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8月、ようやく、怪我の窮地から脱出の兆しだ。秋の新人戦にはベストコンディションで臨んで欲しい。伝説を作れ!

2007年8月30日 (木)  潤の誕生日

8月29日の夜に、潤の誕生日を祝うメールを考えていた。昨日から潤は2日間の夏休みで、宮崎の地元生の家に泊まりに行っていた。良い日になればよいなぁ。潤に宛てたメール・・・17歳だね。おめでとう、良かったね!でも・・・父さんの心残りは、潤が母さんの愛を知らずに大人になってしまうことなんだぁ。本当にごめんね〜ダメ親で。思い出させてゴメンネ。でも、潤は強くてやさしい青年に育ってくれたから、父さんはすごく嬉しいよ。これからも、上を向いて頑張りなさい。自分が目指す限り夢は近づくよ。これまで無事に健康で生きてこれた事について神様に感謝して、その気持ちは、今、近くでお世話になっている人達に還元しなさい。お誕生日おめでとう!いつも応援しているよ。  潤へ   父さんより    このメールを8月30日午前0時ジャストに送った。一番におめでとうメールを送りたかった。朝になり、6時にメールが返ってきた。おはよう!ありがとネェ、わしも本当に最高の父親をもって良かった。これからも応援宜しくネェ、そして夢かなえるな♪ という内容だった。もう、言うことは無いなぁ。

2007年8月26日 (日)  疲れた

明け方近くに広島に着いた。久しぶりぃメイ!メイは、留守番には大分慣れているが、3日も家を空けるのは、可哀想。じーっと一人で我慢していると思うと、なんとも心細かっただろうなぁ。2階の寝室には上がらず、メイとソファーで仮眠した。約3時間寝て出社した。会社では、殆ど意識がなかった。先週の水曜日に昨年の事故の損害賠償額が決まっていた。その事をボーっと考えていた。ごねるつもりも無かったので、保険会社が提示した金額に同意して一発でサインした。まぁ、これでよい。後遺症は残った。でも、今それは、私の日常になっていて、大した問題ではない。そう考えないと、やって行けないと思う。加害者側にも恨みは全くない。偶々私が加害者でなかっただけの事だ。加害者には、小さな女の子が二人いて、これからお金がかかるだろうなぁ。反則金は数十万円来たにちがいない。保険会社は、私に対して、社会的な貢献度も加味してくれていた。別に、言ったわけではないのに、以前ちゃかりテレビに出た事で私に対する見方がちょろっとだけ、賠償金が増えたようだった。野球をやっていて良かった。神様は居るかも知れない。奉仕還元 別に還元される事を期待して奉仕している訳では勿論無い。 ってか、社会奉仕しているつもりもない。ただ、自分に出来る役割を周囲に伝えたかっただけだ。自分で言うのもおこがましいが、社会奉仕なのかも知れない。そして、このサイクルを感じざるを得ない。 ってなことで、あぶく銭だから、使ってしまおうと思う。Cクラス、スポーツクーペを注文した。

2007年8月25日 (土)  やったぜ!

暑い夏の日差しが続く。今日は、新人戦2回戦、高鍋町営野球場での試合だ。町営と言っても両翼100のセンター120のサイズは、宮崎では標準だ。背番号16番の出番は今日はあるかなぁ。早朝の横からの日照りがまぶしかった。ベンチ前で、何人かの選手が、散水を追えるのを待ちながら、バットを振っていた。その時潤のハイという大きな声が聞こえた。ベンチの中でスタメンの発表がされていた。何番かは、分らなかったが、上位打線だった。ハッキリしないまま、試合開始を迎えた。後攻めだった。初回表を三振2つのショートゴロの後の攻めで、潤はネクストバッターサークルに居た。2番レフトかぁ。とりあえず良かったなぁ、貰ったチャンスを活かしてくれればよいが・・・。先頭バッター三振の後、潤が声を上げて、バッターボックスに立った。右投手の一球目を痛烈に右中間にライナーで打ち返した。2ベースヒットとなった。その後3番がスリーベースで潤は生還、2打席目はワンボールの後の外の真っ直ぐを、先っぽだったが、右中間にヒットを放ちこれまた2ベースとなり打点1がついた。第3打席はセカンドゴロで第4打席は歩かされた。コールドペースの試合だったので、ご苦労さんと言う事で、背番号7に7回表にバトンを渡した。今日は、強烈にアピールできたと思う。されど、7回に代えてくれて有難うと言いたい。これが、学習する材料でもある。鋼の精神に更に焼きを入れる。谷で学べ。天狗になるな。昨日は試合が無く、グランドで練習だった。このとき、ずーっとレフト線の打球の練習をしていた。そして、シートバッティングの時ドンピシャそれが上手く行った。これを、見ていた監督が、今日の2番起用を決めたのだと思う。

