中学1年も残り僅かとなった。春季大会(3月)は出場できない。選手登録時、休部していたため、20人枠に入れんかった。これは、これで良い。現在部員21名、潤一人が、ベンチ入りできない。潤で良かった。厳しい世界だ。この厳しさを堪能するが良い。やる事は沢山あるさ。焦ることは無い。

  • 2004年4月30日
    今日は、学校は振り替え休日らしい。ワシは出社。家に帰ってから聞いた話、今日兄ちゃんが帰ってきて、一緒に遊びに連れて行ってもらったと言う。「兄ちゃん、車にのっとったよ。」一緒に彼女の家に遊びに行って、それから、アルパークに行ってラーメン食って、それからまた彼女の家の方に戻って、彼女の弟や友達とキャッチボールをしたよ。みんな、広陵の卒業生だって。」いつも、休みは、何をして良いか分らないところだったのが、兄ちゃんが帰ってきてくれて、とても喜んでいた。おまけに、潤は兄ちゃんから、ベースギターを貰っていた。一番太い弦が切れていたが、オレンジ色のベースを気に入っていた。兄ちゃんはベースを二つ持っているけど、父さんが買った、フェンダーのベースは、人にはやれないよと、潤は解説した。だから、オレンジ色のベースと言うことらしい。ワシの帰宅が9時20分だったため、バッティングセンターの練習が間に合うかどうか微妙だった。車をぶっ飛ばして行くと、両替所は既に閉まっていたが、コインを回収しているおじさんが、「何枚やるの?」と聞いたので、潤は5枚ですと答えた。すると、5枚ただでコインをくれた。レジは閉めてしまった後なので、もう良いとのことだった。いつも、いつも、有難う。ここが、あと一ヶ月で閉鎖になってしまうなんて、考えたくないなぁ。しかし、時間は過ぎて行く。最近、天井ネットのほころびも目立つが、閉鎖だから、直さないのだという。新しい、ボールを、入れ替えたばかりなのに閉鎖だなんて悲しい。今日も最後の一人だった。帰りに、潤は醤油ラーメンが食いたいと言った。昼間兄ちゃんに食いに連れて行ってもらった。ラーメンが美味かったのだと言う。コイン通りの「紺のれん」でネギ豚ラーメンをいつものように二人でカウンターに並んで食った。明日は、朝から練習。そして明後日は、福岡遠征、頑張らなくては・・・。
2004年05月01日 23時46分35秒

  • 2004年4月27日
    昨日から風邪でダウン。今週は朝練も夜練もできていない。今日は、先週潤が寝ていてすっぽかしてしまった家庭教師の振替授業だが、またまたキャンセルした。フレスタで4キロ1980円の米を買い、カルビ丼を作った。家はいつも標準米なのだが、それがスーパーに置いていなくて、しぶしぶ高い米をかった。これまで、飯が不味いのは、炊飯器の所為にしていたが、コシヒカリは、やっぱ美味い。これほど米の味に差があるとは、改めてびっくりした。社員食堂の飯は、家のよりは美味いと思っていたが、さらに、今日炊いた、飯は美味い。潤がいつも食がすすまないのは、美味い物を食わせていない所為かなぁ。潤は風邪と、口内炎で喉と唇が痛いのを我慢して、飯を食っていた。明日は治るかなぁ。
2004年04月28日 19時52分14秒

  • 2004年4月22日
    朝練は、最近至って軽めである。軽く走って、柔軟やってシャトルティを約30球、まぁやらないよりマシかっていうか、身体を起すためのようなもんだ。続いて、ゴロキャッチボール、体全体を使って、捕球から送球までの足の運び、をスムーズに行うことを行った。そして、ゴロ捕球から、送球を行い、最後はピッチングで終わる。時間の関係でピッチングは10球程で終わり。夜は、五日市バッティングセンターでいつもの練習。最近の夜練は如何いうわけか、眠たくてしょうがない。疲れが溜まっているのかなぁ。目覚ましに2ゲーム、150キロのケージで900gのメイプルで行った。最近、わしの左手には、タコができている。潤は一球一球を大事にするバッティングを心がけているようだ。先週の試合で後5m、されど5m、これが悔しくてしょうがないらしい。だから、一球一球、完全に振り切る手抜きなしのバッティングをしていた。ミートの音が先週と全然違うし、ライト後方のネットに打球がライナーで突き刺さる。時間帯が早いと人がいっぱい居て気が散るので、練習は午後9時半を過ぎてからが良い。レジを閉めた後バッティングセンターのおじさんがニコニコしてケージの後ろを行ったり来たりしていた。9時半を過ぎてもお客が来るが、レジを閉めているので、コインを買えない。この時間帯は潤の貸切になる。
2004年04月23日 20時41分12秒

  • 2004年4月17日
    本日、松山遠征、昨晩久しぶりの親子喧嘩で、潤は家出、帰宅は午前1時だった。 起床は4時半だったので正味3時間しか寝ていない。なに、最近坊主頭がちょいと伸びて 所謂ツーブロックにしていた。それを遠征に行くのだから、床屋でさっぱりして来いと いって金を渡していたのに、行って来なかった。そのため、わしがバリカンで刈ってやったが 短すぎたらしい。それが不服で頭を刈っている最中に、大粒の涙を流した。 そのことをたしなめたわしも悪かった。刈りかけの頭で家を飛び出しちまった。 やっぱ、年頃なんだなぁ。ついこの前まで、受け狙いでくりくりにしていたのに・・・。 刈る前の頭は、潤の尊敬する先輩の髪型だった。家に帰った潤に、もう何も言うな、わしも 言わんからと告げると。お互いにクールダウン。続けて、前髪を刈ってやった。速攻で風呂に 入れ、就寝させた。そんなこんなで、朝はブリ眠たかった。 遠征はマイクロバスだが、わしのエスティマは、荷物車として、荷物を積んで一緒に走らなければ ならなかった。遅刻は厳禁。宇品港から松山までフェリーで行き、山道を走ること一時間、 Mクラブの球場に到着した。3試合行った。潤は全部スタメン落ち、まぁーしゃーないなぁ。 まだ、アピールがじぇんじぇん足りないもんな。しかし代打陣からは一番に起用された。 昨晩、あんなことがあって結果なんか出るわけが無いのは分かっていた。 幾ら上手いスタメンの選手でさえ、明日は、遠征だとすれば、それなりに体調に気を使うはずである。 しかし、今の潤は、最低のコンディション、目はぼーっと腫れ、頭もぼーっとして、集中できない ただ、何となくチームに居るだけのように私の目には映った。相手の左投手に対して、 まるで、スイングがあっていなかった。空振り三振。事情を知らない監督コーチは、スイングアウト だから、まぁ良いかぐらいにしか、考えていなかっただろう。続く打席、ありゃ?潤が居ない。 打順を抜かされてしまった。アピールプレーなのでこっちは黙って居た。そのまま試合続行。 親善試合だから、向こうは知らん振りなのかも知れない。潤は、ベンチでこっぴどく叱られていた、 もう打たさんと。それでも何とか第三打席代えられずに済んだ。今度は三球三振だった。 ほれ、見たことか、神様は怒っているんだぞ。自分が遠征前に、何したか、くだらない事で 腹を立て、ここでは書けないようなことをした罰だと思った。潤は、以前、親子喧嘩の翌日に 特大アーチを放っていて、まぁ、これは、リトルの頃の話だが、本人は、今回も、何とか 乗り切れるとたかを括っていたに違いない。私的にはざまぁ見ろ!しかし、沈んだ目でこちらを チラチラ見る。わしは、無表情を装った。 昼食後第三試合再び起用してもらえた。1点ビハインドで代打の起用、打点にはならなかったが 進塁打のレフト前ヒット。これでやっと3の1、続く第二打席、1エンド1からインローへのカーブを ぶっ叩いた。打球はライトの頭上を越え、ワンバンでフェンスに直撃した。同点打の2ベース。 右中間に後5mだった。監督からナイスバッティングと今日始めて誉められたようだった。 この試合、わしは球審をしていた。嬉しかった。6月頃には、使えるようになるかなぁ。 4の2打点1
2004年04月20日 18時35分30秒

