笑しくってもやもやした練習という二文字が吹っ飛んでしまうし、技術的なことで言えば、その突飛性が故、軸がぶれない。これ、非常に良いと思う。完全に右脳の世界での練習方法だ。今は書かない。変体、過ぎるから。でも、バッティングセンターでただ一人打ち続ける潤とワシに混じってバッティングセンターのおじさんがその効果の凄さの証人だ。私はデジカメを持って構えていたが、笑ってしまって撮ることが出来なかった。まだ、PCで再生していないので、上手く撮れたかどうか不明・・・。
2003年09月07日 09時37分57秒

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