2007年8月23日 (木)  ちょっと期待はずれかも

夕べ9時半に広島を発った。朝午前4時に宮崎県の清武町に到着した。清武球場は巨人軍2軍がキャンプを張る球場だ。ここで10時から新人戦予選1回戦が行われた。試合時間1時間の5回10−0のコールドゲームだった。当然潤の出番はない。ってか、広島のボーイズリーグでもおそらく勝てると思う。ちょっと、いや、かなり、期待はずれだった。みんな、ニコニコ、汗もかかないような内容だった。投手は1回22球以外は球数少なく三振の山、完璧だった。昼食を挟み、学校に戻って、自主練となった。潤はマシンを独占していた。フィールディング、フィールディングだろうが、今必要なのは!ニコニコしながら、今日はせん!との返答に唖然というか、本人は至ってのんきであるので、心配しすぎかもしれないなぁ。まぁ、楽しそうに16番背負ってやっているのでまぁいいかぁ。寮に帰ってこれから、仲の良い友達をつれて飯に行くところだ。

2007年8月22日 (水)  決勝

昨日は西宮にいたので甲子園は目と鼻の先立ったが、潤の背番号16のせいでこっちもトーンダウンしてしまい、むっちゃ暑かったので広陵の試合は見に行かなかった。そして本日決勝を広島のオフィスで観戦していた。リトル時代私がコーチしていた選手が活躍していた。当然潤も良く知っている。4−0の時、甲子園のアルプスで観戦している親御さんに、早まって、おめでとうコールをかけた。その5分後だ。逆転満塁ホームランが出た。私の電話が悪魔のささやきになってしまった。過去3回私が広陵を甲子園に行って応援すると、必ず敗れていた。今回も、なんだかそれを引きずってしまった感があるのは否めない。すんません。

2007年8月20日 (月)  16

潤からメールが来た。背番号の話しだった。一桁がもらえなかった。16番だった。本人、かなりショックを受けていた。今回の遠征で、守備は返球がまずい点が目立っていた。捕ってから走者を見てからカットマンに返球する変な癖がついていて、カットマンとの息が合わず、ボールを持ってしまう事がめだった。走者を牽制するのはカットマンの仕事で、外野手は一刻も早く返球すべきだと思う。ここら変の要領が悪い。このタイミングの悪さがトラウマになりイップスとなって、地面に叩きつけるような返球が数回あった。捕球が悪いのではなく、スローイングがむっちゃ悪かった。バッティングが好調なだけに、もったいない気はするが、これが高校野球だ。20人を選ぶとき、ポジション別の投票をする。そして最終的には監督が決める。打順別の投票があれば、一桁はもらえたかも知れないが、そのルールは無い。HR現在トップなのにこういう結果となった。ある意味、私的にはざまぁ見ろ的なところも実はある。上を目指すには、バランスが大切という事だ。やることは、いっぱいあるぞ!