  • 2004年4月9日
    朝練は、最近、公民館とグランドの二箇所で行っている。公民館でフォームチェックの後、グランドで練習する。グランドでは、小学生兄弟がやはり同じように毎日、朝練をしている。関心なのは、内容が野球ばっかりではないのだ。サッカーボールと野球道具をいつも持ってくる。殆どお母さんが面倒を見ているが、時々お父さんだったり、また、子供たちだけの時もある。お母さんはここだけの話し、時々キレて帰ってしまうことがあるが、お父さんは黙々と子供とキャッチボールをしている。そんな彼らの横で、わしらも朝練をしている。シャトルティーをして、内野ノックして、最後にピッチングで終了。今日は会社から早く帰宅したかったが、家に着いたのは22時だった。まぁこれから、バーチャルのバッティングセンターに行けば良いかと思っていたら、会社から呼び出しが掛かった。潤にとりあえず飯を食わせ、ひょっとしたら、かえって来れないから、明日の中国大会予選は、一人でも行けるように準備をしておけと告げて、家を出た。結局そのまま、会社で朝を向かえ、何とか家に6時40分に着いた。今日は車で100キロ走らなければならないので、とりあえずそれから7時15分まで仮眠した。不思議なもので、ぐっすり眠れた。本気だと何でもできるのかなぁ。コンビニで眠気覚ましを2本飲んで、集合場所に向かった。試合は三原市民球場で午後3時からだ。しかし、集合は朝9時だ。普通なら、軽く練習してから、大会に臨むのだが、うちは違う。皆でグランド作りを12時までする。如何いうことかと言うと、新しく、広大な野原に専用のグランドを借りられるようになった。先週の日曜日から、全員でグランド整備をしている。ダンプ60台で内外野に土を入れて、ブルとユンボでグランドを作っているのだ。選手や保護者は、重機にできない細かなところを行った。そんなこんなで、みんなの力を合わせてグランドを作っている。公式戦のある2,3年生だけが、練習するなんて事はしない。今更、付け刃の練習はしてもしょうがない。飯を食った後、試合会場に移動した。潤にとっては、初めての公式戦だ。凄く嬉しい様子。しかし、スタメンではない。しかし、代打で1打席任された。最初から打っていけの指示に、ボール球を引っ掛けた。カーブではない、相手の失投の内角低めをすくった。それはセカンドフライになり、1塁を駆け抜けたがアウトとなった。試合は結局4回コールドゲームで勝ちを収めた。帰りの車の中、久しぶりにユニフォームで打席に入り、リトルの頃を思い出して、凄く嬉しかったと潤はいった。帰り道、高速代をケチって国道2号線を西に向かって走った。ついに睡魔が襲い、コンビにポプラの駐車場に午後7時半まで仮眠していた。わしは、潤に起され、再び走り、8時半にいつもの五日市バッティングセンターについた。いつもの様に練習。
2004年04月14日 13時11分50秒

  • 2004年4月13日
    最近は朝練するのが暑いなぁ。今日はちょいと時間の都合で省略気味。走った後。シャトルティをした。シャトルティーは、前から投げるやつは、せんかった。ミートポイントの上部に手をかざし、そこでシャトルを離すだけ。つまり、トップから、ミートポイントまでを如何に正確に行うかだけだ。これって、かなり難しい。その後、普通のティーを行って、ゴロ捕球の練習後、ピッチング練習。何かしら掴みかけてきているから、余り煩く言わんかった。今日は、夜、家庭教師の先生が来る日、先週の木曜日に潤が眠っていて、先生が呼び鈴を鳴らしても携帯に電話しても起きんかった。その振替授業だ。したがって、夜練は無し。
2004年04月14日 12時44分43秒

  • 2004年4月4日
    四月に突入しちまったぁ。相変わらず日記が停滞している。困っちゃうなぁ。今日は、日曜日だけど練習は無し。今度、専用グラウンドが借りれるようになり、そこのグランド作りのため、選手も保護者も総出で作業した。グランドと言ってもただの野原で草ぼうぼうで砂利がごろごろ、ここにユンボとブルとダンプで整地から、始めた。地面に小さな突起があると、それをハンマーでぶっ叩き、砕けなかったりぐらつかなかったら、ユンボで掘り起こす。中には直径1m程のものまで出てきた。朝の集合の時、ここが、ほんまに野球できるグランドになるのかいな?と心配した。しかし、夕方には、大方整地は終わり、ロングティーや、フライノックぐらいならできるほどにまでなった。総勢80人で行った。やればできるものである。潤は砂利運びで腰が痛いと言っていた。ブルペンと、バッティングケージとグランド1面がとれる。何だか嬉しい。しかし、土地に買い手がつくまでの間らしい。来週には、トラックで土を入れてさらに綺麗にするという。作業を終えて、バッティングセンターに練習に行った。夕方は込んでいた。今日は練習が無かったので、つまらんかったらしい。ラジオでは甲子園の決勝戦が流れていた。最近調子が良いだけに、アピールする機会が欲しいようだ。
2004年04月05日 13時17分08秒

  • 2004年3月29日
    春休みは、辛い。潤は家で一人だからだ。「父さん、友達はUSJに3回もいったよ。」この言葉が辛い。 休みは、野球だし、潤は、家族で旅行に行ったことは一昨年の宮崎シーガイアぐらいだ。この時、初めて、観光ホテルに泊まった。 今日月曜日は、潤にとって退屈な一週間の始まりである。家に居るのは、口の利けないワンコのメイと潤だけだ。今日は昨日の疲れで 部活を休むらしい。会社で、昼に、今期最後の月ということで、休暇が残っているかPC上で検索した。今日月曜日29日だから、今月 は後二日を余すだけ。休暇が1日とれる、PC上にリプライが返ってきた。そいじゃ、いっちょ勇気を出して、明日休むことにしよっと。 USJに連れて行ってやろうと思う。金はきっと沢山掛かるだろうなぁ。地元でつりしてもよいが、それでは何だか可哀相に思えた。 帰り際に、潤に電話した。「明日、特別に休みをとったから、今晩、出かけるぞ!USJ行くぞ。だから、メイの散歩に今から言って来い。」 潤は、何処に行くの?と聞き返した。お前が行きたいところだよと言うと、弾んだ声で「散歩行くけえ!」と行って電話を切った。 わしが家に帰ると、潤は居らんかった。エスティマの後部座席をベットにして掃除した。暫くすると、坂の上の方から潤とメイが元気に駆けて来た。 潤はメイをしまうと、剣道の竹刀を持って、再び外に走って行った。30分しても帰って来ない。外は暗いし心配になってしまう。 近頃、ツーブロックのヘアスタイルだし、竹刀剥き出しでほっつき歩いていたら、ヤンキーと勘違いされてしまう。心配していた。 そうこうしていると、心配を他所に元気に帰ってきた。自分でトレーニングしていたのだと言う。今度は、部屋の中で、バットで素振りを始めた。 良いことが、ありそうだと、気持ちが前に向くらしい。午後11時にメイを家に残し、二人で、大阪に向け出発した。
2004年03月31日 16時48分06秒

  • 2004年3月24日
    昨日、家庭教師の先生が来たが、潤が頭痛で授業をキャンセルしてしまった。ほんでもって、今日振替事業となった。本来なら、木曜日だけなのだが、先週先生の都合で木曜日が駄目だった。その振替授業である。月曜日は、バッティングセンターでの練習は、基本的にしない。って事は、今週まだ、バッティングセンターでの練習はしていない。ワシは8時半に帰宅した。先生にお茶菓子を出そうと思って、スーツのまま、お茶とお茶菓子を用意しようと思ったら、お茶菓子がない。潤が、腹減らして、昼に食っちまったらしい。そういえば、今日は給食がなかった。仕方なく、コーヒーだけ持って潤の部屋に上がった。先生が帰った頃、ワシは洗濯機を回し、掃除機を掛けていたため、挨拶を省略してしまった。ごめんちゃい。ワシは忙しかったので、少々不機嫌、ワシ不機嫌だと口きかない。潤が何か聞いてきても、うんとかあぁだけしか言わんかった。何が不機嫌かって、和室と2階の寝室と潤の部屋と、元潤の部屋と、リビングが散らかっていて、洗濯して、掃除機掛けて、飯作って・・・、潤に、片付けろと言っても空返事ばかり。潤はリビングのテーブルにつき、暫くテレビを見ていたかと思うと、暫く考え込んでいた。何を思ったか、神様の前に行くと、お祈りをはじめた。それから、カーテンを開け、バットを持ってきて、素振りを始めた。ワシはそれを見ながら、ニンニクの芽が入った、1パック380円の焼肉をフライパンで温めた。トマトときゅうりを沿えて、焼肉丼を作った。二人で飯を食っている最中、ワシ、肉着いたじゃろ?と袖を捲り上げ、左腕の上腕二頭筋の力こぶを作って見せた。わし、腕立てと、懸垂、言われんでもやっとるよ、と潤は言った。それなら、もっと飯をいっぱい食えとワシは言い返した。じゃが、ワシが居ない時は、インスタント食品だったり、プロテインだったり、駄菓子を食っている。潤の部屋のごみ箱は、チョコレートやミルキーの殻が多い。食事面での工夫が我が家の課題である。ワシには時間がない。成長期真っ只中の潤にも残される時間は刻一刻と減っていくのである。大きくなってもらいたいなぁ。潤の兄ちゃんは、中2の頃は、ワシと背丈が同じだったなぁ。
2004年03月25日 13時19分29秒

  • 2004年3月21日
    今日の練習もワシはPCに向かっていることが多くて、殆ど見ることができなかった。このほうが、伸び伸び出来ていいのかも知れないし、まぁいいかぁ。時々小さな女の子たちとドッジボールをして遊んだりもした。手が開いた時、小学生グランドに借り出されている潤を見に行った。今日は左の中1と右の2年生が登板していた。潤はファーストに入っていた。暫くすると、5歳くらいの女の子が、おじちゃん遊んでとせがむ。ハイハイ、ノーと 言えないわし、グランドから100m離れた中学生グランドの脇の空き地で女の子4人とドッジボールをした。漸く抜け出して、潤の所に行った。見ていた保護者から、潤がHRを打ったのを聞いた。まぁ打ったって言っても、相手は6年生だからなぁ。ふくざつ、あんまり喜べないなぁ。練習試合を終えてから、1年生は、マシーンによる打撃練習を行った。わしは、compaqのノートを持ってグランドにいた、AIRエッジで会社にアクセスしていた。バッテリーが壊れていて、場内放送用の電源ボックスから、電気を勝手に取って土手にPCを置いて、折りたたみ椅子に座っていたためグランドに背を向けるかたちになっていた。だから、グランドに居ても、グランドで潤がどんな練習しているかは分らんかった。練習を終えて車に乗った時に、潤に言われてしまった。「見た?ワシ、でかいの打ったの。わしが打つときは父さんは居らん。」ごめんよ〜ん。まぁ、それでも気分が良いのだろう。アイスクリームを食って、その後、コバスポーツで、グラブオイルとグリップを買って帰った。家に帰るのを待たず、潤は、ワシの色褪せたミズノプロ高津モデルにグラブオイルを沁み込ませていた。家に帰ると、バットのグリップを張り替えて、満足そうにしていた。ローリングスのでこぼこグリップ、これちょっと高価だが、中々良さそうである。今日、監督から、大分、力が着いて来たと褒められたので気分が良いらしい。
2004年03月22日 22時34分20秒

