リトルも余す所8ヶ月です。全力で取り組んでいく所存です。この8ヶ月は、私にとって生涯の宝物になる事と信じています。 また、息子にとっても良き思い出になると信じています。皆さん、宝物は、身近な所にあるのですよ。かけがえの無い時間を子供達と過そうではありませんか。

  • 2003年2月9日
    広島西のグランドから、竜王公園まで、走って登った。昨夜、私は、久しぶりに体協のバドミントンに行って汗を流した。肩は、痛いし、太股パンパンに張っている。でも、子供を引率して走らなきゃならない。約3キロで高低差200m。ダイエット、ダイエット。最後尾の子供を、笑う犬の情熱のホリケンサイズの歌を歌って励ました。「バンガッチョー、バンガッチョー、ホリケンサイズで、今日もバンガッチョー♪」等と歌って、気分をほぐしながら、結局最後尾君、一度も歩かずに、ゴールイン。潤は、3着でゴールインしていた。1、2着は5年生達、おいおい、6年、どうしたの〜。まぁ、喘息持ちの潤(この表現、凄く嫌がる)にしてみれば、上出来。真中より上なら良いと思っていたので、合格。こりゃー来年は強くなるなー。5年生同士で、ライバル意識が芽生えてきている感じがする。よしよし。竜王公園のグランドに着いてから、私は、食いそびれた朝飯のセブンで買った、山賊むすびをぱくついた。もう、足が張っちゃって動けない。でもなんとなく、上体は軽いの。やっぱ、後体重10キロ落としたら楽だろうなぁ。このままで人生終わりたくないなぁ。等と考えていることと、今食っていること、全く噛み合っていない。その後、御婦人部から「とろけるような、甘いコーヒー、いかがですかぁ。」「あぁ、ハイハイ」と速答。私、腰降ろして、後は、監督にタッチ。しかし、子供は元気、最後尾君も復活、頑張っている。ハッキリ言って、わし、もう、同じように出来ん。亜ぁ、悲し、やっぱ、鍛えよう。一通りトレーニングを終えて、ロングティー、56mの距離をティーボールで約240球。中途半端な距離であるが、グランドの水溜まりを避けて位置どりしてこうなた。フェンスは、高さ10mあるので大丈夫。潤は、久しぶりに一番、54球フェンスにぶち当てた。1球30円で契約したので30×54=1620円。でも飛距離では、負けた。2位の子がフェンスの上を越える特大アーチを2本、放った。背の高さで、8cmぐらい負けている。やっぱ、この差は大きいな。しかし、その子に限らず、ガンガン打って欲しいんだけど、それでも、家で振っている子とそうでない子の差は明らか。2番君でさえ、手の皮を剥いていた。君たちねー、ここに来るのが練習だと思わないで欲しいよ。いや、確かにここに来てやるのが練習だけど、悔しかったら、先ず身体動かさなきゃ、練習はウソ着かないのよお。さて、最後尾君、わしは、一段と声を荒げ怒鳴った。ママに聞いたら明日誕生びとの事。そこらを、ちくり刺激した。ななんと、2本フェンス直撃を放った。これまで長打を打った事がないその子、私は、ピッチング練習を指導している監督の元まで、走ってその事を報告に行った。歩かなかったことが、俺にも出来ると自信になったに違いない。そして、明日、誕生日、何か良い事有りそう。自然に身体に力が入ったのだろう。わし、本当に嬉しかった。続いて、潤のピッチング練習、約100球マウンドで投げ込み。セットポジションで調整しながら行った。球は、大分走ってきたが、まだまだ3割の出来。監督から、速い球を投げるより、ホームを安定させることの指示を受けていた。大きく前に踏み込むことである。投球は6割の力で投げろと指示を受けていた。まだ、耳から手が離れてしまい、リリースが早い。ここらは、週中で直すしかない。リリースが早いので、球持ちの良いフォームにしなければならない。投球を終えたら走り込み。午後から、再びアップして、ノック。潤はサードで内野ノックを受けていた。私は、外野手の送球のカットマンをやって、プラクティス。ダイエットダイエット。最後にシートノック、レフト後逸のカットに入った潤、ナイス40mバックホーム。最近、故障が癒えて、守備が活き活きしている。今日もへとへとで一日が終わった。竜王公園から、広島西のグランドに車で移動し解散。車の中で「勝ちたい時にはエスカップ」を飲んで、セブンで買った、100円の串団子を頬張り、五日市バッティングセンターに出発。一度腰を下ろしてしまうと、足腰が痛くて立てないと、でも練習、この後、ゲーセン行きたいなら、練習せよ!で、復活した(笑)。足をプルプルさせながら、ケージに入りやんの、笑っちゃう。でも、本人真剣、ゲーセンに行きたーい。だから、頑張る。デジカメでその様子を撮った。練習を終えて、閉店まで1時間のサンリブのゲーセンに泥だらけの練習着で直行。私らの歩いた後の店内は泥だらけ。ゴメンちゃい。コイン320枚をつぎ込んで丁度400枚ゲット。閉店時間を7分延長。周りの店舗はまっ暗ら、私らだけであった。大当たり(コイン約900枚)が閉店5分前にあり、約20分ほどでこれらを回収できるが、時間切れであった。今日も1円も使わず、遊んだぞー。コインストック1100枚突破した。夕飯を食べにサンデーサンに行った。食べ物が来る前に、今日のピッチングと、バッティングセンターの様子を再生して分析した。ピッチングは、まだしも、バッティングセンターのスイング、笑ってしまう。疲れて、全然振れていない。でも、歯を食いしばってやっている姿が、非常に宜しい。こういう頑張りがあって、チョットだけ上達するんだよー。この頑張りがカッコイイから、ヘボいスイングでも、動画アップしよーっと。(今晩あたり)
2003年02月10日 15時01分50秒

  • 2003年2月8日
    うーーーん、せっかく準備して車に乗り込んだら、今日の練習、雨天により中止の連絡が入った。しょうがないから、このまま、バッティングセンターに直行。雨だからって、練習やめられるかよって感じ。よそが休んでいるうちにやらにゃー。油断大敵である。潤は、いつもの個人練習のつもりで、バッティングセンターに行ったようである。ところが私は、自分もユニフォーム着て、リーグのコーチのつもりで潤に接したので、潤はびっくり。わし、ユニホーム着たら、親子じゃないの。きっちりストレッチさせて、アップして、素振りしてからケージに入れた。普段の日は、時間がないのでケージでアップしているようなもの。しかし、今日はたっぷり時間がある。アウトローをライトにもっていくように指示。最初のうちは良いが、そのうち、疲労でヘッドが回らなくなってくる。そのうち疲れたとジェスチャーしてくる。ケージから出して、車の中に呼んで、今度は、球に逆らわないで、打ち分けろと指示。暫くしたら、見に行くから、自分で練習するように言った。周りのケージは、一般の人たち。私ら親子だけ真剣ぴりぴりムード、ちょっと恥ずかしいけど、背に腹は代えられない、大事な練習だから。今まで、打ちにくいアウトローも全部バットに乗っけて引っ張れと指示してきた。ここに来て初めて、打ち分けろと指示。前で大きくスイング、速いスイングが必要だったからである。最後の打席だけ見に行った。結果は、今書かない。さて、練習を終えたら、折角の休みの日、遊ぶっきゃない。潤と二人でゲーセン直行。コインゲームで一儲け。コインストック1000枚突破!やることやったら良い事あるねぇ。
2003年02月10日 00時42分21秒

  • 2003年2月7日
    今朝は、練習前に、昨日見たいな事無駄で疲れるから、やめようと二人で話した。二人ともすぐに熱くなるからなぁ。要注意!今朝は、至って冷静にシャトルティー、そして投球練習を実施。別人28号、こういうのが練習なんだよな。練習が長引いてしまった。今日も遅刻か?いや、今日は遅刻する意味がない。だって、珍しく宿題が出ていない。だから、車で学校に送ってやった。潤は途中で友達を発見。車を降りて、仲良く友達と学校に消えて行った。わし、今日確定申告に行った。いえ、高額所得者じゃないのよ。医療費控除を受けるためである。2002年は、長男の骨折や手術、潤のリトルリーグショルダー、歯科治療で結構医療費が嵩んでしまった。廿日市税務署で、税務官の手を借りて一生懸命、書類を書いた。あら、この人どっかで見た人?ぁああああ、うちのリーグの子供の父親じゃ!!な、なんと、その税務署の職員はうちのリーグの子供のお・や・じ。ぶったまげたぁ。ちょいと、うちの実情ばればれで照れくさかったけど、しょーがないわなぁ。お世話になりました。税務署を後にして会社に出頭。あぁ帰りたい。仕事を定時に終えて、無事生還。早速潤を車に積んでバッティングセンターに行った。最近、またフォームを修正中。っていうか、この繰り返しだと思う。潤なりに、色々悩んでいるようだ。前回の試合の不出来を踏まえて練習しているようなので、あまり言わないようにした。松井のような、いや、弓道の射方八節の「ものみ」のように、球の出所を見て、ボンズのシンクロはやめて、構えは、ジェイソン。この方がコースに対応できるのだという。今度の試合は23日。上位打線が打てないと、試合には勝てない。バッティングセンターで、いくらかっ飛ばしても、ゲームで打てないとなぁ。がんばってくれよ。夕食は久しぶりに、お家でミートスパゲティーを作った。インスタントじゃないよ。わし、本当は料理上手いの。ただ、いつも時間がないので手抜きになっちゃう。わしの味覚は、ドックフード並かも知れないけど。少々難があっても、潤は美味い美味いと沢山食べた。これが、一番嬉しいな。
2003年02月09日 23時55分40秒

  • 2003年2月6日
    久々に朝練で親子喧嘩。アップのシャトルティーをいい加減に行っているのを指摘すると、段々不機嫌に、そして私も不機嫌に。このままああ言えば、こう言う状態になった。でも、練習は続行。そのうち、言葉を交わさなくなった。このまま、キャッチボールに突入。私は右手の指を怪我していたため、投げ返せない。グラブで捕って、グラブトス。当然、潤の所までは届かない。転がったボールをふて腐れながら拾う潤。ただ、ただ時間が、無駄に過ぎていく。通学の子供達も減ってきた。仕方が無いので、私は漸く口を開いた。昨日の通り、耳に引っ付けて投げること。こうすれば、回転も悪くない。気分を戻しつつ朝練終了。遅刻ギリギリの時間である。遅刻すると、自動的に宿題忘れになる、変な6年1組のルール。遅刻は、行けないが、遅刻と宿題は別物だろう。これ、納得が行かない。そんな訳で、夕べ一生懸命やった宿題は、宿題忘れになってしまったとバッティングセンターに向かう車の中で潤が言った。私は、頭に来て、そんなら、これから、毎日遅刻すれば良いと潤に言った。だって、予鈴の前に宿題を出していない人、つまり学校に来ていない人は宿題忘れになる、しかもこれ、先生がチェックするんじゃなくて、生徒に係が居て、その人がチェックし報告する。宿題をその後に提出しても駄目なのである。先生の悪口を書きたくないが、実はここに書ききれないくらいネタはある。この先生は他の保護者とも対立している、ちょっと、いや、かなり怠慢な先生。何れにせよ、後2ヶ月で卒業だから、戦ってやろうとも思うが、潤の事を思うと中々そうもいかない。人生では、このようなことは沢山ある、一々引っ掛かっていたらきりがない。良い経験とも受け止めることも出来るが潤には、もっと毅然とした態度で、先生のおかしなとこ、怠慢な所、納得のいかない所を意見するだけの力を着けて欲しい。「もういいんじゃけー。」っていうけど、納得いっていないのは明らか。まさに成長しているんだなぁ。もう少しすれば、論理的に、自分の考えを組み立てて、意見できるのかな。それが、今は、出来ないし、相手が先生なので、何かあれば、自分が不利益を被る。そして不満が、ドンドンたまって行くのだろうと思う。そして、プッチンすれば、非行少年という訳か。以前、潤が約束を破ったと家に先生から電話があった。わしは、あったまに来た!!。やつは、子供の事、何にも分かっていないのである。呆れてモノが言えなかった。先生の悪口を普段から言っている子がいて、その子が学校を休んでいた。(理由は不明)その悪ぐちを言っている事を誰かが先生に言いつけていた。潤は先生からその休んでいる子に学校の連絡のプリントをその子の家に持っていくように託った。その際、先生が、その子の事を、怒っていることを言うなと口止めされていたらしい。先生の言い分だと、怒っていることが分かったら、その子が学校に来にくくなるからだと言う。潤や、子供の前(第三者の前)で、自分がそう言う怒りをあらわにする態度をして、こんな口止めをするのである。潤は、その子の家に行き、その子の母親から、学校の事を、色々と聞き出されていた。潤にしてみれば、その子は友達で、その子の母親とも親しい。子供の頃、私も含め、自分達がそうであったように、子供同士は仲間で、大人(先生)は敵みたいなところがあった。先生に口止めされても、普段、親しくしてくれるその子の家族にウソは着けない。潤は全部、話した。その晩の事である。約束を破ったと抗議の電話がその先生から私にあった。その子の母親が、学校に抗議の電話をして、その続きで先生が、何故しゃべったんだって文句の電話を掛けてきた。全くアホかと思う。自分は偉くって、生徒は犬猫のように自分の命令を一方的に押し付けるつもりだろうか。電話で先生の言い分を聞いているうちに、自分は気分が悪いとか言い出す始末。子供も、感情を持っているのである。先生の態度、行いを見ているのである。先生が、第三者の前で怒りをあらわにしなければ、済んだことである。この他、冬休みの宿題事件、宿題が多すぎて、他の保護者からクレームがあった。そして宿題を無視する生徒も居た。とにかく半端じゃない。潤は全部クリアしたが、漢字書き取りだけで、原稿用紙64枚もある。しかも課題は自由、小1から6までの漢字を何を書いてもよい。繰り返し「一、一、一」でもよい。こんな無責任な出題の仕方は、怠慢といわざるを得ない。まぁ過ぎた話しでは、あるが。電話の一件があってから、他所の保護者の、この先生に対するうわさに耳を傾けるようになった。なんだか、日記から不満爆発の場になってしまった。何はともあれ、自分に何か力を着ければ、このような問題からは、少しは解放されるのではないだろうか。そう思ったら、自分の得意な分野で精進して、見返してやれば良い。今日のバッティングセンターは、力が入ったなあ。行けっ!明日も遅刻しよう!!
2003年02月07日 14時33分22秒