2007年8月16日 (木)  バッティングセンター

朝は潤を起さずに会社に出た。朝置手紙を書いた。食料品の買い置きがなかった為、潤の飯の用意をしてやれなかった。コンビニ弁当で何だか可哀想だが、これが家らしいかもしれない。昼間に潤は中学時代の通学仲間とキャッチボールをしたらしい。仕事を終えて帰ると、2階の寝室で寝ていた。ボーイズリーグの監督のところに挨拶に連れて行くため、寝ぼけている潤を起した。遠征の帰りの福岡で買った饅頭を手土産に、コバスポーツに出向いた。背の高さ、父さんを抜いたなと言われて、潤は嬉しそうだった。アンダーアーマーの試合用手袋を購入した。昨日、遠征の帰りに、アシックスのスパイクを電話注文しておいた。その確認も行った。昨年買ったナイキのスパイクがあまり調子が良くなかった。底がヘタってしまい、金具の部分がでこぼこ足に伝わり、潤は右足に500円玉ぐらいのマメを作っていた。このマメを作ったまま今回の遠征だった。アシックスの固定歯の樹脂底スパイク ウィンランド スープラマックスを広島からもって行ってやった。このスパイクを履いたのが、遠征2日目鹿児島実業戦からだった。この時には、既にマメがつぶれていた。このスープラマックスが実に軽くて、グリップが良いと、今までの革底のスパイクとは大違いらしい。それで、もう一足注文したのだった。替刃スパイクは歯は買えることでグリップ力は再生するが、底がヘタった場合はインナーを代えようがどうにもならない。それより、思い切って買い換えた方が変なところで悩まなくて良いし、ゲームに集中できると思う。なんと言ったってとりあえず後、丸一年の事だ。帰りに、腹が減ったので、吉野家で夕飯にした。これも以前中学の頃と変わらない行動パターンだ。そしてバッティングセンターへ練習に行った。いつも通り300円14回券を購入、一気に使ってしまった。それでも、やっぱり中学の時とは打球が全然違う音も違う。周囲の人から、やっぱり注目を集めてしまう。どこの人ですか?高校生?そのような質問を受けた。一応、日大のポロシャツを着ていたので、大学生か高校生か?の質問だったと思う。宮崎から、里帰りで広島に戻ってきてます高校生ですと答えていた。潤は、ふざけて、人真似打法を良くやる。しかしそういう一見ちょっとふざけたやり方も必要だと思う。基本を分ってそれをアレンジして崩すのと、分らないでやっているのとでは全然意味が違う。潤は基本が分っていて、崩して行っているから、もう、私的には言うことは殆どない。まぁそれでも今回言った事は、ヒッチして打つ場合、腕を沈めて再び反動で起して打ちに行く時、左手リード(主導権)で行えと言う事と、首で球を追わず、目ん玉で球を追えと言った事ぐらいだった。高校のマシーンで打つのより気分的にずいぶん楽なのだと思う。のびのびと行っていた。それにしても、中学の時のバッティングとは、スピード、切れ、溜め全てが、違っていた。監督が技術的にはもう言う事はないと言っていたのは、この事だったのかと思った。後は、自分のスタイル、センスを磨けと言う事だと思う。自信を持つ事が課題かもしれない。

2007年8月14日 (火)  戸畑戦

昨日の九州学院戦で送りバントがキャッチャーフライになっていたので、その後を守備でも引きずっていたので、代えられた。出ていない選手も大勢いる。試合に出ていなくてもお盆に我が子の活躍する姿を見ようと、親御さんたちが見にきているのだ。それでも、今日も戸畑高校戦で3番レフトがもらえた。申し訳ないような気がする。(続く)