  • 2004年3月20日
    今日は、敗戦明けで普段出番の少ない1年生主体で試合をさせてもらった。と言っても、小学部との練習試合である。小学部は、無事、全国の切符を手にした。そんな訳で、中学部のお兄さん達が、練習試合の相手をしてあげると言うものである。しかし、うちの小学部は、身長180センチの子もいて、全く中一チームに見劣りしない。傍から見ているとどっちがどっちか分らない。潤はどうやら、投手に任命されたらしい。しかし、打たせて捕る野球をせよとの、監督からの指示があった。全国に送り出すために、自信を付けさせるのが目的だ。まぁ、だから、潤のピッチングがどうのこうのはない。しかし、終わって見れば、14−0で見事小学校チームの勝ち!まぁ、よく打つ。リトルと違うから、外野の間を抜ければ、ランニングHRになる。中一チームには、実は新入団の6年生も混ざっている即席チームなのだが、それにしても、コンビネーションが悪いというか、やっぱり良く打つ、というか、打たせているんだが(笑い)・・・。中一チームが無得点、困っちゃうな(笑)。潤は3打席で四球、レフトフライと、三振だったらしい。ワシグランドでPCと奮闘していたので、見ていなかった。それにしても、帰りの車の中、投手を久しぶりにやって喜んでいた。
2004年03月22日 21時03分58秒

  • 2004年3月17日
    忙しくって、大分、滞っている日記。しんどいなぁ。これ、本音。でも、なんかしないと後で後悔するかも・・・。夕べは1時に寝たのに今朝は4時半起きで洗濯し、家を5時半にでた。潤の朝飯は、夕べコンビにで買った焼そばパンとその他もろもろ。潤は一人で起きれるかなぁ。まぁええかぁ。心配していてもしょうがない。会社に朝6時半に入り、帰ったのは午後8時頃、潤をエスティマに乗せて、練習に出た。わし、ねむたい。夕食を作る元気が無いので、久しぶりに牛丼じゃなかった、豚丼を食べに吉野家へ。潤が家で食いたいと言うので、テイクアウトに変更。潤が飯、食ってる横で、ワシはリビングに布団を敷き、寝てしまった。最近疲れが溜まっています。
2004年03月18日 18時57分27秒

  • 2004年3月13日
    本日は、4−2でS・Bに快勝した。うちは1年生の継投で2年生投手を温存できた。4番も1年生が張っている。ベンチ入り20名中スタメン1、7、9は1年生だ。打順は4、6、9が1年生。何だか全国が見えてきそうだ。潤は選手登録外なのでボールボーイをしていた。帰りの車の中で、やりたい悔しい気持ちを覗かせた。「詰まらん一日だった。」とぼそりと言った。聞くと、練習の時、アップの体操とキャッチボールしかせんかったから、らしい。選手たちはノックや打撃練習もしていたからだ。目先のことは、どうでも良い。小さい、小さい、そういって慰めた。三原市民球場を後に、山陽道、小谷サービスエリアで尾道ラーメンを食った。ここの尾道ラーメンは有名である。二人で汁まで飲み干した。やっぱり疲れるのだろう、潤は車に乗り込むと、直ぐに寝てしまった。今日は、バッティングセンターを休ませてやろうと思った。途中フレスタで買い物を済ませ、家に着いても潤は寝ていた。車を止めて起こすと、バッティングセンターじゃないのを不思議に思ったのか、それでも寝ぼけて家に上がった。ホットレモンを作ってやったら、目が覚めた。「父さん、どうしてバッティングセンター行かんかったん。」、そりゃ寝顔を見たら起こせなかったんだよ。8時半まで休んで、バッティングセンターに出かけた。潤の試合着は他の子のように黒土では汚れていなかった。背番号5を背負って出かけた。やっぱり、試合がしたいのだろう。ワシ、投手できるかなぁ等と弱気になることもある。「アホ、今の1年で2枚じゃ、どうにもならんじゃろうがぁ。」お前が3番目に入らなければ、来年はどうするん?」すると、元気をだして、ケージに入っていった。隣の150のケージに、ワシはTシャツ1枚になって入った。実は、最近、ワシもよく打つのである。左打席は、140が最高速、右打席は150がある。そこで900gのイーストンメイプルを振った。自分で言うのもなんだが、漆黒の闇に打球は一直線、むふふ、ちょっと、ナルちゃん入ってますぅってのは、どうでも良い。ただ、言えるのは、ワシでも出来ることは、子供にはもっと上手く出来るってことだ。潤は昨日の「開いてバットが出てこない病」は治っていた。練習するのが楽しいらしい。そして、ワシが隣のケージで勝手に打っているのが、面白くないらしい。「父さん、幾ら打っても、痩せないから、やめんさい。金もったいない。ワシの見てや!」今は、軸を作って、どれだけ、待てるかを練習しているらしい。ボンズは振り出すのが、他の選手より遅い。それだけ引き付けて早いスイングをするからだ。潤は今、耳からできるだけ小さい円軌道でバットをミートポイントに持って来ようとしていた。このことだけずーっと行っていた。最初は、レフトに打球が飛び、開いて打っているのでどうしたか聞いた。すると前述のような答えが返ってきたのだった。そのうち、ライト、センターレフトと順番に打ち分けていた。かなり感じが良い。今行っていることは、決して無駄にならないと思う。最後の客になり、閉店となった。続いて、打撃王(バーチャル)に練習場所を変えた。今日は、もやもやしたものが溜まっているようである。結局打撃王を出たのは午後11時を回っていた。明日は、勝てば2試合あるが、明日もアップと、ボールボーイだと思う。それでも、自分でやることはやらないといけないと思う。試合があるから、練習するのではない。自分の夢があるから練習すると言うことを、ちょっとづつ分ってきたのかなぁ。
2004年03月14日 00時37分39秒

  • 2004年3月12日
    会社からかえると、エスティマがピカピカだった。トヨタがエアコンを修理してくれたついでに磨いてくれていた。帰宅時間は午後8時45分、バッティングセンターには9時までに着かないと両替所が閉まってしまう。暖かい夜だったので、お客さんがいっぱい居て、順番待ちをした。90、120,140を順番に行った。待ち時間が多くて余り打つことが出来なかったので、打撃王に場所を移した。バーチャルも最近は時々行く。今は、ちょっとした打撃不振病にかかっているようである。「上体が開いてしまって、バットが出てこない病」だ。デジカメで下半身を中心に撮影した。軸足膝が、早く内側に絞れ過ぎてしまう。何だか上半身下半身がちぐはぐのバッティングだ。これは、オープンスタンスを行うようになってから始まった。デジカメを潤に渡した。潤は黙ってじぃっと見るとため息をついてケージに入って行った。オープンスタンスをやめて、スクエアに立ち基本に戻っていた。明日は、出番がないが、そんなことは全く気にしていない様子である。
2004年03月13日 23時52分36秒

  • 2004年3月6日
    三菱江波グランドで練習。夜半雪が降ってうっすら庭に積もっていた。昨晩のバッティングセンターは、生暖かい雨で雷もなっていたのに、一日経つと全然気候が違う。冬に逆戻りだ。明日は春季大会なので、選手中心の練習になった。午前中は、守備練習で潤はサードに入っていた。ワシは、外野ノックのお手伝い。外野練習は楽しい。自分が楽しんじゃっているから、潤が何をしているかは、不明である。時々雪がちらちら舞っている。練習のお手伝いが無い時は、寒くてかなわん。松ぼっくりや薪を集めてきて焚き火をした。薪を割っていると、火が無くてもあったかくなる。しまいに暑いのに何で薪割ってるのかなぁ等と考えてしまう(笑)。それでもやっぱ、何もせず5分も居ると寒い。午後からは打撃練習だった。マシン練習は、潤はセンターに良い当たりが最後の一本漸くでた。何だかカーブも真っ直ぐもタイミングに苦しんでいるようである。というか、まぁ、今は本人、調整ぐらいのつもりで居るかのようとも取れる。明日は、ベンチには入れないのだから。マシンを終えると、バッティングピッチャーを置いての打撃練習になった。打つのは、スタメンと思われる9人が先に行った。続いて、スタべンという順番だ。合計12,3人しか打たなかった。潤は勿論打たせて貰えない。子供らは、自然と順位付けされている。これで良いと思う。実力の世界だ。天気が優れず寒い。明日は試合が出来るか微妙である。練習は午後3時半で終了した。帰りの車の中は寒い。相変わらず、エスティマの暖房は効かない。コンビニでチョコレートを購入し、暖かい飲み物を購入した。バッティングセンターに練習に行った。潤はキャッチボールがしたいと言うので、先に、バッティングセンターの駐車場で、暫くキャッチボールを行った。他の車に当てないように、私は、エスティマをバックネット代わりにした。幸い、後逸は一球も無かった。続いてバッティング練習を行った。潤はここの140キロなら、簡単に打てると言う。もう、身体が完全にリズムを覚えてしまっている。最近90キロや120キロは打っていないなぁ。一箇所じゃなく、色んなバッティングセンターに行った方が良いかもしれない。色んな投手が居るように。二人で、夕飯の食材を買いに行った。車の中で待つのは寒いから、偶には着いてきた。家に帰る時、野球道具を一式部屋に持って上がった。明日野球があるときは、車に積みっぱなしにするのに、どうしてかなぁ。ワシは疑問を残しつつ、偶にはダイエットのバドミントン(体協)に久しぶりに参加した。一汗かいて、9時半頃家に帰った。潤は道具を綺麗に手入れしていた。実は、今日の練習の終わりに、先輩から、野球バッグを貰っていた。先輩は、新しいバックを買ったから、要らなくなったバッグを潤がくれと言ったら、くれたのだそうだ。そのしわの入った。塗装の割れた野球バッグをぴかぴかに磨いていた。グラブもバットも磨いていた。それらを自分の部屋のちゃぶ台に並べていた。先輩の名前の刺繍の入ったバッグを嫌がるわけでもない。大事に使うのだと言う。このバックが欲しかったそうだ。父さん、何でも入るよこのバッグと喜んでいた。
2004年03月08日 23時27分01秒