  • 2003年2月5日
    朝練の場所、彩が丘公民館の駐車場の煉瓦の上は、薄らと雪が積もっていて滑る。でも練習しなくっちゃ。寒い朝である。雪がちらほら舞っている。アップのシャトルティーを行ってキャッチボール開始。フォーム改造二日目である。基本に戻って、耳から投げる。前足に踏み込む。とりあえずこれだけを行った。夜は、五日市バッティングセンターで練習。その前に潤がプラモデル欲しいと言うのでサンリブで購入、消費税は出してやった。帰りは、平田ラーメンでラーメンとおでんで腹いっぱい。
2003年02月07日 13時24分12秒

  • 2003年2月4日
    中学校の説明会があるので、会社を休んだ。昼間に時間がとれるので、朝練は無しでメイの御散歩。普段、家の事が疎かなので、潤を送り出してから、大掃除をした。部屋の隅っこ、TVの裏側等、メイの毛玉が転がっていた。おぇー汚ねぇ。掃除を終えて、今度は自分の掃除、散髪に出かけた、前回髪を切ったのは11月だから、3ヶ月ぶり。大分毛の発育も衰えて来たわい。でも、剥げてませんよ、念のため。散髪の後は、マダムジョイ(スーパー)で御買物。主夫は大変なのよ。そんでもって、メイと2人で昼飯食おうと思って、マクドナルドでハンバーガーを6個購入した。371円だって、何この値段。帰りにガソリンスタンドで灯油を買って帰り、お家でメイとハンバーガーを食べた。ワンコは、ピクルスと玉ねぎが駄目なので、それは、私が食った。美味いよな、マックのピクルス。メイは2個半、わし3個半食った。昼食中に中国電力がなにやら、工事にやってきた。普段留守なので、良い機会だった。そうこうしているうちに、中学校の説明会に行く時間になった。潤も4月には中学生かぁ。三和中学に車で乗り付けた。約300名の保護者の中で、男は、私一人だけ。みな、母さんたち。でも、まぁ、きっとこの中にも父さんいない家庭もあるだろうと勝手に自分を慰めた。三和中は広島でも有数のマンモス校1学年9クラス、五つの小学校から生徒が進学してくる。4月からは、新しい仲間達と、ここで学ぶことになる。そう思いながら体育館を隅々まで見渡した。歳のせいかな、校舎や施設が大きく感じた。なんだか、今から制服姿の潤を想像し、無事に大きくなったことを、ただただ、感謝せずにはおれない。これからも、親子喧嘩したり、涙を流したり、苦しいこともあろうが、後になれば楽しい思い出、頑張って欲しい。先生の説明は、私の耳を素通りして、潤の小さい頃、幼稚園のころから、今までを振替えていた。いつのまにか、解散になり、私も体育館を後にした。家では、電気のアース工事を終えたばかりで、ばたばたしていた。車庫に車を入れられず、路上駐車し、家で10分休憩。潤が帰ってきた。玄関の呼び鈴をならして、元気に飛び込んできた。オレンジジュースとヨーグルトを食べて、早速練習に出た。バッティング練習は夜行うので、今は、投球練習である。潤の欠点はデジカメ撮影で明らかになっていた。前足に乗れない。球が上ずる。これ、投球モーションの前半に欠点があった。スクラッチとパワーポジションに難があった。そのため、右腕が耳から早い段階で離れてしまい、引付けられない。そのために、頭の上でリリースしてしまう。書くと長ったらしくなるので省略するが、要は、耳に出来るだけ腕を引っ付けろと指示した。これで、前方でリリースし易くなるし、そうなれば、前足着地も距離が伸びる。塾の時間ギリギリまで練習した。正しく行えれば、球の回転も良くなった。潤が塾に行っている間は、しばしの休息。でも、メイの毛布を洗濯しなくっちゃ。そして夕食の準備、餃子を焼いて、ミートボールとサラダを準備している間に潤が帰ってきた。インスタントのクラムチャウダーを作って夕食が完成した。一人二役はしんどいなぁ、会社に行っている方が全然疲れない。でも、いつも、手を抜いているってことでもあるな、潤は、夕食が食えるのは毎日9時頃だからなぁ。普通の家じゃ、6時半か7時には夕食なんだろうな。日が落ちてこの時間帯、潤はいつも、一人、腹空かせて居るんだなぁと思うと、何とも、不憫に思う。今もソファーの後ろには、鉄パイプが置いてある。以前、母親がいる頃使っていた観葉植物のプランターの骨組みだ。一人心細い時にこれを握り締めているに違いない。片付けても片付けても暫くすると、また置いてあるのである。だれか、悪い人が来るかも知れない。いつも暗くなると、心細いのだろう。今日は、7時に夕食終了。塾帰りで、腹を空かせて帰ってきて、沢山食べてくれた。30分、休んで、夜練に出発した。12月とまたフォームが変わってきている。原因は、試合で打率を下げたことらしい。私は12月頃のフォームが無駄が無くて、スイングが早かったのに。私は家事の疲れで、潤一人をケージにおいて、車の中で仮眠していた。潤は、暫くして、最後のコイン1枚だから、見に来てくれと言う。寝ぼけて寒かったが、見に言った。10月くらいのスイングに戻っていた。打球も早くない。私は、握りが違うと一言、言って再び車に戻った。潤が終えて車に乗り込んできた。私は「潤、打撃が不振なのは分かるけど、どうして前のスイング、やめたんだい。」「小さな身体で、大きなあたりを打つ、良いフォームだったのに。」「今の不調の原因を究明せず、昔のスイングに戻して、ゆるい当り、あれじゃ、3番4番の仕事じゃないよ。」「自分でも、打球の速さの違い分かるじゃろ。」等と、静かに説明した。今日は、大人しく耳を傾けている。自分自身納得して、フォームを戻したのではないと直ぐに分かった。右手の使い方を教えた。アウトコースを特に低目を打ちに行くと右腕が伸びてしまい、上手く巻き取れない。右手を伸ばさずに右手を引き戻すように教えた。すると、もっとやるから、回数券をくれと手を出した。私はコイン引き換え用の回数券を手渡し、暫く車で待機、暫くして、ケージに行った。いつものフォームで右手を引戻し、大きくスイングしていた。本当に、バッティングって難しいものだと思う。いつも、バランスに気を着けていないと直ぐに壊れてしまう。ちょっとヒントを与えただけだが、暮れの調子に戻りつつあった。潤は、安心したのか、バッティングどうだったか、私に意見を求めた。練習を終えて家に帰ると、学校の宿題が待っていた。宿題を手早くおわらせ、今度はストレッチ、チューブ、ダンベル、ストレッチ。やることいっぱいある。そして社会の勉強で、新聞を作るのだと言う。潤は、自分は、忙しいから、私に、インターネットでフランスの古城と産業に着いて、記事をプリントしてくれと頼んだ。潤がダンベルやっている間に、これらをカラープリンターで印刷した。練習がおわってから、それを品定めして、カバンに詰め込んでいた。潤と居ると楽しいが、疲れてしまう。こんなに仲良くしてくれるのも、頼りにしてくれるのも、今のうちだけかも知れないなぁ。
2003年02月05日 14時53分49秒

  • 2003年2月3日
    月曜日は、朝練なし。昨日のぼろ試合が良い切っ掛けになった。素直になった。力の差を感じたのだろう。そして、監督の言葉も利いたようだ。私が家に帰ると、トレーニングを一通り終了していた。車に乗せて五日市バッティングセンターに練習に行った。今日は、アウトコース低目の練習を主に行った。いつもなら、コイン、もう一枚やれと言うと、疲れたからと嫌そうな顔であるが、今日は、そんなことない。ヒーヒー言いながら、行った。軟式シニアと思われる、お兄ちゃんとその兄弟と親御さんでバッティングセンターに来ていた。最初は、潤は所詮小学生と言うことだろう、見向きもされなかった。しかし、いつしか、ケージの後ろにかじりついて見られていた。ライトやセンターの一番奥にライナーを打つとお父さんらしき人からうなり声が上がる。これにまた、刺激されて潤はかっ飛ばす、なんだか、シニアのお兄ちゃん可哀相。およそ身長で10cm高いお兄ちゃんの打球と潤の打球の速さが違う。全く、人が後ろで見ているから、意識して、真面目に行っている。昨日のゲームより、全然集中していた。ケージから出て、隣りのシニアのお兄ちゃん何だか可哀相だったねぇと潤に聞くと笑っていた。「だって、わし、真剣にやったもん。」んっじゃー、いつものは、何ナノよ。金、どぶに捨ててんかい。ちょっとした、精神的なことでこれだけ差がでるんだなぁ。「隣りのあいつには負けないぞ。」この気持ちが、いつも、一人で黙々と打っている潤をかえったんだなぁ。潤にしてみれば、わしゃぁ、毎日、あんたより、バット振ってるで、っていう自覚がある。これが自信になっているんだろう。そしてそれを確認する意味でやっぱり、何か、比較対照があるのが良いみたいだ。だけど、子供は、残酷である。自分の方が、上手いと感じると、とことん見せ付ける。そりゃぁ、見せ付けられた方は、戦意喪失、しょぼくれるよなぁ。この、子供の人間模様、兄弟同士だったら難しいだろうなぁ。何れにしても、バッティングセンターで打てても、実際に打てなきゃ、話しにはなんないが。潤は、昨日の疲れが残っているので、今晩は、サンデーサンでサーロインステーキをレアで御召し上がりになった。レアと言えば、ボブサップを思い出してしまう。バラエティー番組で生肉を鷲づかみでオレンジジュースにつけてそのまま食う。その真似をグレープフルーツジュースで再現しながら2人で夕食を楽しんだ。食後、もう一度、バッティングセンターに行くと潤が言い出した。後10分で閉まってしまう。大急ぎで、戻って、再び練習。自分の気持ちが前を向いているうちは、何もいうことはない。
2003年02月05日 12時56分44秒