2007年8月12日 (日)  鹿児島実業戦

あぁ、疲れたぁ。徹夜で昨日高速を走って、夕べホテルでゆっくり眠れるかと思ったら、広島の電算オペレータからトラブル発生の連絡を受け午前2時から5時まで対応していた。今日は、アンプル2本飲んで観戦した。鹿実には負けられない。本当の勝負のつもりで、組まれたオーダーだと思う。今日も三番レフトで第一試合に臨んだ。先に言ってしまうと2−9で大敗した。1年生ショートの起用でこれになかされた。ショートのエラー3が3点に結びついた。潤もサードがトンネルした打球をレフトでファンブルした。これも得点に結びついた。完全に守備の歯車が狂ってしまっていた。エラーが7個、四死球6個ヒット3本では、勝ちようがない。 膿が出せた試合かもしれないと、監督はいたって冷静だった。午後からのBチームの試合は、勝ちに行きますと監督が言った。そりゃ、Bチームは勝って勢いをつける必要があると思う。もっともだ。試合は3−2で勝利した。さて、今日の潤の結果はノーヒットだった。試合を終えて鹿実のグランドを後にするとき、監督が、ニコニコしながら、近づいてきた。「潤に飛びゲリ食らわそうかと思いましたよ」とのことだった(汗)。Bチームの試合9回表、2アウトランナー2塁で代打が告げられた。駄目押しのタイムリーを望んでいた。それを、それを、それをなんと、初球のストレートをボテッと、キャッチャーの目の前に止まる打球!ゴルフで言うところのバンカーの目玉に近い。これには焦った。みんな唖然の表情!2塁残塁チェンジ9回裏をぴしゃりと締めてBチームは予定通りの勝利を飾った。本来なら4−2の予定だった。言うまでも無く潤のせいだった。さて、さかのぼって第一試合、噂では、鹿児島ナンバーワン右腕のエース、夏の大会の投手だ。地元のガソリンスタンドでは、神村より鹿実の方が評判が良かった。その通りの右腕だった。第一打席レフトフライ、第二打席もレフトフライ第三打席は四球を選んだ。9回表の打席は、1,2,3番代打が告げられ出ていない選手に譲った。私は、バカだと思った。潤は全部スライダーで待っていた。2−2でスライダーを待ったためストレートがレフトフライになってしまう。第二打席4回表の先頭バッターの時もそうだ。1−2のバッティングカウントでストレートにタイミングが合わず、レフトフライとなった。変化球打ちがどうやらマイブームらしい。アホかと思う。投手は決め球はストレートだということが何故判らないのか?いや、判りたくないのだろう。だから、野球をしていないといわれるのだ。私は、親だから、見ていて直ぐに判った。前の日の電話で話したときもカーブやスライダーは球がすごく良く見えるから、何も怖くないと言っていた。また、山が外れても逆らわず打ち返す事も想定内にしていると言っていた。周りは振り遅れているぐらいにしか気がつかないと思う。7回の表の第三打席1−2からのバッティングカウントでインコースに甘く入った球を見送った。2度と無いような、コースを誤ったストレート。これを、見逃した。これを、見送ったとき。あぁ、今日は、打てんと思った。あれは、潤の今日最大の判断ミスだ。あれを、見逃さなければ、結果は出ていたはずだ。結局この打席は2−2から投手が崩れ潤は四球を選んだ。第一試合は3打席2打数0安打1四球。これでは面白くない監督が、Bチームの勝利のフィナーレに代打をくれたのだった。そして、前述の通りの結果となった。監督の真空飛び膝蹴りを見たかったのは、私の他にも大勢居たと思われる。明日は熊本・九州学院戦だ。あぁ、眠い

2007年8月11日 (土)  鹿児島工業戦

広島を23時に出て、朝4時には鹿児島に着いた。550キロをノンストップだった。最近慣れてしまっておしっこタイムがなければ止まることもない。鹿児島北で九州道を降りて、吉野屋で朝飯を食い、マックの駐車場で朝7時まで仮眠した。玉龍高校のグランドは山を切り開いた中腹標高たぶん100mぐらいのところにあり、そこから、真正面に桜島がどーんと見える。すごく景気のよい所だ。潤は第一試合、鹿児島工業戦に出場した。第一試合がAチームかも?なんとなくオーダーがそんな感じだった。3番レフトだった。第一打席DBで出塁した一番バッターを2番がきっちり送り1アウト、3番潤はファースト真正面のゴロが進塁打だが2アウト、4番が痛烈な当たりをピッチャ返しで3アウトチェンジ。 3回表1アウトランナー2塁で潤の打席。1ボールの後、ファールが味方ベンチにライナーで飛び込んだ。危うく怪我人が出るところ。次の球を今度は、敵チームのベンチに叩き込んだ。おいおい前に打てよの言葉にどっと沸いた。次の球がボールで2−2そして、またレフト線に大ファールで粘った。そして次の球、アウトコースいっぱいを見逃し。多分、打ちたくなかったのだと思われる。私を意識していたのだと思う。頭の中は、ライトスタンドだったと思う。ランナー2塁1アウトで見逃し三振のバッターは、監督に怒鳴られていた。第三打席は5回表3対0で勝っている場面だった。左ピッチャーは潤は得意だ。左対左でもなんていうことはない。初球外角ストレートボール、2球目真中から沈む切れのあるたてカーブでバットが空を切る。続く3球目もカーブでバットが空を切った。これでカウント2−1と追い込まれた。4球目もカーブだったこれは、バットに当て、ファールチップ。監督から、とにかく出塁することだけを考えろサード線でいいぞ!の激が飛んだ。私的には、この言葉は、可也評価が高い。つまり、一発は要らないぞの裏返しだ。これで、私が見にきている緊張感から解きほぐされたと思われる。5球目は振らしにいったアウトローを見切って2−2とした。そして6球目、肩口から入って来るカーブを、カキーンとジャストミートの瞬間、ベンチから、行った!の声があがった。ライト駐車場の6mの防球ネットを越えワンボックスRV車のの天井へバーンと叩き込んだ。多分敵チームの親御さんの車と思われる。(ゴメンナサイ)推定距離は100ちょっとだと思われる。今回は、画像(AVIファイル)の撮影に初成功した。第4打席は、もういいだろうって事で、送りバントの練習をさせられた。きっちり送ってワンアウト。第五打席セカンドゴロで三者凡退、逃げ切れるか微妙だった。やっぱり崩れた。試合は味方の投手が終盤崩れ、同点に追いつかれ5−5の引き分けになってしまった。伸びのあるストレートを生かしきれてなかった。中継ぎバッテリーの課題が明確になった試合でもあった。潤の課題も明確だ。ランナーが居るときのバッティングだ。私(親)が見ているときのバッティングだ。意識してしまうのだと思う。裏換えせばそれが、野球をしていないという事だ。(気が優しい潤にはそれが難しい)雑念をシャットアウトしてほしい。 今日は、監督の一言に救われて出たホームランだった。
5打席4打数1安打 打点1 本塁打1 犠打1 三振1