  • 2004年2月29日
    朝雨が降っていて、練習中止のメールが飛んできた。月曜日から学年末テストが始まるので、時間が出来てラッキーだ。潤を起こさず寝かせてやった。潤が起きたのは11時を過ぎていた。練習が休みにはなったが、日がさして来て良い天気になった。練習が無いと、どうやってすごして良いかわからない。とりあえずミヤケスポーツに行って、野球用品を見たり、店員と雑談などしたが、何も買わずに店を出た。休みの日外出する時はメイも一緒だ。続いて水鳥公園でキャッチボールをした。メイはノーリードで放っておいても悪戯したり、他のワンコのところに行ったりはしないので楽である。ボールを捕りそこなったら、走って球拾いもしてくれる。ちょっとボールはべたべたするが、可愛らしい。堤防から海に出るとはぜ釣りしている少年たちがいた。もう春を感じるくらいの気候だ。少し遊んでから、最近出来た廿日市のゲーセンに遊びに行った。入場料を時間制で後払いで好きなだけゲームをしたり、インターネットしたり、ロッククライミング、ストラックアウト、スピードガンやカラオケルームまである。普段全クリできないようなゲームも、コインを入れずに出来てしまうのでやがて全クリアしてしまう。うーんなんか、つまらない。ワシは疲れたのでスロットマシンの前に座った。つまらないの何の、ただのコインで幾らフィーバーしても何も面白くない、眠たくなって、スロットマシンの前で眠ってしまった。潤も1時間もすると飽きて帰ろうってことになった。メイはエスティマでお留守番だ。ワンコは鼻を鳴らしても文句は言わん。何だか可哀想。もう、ここには遊びに来ないと思うな、暫くはね。結局、最後はバッティングセンターだ。家に帰ってみればいつもと同じ時間帯だった。まぁ、しかし、睡眠は取れたし、リフレッシュになったのではないかなぁ。食後、0時ぐらいまでは勉強していたようである。
2004年03月03日 23時38分32秒

  • 2004年2月28日
    今日は、コーチが足りなくって、ワシが借り出された。外野ノックは楽しい。今日、潤は外野に来るかな?と思ったが、内野に居た。まぁ、この方が気楽である。午後から紅白戦を行った。潤は、セカンドにトレーニンググラブで入った。このグラブで捕れるのかなぁ。心配を他所に、難なくこなしていた。あぁよかった。ワシは、球審をやっていた。潤は第一打席、左投手から追い込まれていた。全部アウトコース攻めだった。結局空振り三振。二打席目、右投手からインハイのボール玉を振らされ三振、これまで2タコだ。三打席め、9回2アウトで打席が回ってきた。2−2からファールで粘り、8球目、センター奥に打球は飛んだ。センターは背走で走り、キャッチした。打った時は、喚声が上がって、抜けたかなと思ったが、結局センターフライの3タコだった。まぁ、それでも、潤は当たれば飛ぶと言う印象を与えたことだと思う。アウトで試合終了にはなったが、手応えを掴んだようだった。ちらちらとこちらに視線を送る。私は、頷いて返した。明日のNTTでの練習が楽しみになった。今日は、夜家庭教師の先生が来るので、バッティングセンターには練習に行かなかった。潤が勉強している間に、私は仕事に出かけた。家に帰ったのは23時を過ぎていた。先生が、潤に腹の足しにおつまみを買ってきてくれていた。ワシは、ハンバーグとピラフを作ってやった。
2004年03月01日 22時21分41秒

  • 2004年2月27日
    仕事の関係で、東京から5年ぶりに来客があった。一杯誘われた。潤はほったらかしだ。家には、飯の仕度をしていない。ヨーグルトとカップ麺でしのげと電話で伝えた。家に11時に帰ると、潤は寝ていた。枕元の小机にグリコのヨーグルトの殻が2個置かれていた。台所とリビングは、カップ麺を食った形跡は無かった。飲み会が終わったら、深夜営業している打撃王に連れて行ってやろうと思っていた。そのそばに焼き鳥屋もある。2度ゆすり起そうとしたが、潤は起きんかった。わし、酒で気持ちが悪い上、眠たかった。明日、練習だと言うのに、夕飯を食わせてやることができんかった。悪い親である。明日の朝美味いもの食おうな。
2004年02月28日 22時11分34秒

  • 2004年2月26日
    今朝、家庭教師の先生から電話があり、今日は都合が悪いとのことだった。困ったなあ、来週月曜日から試験なのに・・・。潤はニコニコ。まぁ夜練習には行けるので良いかぁ。会社から帰るのが最近遅い。そうなると、夕食の支度が出来ない。夜の練習が終わってから、造りだすのでいつも夕飯は11時ごろになってしまう。これだと、直ぐに寝てしまうと、消化しきれなくって、朝胸焼けを起すパターンである。そんなことを気にしながら練習に向かった。潤が打っている間に夕飯のメニューを考えた。ファミレスのメニュー、ハンバーグステーキだ。子供ってこれ、結構好きだよなぁ。頭の中で、添え物まできっちりイメージできたので、一安心、潤の練習に集中した。大分上から球を見れるようになったので、打率は良くなると思う。パワー的なところで、軸足を少々工夫した。これをすると、腰の切れが良くなる。今日も最後の一人になるまで練習した。帰りに、フレスタに寄り、食材を購入。潤は、暖房の効かないエスティマでCDを掛け、歌を歌っていた。早く車治さなくっちゃなあ。それにしてもディーラーから一向に連絡が無い。電話すると言っときながら一週間以上経つ。家に着き、潤が風呂の間、夕食の支度をした。スパゲッティーを茹で、ミックスベジタブルを甘く煮て、緑の野菜とトマトを添え、目玉焼きを焼き、ハンバーグを焼いた。久しぶりにちょっとだけ豪華だ。メイもハンバーグは大好きだ。スパゲッティーを4センチぐらいに切り、ハンバーグをザク切りにして白飯にデミグラスソースを掛けて、メイの夕食完成。ワンコは人より短命だから、美味いものを食わせてやるのである。ちなみにメイは、至って健康ワンコである。二人と一匹で楽しい夕飯、しかし落ち着いて食っていられない。いつもメイが一番に食い終わる。さすが口がデカく裂けていることだけのことはある。その後は、ワシのをおねだりするので、煩くてかなわん。まぁ、それでも可愛いなぁ。
2004年02月28日 22時02分30秒

  • 2004年2月25日
    朝練軽め、夜練後、しげよし食堂で夕飯を食べた。ここで食べると、注文したもの以上の物が出てくる。今日の夕飯は潤、かつ丼、わし、おかず定食だ。貝汁が絶妙に美味い。潤はイカの煮付けの小鉢を一品つけてもらった。ケーブルテレビで暴れん坊将軍を見ながら1時間の夕食を取った。潤は、時代劇ファンである。
2004年02月28日 21時41分29秒

  • 2004年2月24日
    夕べ朝練でフィールディングの練習がしたいと言うので、今朝はご要望にお答えした。勿論トレーニンググラブだ。朝寒い時、身体が温まり楽しいアップ。二人で10mぐらいの距離で互いにゴロを投げて、捕球したら出来るだけ素早くゴロを投げ返すやつをやった。これって、自然に身体が動くようになるし、簡単なゴロなら、前進して捕球し、また素早く元の位置に戻る。左右に振ってもよし、色んなやり方が出来て面白い。朝は身体が起きていないので徐々にやらないと、しんどい。続いて軽いキャッチボールを行ったどうやら、軽く投げることは、出来るらし。その後、次の練習を行った。これは、二人でも出来る、サードノックとセカンドノックの代用になる。普通これを行おうとすると3人要るが次のように工夫すれば良い。目的は、正しいフィールディング、つまり、正しいフットワークと捕球位置そして、右手の握りなおしと送球だ。肩や肘が痛くなるような距離で行わなくても良い。しかも場所は土や芝の上ではなく、レンガが敷き詰められている駐車場で行っているのだ。理由は簡単である。動作習得には、ドリルが必要、低負荷なら数をこなす事が出来る。レンガの上は、イレギュラーが無い。勿論硬球を使う。硬球は、縫い目のでこぼこはは直ぐに無くなってしまう。硬いレンガの上は、足腰に悪いのではと言われそうだが、朝の短時間にやる、軽負荷の運動である。運動靴で全然問題なし。練習方法の紹介。正三角形が作れればベスト。ワシと潤がそれぞれ三角形の頂点に位置取りする。ワシが、潤に向けて、ゴロを転がす。距離にして15m、転がしたと同時にワシは15m先の頂点に向けて全力疾走って程でもないが走り、頂点のところで捕球する。今度はゴロを転がすと同時に、反対側の頂点に向かって走り捕球する。これの1往復(2回のゴロ捕球で5−3のステップと4−5のステップをやったことになる。これが基本形でゴロを転がす位置をアレンジしたり、バウンドを変えて行えば良い。これ、お勧めである。こじんまりと近距離(15m)で行うので、ステップの確認や意思疎通も簡単で結構はかどる。(秘密練習書いちゃった)
2004年02月28日 00時51分05秒