  • 2003年2月2日
    あいいやーー。やっぱり、うちの正捕手君、風邪でダウン。困った。でもしょうがないな。病気では。まぁ、練習試合で良かった。って事で、潤がマスクを被ることになった。他にもショートが具合が悪い。困った困った困ったぞ。一試合目は惨澹たるもんだった。2イニングで90球の大乱調となった。潤は、マスク越しに助けを求めていた。でも、監督は無視、私も無視、だって、リトルの試合は連投できないし、投手が最低3人必要である。この機会に投手を育成しないと、公式戦では、勝ち上がれない。相手に10点取られるまで我慢して、そして、昨日欠席の6年生を起用した。途中雪が舞って、とても寒かった。4イニングのコールドで100分を要した酷い試合だった。終わってみれば相手ヒット4、うち3本の試合。これでどうして点差が10点以上開くの?もぅ嫌!ってのは、冗談だけど。ああ、悲しい。潤は、センター前の一本のみ。打席は2回だけ。2回目は、アウトローへカーブを引っかけて、サードゴロで打たされた感じで終わった。昼食を挟み、いよいよ潤の登板である。ブルペンでは、昨日のシャドウを確かめつつ、球が走っていた。こりゃ、そんなに悪くないな、と思って試合に臨んだ。相手投手は三番手、まあ、大丈夫だろうと高を括った。1回は難なく終わり二回で、苦しんだ。球が全部上ずり、歩幅が狭くなっている。ブルペンの球の切れはまるでなかった。インハイのボールダマは良いが、インハイど真ん中に集中し出した。捕手も正捕手でない。投球が単調で、変化球は無い。相手打線が、爆発し特大アーチを含み4回でコールド負けを期した。潤のヒットはこれまた、センター前1本。相手の緩急(軟投)に苦しめられた。チームはこの試合も元気無く2得点に留まった。守備の反省点も多かった。ランナーを出して、勝ち越しのランナーが暴走した場面もあった。潤の絡んだ場面の一塁送球は、ことごとくセーフ。ベンチでみなが首をかしげた場面もあったが、審判には文句が言えない。戦意喪失のネタは他にいっぱいあった。これらの、言い訳は、私と潤が勝手にそう思っているだけで、他の子供に確認した訳ではないので、念の為。まあ、親ばか、コーチの話し、半分ってところですな。というか、これが仮にアウトでも、勝敗は覆らない。勿論、子供達の士気には影響するがである。続いて、第三試合、相手は、スタメン4人を外してきた。(多分)困ってしまった。前の試合、潤は完投したものの、その前のボロ試合で投手を使い切っていた。だれにしようか、5年生2人に任すしかなかった。3度目は何とかコールドを免れた。しかし、潤は1ヒットのみ。打率をうんと下げて一日が終わった。帰りの車の中、監督といつも一緒だが、恐らく初めてかな、車の中で、潤が説教された。投球についてではない。打撃でである。アウトコースをどうして、レフトスタンドにいれようと考えないのか。アウトコースを引っ張って、ライトスタンドに入れる力が無いと、レフトに打っても入らない。今日は、アウトコース、低めを攻められて、打ち取られた、それと、ライトへのポップフライ、三振のおまけ付きであった。この言葉に、素直にハイと耳を傾けていた。監督を家まで御送りし、その後、バッティングセンターに直行した。打席の外側いっぱいに立って、ライト打ち。今日は2ストライクに追い込まれてアウトローでやられてしまった。今度は、2ストライクからの、アウトロー、それでも、スタンドに放り込むように、イメージした。今までは、そこまで、前向きに考えてはいなかったはずである。私は湯船に浸かって今日の投球の反省を色々考えて見た。まあ、練習不足は、仕方が無いことなので、とりあえず省いて考えた。練習不足では、幾ら、考え通りやろうと思っていても、体に染みっついていないので無理である。前足が上手く踏めず、手投げになっていた。この原因は、明確に分かった。潤の投球中は、一切口出ししなかった。今は内緒である。既に潤にも伝達した。火曜日から、ちょいと、投げ込み復活である。今回の試合で、悪い所が、明確化できた。後は、やるだけ。やれば、良い方向に向かうのである。夕食の後片付けの食器を洗っている最中に、一試合目登板した子が気になった。初回にゲームをぶち壊して、最悪のムードだった。さぞ、気落ちしていることと思い、その子に電話した。表面は、けろっとしているが、あの場の空気を読めないほど、鈍い子ではない。潤に言ったように、「やれば、やるだけ、よくなるよ。」「やらにゃ、このまま。」「頑張って来週も練習しようや。」等と、潤の反省点とその子の反省点を具体的に話して、その子を元気付けた。試合途中、その子の母親は、居ても立っても居られず、どこかに、雲隠れしていた。この子は、使えんとか、駄目だとか、色々、周りで雑音が聞こえるが、私が、コーチをしているんで、私にあの子はどうだこうだ言って欲しくないのである。そういう、あんたがたは、あの子のなんなのさ。自分の子の方がマシとでも言うのかい。
2003年02月03日 15時47分40秒

  • 2003年2月1日
    今日の練習、主力選手が、風邪でダウン。明日の試合に影響しなければ良いが。このところ、休みが必ず2人以上いる。そして、遅刻も数名。明日、試合だというのに、こんな状況では、どうにもならない。いつも土曜日は、午後1時から、午後5時までの練習である。それでなくとも今年度、我がチームは、最高学年が少なく、進学やその他の理由で辞めていく選手が2名いた。戦力ダウンは否めない。それに引き換え、マイナークラスは30名。羨ましい限りである。サッカーイヤーのメジャー年齢は、どこのチームも多くて15、6人ってところかな。うちは、今日、風邪と遅刻で、開始時には、8人しかいなかった。マイナー年齢の子供2人を仲間に入れて、練習を行った。今日も、監督はお休みである。何だか、私一人で空回りしているみたいって泣き言、言っててもしょうがないので、一通り、頑張っては見たが、こっちも細部にまで手が届かない。アップ、キャッチボール、トス、ピッチングマシン、フリーバッティング。内野ノック、アメリカンノック、シートノック、ゲームノック、ピッチング。これらを殆ど一人でこなした。途中、潤に、ピッチングマシンの球入れを手伝わせた。良くないことが起きた。ピッチングマシンの82マイルをピッチャー返しの打球が、マシンを保護するネットの投球穴を通りぬけ、ダイレクトに潤の胸(みぞおち)を直撃した。うずくまって、息が出来ない状態で暫く悶えていた。目が真っ赤で涙を流していた。人が足りなくて、このような事が起きた。もし、他の子に任せていなくて良かったと思った。暫くして、元気に復活。実は、今日、硬球が当るの2回目、一回目は、右肩甲骨へのデッドボールだった。シートノックでは、潤をサードに置いた。肩が良くなったので、サードで様子見である。練習を終えて、明日、みんなで頑張る事を、誓い合った。帰りに、今日も外食。焼肉を食べに「はうでい亭」にその後は、バッティングセンターには、今日は行かないと言う。私は、人が行わない時に、やれば、その分、身になるんだぞと言ったが、今日は疲れているのからやらないとの事。やる気がないのに、無理強いもしたくないので、敢え無く中止。家に帰ってからは、風呂が沸く前に、ストレッチとダンベルとチューブを行っていた。それと、明日、登板があるので、シャドウピッチングを行った。潤は、バランスポジションと、前足着地に難があるため、デジカメで撮りながら、行った。まあ、練習不足は、否めないが、とりあえずは、怪我や故障なく、明日が終わってくれれば良いかな。できれば、勝ちたいが。就寝際、今日のデッドボールにシップを張って、足をマッサージしてやった。手が焼ける、大きな赤ちゃん。
2003年02月03日 14時31分17秒

  • 2003年1月31日
    朝投球練習とシャトルティー夜は、バッティングセンターで打ち込み練習、今年初めて、旧2号線、宮島街道沿いの平田ラーメンに行った。2人とも汁まで、完全に飲み干した。やっぱ、ここのラーメンは美味い。
2003年02月03日 14時00分07秒

  • 2003年1月30日
    雪が止んでも、一面の銀世界、しかも日の当る所は、アイスバーンである。いつも、潤は踵の黒い所が既に擦り減ってなくなり、白い所がむき出しになっているゼットのアップシューズを気に入っていつまでも履いているが、今日は、危険である。アシックスの新しいアップシューズを履かせた。私もアップシューズである。私は、チャリ通なので、冬場は、防水性の良いアップシューズを通勤に使うことも多い。しかし今朝は、それでも、アイスバーンの上ではあまり役に立たなかった。でも朝練をしなくっちゃと2人でいつもの公民館に出かけた。やっぱり凍っていた。シャトルティーをしていても、滑ってしまうので、仕方なく、公民館の玄関のひさしが出ているところで、行った。後ろは前面ガラス張りの自動ドア。バットぶつけるなよーと心配しながら行った。昨日のイメージ通り投げられるか、シャドウで確認。実際の動作より、分かった、分かったの返事の方が多かった。寒くて、着膨れしているので、しゃーないか。最近、あんまり、執拗に追求しない。こっちも寒いもん。いつもの、マウンド代わりに使っている所に移動。駄目である。ツルツル。雪を掘れば掘るだけツルツル。だって下は焼きれんがだもん。氷みたいになっちゃってる。諦めて、キャッチボールのみ行った。それでも、注意点は二個所あるため、そこを注意しながら行った。約30球投げて終わり。夜練、久しぶりに感じる。あれ?一日、休んだだけか。でも今週今日で2回目だもの、少なく感じるな。今日は雪の重みでネットが随分垂れ下がっていた。丁度センターなので、潤が面白がって狙い撃ち。でも、そう簡単には当らない。オイオイ、持ダマ少なくなるじゃないか、御遊びはこれくらい。練習練習。ここでは、やっぱ、伸び伸びライト打ち。球をバットに押し付け巻き取る感じが、一番打球が速い。貸し切りなので、球を高めにしろ、低めにしろ等と、マシン調整のお兄ちゃんにわがまま言った。いつもすみません。私達が、ケージに入ると、白い息を切らしながら、いつもマシンまで走ってきて調節してくれる。(ここ、旧式のマシンなので、打席の手元で調節できないタイプ)私は、お礼代わりに、各ケージの散乱したボールや、バットを揃えて回った。暫くして90kのケージに移動して、フォームチェック。最近、大リーガー風に混じって、小笠原の物真似も多い。一方、松井の真似は減ったなぁ。色んな事を試すのは、良いことである。そうしないと、何が良いか自分で分からないもの。子供と大人の上達の違いってこんなところかも知れない。大人は、固定観念が先ず先だから、それと考えを代えるの面倒臭い。テレビゲームも同じ、技を発見するのは、決まって潤である。さて、買い出しに行っていないので、今日も外食、祭寿司。あんにゃろー、わしが帰ってくるのちょっと遅かったんで、買い食いのおにぎりとカップ麺を食っていた。だから、腹へっていない。茶碗蒸2個と3皿で終わり。わし、金、助かる。帰りに古本市場で、トレーニング本を購入した。潤に500円出してもらった。中古なので625円。ありがとう潤って、おめーのためだろうーが、うらぁー。なんちゃって。潤は、ワシから貰う小遣いを少しずつ溜めていた。でも、自分が欲しいモノにはまだ1000円足りない。今日も見るだけで終わり。その前に私を連れて行きうろうろ。でも、買えないものは、仕方がない。だから、私が潤に欲しい本があるんだぁっていったら、500円くれた。まあ、今週末、良い成績を収めたら、来週にはそれは潤のものには、なると思う。頑張って欲しいな。今日も潤は何も買わずに、店の階段をとぼとぼ下りて行った。家に着いて、トレーニング本を見ながら、故障を予防するための、筋トレメニューを作った。今まで、リハビリセンターのチューブだったけど、ちょいと心配。日曜日に登板があるので、多分、あいつの性格からして、全力投球しちゃう。ちょいと、私も気付くのが遅かったが、もう少し上体の筋トレすれば良かったと、今更思ってしまう。9月の肩を押さえてうずくまって涙を流した潤を思い出した。何だか、心臓の鼓動の高鳴りを覚えた。そんな訳で、もう一度、風呂前にストレッチと筋トレ、ダンベルを使って、三角筋、二頭筋、大胸筋、広背筋、僧帽筋、三頭筋等を行った。バランス良く作ったつもり。紙に打ち出して、居間の壁にでかでか張った。これ、ずうっと続けられれば良いな。中学生用の軽いメニュー。10分しか、掛からない。風呂上がりに再びストレッチ。寝る前に、屁が沢山出るカゼインプロテインを飲んで就寝。故障するなよー、お願い。
2003年01月31日 14時12分21秒