2007年8月10日 (金)  ジャガーズチームメイト

会社の昼休みにテレビをつけると、そこには、懐かしい顔が映っていた。広島から鹿児島の神村学園に行った元のチームメイトだった。こりゃ、打つぞと思った瞬間、レフトスタンドにぶち込んだ。8回表の事だった。嬉しくて、彼の母親にメールした。直ぐにメールは返ってきた。興奮した内容だった。彼らは、甲子園だが、私は、これから、鹿児島に向けて出発するところだ。試合後、潤から電話が掛かってきて、チームメイトの頑張りに興奮した様子、よっしゃぁ、わしもやるぜ!ジャガーズすげーな、みんな!私は、そうとも、スゲーよ頑張ろうぜ!と返した。同じ釜の飯を食った仲間が、夢の舞台で活躍している。彼もまた、膝の故障に苦しみ、中三の全国大会を終えてから、これまでに3回の手術をしている。強く願い行なえば、夢はまた一歩近づく。大きな夢を持って、一つ一つ実現して欲しい。

2007年8月9日 (木)  延岡学園戦

今日、東京から客を向かえ、4時頃の会議中の事だった。携帯電話が鳴った。会議を抜け出した。潤からのメールだった。今日は、延岡学園との試合で西都市に遠征に行っていた。内容は、
  『ライトスタンドにホームラン打ったよ!詳しくは帰ってから電話するね。』
との事だった。このメールを見た瞬間、直ぐにおめでとう!と返信してやりたかったが、何分会議中でそれは出来なかった。しかし、会議後半は、終始上機嫌の私だった。5時頃メールを書いた。「嬉し涙がこぼれるぜ、潤よ!!HRおめでとう!」の内容だった。3試合で2HRは、嬉しい。これで止まらなければ良いが(汗)。6時頃、潤からの電話で内容を聞いた。3番レフト
第一打席エンドラン失敗サードへのファールフライで最悪のパターンゲッツーは免れた。
第二打席送りバント成功、第一打席エンドランが成功していれば、送りバントは無かったと思われる。まえの試合で、打順2番でもお前は、送らせないと監督に言われていた。
第三打席ツーアウトランナーなし、左投手からストレートをセンター前シングルヒット
第四打席、8回表、ノーアウトで先頭打者、1ボールの後、インに入ってくるスライダーを三財球場ライトスタンドにぶち込んだ。詰まった逆風のあたりだった。本人はラッキーなあたりだったと言っていた。ゲームは3−1で勝利した。課題が残った、エンドランの失敗は信用を無くす。これをきっちり決めてくれたら、三番に定着できるだろう。前々回の試合も5打席目のショートゴロ(決めていれば5の5で10割)、これがレフト前なら・・・、と言われていた。HRは、そう簡単に打てるものではない。エンドランをきっちり決めた方がアピールになると思う。単に一発狙いは野球ではない。
とりあえず、数字上は
4打席3打数2安打 打点1 本塁打1 犠打1となるが課題が残った。