  • 2004年2月23日
    月曜日は練習休みなのだが、昨晩練習しなかったので、練習にでた。勿論片手打ちだ。潤は昨年右手骨折で左手トップハンドによる片手打ちを習得していた。近頃は体格が良くなってきたので、850gを左手一本でで振って、バッティングセンター奥のネットまで、ぶち当てることが出来る。わしも、これを見て凄いなぁと思った。絶対にチップで後逸しないのである。一つ間を挟んでどこかのシニアの選手恐らく2,3年生がこれを見ていてたまげていた。ひそひそ話を始めたかと思うと、後ろからずーっとそれを見ていた。奇異の目というか、驚異の目と言うか、そんな感じだった。潤はだんだん両手で打ちたくなって、ついにギブスを外してしまった。それで数回、両手で打ったのだが、やっぱり未だ無理のようであった。手首が返ると引っかかるような違和感と痛みがあるらしい。無理せずに5枚、150球で終了。
2004年02月28日 00時28分15秒

  • 2004年2月22日
    中国電力坂グランドで練習した。今日は、最初からみんなと一緒に練習した。外野守備についた。投げることは出来ないので、走って行って捕るだけである。しかし、その分嫌って言うほど、きついノックを受けていた。外野は、後逸するとどこまでもボールが転がっていってしまうので、相当きついらしい。後逸すると大変なので思いっきり走るのが良い。コーチが潤の時は、格別嬉しそうにノックをする。これ、私的には爆笑だった。午後からは、海田自衛隊グランドに移動した。紅白戦が行われた。潤は1塁ランナーコーチだった。3回の裏あたりに雨が降り出し、練習終了となった。ワシは、カッパを着ていたが、潤は雨で結構ぬれていた。ポンコツエスティマは、暖房が調子悪くつかない。さむぅ〜。
2004年02月28日 00時08分07秒

  • 2004年2月21日
    太田川グランドで練習した。潤は右手にギブスをはめている。みんなから、どうしたん?と聞かれて困った様子だった。アップはみんなと一緒に行っていた。太田川グランドは2面自由に使える広いグランドだ。1面をノック用に設営しもう一面は、打撃練習用にした。選手がそれぞれのグランドに散って練習を始めた。潤だけ一人赤帽(故障者がかぶる帽子)をかぶって、グランドの傍で一生懸命背筋やら腹筋を行っていた。悔しいだろうなぁ。みんなと一緒に練習したいだろうなぁ。ワシはコーチに混じって、外野ノックのお手伝いをしていた。暫くすると、そんな潤をみて、一人のコーチが潤に声を掛けた。「おーい、グラブつけて外野ノックに入れ!」本人は、今日は走ったり体力作りと決め込んでいたので、目を輝かせて、外野ノックに加わった。今日はスラッガーの内野トレーニンググラブのみ持参していた。これが使いたくてしょうがなかった。コーチは心得ていて、右手の使えない潤には、特別に、左右に振って、足で捕らせる、ゴロのノックを行った。あぁ、考えてくれているなぁとちょっと感激した。暫くその様なノックの後、漸くみんなと同じノックになった。それにしても、笑えた。今まで外野を守る時は、投手用の比較的でかいグラブを使っていたが、トレーニンググラブでは、ランニングキャッチが難しいらしい。スカスカと空振りして、後逸していた。外野フライも背走して、ぎりぎり届くようなやつは、やっぱり届かない。難しいんだろうなぁと思う。フライも、人差し指の付け根で捕らないと危なっかしい。これを今まで使わなかったのは、もったいないと思った。このグラブは是非お勧めである。午後から、打撃練習が主体となった。潤は勿論打つことが出来ないので、終日守備に着いていた。練習したい悔しい思いをして益々ヒートアップの様である。
2004年02月27日 23時58分37秒

  • 2004年2月20日
    何でも無いことを祈りつつ家に帰ると、潤はベットの上で寝いていた。ベットの直ぐ下には、スラッガーのトレーニンググラブと硬球が落ちていた。水曜日に古葉スポーツで買ったやつだ。ワシが、会社を昼休みに抜け出して白島まで取りに行った。これが来るのを楽しみにしていた。しかし、潤がこれを手にしたときは、既に怪我をしていたと言うことになる。右手を見ると添え木で固定されていた。あぁ、またかぁ。潤を起し、如何だったのか聞いた。骨には異常が無いらしい。腫れがひどいので、暫く添え木で固定しておく必要があるとのことらしい。わしは、午前中、大事なお客さんが大阪から来るので、又しても一緒に病院に行ってやる事が出来なかった。まあ、しかし、安静にしておく他はなさそうである。潤はバッティングセンター行くんじゃろと聞いてきた。アホ、行くわけねーだろう。と言いながら、車に乗り込んだ。使う訳も無いスラッガーのトレーニンググラブを左手に嵌めていた。五日市に、「しげよし」という居酒屋というか食堂があり、ここは、おばあちゃんと初老の女将さんが店を切り盛りしている。わしらが学生の頃、何処にでもあった町の食堂のようなところである。今じゃ、ファミレスが取って代わり、お袋の味が巷から消えてしまった。わしらが求めているのは味気無いファミレスではなく、おばあちゃんや、女将さんが作った多少味にばらつきのある玉子の入った味噌汁やほうれん草の胡麻和えだったり、サバの煮付けや切干大根の煮物やイカの煮付けのようなものだ。かつ丼が600円でおかず定食が700円。好きなものをチョイスできる。飯はてんこもりで潤にはお菓子のおまけがつく。おばあちゃんが、潤の右手を気遣い優しい言葉を掛けてくれる。このような、女性(おばあちゃんではあるが、)からの優しい言葉に潤は弱い。帰りに、「父さん、どうして、ワシにはジジ、ババ居らんの?」と潤は聞く。「そうだねぇ、潤のジジ、ババは、フィリピンとカナダだからねぇ。」「でも、ワシ、未だ顔、ちょっとだけ覚えている・・・。入学式や、お年玉、お祝いして貰ったことがない。」子供の、素直な感情だと思う。家に居ると、勿論ガキンチョなのだが、外に出るとすまし顔の潤。しげよしで、おばあちゃんから、「僕は、随分、礼儀正しいねぇ、お父さん、キツいんじゃろ?」と言われていた。このおばあちゃんから、優しい言葉を掛けられると箸がすすむようである。
2004年02月22日 00時30分26秒

  • 2004年2月19日
    家庭教師の先生が帰った後のことである。本来なら、午前0時までやっているバーチャルのバッティングセンター「打撃王」に練習に行くのを楽しみにしているはずなのに今日は様子が違った。「父さん、ワシ右手が痛い。水曜日に階段ダッシュでつまずいて、右手を突いたんだ。父さん、怒るけー、昨日は我慢してバッティングセンターで打っていたんだ。でも、今日は痛くて打てん。」右手の小指の付け根が、妙に膨れていた。色は変わっていないのだが、明らかにかたちが変である。手首から小指に掛けて、手の甲の方がぽっこり膨らんでいて固い。全く呆れてしまう。怪我や故障の無いように、常に注意を払わない自分が悪いとしか言い様がない。明日は、朝一番で、整形外科行きである。
2004年02月21日 22時29分00秒

  • 2004年2月14日
    春一番が吹き荒れた。朝はぽかぽか陽気だったが。11時頃から急に天候が悪くなった。風が強くなって1時間すると雨が降り出し、練習は中断した。今日、何故か、潤の動きは、ここ最近に無いくらい動きが悪かった。フリーバッティングでセンターへの良いあたりが1本のみで、紅白戦では、3タコだった。今日は、コーチ、監督が揃っているので、結果を出して欲しかったな。まぁ、春季大会は出場しないから、まぁ良いかぁ。ノンビリ見よう。声を掛けないことも必要だと思うな。
2004年02月18日 20時35分13秒

  • 2004年2月13日
    会社で義理チョコを2個貰った。潤から電話が掛かってきた。手作りチョコを3個貰ったと自慢していた。その中の、一番のお気に入りの子は、転校していってしまうらしい。切ないなぁ。そして、ダイレクトスポーツからメープルが届いたと言った。それは、楽しみだ。仕事を切り上げ、家に帰った。何と誠実なことだと思う。最初に注文した通り、UPSエクスプレスだった。つまり、クレームを受けて、最初にバットが届いてから一週間以内に正規のバットを送って来たということだ。このような対応なら、また注文しようと言う気持ちになるな。潤と早速これをもってバッティングセンターに行った。グリップにキネシオテープを巻いた。これは、本来の使い方ではないが、これで、ボンズのようになる。33インチ、900gだ。
2004年02月18日 20時30分10秒