  • 2003年1月29日
    朝から雪で朝練中止。水木曜日の朝練中止は、痛い。ピッチングの日だから。しょうがないのでPCの前で、画像を見ながら、イメージトレーニング、それとストレッチ。午後になると、私のいる廿日市は吹雪き状態になった。今晩も練習できるかどうか分からない。潤にメールを打った。他リーグの情報と偽って、適当にでっち上げた。要は、鼻息荒くなるような事を書けば良い。まるでウソを書いちゃうとまずいんで、昨年の情報を、先週末の事のように書いた。バレたら、ゴメン、これ去年のだ、って謝れば良い。そして、最後に、シャドウやれ、素振りしろ、ストレッチしろと付け加えた。今晩、車出せないから、バスでバッティングセンターに練習に行くぞとも付け加えた。18時きっかりに会社を出て、雪が降るなか、自転車を扱いだ。変速機が凍り付いて、ギヤチェンジが出来なかった。普段の3倍ぐらい疲れた。やっとの思いで家に到着した。でも、今日は、やっぱり夜練中止である。街道が大渋滞で、8時半までにバッティングセンターに着けそうもなかった。バス停から、そこまで700mほど歩かねばならず。そこも危なっかしいし、こんな天候では、早仕舞いする可能性もあった。そもそも、わし、家に着いた時、性も根も尽きていた。さて、夕食はどうするか?冷蔵庫空っぽである。外食が続いていて、何も買っていない。一昨日の冷や飯が一人前あった。これをうまいこと水をくぐらせて、電子レンジでチン。冷凍庫にしゃぶしゃぶ用の肉と中華海鮮具材を発見。これと野菜庫からキャベツをだして、炒めて、ご飯の上にぶっ掛けて、とりあえず、潤の飯を作った。牛乳もない。私は、飯がないので、カップ味噌ラーメン。何だか、山小屋に待避しているみたい。飯を食って元気になった潤は、メールが利いたのか、「わし、ちゃんと自分で練習したけー。」と頼もしい。
2003年01月30日 12時37分34秒

  • 2003年1月28日
    雪が降ってきた、早く帰んなきゃ。ってことで、仕事を中断して、帰宅。だって、今日、カッパ持ってないんだもの。私のチャリ、フェンダーを付けていない。風の抵抗が結構つらいのである。そして、速攻で帰るもう一個理由、雪が積もったら、夜練出来なくなっちゃう。斜めに降る雪、眼ん球が痛い。必死、こいてお家に到着。潤ををエスティマに乗っけてしゅっぱーつ。潤は昨日買った、リバーシブルのジャケットが気に入っているようで、御愛着。今晩は寒いなぁ、コイン3枚目で、初めてジャケットを脱いだ。最近、わし、コメントが減って、暇である。ここも暇で雪の降る日は貸し切りである。私は、使われていない他所のケージのボールを集めた。わし、いつから、ここの従業員になったのかな?潤は私が見ていないと調子がよいんと。そんなアホな。寒くてなんかしてないと、場が持たないので、私はボール集めや、各ケージに置いてある2本のバットを揃えて回った。とりあえず、潤にはもう、コメントすること無いんで、邪魔を承知で、右打席でコーヒー飲みながら世間話を少々。全く、自分勝手なわし。まぁ、今に始まったことじゃ無いんで、潤も分かっちゃおるが。練習を終える頃には雪が小ぶりになった。家で飯作るのが面倒だったんで、ラーメン食いに行こうと誘った。潤は寿司が良いって言うので、寿司に変更。最近、また、自炊が減っているなぁ・・・。だって、寒いし、水いじり嫌だもん。家に着いてから、潤は風呂上がりにストレッチ、アンニャロー、ガチンコ見ていて、集中しない。わしプッチン、プリン!先週教えた、新しいストレッチが出来ていないので、しばし、言い争い勃発!わしは御殿場、やつは富士吉田から一気に富士山を駆け上って行くように、キンチョウの度合いを増していく、んで測候所あたりで、激突ドッカーン!大噴火!かと思いきや、「わかった!やるわい!チョットはだっまてよ。うるさい!」と言ったかと思うとテレビを消して、ストレッチ開始。わしは額がぴくぴくしていたが、ハイハイ、言われた通り、黙って静観。終わったかと思うと、電動はブラシをひょいととり、歯磨きして、さっさと二階に消えちゃった。私が暫くして寝室に上がると、いつもの潤に戻っていた。私は、ドリンクを持って行ってやった。これで仲直り。あいつ、ぶちきれなかった。威勢は良かったが、言う通り、ちゃんと行った。これも成長かなぁ。そう言えば、以前から、携帯に、着メロをダウンロードしたくって、しょうがなかった。かれこれ、着メロの事で、私に何度でんわを掛けてきただろうか。恐らく10回以上である。いつも、潤は丁寧な言葉で、ゆっくりお伺いをたてるのであった。しかし、こういう時に限って、私は忙しくって、ダメ、ぶちっ!と切ってしまう。お金(10円)が掛かってしまうことなので、自分で判断せずに、聞くのだ。これは、凄く良いことだと思う。何か、あったら、父さんに電話しろって常々言っているので、キチンと約束を守っているのだ。寿司屋で食事中、「ブラックメール」をDLしたいと言うので、DLするってことは、契約を交わしてサービスを受けることなんだよと、始めてキチンと潤に説明した。そうしたら、要らないと言う。それじゃ、今回は父さんが契約するから、ダウンロードするね。って事で、1曲DLした。それをメールの着信音にセットして、潤は大喜び、たったこれだけの事、10円。されど10円。この10円は潤にとって大きかったのである。潤は、何度も私に聞いた。でも説明したのは、最後の1回。もし、私が、説明せずダメって言いつづけて、潤が勝手にDLしたら、わし、潤のこと、怒っていたんだろうなぁ。もう少しで、子育て失敗、傷つけるとこだったなぁ。やれやれ・・・。
2003年01月29日 13時05分44秒

  • 2003年1月27日
    今日は月曜日で、練習休みの日。潤に練習行くか?と尋ねると「いかんよ。」とあっさり。会社に電話があった。「父さんズボン買ってや。わし、はけるズボン、昨日、Sさんちでもらったズボンと父さんが暮れに買ってくれた2本しかない。」「はい、了解しました。」と社用電話ふうに電話を置いた。家に帰ると待ってましたとばかりに笑顔の潤。それにつられて、何か良いことあるのかと思ってメイもはしゃぎ回る。「メイはお留守番だよ。」おでことおでこをくっつけて、目を見て話すと、不思議と大人しくなる。赤ちゃんライオンがお母さんの狩りのお留守番をするようにじっと大人しくなるのである。動物って待つ事に慣れているのだろうか。それにしても我慢強い。わし、犬を絶対に縄付けてなんか飼えないタイプである。段々話しが逸れるが、お散歩も大きな道を渡ったらノーリードで放してやる。メイは絶対に他所の人に飛びついたり、他所のワンコとじゃれない。そして、おいでの合図で戻ってきて、お座りして、私が片手でリードを着けるのをただ待つ。公園で時々かくれんぼ、私の影が見えなくなると、そりゃ、もう大変。首をキリンのように伸ばして、あっちを見て、こっちを見て、また場所を代えて探し回る。犬のくせに鼻は使わない。あまり必死で探すんで、可愛そうになり、ひょいと物陰から飛び出ると、全力疾走でやってきて、腕に噛み付いてくる。多分、意地悪されたと思って怒っているのかな。一人でどこかに行ってしまう事はない。小さい頃、山に連れてって、小犬が登れないような登山道を登らせた。道が崩れているとメイは怖くってキャンキャン置いて行くなと泣いた。そんな経験をしたからか、どこに行くにも、絶対に私を視野に入れて行動するのである。今朝は雨降りでお散歩が出来なかった。今日は、美味しいお土産を買って帰るねとおでこを擦りあわせて約束した。さて、潤の服代を安く上げようと、ユニクロに行った。子供のGパンを探した。潤は、ジャケットも欲しいようだった。実は、この冬、ジャケット2着、メイにボタンをかじられて、それ以来潤のジャケットはメイの寝袋になっていた。何故か、ワンコはボタンが好きなのである。堅くってこりこりするからかなぁ。それにしても、破壊するだけしたら、ポイって感じで、食えないモノだとは分かっているみたいである。試着室で試着したら、子供用はツンツルテンでボタンが苦しい。あれ、暮れは150履けたのに・・。じゃ、大人用って事で27インチをチョイス。早くしろと急きたてた。だって時間がない。ズボンの裾合わせの時間が・・。ワシ腰が低い、いや足が短いのでGパン買ったら切るもんだと思っていた。私を小馬鹿にして潤は、「ほら、切らなくたって良いじゃん。」「わし、足、母さん似なの。」と憎たらしいと同時に、何だか嬉しい。わし27インチ高校1年の頃だったような気がするな。しかも裾は余っていたっけなぁ。なは、なは、ナハハ。ジャケットもついでに購入した。安いよなっ!リバーシブルで1990円、Gパンとジャケット、靴下4足、トランクス2着で税込み5215円だって。相変わらず、自分のモノは未購入。今は良いけど、いつかは、みすぼらしい父ちゃんに気付いておくれよ。さて、夕食の材料を購入しに「万惣」スーパーに行った。潤のおかずは、野菜炒めに決めていた。野菜炒めって言っても野菜の他に帆立、イカ、エビ、牛肉、豚肉何でもかんでも一度にぶち込み、中華味で味付けするだけ。味より、具材で勝負って感じかな。そして、メイには特大スペアリブを3本購入した。家に帰って早速、スペアリブを調理、先ずは、中に火を通すために、塩胡椒してレンジでチン。それから、じっくり焼く、ワインで蒸したら、焼肉のたれを絡めて再び焼き色を付けて完成!メイのお皿に乗っけて、「待て」すること30分。その間に潤の夕飯準備である。メイの方がてまかかったなぁ。待てが長いんで、既にフローリングは、よだれでビチャビチャ。待てをかけないと、熱いスペアリブをあっち引き摺り、こっち引き摺りでじゅうたんがぐしょぐしょになってしまうのである。冷めた頃に漸く「よし」。無駄であった。結局焼肉のたれ付スペアリブをじゅうたんとソファーの上でお召し上がりになった。わし、もうリビング諦めているからまぁいいかー。イタリア家具等置いていて昔は、潤がおもちゃを振り回して、家具にぶち当てたりすると叱ったが今思えば、可愛そうなこと、考え方一つで子供を伸び伸びさせられるんだよなぁ。
2003年01月28日 16時17分34秒