2007年8月5日 (日)  鹿屋高校戦

ボーイズリーグの練習に出た。全国大会初戦突破はならなかった。まぁしかし、この事を一生忘れないで欲しい。この思いが高校で活かされる事を願うばかりである。ベンチに居ても、グランドでも、全員一人一人が主役だったはずだ。そう戦って来いと言って送り出した。今日、負けて広島に戻っての練習で、一つ大きくなったようにも感じた。(気のせいかも)まぁ、しかし、まだ大会があるので、三年生は、最後の力を振り絞って欲しい、今が青春、自分の場所を見つけろよ!その後は、受験が待ってるぜ! 帰りに、一人寂しく、マリンポリス系列のすし屋で夕食をとり、家に帰って、メイと散歩した。まだ明るい。潤からの電話はまだかなぁ。きっと掛かって来ないだろう。この前の紅白戦のようには上手く行くはずがない。そう思って、リビングのパソコンで仕事をしていた。すると、すると携帯電話が鳴った。吉報か悲報か?もったいぶった喋り方だった。 鹿児島、鹿屋高校戦、一軍2番ライトだった。この時期2軍では困るが、怪我の状態が心配だ。
第一打席 初球をショートゴロ。
第二打席 2−0からファールを交え2−3迄粘り、最後は138km/hインハイストレートをファールチップしそれがミットに収まり三振 。
第三打席 ストレート、カーブ、カーブ、カーブをライトフライ。
第四打席 8回裏1点ビハインド2アウト・ランナー3塁でセンター前タイムリーで打点1。
監督に、 第二打席粘った三振を褒められたという。あの時気持ちが前に良く出ていたと言われたと言う。8回裏の同点打はベンチが盛り上がったらしい。青春しているようで、ちょっとだけ安心した。

2007年8月1日 (水)  嬉しい知らせ

比較的、平穏な月末月初だった。昨日は大阪にいて、本日は広島で定時退社する事が出来た。こんな日は一月に一度あるかないかだ。帰り道のバイパスを下りた時だった。潤からの電話だった。夏の予選大会中は携帯禁止だ。あの時以来の電話だ。運転中だったので内容は聞かず一度切り、家に着いてメイの散歩を終えて、潤から再び電話が掛かってくるのを待った。待ち遠しい。何があったのだろう。27日頃、右手首用のサポータが潤の手元に着いているはずだった。それは、手首が背屈しないように、3本のワイヤーかプレートのようなモノが入っている5000円ぐらいしたやつだった。この事かな?暫くして、机の上の携帯がなった。夕食の準備中だった。父さん聞いてよ。今日、紅白戦に出れたよ。故障者だから、7番ライトだった。それでも、結果を出したよ、聞いてよ。私の目の前に垂れ込めていた厚い雲から光がのぞいた。

第一打席 レフトオーバー2ベースヒット
第二打席 センターオーバー2ベースが、処理を過ったセンターのエラーで 一気にホームを狙い、これがランニングホームラン打点3となった。(ワンヒット、ワンエラー)
第三打席 ライナーで飛んだセンター前のシングルヒット
第四打席 ライトフェンス越え130m弾の2ランホームランが飛び出した。これには、全員総立となったらしい。打点も本日5点となった。
体育館の屋根に打球が飛ばないように、最近、防護フェンスが拡張工事されていた。その上をさらに超えて2階建て体育館の屋根まで打球を運んだ。
第五打席 ショートゴロ

監督から、あのショートゴロが、レフト前だったら、褒めてやったと言われたという。信用されていないのだろう。どんなに苦しんで今日を迎えたか、知る由もない。そんな事で一喜一憂しないで頑張れと潤に告げた。

    父さんは、凄く嬉しいよ。

今の気持ち、この言葉を、素直に潤に伝えた。この言葉が、きっと一番の励ましになると思う。