  • 2004年2月12日
    家に帰ると、家庭教師の先生が既に来ていて授業を始めていた。いつもお世話になっているので、今日は、奮発して パンプキンプリンをお茶菓子としてだした。授業を終えて、潤の報告では、結構、喜ばれていたようである。 柔道の敗戦から、立ち直ったのか、野球に目覚めたのか知らないが、夕食後、バッティングセンターに行きたい、でも眠い。 如何しようか、迷っていた。しかし、今日は、打撃王に行って練習すると決めていたらしい。夕食を終えて、練習に出たのは 午後10時を過ぎていた。2000円で9ゲームできる。1ゲーム25球のバーチャルだ。大分、安くなった。 コントロールが、五日市バッティングセンターより、良いので、無駄になる球数が少ない。イーストンのPRO STIX 72, 33インチを持ってケージに入った。球速を120キロで行った。いつもなら、途中から、中学生用に持ち代えるの のだが、今日は、これ一本で通した。汗だくになり、バッティンググラブもビチョビチョになった。手の平の固いタコが めくれて、それを千切ってバッティンググラブをはめ直した。何かを考えながら行っているのだと思う。一時的に、フォーム が崩れている。それを、指摘されるのが嫌らしい。そんなこと分かっていると言いたそうだった。何々風も良いと思う。 潤で言うなら、ボンズ風。しかし、本来、体型もパワーも違う。何々風で良いところを見出し、それをオレ風にしようと している最中だと思う。大リーガーと同じように振っても、それは、仮のスイングで、本来自分の持つパフォーマンス を100%引き出せているかは、分からない。しかし、何々風とまねる事は、スイングを体得する上でやはり重要な ことだと思う。駐車場で何かを確かめるように暫く素振りをしていた。そして、今日は、成果があったと言う。私の 目には、へぼいとしか映らなかったが、自分なりに考えているのだ。大人が一番見落としやすい、内なる変化の部分だと 思う。家に着いたら、懸垂をやっていた。終わるとプロテインを飲んで、2階に上がっていった。
2004年02月13日 13時17分32秒

  • 2004年2月11日
    朝6時に起きて、潤の弁当を作った。柔道の試合がある。広島県総合体育館通称グリーンアリーナの武道館で 試合が行われた。潤は、午後から行われる個人戦(軽量級)と団体Bにエントリーしていた。 団体戦は、案の定棄権になってしまった。インフルエンザで人数がそろわない。 団体戦は3人居ればとりあえず出場できるのだが、前日から、その子は欠席していた。 午前中の団体戦で感じを掴んでから、個人戦に繋げたかった。個人戦一回戦は 潤と同じく無名の選手だった。勝てば、優勝候補のM君と対戦になる。 団体戦で潤の対戦相手は、5秒程で大外で破れていた。これはいけると思った。 試合が始まった。一方的に潤は攻めたてた。潤のペースだった。しかし、深追いをしすぎて しまった。押して押して押した後、相手はバランスを崩し、潤の襟を持ったまま 倒れてしまった。感じとしては、支え釣り込み足のような形になり、潤は一回転した。 まさかの表情だったが、一本と審判は右手相手側を上げていた。 まぁ、しょうがない。試合などした事ないのだから。各下相手に負けてしまった。 掛けてやれる言葉が無かった。眼と眼で合図を交わした。如何せん、負けて、さらに柔道に熱が入ってしまったようだ。 結局潤の通う三和中は、団体戦Aは一回戦全員一本勝ちしたにもかかわらず、2回戦敗退、1年軽量級ベスト4、2年軽量級で準優勝(共に男子、女子は忘れた) それにしても、崇徳学園は強い。潤は、これから頑張ると言っていた。ワシ的には如何でも良いのだが(汗)、やっぱ、このままでは気持ちが済まないのであろう。 帰りの車の中で、潤は弁当を食った。時間が無くて、飯を食えなかった。家で一寝入りして5時に起きた。 バッティングセンターに練習に行った。バットは900gのイーストンのホワイトアッシュとルイスビルのメープルを持って行った。先日 USから、間違って送ってきたバットだった。これのグリップにボンズのようにキネシオテープを巻いた。キネシオテープは、高価なんだけどなぁ。滑らなくって良いようである。 それに張替えも楽である。約46ドルのバットだが中々良い。潤はすっかり気に入ってしまったようだった。 家に帰ってからは、柔道の打ち込みの練習を行った。和室で、ワシも柔道着を着せられた。 ワシの襟を持って、型の練習をするのである。うーーーん、まだ、何となくぎこちないなぁ。まぁ、しかし、 やれば、やるほど、余分な動きは取れて行くであろう。しかし、野球のように、何処を如何すればよいか、 ワシには言えん。ここら変が悲しい。柔道を習っていたのは小学校の頃だし、中、高、大でも柔道はあったが、これは授業の中での話なので、 下手に言ってしまうと混乱させるばかりである。何も言わずに人形になるように徹した。何だか、頑張って努力しようとする潤が空しい。
2004年02月12日 14時13分54秒

  • 2004年2月10日
    朝、頑張って起きた。潤を起こしに二階に上がった。わしが居るので安心したようである。今朝は、夕べと違い、文句を言わずに飯を食った。パンにりんごジャムを塗って、ベーコンエッグを作り、ウインナーを焼いてサラダとココアを食卓に並べた。柔道着は、綺麗に乾いていた。潤はありがとうと言うと、たたんでバックにつめた。PCに向かって、メールチェックを行った。USダイレクトスポーツから、返答が来ていた。待ちにまった、メールだった。恐る恐るクリックした。駄目元で半分は諦めていた。いつもはマットと言う人物とやり取りしていたのだが、今日はデービスという初めての担当だった。バットは、手元に置いて使ってくれと書かれており、本来の注文の品は今しがた、発送したと記されていた。更に、この度の発送に関して、クレジットを課されることはないと書かれていた。間違いを指摘してくれて有難う的なことが書かれていた。これを、すかさず潤に告げると、一面の笑顔で喜んだ。まぁ、本当にモノが着くまでは分らんが、とりあえず、このような誠意ある対応なら、更に、何か買ってみようという気持ちになる。会社から、デービス氏に対応に感謝する旨、メールした。仕事を終える頃、潤から電話が入った。明日の試合に集中したいから、今日は、バッティングセンターでの練習は中止したいと伝えた。家に帰ると、学ランのまま、寝ていた。最近このパターンが多い。酢豚とほうれん草の胡麻和えとアサリスープをつくった。明日の予定のプリントを見た。明日は弁当が要る。美味いものを作らなくちゃ。食事をしながら、個人戦の作戦を話し合った。午前中は団体戦があり、ひょっとすると、団体Bで出場できるかも知れないという。とりあえず、午前中これに出場できれば、午後の個人戦は、かなり、感じがつかめて、良いのではないかと思う。まぁ、勝ち負けより、試合を楽しんで、無事に帰ってくれれば良い。
2004年02月10日 23時54分44秒

  • 2004年2月9日
    柔道の練習で、疲労で身体が痛いのか、潤は不機嫌だった。バランスの良いように、夕飯を一生懸命作ったのに、食が進まないようだった。食えと言えば、空返事で、だんだん苛立ってくる。今日は、いつもとパターンが違っていた。潤がワシに怒鳴ってきた。初めて、偉そうな口を利いた。わしもカチンと来て、フィジカルコンタクトでは未だ潤には負けない。殴ってやろうと思ったが、涙を浮かべる潤にそれは出来なかった。潤は、ワシが傷つくことを口にした。わしは、悲しくなった。怒りは冷めた。わし、出て行くけぇ、自分の事は、自分でせえよ、立派な大人になれよ。柔道着は未だ洗濯中だから、自分で干さないと、明日、着れないぞ、と言い残して、わしが家を出た。もう、どうにでもなれという気持ちだった。何かの切っ掛けさえあれば、死んでいたかも知れない。宛てもなく、車で走った。人気の少ないところを探した。道路っぱたに車を止めて、しばし、色々な事を考えた。そのうち、夕食後のこともあって、眠たくなって。寝てしまった。エスティマの暖房は、壊れたままだったので、寒さで、目を覚ました。午前1時半だった。携帯がブリンクしているので、着信がある。見ると、潤からメールが1通、電話が7回入っていた。留守電が2個あった。父さん、ワシ、言い過ぎた。さっき父さんに言ったことは、事実じゃなくて、僕がつくったウソ、だから、お願いだから、帰って来てや。このように、潤の声は録音されていた。神妙な反省した声だった。バカヤロー、いい加減にせえよ、全く。まぁしかし、素直に謝って、ワシの身を心配している(勿論、自分も不便だから(笑))し、十分反省しているようであったので、帰ってやることにした。家には2時に到着した。バカヤロー、干しておけと言った、柔道着は、未だ洗濯機の中だった。台所は、片付いていたが、肝心の自分の事が出来ていないではないか。多分、潤は、自分の事は(柔道なんか)、父さんが帰ってきてくれたら、それで良い。と思ったのかも知れない。部屋が片付いていたから、ワシは、そのように解釈した。詰らない喧嘩で、潤が頑張っていることを台無しには出来ない。柔道着のズボンは、エアコンに任せて、厚手の上着はわしがファンヒータの前で1時間半持って乾かした。大分良い具合になったところで、後は、エアコンに任せることにして、寝ることにした。もう、朝ではないか。明日は、辛いだろうなぁ。
2004年02月10日 21時48分47秒