  • 2003年1月26日
    昨晩のケアが良かったのか、さっぱり顔でお目覚めである。今日も広島中央さんのグランドにお邪魔した。昨日、結構きつかったので、ランニングとストレッチ主体のメニューを行った。そうこうしているうちに、監督登場。ラッキー!選手交代、わしは、保護者からコーヒーを受け取り、ベンチで休憩。後は、監督にお任せ。今日は午後からリトル中国連盟の総会があり、午前中で練習終了になる。そんな訳で、ちょいと省略形で事を進めないと、来週の広島南リーグとの練習試合に間に合わない。ってことで、ノックは監督にお任せ。ワシ保護者とキャッチボールして遊んでた。一方子供らは、レフトライト間をいっぱいに使って、アメリカンノック、ひひっざまあみろ!続いて内野ノック、シートノック、最後に監督から「肩、大丈夫か?ピッチングしろ。」と言われ、潤はマウンドへ。ワシはその間、他の子供を連れてスタティクストレッチ。新しいメニューを加えて行った。潤の事が気にはなったが、監督自らキャッチャーをしていたので、私は敢えてマウンドに背を向けて子供を指導した。ごまをする訳ではないが、監督を絶大的に信頼している。何と言っても、上手く口では言えないのだが、全てにおいて、非常に良いバランス感覚を持っているのである。何かに特に秀でている訳でもない。それでも若い頃はドラフトに掛かったがプロに行かず社会人で現役を全うした人間である。でも、感覚って言うのかな、そこらが素晴らしいのである。物事を客観的に判断し毅然としているのである。特に父親コーチや父親監督ってこれが出来ないのである。また、私の子供に対する接し方も私の顔を潰さないように静かに説くと言った人物である。ぱっと見、ただのスケベおやじではあるが。そんな訳で、この2歳年上の監督を先輩として尊敬している。練習終了後、潤と話しがしたかったが、出来ずに別れた。というのは、今晩、連盟の集まりがKKR白島で行われるため、潤をリトルの友人宅に預けた。私は、荷物満載のエスティマで一人帰宅した。家に帰って、スーツをどっからか引っ張り出した。ワイシャツが無い。あった。でも右手のボタンが無い。面倒臭いので輪ゴムで止めた。さて、時計は、何処?電話台の下に有った。でも電池切れ。リトルとチャリ通勤で使っている、潤から貰った時計をボタンのない右手首にはめた。以前は、かあちゃんがいて、なんの心配も無かったけど、男一人では、その日その日が精一杯で、余分なことは何も出来ない。イタリア製のスーツに、これまた、アルマーニのネクタイ、そしてイタリア製の袖が長めのワイシャツ、靴の踵が取れていたので、以前ボンドで修理したところが黄色く変色していたのでそこにマジックで黒く塗った。メイがいつもの様子と違う私に気が付いて、近くに寄ってきた。頼むよ、今日だけは、飛びつくな!今着れるのこれだけなんだから。チャリ通を始めてから、スーツは着ない。数年前、機内で買ったコロンを付けて再び、エスティマで出発。コロンなどつけるの年に何回あるかなぁ。今思えば、昔は、何かと楽していたなぁ。この先どうなるか分からないけれど、潤だけは、立派に育てないとなぁ。リトルの会合を終えて、友人宅に潤を迎えに行った。他の子供も居たので、早速リビングで素振り開始、個人個人持ち味があってリトルでは、中々見切れない。その子に以前から言いたかった事があったので今日は良い機会になった。潤はそこのお宅で、昼間スパゲッティーと夜食に焼肉をご馳走になっていた。おまけに、汚れモノを洗濯までして頂いた。どうもありがとう。助かりました。帰りの車の中で、潤は、チャリ通のこ汚い父さんより、スーツのパリッとした父さんの方が良いと言った。でもねえ、大事なのは、中身なのよ〜。あの頃より今の中身の方が良いと思うんだけどな。
2003年01月28日 14時14分25秒

  • 2003年1月25日
    いつも、土曜日は、昼から練習で、朝はのんびり家事とワンコの散歩が出来る。でも、今日は、広島中央さんと合同練習のため、朝9時に集合である。わし、普段は、どうせ会社なんで、比較的にのんびり散歩するんだけど、リトルの集合の時は、絶対に遅れちゃまずいと思って、いつも散歩が省略形のショートカットになってしまう。ゴメンね。メイちゃん。君もれっきとした、我が家の一員なのに・・。潤と私が家を出る時、今まで、しっぽを大振りしていたのに、ぴたりと止めて、居間から玄関に上体だけ出して、悲しそうに見送る。犬は文句は、言わない。胸がぎゅっと締まる思い。グランドに着いて、積載オーバー気味のエスティマから荷物を降ろし、子供達を集めて、相手チームにご挨拶。アップ時、先方のコーチとお話しして、本日は、我が方が先方の子供を預かり合同練習することになった。チームは関係なくまさに合同練習をした。私は、いつものテンションで大声で、指示を出す。相手チームの選手、ビビッて涙目の子が居たと練習終了後の車の中で、潤から聞いた。潤は、恥ずかしかったと。わし、おっかないんかなー。ちょいと、ショック。思い起こせば、他所の子の名前を、呼び捨てで、怒鳴り上げていたからなー。メンタル的な、コーチング術は、我がリーグ監督からの直伝、しかし、今日は帰省されていて、私が監督代行だった。まだまだ、未熟であることを、実感した。子供のメンタル面をツブしてしまったら、幾ら素晴らしいメニューもただの時間潰しにしかならない。心技一体が大切だもの。反省点はあるモノの、子供に聞いてみると、やったこと無い練習が有ったんで良かった、知らないことがあったとのこと。今日は、いつもと違って、やることの意味を教えながら行った。(西の子には既に言っているので、毎回言わない)何だかんだ言っても、普段の敵味方が一緒に混じって練習は、刺激にもなったし、交流も深まってよかったなぁ。午後は、ロングティーを行った。潤の名パートナーのT君トスを上げている最中に頭痛でダウン。熱を測ると37.8度、いや、困った。この冬、インフルエンザ大流行である。自己申告なので当てにはならないが、柵越え30数本、多分ワンバンも含まれている。柵越えと言っても、柵の代わりに大きなU字溝があって、そこを越えたら柵越えとした。こちらのグランド、ホーム側からロングティーを行うと柵を越えると山に入ってしまうので、レフト、センターから、ホーム、ライト線を目掛けて行った。U字溝は、ファールラインより外に有るのでレフト最後方から行うと61mはあろう。しかし、潤は左バッターで一番レフト寄りから打ってたため、またも、引っ張る打球が打てない。引っ張ってしまうと、隣りの倉庫に入ってしまう恐れがあるし、幾らなんでも、高いバックネットはティーボールでは越すことができない。だから、溝を狙ってそこを越えるように弾いてしまう。私は、眉間にしわを寄せて、バックネット目掛けて打てと指示をだした、中々言うことを聞かない。他の右打者がそこに打つので、自分も打ちたいのである。まだまだ、ガキンチョである。今思えば、バックネット上段を狙えって言えば良かったなぁ。まぁ、打撃は、まずまずかな。しかし、潤が私の指示に従わず、右打者と同じ方向に打ったので、私は、チョビッと怒っていた。練習終了後、特訓じゃ!と五日市バッティングセンターに連れ出した。徹底的に右打を命じた。だって、リトルの練習じゃセンター返しか、流し打ち、これじゃ、本来のバッティングじゃない。左の優位な所は、右に引っ張る打球でランナーを帰すか、ホームラン。試合でも、潤には流せ等、指示出したこと一度も無い。とは、言っても、練習を終えて、移動中に眠ってしまった。私も夕べ寝たのが午前3時だったので、睡魔に負けて、バッティングセンターの駐車場で30分ほど仮眠した。潤を起こすの辛かったが、仕方が無い。練習練習と言って無理矢理起こした。コイン8枚購入して、打ち込み開始。最近ボンズからジアンビーに変えつつある。3対7ぐらいでジアンビーってところかな。本人曰く最近こちらの方が、タイミング取り易いそうだ。眠くって、へとへとに疲れていて、それでも自主練。今日の合同練習で、君ほど練習した子は他には居ないと思うよ。練習が終わって、私は、お父さんに変身、帰りに、慌ててスーパーに買い物。ったって、もうスーパーが終わっちゃう時間だし、家に帰っても飯ないし・・・。サイコロステーキとしゃぶしゃぶ肉とマグロの握りの売れ残りのタイムサービス品とフルーツ切盛を買って帰った。油を極力押さえ、高蛋白質とビタミン補給、風呂上がりにストレッチ、マッサージをして、消炎剤を塗り込んでやった。明日、起きれるかな?
2003年01月27日 15時20分25秒

  • 2003年1月24日
    昨日ピッチングできなかったんで、今日ピッチング練習した。デジカメで撮影すると、何が問題か、すぐに分かる。ぶっちゃけた話し、現状では、あれで精一杯ってところかなぁ、悪いところは、ピッチングには無い。無いの。何故か?それ以前の問題だからである。先ず、下半身の柔軟性に欠ける。それと、粘り強さ、ねちっこさが無い。どうしても上体に頼った投げ方なのである。付け加えるなら、上体も硬い。早朝で、身体が十分に温まっていないなんて、言い訳できないよ。ここらの事と、正面から向き合わないと、また、故障するかもなぁ。今度、自信なくさせないように、潤にきちんと説明しようっと。今日、会社でちょっとしたトラブルがあって帰宅が遅くなった。千と千尋が見たかろうと思って早く帰る予定にしていたが、遅くなり、夜練の時間と重なった。ビデオに撮るかと尋ねると、「良いよ別に、わし、友だちんちで見たけー」とすたこら、車に乗り込んだ。こいつ、何が楽しいのかなぁ。なんだか、醒めている。いつもこの時間帯、腹ペコの潤ちゃんであった。しかし、私の帰りが遅かったので、ココアを4杯飲んで、気持ち悪りー、とセブンで肉まん買うのをキャンセル、バッティングセンターに直行した。コイン6枚140kmと90kmをいつものように往復した。90kmでは、球が放たれてから、手元に来るまで、ぐっと我慢して、素早くフルスイングでライトに引っ張る練習をした。リトルの練習では、引っ張れない。バットに球を乗せて巻き取れば、うんと飛距離が伸びる。この乗せて巻き取る練習をしないと、当てるだけの弾くバッティングになってしまう。流すことも必要だが、この感覚の練習は大切。練習を終えて、午後9時ころにリトルのグランドに荷物を積みに行った。明日グランドが使えず、広島中央さんのグランドにお邪魔する。ティーボール600球、硬球200球、キャッチャー道具、ファンゴ、その他もろもろ積み込んだ。真っ暗なグランドにピッチングマシンのケージのサーチライトだけを点け、私が車にせっせと荷物を積み込む間、潤はそこで素振りをしていた。荷物を積み終えると、潤の足元は砂に埋もれていた。一汗かいていた。そりゃ、それも良いが、ちーとは、手伝えよっていいたいなぁ、まったく。電気を消したら、真っ暗け、夜のグランドおそろしい。お化けが出そうなので、早々に退散。帰りは、一昨日と同じ、祭寿司、最近また外食が多くなってきた。今日は一昨日の倍の22皿。そして、帰りにセブンでジャーキーと牛乳を購入。明日の朝も、きっとコンビにかなぁ。いつも、時間がないなー。悲しいーー。
2003年01月25日 01時49分36秒

  • 2003年1月23日
    朝は、冷たい雨が降っていた。朝練中止、わしつまらない、潤はラッキーとズームインスーパーを見ながらのんびりしていた。カレーパンを電子レンジで温め、暖かいココアで朝食終了。今朝はメイのお散歩もカット。毛が長いので、グシャグシャになっちゃうもんで行かない。メイは窓越しに怨めしそうに外を眺めていた。わし、朝、時間が出来たんで、慌てて洗濯機へ汚れ物ポイのスイッチオン。潤が出かけたのに続いて、私はカッパを着てチャリで出勤。何故か、雨の日、燃えるんだなあ。雨でグシャグシャ通勤も楽しいよ。何だか、子供の頃よく雨降りでも外で元気に遊んでいたくそガキの頃を思い出す。水溜まりで長靴はいて、どこまで深いところまで行けるかなんて、やってて、深みに填まり、長靴ごと水没したこと有ったなぁ。白い靴下が半分脱げて、引きずりながら裸足で帰ったなぁ。あの頃千葉県の柏に住んでいて道路も、校庭も穴だらけ、朝、おたまじゃくしを捕まえて、水溜まりにそれを移して、学校帰りに見に行くと、干からびていたり、踏んづけたり、今はそんなこと出来る所ないもんな。等と回想していると、いつのまにか会社に着いてしまう。帰りもカッパを着てでも雨が小ぶりなので、フードは脱いで自転車を扱いだ。冷たい風が気持ち良い。4日目になると80km以上扱いでいるので、太股が帰る時は張っている、カッパズボンを履いているので扱ぎにくい。夜練が有るんで、とにかく帰りを急ぐ、でも最後の上り坂、1.5km、高低差100mの登りは、辛い。敢えて、何かを回想する。野球の事だったり、掲示版の事だったり、意識がチャリに戻らなければ良い。戻ってしまうと、辛い坂道の現実が待っている。ここらを上手くコントロールできると、我に戻った時は、自宅のすぐ側まで来ているといった具合。カッパは、汗で中がビチャビチャ、裏返して玄関脇の籠にポイッ。腹減り潤を車に積んで、先ずは吉野屋に直行。牛皿2枚とケンチン一杯と半熟たまごで、八分目。続いてバッティングセンターへ行って練習。久しぶりに会った、打ち仲間のおじさんに大きくなったねぇと言われてニンマリしていた。そう言えば、全日本の頃より6、7cmぐらい大きくなっている。変身!
2003年01月24日 17時04分48秒