  • 2004年2月8日
    忙しくって、日記が滞りがちだ。いかん、いかん。海田総合運動公園で練習があった。凄く綺麗なグランドだが、外野が凍結している。日が当たっているところは、ちょっと足元がゆるい。今日は、午後の試合形式の練習で、潤はサードに入った。守備は、問題ない。打つ方は、三振、ショートゴロ、センター前と、いつも、後半に調子が上がるようである。今日は、US、ダイレクトスポーツで買ったイーストンのメープルが到着する予定だった。UPSのエキスプレスで注文した。ダブリン、ロアノーク、グリーンスボロ、ルイスビル、アンカレッジを経由して大阪に荷物が到着していたのは、昨晩の事だった。荷物の輸送経過を追跡するのって、結構、おもろい。来た周りで北極辺りを飛んできたんだなぁ。UPSエキスプレスだと、昼夜を問わず、荷物が輸送されるのが分る。大概3日もあれば、USから荷物は着く。凄いなぁ。潤は車から降りると、ポストを弄った。あったぁ!不在配達通知が入っていた。朝の9時半に到着していた。電話をすると、30分以内にお伺いしますと、歯切れの良い応対だった。素晴らしい。ものの15分で玄関のベルがなった。その時は、潤は入浴中だったので、ワシが、サインをして荷物を受け取った。潤は、風呂場から、「ワシが上がるまで開けないで!」と怒鳴っていた。よっぽど嬉しいらしい。さて、潤がカラスの行水のごとく、さぁっと風呂から出てきた。梱包は、いつものオーダーだと、丸い丈夫な段ボールの筒なのだが、今日はいつもと違って、四角い段ボールだった。テープを包丁で綺麗にきり、インボイスをはがして、中からバットを出した。潤は、大喜び、実は、ボンズモデルに近いものを注文していた。先端部が黒で真ん中から下が、マホガニー色に塗られているはずが、ナチュラルウッドだった。おや?変だなぁ。バーコードを見ると、ななななんと、注文したものと型番は似ているが、ホワイトアッシュでメープルより20ドル程安いものだった。喜びは、一瞬にして、吹き飛び、苛立ちと今後の対応をどうすべきか、考えた。直ぐに、クレームのメールを打った。これから、バッティングセンターに行って練習できると、楽しみにしていたし、全体練習の後で時間があまり無かった。クレームのメールには、文句ばかり書いて、肝心のインボイスの型番とバーコードの型番が違うと言うことを、書き忘れていたのを、バッティングセンターに向かう車の中で思い出した。潤は、昨晩ワシが磨いた、ルイスビルのメープルに滑り止めのテープをグリップの辺りにボンズのように巻き、練習に行った。ワシは、送料と20ドルも損した気持ちで、ブルー一色この世の終わりの気分で、車の中に居た。今、潤のケージに行ったら八つ当たりしそうであった。まぁ、考えて見れば、潤が喜んで欲しかったのだから、こんなことで、潤に不機嫌に当たるのは、大人げ無さ過ぎるなぁ。車を降りて、ワシもケージに入り、怒りのスイングで2ゲーム楽しんだ。ちいとはすっきりした。家に帰って、再び、メールした。今度は、ロジカルに、こちらの正当性を書き、正しいものをそちらの負担で送りなおすように書いた。手元にあるバットはそちらの負担で、引き取ってくれる様に書いた。東部時間で14時間時差があるため、メールの答えが帰ってくるのは、火曜日だろうなぁ。んちきしょ〜。
2004年02月10日 21時23分57秒

  • 2004年2月7日
    夕べ雪が降っていたので、案じてはいたのだが、積雪していた。路面がカチコチに凍った上にうっすら雪が積もっていてツルツルだった。こんな日に試合があるのかなぁ。いや、ある。呉の二河球場は雪など積もるわけが無い。同じ広島でも30キロ離れたら気候が全然違う。朝、家の前の坂道を下るのに死にそうな思いだった。ノーマルタイヤで制御不能になる事が多々あった。下界に下りても温度が低いために、交通量はある程度あるのだが、路面がどんどん白くなって行き、ついには、アスファルトを雪が覆ってしまった。恐ろしい。ハザードを点滅させながら、五日市まで6キロ走った。後ろの車のことなどかまってられない状態だった。あぁ、恐ろしかった。ちなみにチェーンは積んでいるのだが、面倒臭くってそんなの、お守りでしかない。はなっから着ける気などないのである。何とか西広島バイパスに乗ったものの入り口で後輪はおもいっきり、空回りしてケツを振っている。父さん、ヤバイヨと潤が不安そう。佐伯区から西区に入ると雪は殆ど無く、ところどころに吹き溜まっているだけだった。呉の二河球場で今年初めての試合だ。6回から潤はセカンドに入った。やったこと無いのになぁ。さすがに、ずっと休んでいた所為か、一番最後の起用だった。試合は大差でリードしていて、完全に家のペースだった。3イニングまで、2年生が全員出場してその後、ぼちぼち様子を見ながら、2年、1年と起用されていった。潤は最後の一人だった。残念なことに、先週の一発は監督は知らない。アピールしたかったに違いない。守備に入ると直ぐにセカンドに打球が飛んできて難なくアウトを撮った。その後も打球がセカンドに飛んだが、スタートで滑ってしまい、内野安打となった。ボーイズの選手は、よく滑る。帰塁のときなど、パウダー状の黒土はプラスティックソールだと役に立たないのだと思う。よく見る光景だ。最終回2アウトにやっと潤に打席が回ってきた。これって、日米野球のさよならHRと同じ場面だ。当然大量点で勝ってはいるのだが、最後の打者は、あまり経験したことがないと思う。1球目アウトハイのボール、2球目、同じくアウトハイのボール、3球目、足元へのインローのボール、4球目、何と膝下への死球だった。結局、ただの一回もバットを振ることなく。1塁に歩かされてしまった。そして次の打者でアウト。後は7回の裏を守って終了。あぁぁー終わっちゃった。まぁええかー。明日も練習があるしぃ。それにしても、1塁上で凄く悔しそうだった。後で聞いたのだが、全く緊張などしていなくって、絶好調のコンディションだったのだと言う。先週のNコーチの話が利いたらしい。さて、夜は卒団式が広島ダイヤモンドホテルで行われるために、次の試合の1イニングだけ見て撤収した。一度家に帰り風呂に入って1時間して、出発した。日頃食えない素晴らしい物をたらふく食った。9時にて卒団式が終了した。皆さんと挨拶をそこそこにして、潤とワシは駐車場にダッシュした。少々酒が入っていたが、まぁええかぁ。五日市バッティングセンターにぶっ飛んで行った。9時15分に到着したが。この寒さからか、お客さんが切れたのだろう。既に夜間照明の灯は落ち、閉店した後だった。悲しい。こうなったら、西区にトンボ帰りして商工センター外れの打撃王(バーチャル)に行こうということになった。久しぶりである。以前は高くって行く気がせんかった。球も薄暗くって良く見えないから嫌いだった。しかし、夜の所為か、暗闇に目が慣れた為だろう。球は見やすかった。そして千円で100球打つことが出来た。コントロールもそんなに悪くない。偶には、ここで練習するのも良いかも知れないと思った。備え付けのヘルメットがあり、これを被らせて行った。潤は首根っこから、バットが出るため、ヘルメットと当たってしまう可能性がある。だから、なるべく被らせて練習した方が良いと思っていた。打球は良い当たりがあったが、HRの小さな的には当てることが出来なかったので、悔しがっていた。その後、ダーツを2ゲームやり、イチゴミルクを飲んで帰路に着いた。わし、やっと酔いがさめてきた。危ない、危ない。
2004年02月08日 00時17分41秒

  • 2004年2月6日
    金曜日だというのに帰るのが遅くなっちまって、潤が腹を空かせてた。ファミリーマートでチキンを購入して食べた。バッティングセンターの駐車場でCDを聞きながら15分休憩した。潤は先に車を降りて、いつものように4枚終わる頃、見に行った。明日の試合には、出してもらえるか分らないが、とりあえず、打ち込んでおきたいのだと思う。デジカメで撮れというので撮影した。この調子で打って欲しいなぁ。練習を終えて、ブックオフで長島茂雄の本を一冊購入した。150円だった。写真集みたいなやつで、パラパラとめくっていたら、一枚とても参考になる写真があった。たった一枚のA4サイズの写真。この一枚の為に購入した。それは、現役を引退し監督をしている頃の写真ではあるが、ミートポイントでバットを止めている写真である。これが、良い具合に理想の形となっていた。上からのボールの睨み方、バットの位置、腰の入り方、どれを見ても最高のモノだ。長島選手の目は、現役を退いても、鋭く打点を捉えているし、その形には、なんら衰えも感じさせられない。むしろ、若者にない、洗練された感性を感じてしまった。さすがにスーパースターだと思った。はっきり言って、現役時代の、長島のスイングなど覚えていない。王選手の方がイメージは強く残っている。しかし、あの写真は、どんな打ち方をするにせよ、ミートポイントでの捉え方は、非常に参考になった。近々、それは、潤によって切り取られ、ボンズ写真の隣にでも張られることであろうと思う。
2004年02月07日 23時34分49秒

  • 2004年2月5日
    家庭教師の先生が来る日、家に帰ると既に授業が始まっていた。 ワシは、ココアとお茶菓子を持って2階の部屋にあがった。 外は、雪がチラチラ降っていて寒い。私は潤が勉強している間に、BBS に書き込みをして、時間を過ごした。メッセンジャーって便利である。 PCに向かっていると、会社で働く、仲間の状況が掴めるし、質問も 受けれるし、チャットした内容は、議事録にもなる。すごいなぁ。 当然ビジネスの可能性も広がると考えられる。9時半になり、授業が 終わった。先生と潤が2階から下りて来て、軽く挨拶をすると先生は 帰って行った。潤にポークジンジャーを食わせた。食後は、素振りを行った。和室から、はっ、はっと息切れするのが聞こえたから、懸垂をしていたと思われる。 柔道で、引き手は強い方が良いし、野球では故障予防にもなる。
2004年02月06日 13時37分46秒

  • 2004年2月4日
    今日、家に帰ると潤は、居ないはずなのに、家で学ランのまま寝ていた。今日は、友達と遊びに行く予定で、私とは、バッティングセンターで午後8時に待ち合わせをするはずだった。潤を揺り起こすと、頭が痛いという。今日、クラスの欠席者が10人いたと言う。そして、約束していた友達が欠席だった為、遊びに行くのを中止したと言う。ワシが、バッティングセンターに行こうと言うと、頭がくらくらするから、辞めとくと言った。以前、腹痛の時、無理をさせたのを思い出したので、今日は、家で素振りと、懸垂するに留めようと思った。スーパーザ・ビッグに買い物に行った。潤も着いて来た。財布が壊れていたので買ってやった。買い物途中で、終始気分が悪い、先に戻ると言っていたが結局最後まで付き合わせてしまった。家に戻って、夕食を作り、その後、カーテンを開けて、素振りをした。ぶら下がり健康機で懸垂も行った。
2004年02月05日 12時58分23秒

  • 2004年2月3日
    今日も学ランのまま寝ていた。今日は体力作りの日で柔道着は持って行かなかったからず っと走っていたのかなぁ。起こすのが可哀相だったが、居間で待つこと10分、漸く起き てきた。外は雪が降り始めていたため、早くしないと、ノーマルタイヤじゃ厳しいと思った。 途中のコンビニで夕飯を買おうとしたが、美味そうなのが無くて中止にした。車の中には、 昨日の飲みかけのスポーツドリンクがあったので結局何も買わずにコンビニを出た。 ワシは、疲れていたので、潤にコインを4枚渡し、自分でやるように指示した。 疲れていたのもあるが、潤も寝起きで本調子ではない。だから、せめてうっすら汗が出るくら いの5枚目から見に行こうと思ったからだ。丁度4枚目の頃、またしても、ポンコツ、ルシーダ のエアコンの調子が悪くなり、寒くって車の中に居れなくなった。ケージに行くと、メープルで 一生懸命打っていたというより、戦っていた。神妙な顔つきで、集中していた。自分のポイント に来た時だけ振るようだった。多分、2ストライクまでは、自分のポイントで待っているようだった。 見ている限り、3球に1回しか、バットを振らない。しかし、これが、同じコースに来た球は、 まったく同じと頃に打ち返していた。バッティングセンターの一番向こう側のネットの右隅に突き刺さった。 一度ケージを出て、今度はヘルメットを被って行った。バットを前にクイっとやるときと、後頭部 からバットを出す時に、頭にあたりそうなところをバットが通る。実際にはヘルメットを被るので、当たって 違和感が無いか確認させた。結局問題は無かった。7枚で終了した。帰りは久しぶりにジョイフルで夕食にした。 雪が強くなってきた。潤はさばの味噌煮と刺身を少々それとミルクを味わって食べていた。帰りは ガソリンスタンドで灯油を積んだ。雪がさらに強くなり、後20分もすれば、帰れなくなるかも知れないと 思うほどだった。ルイスビルを部屋に持ち込み、何度か素振りをしていた。11時前に潤は寝室 に上がった。何かこのまま、寝るのは、忘れてはいないか?自分でも良く分からないでいた。潤が寝室に 上がって、30分した頃に、それが何であったか分かった。節分の豆まきである。ここ数年それは行ったことが無かった 。しかし、昨日コンビニに寄った時、100円で御面が付いた豆を二つ購入していた。いつも柔道、野球で 明け暮れて、家庭らしい雰囲気が無いと思った。もっと無邪気に安らげることをしなければと考えていた。 危なく、時計の針が4日になってしまう所だった。潤に豆まきやろう!って誘った。既に寝ていた。わしは鬼の 御面を着けていた。潤が居間に下りてきて、豆を持ったら、ドアから飛び出して潤にガオーと襲い掛かろうと した。まるで潤が幼稚園の時に行ったことと同じことをした。最初は、はにかんでいたが、そのうち 豆を投げつけてくれた。ワシにぶち当たってはじけた豆は、ひたすら、メイが食っていた。後で拾う豆がなくなってしまう。 余り、メイが必死に食っているので、笑い転げてしまった。家の豆まきは無事に終了した。 潤の掛け声は、金はーうち、鬼はーそと、福はうちだろうが・・・。
2004年02月04日 17時01分23秒

  • 2004年2月2日
    月曜日はオフの日だが、これまで、時々練習をしていた。先週は月曜から土曜日まで柔道で日曜日に野球をした。休む暇がない。だから、今日はバッティングセンターには行かなかった。潤が柔道で疲れて二階の寝室で学生服のまま寝ていた。わしは、白菜と牛肉で煮込みものを作った。昨日の結果が良い方向に引きずっている。最近の潤は、ロジャーマリス、ベーブルース等にも影響されている。雑誌、MLBやスラッガーなどから気に入った写真をドア等に張っている。木のドアに画鋲で穴をあけられるのも嫌だが、よくよく考えると、ここは自分家であり、潤の部屋である。潤が思い出や青春を刻むと考えれば、何てことは無いし、後で何の穴かなぁと考えることもあるかも知れない。好きなように使えば良いと思う。食事を終えると、何故かベーブルース物語をリビングに持って降りてきた。そして、ボンズの連続写真のMLBテクニックバイブルも持って降りてきた。そしてカーテンをバーって開けると、バスタオルで窓の曇りを拭き、875gのSSKで素振りを始めた。やっぱり自分で考えてやることは、人に言われてやる他人力的な工夫の10倍の効果はあると思う。軌道が凄く素直に綺麗だ。と、思っていたら、50回で止めてしまった(笑)。まぁ良い。今日は、オフ日だ。食後にセブンイレブンで、フルーツゼリーと単行本2冊を購入。後で金払うと言って置きながら、未だかつて、一度も払った事がない。まぁ、良い。甘えてくれる方が嬉しい。
2004年02月03日 00時43分26秒

  • 2004年2月1日
    一ヶ月ぶりにチーム練習に合流する。潤は試合前には、良く神様にお祈りをする。今日も神妙な面持ちで行っていた。これをすることで彼の心に決意が漲り、気合が入る。NTTグランドに車を走らせた。久しぶりの感触である。照れくさそうにチームメイトの中に混ざって行った。コーチや、監督に呼ばれて、なにやら話をしていた。ワシもNコーチに呼ばれ、あんたが居らんと淋しいよと言われてしまった。い、いえ、こ、子供の方を宜しくお願いします(苦笑)。さて、このグランドは山間にあるため、冷え込みが厳しい、いつぞや降った雪が解けずに残っていた。グランドは綺麗に整備されているが、カチコチに凍っており、日が照っても午前中は、水が浮いて泥沼になってしまう。走りこみとティー、ロンティーがメインの練習となった。飯を食って、午後からは試合形式の練習となった。潤はサードの守備に着いた。個人練習の成果が出ていた。ファーストへの送球が昨年よりかなり良くなっていた。打席に立った潤は、勿論ボンズスタイル。こんな打ち方をするのは、潤だけだ。指導人は、興味深々のようだった。潤には、自分がこれまでリトルからやって来たことを信じて打席に立てと言っておいた。しかし、1打席目、ショートゴロ。ため息が漏れた。2打席目サードゴロ。潤には、かなりプレッシャーがかかっていると思う。僕もみんなと同じように、日本式の打ち方の方が良いのかなぁ。いつもこの迷いと戦っている。潤から苦悩が伝わる。親父の言う通りやろうとしても周りから奇異の視線が突き刺さる。リトルの監督は潤が何をやっていたか熟知していたから、打撃は好きなようにやらせていた。シニアでこれが通じるか?これが通じなければ、高校野球でも通じるとは言えない。中学野球で自分の打撃スタイルを貫けるのだろうか、ある意味注目の打席だった。3打席、潤はボンズのようにタイミングを取ると、内角高めを右中間の土手にぶち込み、球はフェンスを超え道路に出た。ワシは嬉しかったが、周りの目があるので、ぐっとこらえてボールを捜しに行った。とりあえず、3の1だから良しとしようと思う。この感触を忘れないで欲しい。これで、気持ちは楽になったと思う。一皮剥けた感じだ。グランド整備の時に潤とすれ違った。嬉しそうに父さん見てくれた?と聞く。わしは、おっかなくて見てられんかったと答えた。しかし、内心、何とも頼もしく感じた。帰りにいつもの通り練習に行った。コイン10枚練習した。やっぱ、練習はうそつかない。コーチの言葉だ。自分が考えてやるのなら、一生懸命やりなさい。どんなスタイルでも、結果を出せばよい。潤は、益々、このチームとコーチが好きになった様だった。
2004年02月01日 23時31分13秒

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