  • 2003年1月22日
    朝練でピッチング練習、ピッチング練習は週中水木曜日だけに限定した。肩を休めるためである。火曜、金曜はバッティングのみ。ピッチング練習は、ボールを持たなくても出来るし、イメージトレーニングなら、どこでもできる。実際に投げるのは、週中は二日だけにした。子供にとって、どこが悪い、ああしろこうしろより、誰々みたいにやれの方が効果はある。それで違っていれば、実際に画像やビデオを見せてこうなっているだろうっていったほうが、全然よい。それでも出来ない。理由は二つ、体が堅い。特に下半身の柔軟さ。それと、出来ても直ぐに疲れてしまう。同じことを、プロ野球選手のように、100回も200回も出来ない。だから、プロなのであるのは言うまでもないが。何れにせよ、真似は大事である。そこから、どうして、プロの選手がそうしているのか、理由を後から発見できることが多い。単にプロ野球選手の画像を解析しても、それは、解らなかった。画像解析は、手足や体の位置関係は明らかになるが、そこからどうして、パワーが生まれるのかは、素人の私には解らなかった。しかし、それらの秘密は、バッティングで言うなら、トップの構えや、トップまでの構え、ピッチングで言うなら、ワインドアップから、バランスポジションまでに秘密が隠されている事が多いように感じる。言い換えれば、そこが、自分の欠点を克服するための動作だったり、自分の長所を最大限引き出すための準備段階だったりする。それらの理論は、巷に珍しくない。私も知っていた。でも、それは、私の中で素通りしていた事が多い。真似をする事で、その意味が改めて分かったりする。ここ2週間くらい特に潤には真似をさせている。しかし、前振りは省略してしまっていた。実際の試合の投球でない練習だからである。この事を指摘して、ちゃんと行わせてみると、私のミットにズバン!と球がおさまった。手投げでなく、身体全体のバランス良い投げ方になった。そう言えば、手前味噌だが、日曜日の練習中に私と別のコーチでお遊びのキャッチボールを行った。塁間から、徐々にレフトに私は下がって最後はレフト最後方からの遠投になった。この時、子供達も遠投である。監督は、下半身を使って溜めて投げろと子供達に激を飛ばした。私は、こうやるんだとばかりに、軸足でとんとんとステップして、前足に乗って、ドヒャーと投げた。その時、お腹が邪魔になり、前で大きく振れず、すっぽ抜けてしまった。球はどこに飛んだかというと、バックネットを越え、保護者席の屋根の中央を過ぎ、向こう側の屋根に落下した。腹が邪魔じゃなかったら、押えの利いた良い球が返っていたと思う。この時は、見本を見せようと、身体全体を使って投げた。今思えば、同じ事である。しかも、全力投球ではない。わし、多分肩強い方だけど、自分がどうして、投げれるのか、未だに子供に上手く伝えられない。しかし、投げ方を何かにこじつけるとしたら、リストそのものの動きはやっぱり、体温計振りがぴったり来る。しかし、今の潤に一番必要なのは、これじゃないんだよなあー。投球動作に入る前振りが大事なんだなあー。さて、夜練の話し、会社から帰ると、潤は、ソファーで寝ていた。居間は、ピーナッツの殻が散乱していた。テーブルの上も床の上も。ピーナッツ、メイの大好物。潤も私も食べ出したら止まらない。潤が食べた後殻を器に入れといたのをメイがひっくり返して、殻の中に食べ残しの豆がないかあさっていたのだ。直ぐに掃除する気になれず、私も新しいピーナッツを出して、暫くピーナッツを食べていた。あんまりぐっすり寝ているので、直ぐ潤を起こすのが可哀相だった。午後8時になったので、ゆすり起こして、練習に連れて行った。今日、学校で潤の班は5時までPCの時間の残り勉だったという。寝ぼけているので、セブンで、ミルクセーキを買った。そしてバッティングセンターに、でも、まだウトウトしている。「あぁー、車の中に100円落ちてたー。」「これ、どうしよっかなー。」金には直ぐに反応するのである。ドアをバッとあけ、トランクからLX2を取り出し、すたすたとケージに入って行った。全く笑ってしまう単純さ、条件反射である。私がコインを購入している間に素振りをすませ、早くコインを入れろと催促。コイン5枚のうち、徐々にお目覚め、最後は全快モードで終了。帰りは、祭寿司で夕食にした。2人ともピーナッツで腹が張っていて、何と2人で11皿しか食えなかった。最少記録である。
2003年01月23日 10時57分06秒

  • 2003年1月21日
    自転車を庭にしまっていると、リビングで潤とメイがじゃれあっていた。今日は塾があったし、普段なら疲れてソファーで寝ているはずなのに。玄関のドアを開けると、「父さん、早く行こうや。」と潤がけしかける。私は、カッパを脱いで、リビングのソファーに腰を下ろした。最近疲れやすくって、一度腰を下ろして、何か飲み物を飲まないと、直ぐにバッティングセンターに行けないのである。テレビでボブサップの試合が丁度始まろうとしていた。それなのに、テレビのスイッチを切りやがった。そして、潤は、外に出て、車のエンジンまでかけた。「んにゃろーめ、自己中が・・」仕方なく、また靴を履いて、出発。わし、汗が背中に染みて冷たい。車に乗ってわかった。早く練習に行きたいのではない。話しを聞くと、今500円のプラモデル「ガンダム」が流行っていて潤もその仲間に入りたいのだという。マツバランド(五日市コイン通りの玩具屋さん)が8時で閉まってしまうため、急かせたのだった。練習行く時も、このぐらい張り切れよと言いたい全くー。プラモを見ているうちに、段々別の方に目移りしていた。値段は1500円の方に。「そりゃ、学校で流行っているのとちゃうだろうが。」潤は行ったり来たり。確か、彼の所持金は1900円のはず、買えなくはないが、お札が無くなってしまう。そして、考えた末、500円のプラモに決定。潤は500円を出した。消費税の25円は?可哀相になり、私は50円を出した。そして、お釣の25円を潤に渡した。潤は、にんまりして走って車に戻った。そして気持ち良くバッティングセンターへ出発。140kmと90kmを往復した。90kmから140kmに戻った1発目は難しい。でも2球目でタイミングを戻した。意識して、首からバットを出せといつも言っている。140kmに戻した1球目は、速いと分かっていても、球が放たれてから、手元に来るまで考えたり、溜めたりする余裕はない。だから、こう言っているのである。ピッチングマシンの高さをコントロールするお兄ちゃんには、いつも申し訳なく思う。最初は、低くしろと指示し、終わる頃は、高くしろと指示をした。いつも殆ど、こんな感じである。私らが来ると、マシンの監視室から殆ど出てきて、ピッチングマシンに張り付いてくれる。ウレタンボールは、擦り減ってディンプルが無くなると、低めに飛んで来る。新しい内は風を切って高めにドスンと飛んで来る。ボールが色々混じっていて、コントロールが縦にぶれる。左バッターの潤にとって、横へのブレは、インハイ、アウトローといった感じで球が飛んで来る。これは、このマシン自体特性だと思う。これらの事が、私らにとって好都合で練習になる。低目も、高目も練習になるのである。コントロール悪いと文句言う人がいるが、アンタが下手なの。さて、練習を終えて、500円の食事券が有るため、サンデーサンで夕食にした。帰りにザ・ビッグ五日市店で体育館シューズ25.0を購入した。後3ヶ月なのに、靴がきつくて履けないという。家についたら、早速プラモを作り出した。私がPCいじっていると、父さんと一緒に寝るから、金曜日までの宿題をやると居間のテーブルで宿題を始めた。午後11時を過ぎ、寝室へ上がった。ストレッチを終えてさあ寝ようとした時、潤が「父さん明日、朝練、何時に終わる?」と聞いた。明日提出の宿題をやるのを今思い出したのだ。コリャいかんと2人で居間に戻って、潤は宿題を、私はPCいじり。再び2階に上がったのは12時頃であった。
2003年01月22日 16時32分18秒

  • 2003年1月20日
    今日は完全オフ日。潤は、相変わらずハムストリングの張りを訴えていたため、夜、シャドーバッティングもなし、私は、助かる。久しぶりに夜のんびりできる。でも、暇な時ぐらい、飯をちゃんと作ってやろうと思い、ちょいと頑張った。フライドチキンとほうれん草玉子ベーコン炒めを作った。そして、洗濯、掃除機がけ、ガスの調理台を外して奇麗に掃除、ちょっとした大掃除になってしまった。潤は学校の宿題を居間のテーブルでやっていた。夜練が無いと、何だか、間が持たないなあ。
2003年01月22日 15時21分13秒

  • 2003年1月19日
    リトルは朝から練習、午前中は体力作り、ハムストリングの張りを訴える選手が続出した。この冬一番ハードな練習になった。それでも、傷害を起こさないように注意して行っているのは言うまでもない。しかし、ぎりぎりの線まで行っている。この冬の練習に来る来ないで差が確実に出ると思う。と言うのは、常に欠席者が1、2人いる。遅刻者もいつもほぼ同じ。辛いトレーニング系メニューが終わってから来るのである。理由は様々、学校行事、家の理由、医者に行く、熱がある、下痢など、しかし、うちの潤は、風邪でも、熱があっても、学校があっても、練習には必ず参加する、練習できなくてもグランドで見学、または車で寝ていて練習が終わるのを待つ。勿論親がコーチだから、仕方ないのはあるが、病気でも家で寝ているよりはましだと言う。この、野球に対する温度の差が縮まらない限り、うちのチームは強くなれないと思う。辛いな。トレーニングがキツイと言っても、普段何もせず、土日の2回だけである。これすら、エスケープするのなら、もう無理、無理、無理とこっちも投げ出したくなってしまう。これに引き換え、練習を休まないそして普段努力している子は、確実に上手くなっているし、体力もついてきている。もう、スタメンの顔ぶれは、大体見えてきている。自分がポジション獲れないのに気がついているのだろうか。スタメン落ちが分からないのだろうか。もうすぐ、試合があるのが判っているのだろうか、何を考えているのだろうか、場当たり的に練習に来ているのだろうか、そうではないと私の目にうつるのは4人しか居ない。今日のロングティーでマイナーから、上がって来た選手が3本柵越えした。確実に力を着けて来ている。そして同じくマイナーから上がって来た子でかすりもしなかったのに、82マイルで殆ど振り遅れではあるが、バットの芯で球を捉えるようになった。この子もこの冬、確実にスイングが良くなった。悪いことは、書けないので、このぐらいに。一方潤は、ロングティーで柵越え2本、フリーバッティングで柵越え1本だった。色々理由があるが、内緒。特に調子が悪い訳ではありません。念の為。
2003年01月21日 13時01分11秒

  • 2003年1月18日
    朝メイとたっぷり1時間お散歩して1時間、庭の草むしりをした。草むしっている時は、メイは庭のあちこちで遊んでいる。全く、人間の子供と変わらないなあ。ノーリードだけど、外には行かない。私の周りでボールにじゃれていたり、むしった草を前足でバラバラにして遊んでいる。メイの小屋は約8畳程のケージの中に、1畳分のスペースで約4年前に私が作った。昨年の冬まで使っていた。夏は扇風機が付き、冬は、あんか付きであったが、外はやっぱり可哀相なので、リビングで飼う事にした。トレリス風の木のケージに前足を乗せ、外の通行人を覗いては、誰かこちらに来ないか、しっぽをちぎれんばかりに振っていた。しかし、駐車場の植え込みが半年も経つと二本立ちのメイの視界を遮ってしまう。潤もメイと触れるのは、朝と夜夕方の2回だけ。朝晩の飯と朝の散歩は行くにしても私も同じだった。メイが我が家に来た頃、朝晩のお散歩が、今は朝の30分が普通である。こんな、可愛そうなこと、良く4年間続けたなと、反省である。ワンコの目を覗き込むと。茶色のまつげが生えていて、大きな優しい目をしているのである。夜寝た時は、夢の中で寝ぼけて吠えたり、足をばたばたさせる。車で海に散歩へ行った時の夢でも見ているのであろうか。人間は、犬の事良く分からないけど、犬は、自分の与えられた、環境でしか楽しめないのである、文句も言わず。家の中で、悪さをした時は、小さな子供のように、私を恐れ、悲しい目をする。一日、無事に過せた時は、しっぽを振って出迎えてくれる。休日野球の練習に出る時、平日、学校や会社に行く時、メイに「留守の家を守るのが、お前の仕事だからな。頼むよ。」と首筋を撫ぜていつも出かける。これが、ワンコの宿命か。一緒にいれる間は、たっぷり可愛がってやりたい。11時に潤を起こした。メイの足をいつものように風呂場で洗った。まだ濡れたままの足でメイは2階から降りてきた潤をお出迎え。メイはいつものように、軽くかわされた。潤は練習着に着替え、私も支度して、出発。メイは、私が二つ折りにソファーの上に畳んだ毛布の上に横になっり、いつものように、待ちの体勢。私達が帰ってくるのは夜である。台所の灯りだけは、いつも点けっぱなしで外出する。暗いと可哀相だからである。さてグランドに1番に到着、潤とピッチング練習。皆が来る前に行った。今日は、ずうっとノックである。潤は内野に、私は外野手のノックを行った。休憩を入れて、ピッチング練習。自らミットをはめ投手5人の調子をみた。最後はベースランニングでタイムを計った。私も走った。私に勝てる子が誰もいなかった。でも、8月には、負けるかな?いや、もうちょっと前に負けてやろうと思う。
2003年01月20日 12時25分54秒

  • 2003年1月17日
    朝練は、キャッチボール、夜はバッティングセンターで練習、夕食は、隣りのサンデーサンで食べた。この組み合わせ、久しぶり。私は、ハンバーグ、潤はスパゲッティーとドリンクバー、中腹で、残しそうだったので「わしより、早く食い終わったら、2000円やる。」というと、一気に、スパゲッティーを食い始めた。潤のは、クリームスパゲッティーで熱そうだった。わしのは、和風ハンバーグとチキンが乗っていた。絶対に、勝てると思っていたので、競争した。ところが、わし、チキンのから揚げが、熱くって中々食えん。潤はそばを食うように、ズズーッとスパゲッティーを掻き込む。ほんの3秒差で、わしの負け。潤に、さっきの無し、ゴメン、1000円にまけてくれと謝った。今晩、会社の仕事で、家に帰るのが遅くなった。バッティングセンターに練習に出る前に、腹を空かせた潤は「どんべえ肉うどん」を食っていた。中腹で、練習後という事だった。わしは、腹ペコ、そして、いつも食い終わるのは、わしが先だった。あいつは、金が絡むと、人が変わる。
2003年01月20日 11時05分37秒

  • 2003年1月16日
    午後、会社に、監督から電話があった。「土曜日、娘のバレーの試合の為、練習に行けない。スナちゃん(私こと)、頼む。」あぃや〜、また、また、また。内心、困ったが、いつも、返事は「OK、まかしんしゃい!」と一発承諾。元気よく、こう答える事で、自分自身に喝を入れた。ヨーシ、やったるぞーと気持ちを入れた。公式戦まで一ヶ月ちょっとである。2月には練習試合を組まなければならない。ここら辺の話しを監督とした。昨年は、潤の不調でチームに迷惑を掛けていた。今年はリベンジである。ここでは書けないが、それなりに作戦がある。その事を、電話で確認した。冬期は、体力作り主体のメニュー、監督にはメールでメニューと実行結果を報告している。まあ、殆ど、わしの担当なんで、まっいっか〜。でもでも、今週末からは、ピッチングを開始して、先週の反省を踏まえて野球練習の比重を増していかねばならないな。監督は、潤の調子を聞いた。私は、昨年暮れ以来、会っていないし、監督も潤がどれだけ、回復しているか判らないからだ。私は、「絶好調!、いつでもOK!」とさっきの乗りで答えた。家に帰って、潤に監督から電話があった事を伝えた。そして、監督から練習試合の予定があると聞いた事を話した。潤にとって、悔しい思い出があるチームである。潤には「監督は、期待してるぞって言ってたよ。わしも、お前が球、速くなったって言っておいたぞ。」と潤が鼻息荒くなりそうな事を適当に色を付け加えて言うと、思った通り、鼻の穴、おっぴろげて、目は爛々と炎が燃えていた。内心、ちょっと煽り過ぎと反省。潤んはリビングで投球やスイングの真似をして、うずうず。「行くぞ!」と車に乗せて、バッティングセンターに直行した。「監督、他になんか言ってなかった?」などと、アピールしたい気持ちを押さえ切れない様子である。今日は、いつもと、うってかわって大賑わいのバッティングセンター。サラリーマンだろうか、週末に軟式の試合でもあるのだろうか、待ち時間が長い。でもでも、完全親ばかモードであるが、お世辞にも潤よりまともなスイングする人いない。また始まった。「あの人、右手がへん、軸足もへん、開いてる。」聞こえるように、人の欠点言うなっつーの。潤はと言うと、昨日のおさらいである。コンパクトに、腕を前方に伸ばさず打つ練習。今までは、球がもったいないと言って、とりあえず、手が届く球は、何でも弾き飛ばしていた。ワンバンするような糞ボールも打つのである。これ、やめた方が良い。癖になる。昨年末最後の公式戦でこれを2つやって、内野ゴロに泣いていた。まぁ、集中できなくなる事件があったのにはあったのだが。混んでいるので、コインを連続投入できず、90kと140kを行ったり来たりした。今日は9枚やっておしまい。最近の潤への注意点は、球が離れてから、ミートポイントに来るまでに、どの打球を打つか考えろと言っている。何はともあれ、これである。8月頃に比べて格段にスイングが速くなっているので、十分に余裕ができている。だから、焦らず、しっかり見る事を改めて言っている。練習終了後は、いつものお決まりコース、古本屋と祭寿司、家に帰って宿題、わし、インターネットと、潤の投球モーションとバッティングの解析でいつも明日を迎える。
2003年01月17日 16時57分07秒

  • 2003年1月15日
    左手首の様子を見ながら、ぼちぼち、練習。腕を前方に伸ばさず、引付けてスイングこれと、あからさまに、腕伸ばしてスイング。同じタイミングでも打球の飛ぶ方向と球の回転が違う。腕を伸ばすと、バックスピンで、スライス気味にレフト方向へ、腕を引付けて、最短距離で「男らしい手首」でミート、今度は、トップスピンで、ライト線にドライブの掛かったライナー、つまり、同じスイングでも左手を、いじる事で、こんなにも打球が違う。同じタイミングであれば、打ち分けられるという事だろうか。一方、ぎりぎりまで、球を見て待つという事も、可能である。この事は、以前から、判っていたが、以前は、当てるのが精一杯で、とにかく、速いスイングでライト打ちを命じていた。これ、使えるな、広角打法に、両腕を伸ばさずコンパクトにしていても、左手だけで、広角に打ち分けられる。まあ、しかし、これは、まだまだ、先のお楽しみ。先ずは、自分の仕事、長打をコンスタントに打つ事である。日曜日に戦意喪失、悔しい思いをしたのである。軸と左フックを意識して練習した。潤の140kmのケージの後ろで同じくらいの軟式少年とお父さん、ケージに張り付き、潤と私を見ていた。「早くおわらねーかな、ウザイなー。」といった所である。私らは、ケージを譲り明け、外でホットドリンクを飲みながら、その子のバッティングの様子を見た。潤が、あまりにも、簡単に打つので、自信ありげなその子は、わしの方が上手いわいといった所なのだろう。潤はその子の欠点を見抜き耳打ちする。この後は、気の毒でここでは、書けません。ゴメンちゃい。再び、ケージに戻り、大リーガーの真似で、トップスピンを連発、ライト最後方ネットにダイレクト、やっと復活の兆し。自信を取り戻したようだ。潤は、同じ位の子が居ると、闘争心むき出し(顔はニコニコだが)になる。寒くて、ほんの調整のつもりが、ガンガンやってしまった。まぁいいかー。わし、コイン買ってフトコロも寒いけど、嬉しいな。完全、親ばかモード
2003年01月16日 15時30分14秒

  • 2003年1月14日
    雪舞ってるし、寒い。会社行くの嫌だな。3連荘でワシ、疲労困憊。我が頼りになる監督は知り合いの御不幸があって、私が代行した。ちょいと張り切り過ぎて、お手本とばかりに15分間走とか腕立50回やっただけなのに、身体のあちこちが痛い。特に両腕の付け根付近、普段よっぽど何にもしていないからだ。基本的にチャリ通なので、走るのは、OKだが、非日常的な動作は堪えるな。潤もぐったりでなかなか起きない。本日は完全オフ日、学校と会社以外は。ワンコの散歩に出るのも辛い、ショートカットで15分で終了。ゴメンね、メイちゃん。会社から、帰ると、塾帰りの潤はいつものようにソファーでお寝んね。玄関の呼び鈴を押すとメイだけが迎えにでる。ちょっと、様子が変である。なにか上目使いでしっぽを遠慮気味にプルプル。こりゃ、何かしたなと思った直感的中。潤のジャケットを食いちぎっていた。おまけにメイ立ち入り禁止の和室に進入の痕跡ありあり。ジャケットはそこから、引き摺り出してきたものだった。私が叱ると、ソファーに逃げ戻り、前足をブルブル震わせて、腹を見せる。わし、動物虐待はしないけど、オーバーアクションで叱るため、メイは私が怖い。まぁ、潤が和室のドアをきちんと締めなかったので、鼻先で開けて入ったのだろう。私が家にいると、和室には絶対に入らない。今朝の散歩を逆恨みしやがって、このー。叱る振りして、お腹撫ぜ撫ぜ。途端に、態度豹変、いつものよう飛びついてじゃれて来た。相変わらずソファーで寝ている潤を起こして、シャドウバッティング開始。何故手首を痛めたか再確認した。潤にも言い分があった。トスがアウトコース前方低目に集中したため、どうしても、腕が伸びて、ミートさせようと、左手首背屈したという。背屈してミートした後に、所謂「男らしい手首」になるため、打球はスライスか、バックスピンでセンターからややレフト寄りに切れていったのだった。ここらを、バットを振るというよりも、イメージトレーニングをした。軌道をスロー再生である。居間での練習で一息つくと、「喉乾いた、セブン行ってきて。」と、わし、パシリ。ビーフジャーキーとオレンジジュースを買っておかずの野菜炒めと一緒に食べた。ビーフジャーキーを一番食うのは、ワンコのメイ、高いんだよなー、困ったワン。
2003年01月16日 11時08分40秒

  • 2003年1月13日
    リトルの練習三日目、皆疲れて、足腰が痛いという。ダイナミックフレキシビリティの後サーキットを行わず、ランニング主体のメニュー。ノックの後、午後からロングティーを行った。潤は、先週から、左の手首と手のひらの痛みを訴えていた。ドアに手を挟んだのが、そもそもの原因。そして、それがフォームを崩す原因になったらしい。ロングティーでは、擦ってスライスする打球が多くなった。巻き込んでドライブが掛かった打球が減った。デジカメで録画再生すると。ミートポイントでの左手の握りがおかしいのを発見した。手首が背屈したままで、所謂「男らしい手首」になっていないのである。トップを作った時の、「バイクのアクセルを開いた時の手首のように、背屈した手首」のまま、ミートした後に、力なく、バイクのアクセルをもどすような手首になっていた。これでは、何百と打っていれば、手首や指の付け根が痛むのも分かる。左手をかばって、ごまかしながら打っているため、開いたり、前方で打ったり、焦っていた。今日は、隣りの駐車場に車が一台もなかったため、山側内野から、海側外野にティーを打つ事にした。山に放り込むより、やっぱり、外野フェンスオーバーする当たりを打つのが楽しい。そして、少し下った所にある幼稚園バスの駐車場のトタン屋根に当るとドカーンと大きな音が、父母の見守るバックネット裏の席まで聞こえるのである。前回2位に60本差で柵越えして単独1位だったが、今日は、前回2位の子に4本差の8本で負けてしまった。首位に立って、抜かれて、7本で追いつき、後は、その子が一気に12本、潤は、辛うじて1本返し8本だった。最後は、もう駄目だと、戦意喪失。帰りの、車中では、ピリピリムード。手首の事に振れると、私を完全シャットアウトである。本人は充分自覚しているのだろう。その事に触れて欲しくないのだ。夕食は、昨日と同じ、練習の帰りに、吉野屋で牛丼を食べた。そこで、画像を再生して、2人で分析した。画像は、冷静に見てくれる。コメントは、一言よけいだとばかりに、ウンザリ顔をする。「左手、痛めているから、バッティングセンター、今日、明日行かないよ。」と私が言うと、素直に納得した。潤はシャドウバッティングで、フォーム調整すると言った。そして、きっちり私に、フリーバッティングの柵越えと、ロングティーの柵越えで、合計幾ら?と今週の小遣いを請求しニンマリ顔。どっちが、飴と鞭使い分けているか、分からない、今日このごろである。
2003年01月14日 13時31分12秒

  • 2003年1月12日
    一日練習で午前中の前半は体力づくりのメニュー午前中後半は、技術メニューである。技を磨く練習である。3班に別れ、いろいろな技の練習。だから、休みながら行ってよい。自分の番が回ってきたときだけ、最大限に行うことに集中する。連続的にひっきりなしに行う必要もない。じっと集中して、行けると思ったら、集中して行うのである。そのため、前半の練習とは変り、ドリンク持参でいつ水分補給しようが自由である。午後は、マシンと手投げでフリー打撃練習。82マイルを13mで行った。リリースポイントを加味して、1m前からである。潤の番の時、後で気がついたのだが84マイルになっていた。潤は、「あれ、これ、なんか、早くないっすか?」「アホ、お前が開いて、目がおっついていないんだ。」等と私は適当に言った。潤は、納得がいかないまま、フリーバッティングを行っていた。詰まったり、レフトにファールチップばかりである。ありゃ、やっぱ、勘が狂ったかな。潤があまり首を傾げるので、マシンの横で並列で45マイルぐらいを投げていた私は、マシンのマイル表示を見に行った。すると、速度は84マイルに上がっていた。うちのマシン、少々くたびれてきていて、球をはじくたびに、ほんの少しずつ、速度メモリが速い方へ回ってしまう。暫くマシンを放っておいたので2マイル上がってしまっていた。このことを、潤の持ち時間5分を過ぎたときに気がついた。次の子には、そのようなことがないように、いつも速度メモリをチェックして対応した。フリーバッティングの最後の種目は、生き残りゲームである。78マイルに速度を落として、ファールか空振りを2回したところで、バッター交代する練習である。これ、結構人気の練習である。こういった、やつには、潤は断然に燃える。奇声を張り上げるのである。笑ってしまう。2位の16連続打を大きく引き離し、連続57打、柵越え6本で単独一位。さっきのフリー打撃の不調の原因が分かって、すっきりしたのだろう。子供って面白い、仮にピッチングマシンの速度メモリの不具合が分からなかったとしたらどうだろう。不調は自分の責任と思い込んで、悩んでこんなには打てないはず。メンタル部分て大事だな。
2003年01月12日 21時51分59秒

  • 2003年1月11日
    昼からの練習、2003年、年が明けて初練習である。ロングティーを行った。いつものように内野から外野に打つとフェンスを越える可能性があったので、今日は逆、外野からレフトセンターから、ホーム、ライト線に打つようにした。ホーム、ライト線の向こうは、国有林の山になっていて、山に放り込んでもボールは山を転げ落ちてくるし、車に当てる心配もない。さて、ロングティー潤は4本しかフェンス越えがなかった。やっぱり、病み上がりかな。潤が言うには、いつもトスを上げてくれる仲の良い友人が休みで、他の5年生がトスを上げていて、上手く意気が合わなかったと言い訳した。まあ、この件については、否定できないが、それなりにやりようがあるのも事実。もうちょっと、成長しろよ、上級生なんだからってところかな。病み上がりで体力的にきつかったろうし、まあ何とか一日が終わった。潤が腹ペコで寿司が食いたいというので、祭寿司で夕食。上はまちと、うにばかり食べていた。最後はメロンでおしまい。食欲が出てよかった合格です。
2003年01月12日 21時08分39秒

  • 2003年1月10日
    やっと風邪から復活。早めに元気に学校へ行った。私も元気にチャリで出勤。風邪はやっぱり寝て治すに限るな。会社から家に帰ると、朝練しなかった分、素振りをしていたと言う。本調子ではないだろうけど、バッティングセンターに連れ出した。ホンの3枚の予定。が、本音は早く復活して、ガンガン打つところを見たいし、期待した。3枚のコインを打ち終えたところで、同じ小学校の軟式の5年生がやってきた。そうと分かると2枚追加で頑張った。火曜日からまともな飯を食わせていないので、今晩は焼肉フルコース。サラダとスープと突き出しが出てきて、その後カルビ、ロース、タン塩、みの等、自分で焼いてご飯はお変わり自由、最後にデザートで腹満腹である。これで一人二千円。潤は小学生ということで、お菓子のお土産つき。気分よくって帰りに本屋で本を買って帰った。明日があるので、早めに就寝。私は、潤が良くなったのでほっとして本が読める、暫く読書。
2003年01月11日 22時46分49秒

  • 202年1月9日
    今朝も熱がある潤は、私が起こしても、うん、うん言うだけで一向に起きない。いつも朝飯は一緒に食べなくちゃと思っているが、無理想なので寝かしたまま出勤した。会社で、やっぱり潤の事が心配になり、そして、私も歩くたびに、頭がズキンと響く、喉の奥の方も違和感がある。帰っちゃえ!と勝手に仕事をエスケープした。来期、仕事あるかな、こんなんで・・ちと心配。セブンで潤の好きそうな野菜サラダとアンニン豆腐とヨーグルト、そしてホットレモンを買って帰った。午後2時であるが、潤は、朝飯も昼飯も食べていなかった。気持ち悪くて食えないという。ホットレモンだけは、飲みたいといったのでそれだけ口にした。私が潤の事で気をもんでいると今度はこっちが頭が痛い。そして寒い。あっりゃーうつった。こうなったら寝るしかない。潤のケツを叩いて2人で仲良くおやすみした。目が覚めたら、午後8時。頭痛で目が覚めた。見ると、潤がベットの上にちょこんと座っていて、「お腹空いた」と。こりゃチャンス、今食わせなきゃ。頭ズキズキして吐き気をもよおしていたが、野菜炒めが食べたいというので、適当に作った。味見をしたが、全然味が解らない。まぁーいいや。どうせ、ヤツも味が解らんだろうし。ご飯は一度も口につけず、野菜炒めだけ、食いやがった。新キャベツを半分入れてあとピーマン、豚肉、玉ねぎ、ニンジン等、炒めたらちっちゃくなるので、全部食えるかな?と思ったが、半分食って、もう要らない。再びホットレモンを作って、飲ませた。「お前、パジャマ、めくってみろ。」潤が腹をめくり上げた。がりがりの貧弱な体つきに少々気落ちした。火曜日の朝練以来ストレッチも何もやっていない。「父さん、飯やっぱ食えんけー、後でプロテイン飲む。」このところ、プロテインのお世話になっていなかったが、しょうがない、奥の手である。以前、US、ダイマタイズ社のプロテインとクレアチンを使用した事がある。あれ、効果てきめん、体重増加し、パワーも出る。マイナー時130cm少々でホームラン打ったのもプロテインとクレアチンを使用していた。でも、その反面悪い事もあった。筋肉質になり過ぎて、足が遅くなってしまった。トップスピードが出なくなってしまった。というか、ずんぐりむっくりになってしまって、機敏性に掛けるようになった。以前のすばしっこい潤とは別人になってしまった。このような事があり、あれは、失敗だったと、潤も私も思っている。だから、必要最低限しか、プロテインを使わない。以前はホエイプロテイン主体だったが、今は、カゼインプロテイン主体にしている。何はともあれ、食事が一番である事は間違いない。
2003年01月10日 15時34分12秒

  • 2003年1月8日
    夕べから熱があり、結局、冬休みの続きになってしまった。朝、学校の先生から電話があった。昨日一緒に遊んだ○○君に、託けて先生に連絡を入れる手はずだったが、○○君も風邪で休んでいるという。そんな訳で、結果的に無断欠席になってしまい、先生が心配して電話を入れてくれた。潤は、朝、おかゆが食べたいというので、おかゆを炊いて、正月の残りの餅1個を食べ易いように4つに切り、これまた、雑煮の残りの三つ葉を添えて、梅干し入れて出来上がり。何とか、全部食べてくれたので、一安心。会社に出かけた。仕事をしていると、潤から、メールが飛んできた。「父さん見てー、今度は鼻が・・・」と、自分の鼻垂れ写真を添付してきた。どうせ添付するなら、もっとマシなの添付しろよ、アホ。忙しかったが、適当に切り上げた。家では、相変わらず、赤ら顔の潤が居間で寝ていた。少し、涼しい風に当てた方が良いと思い、吉野屋に出かけ、夕食にした。当然、バッティング練習できる訳も無くバッティングセンターは素通りである。今は、シッカリ休まないと、週末のトレーニングがかなり厳しくなる。今日も氷枕のお世話になる。明日も駄目だろうなー、潤の身体、熱っている。
2003年01月09日 11時45分40秒

  • 2003年1月7日
    寒い朝である。日曜日降った雪が乾いている。公民館の前で朝練をした。何だか、潤は赤ら顔、熱っぽいな。まぁ、今日は始業式だけだから、少々良いや。納豆スパゲティーを食べて、元気に学校へ行った。仕事中に潤から電話が入った。「父さん、今○○君の家にいるんだけど、頭が痛くって、気持ち悪いから、家に帰って寝とく。」困ったもんだ。朝の赤ら顔は、やっぱり、風邪だった。家に帰って、レンジの中を見ると、昼飯が手を着けずにそのままになっていた。二階に上がると、潤は布団の中で寝ていた。夕食も気持ち悪くって食べれないと。なにか口に入れなきゃと思って、ホットドリンクを作って飲ませた。居間のソファーで毛布を掛けて潤が横になると、メイがその上に横になり、潤をぺろぺろ舐める。私が帰宅して安心したのか、相変わらず赤ら顔だったが、少し熱が下がって、おしんこが食べたいと言い出した。おしんこなんて、うちには無い。酒ショップ(近所の酒屋)に行って、白菜のおしんこを買った。潤の言う所のおしんこは、吉野屋のおしんこの事だった。それを私は、吉野屋風に平たいお皿に盛ってテーブルに置いた。潤はさいしょ元気無く箸で突ついていたが、「これだよ食べたかったのは。」等と言い、徐々にいつもの明るさに戻りつつあった。昼、手を着けていなかったセブンイレブンで購入したアップルパイのりんごの部分だけをきれいにくりぬいて食べた。端のパンの部分は、私とメイで残飯整理。私は、リトルリーグで使用しているアイスパックをタオルに包み再び寝室に上がった潤の枕にした。床に着くと最近読書する事が多い私。いつもなら、その横で、何かしら読んでいる潤だが、今日は直ぐに目を閉じて、「氷枕、気持ちいい」と言って直ぐに寝息を発てていた。明日、無理だろうな、学校は・・
2003年01月08日 11時24分55秒

  • 2003年1月6日
    今日が潤の冬休み最後の日です。私は今日が仕事始め。潤を私に合わせて、早く起こした。冬休み中は、ずーっと昼頃起きていた。朝は2人そろって食事しなくっちゃ。納豆ご飯と卵焼き。そして私は、会社に出かけた。ついに、今年は、潤にお年玉をやらなかった。暮れに、リトルの知り合いから、五千円貰っただけ。我が家は、親戚やジジババがいないので正月は、ちょっと可哀相だな。塾の友人の話しでは、5万円くらい貰っている子がいるという。少なくても2万円だと。そして、うちは、厳密に言ったらお年玉は0円。潤は、お年玉の袋を一つも持っていない。これには、ちょっとした理由がある。お年玉要らないから、携帯電話が欲しいのだと。携帯電話があれば、どこにいても、連絡がとれるからである。以前は、なるべく会社には、電話でなく、メールにしろと言っておいたが、いつも電話を掛けてくる。PCのメールは、面倒くさいのだという。私的には、携帯電話のメールの方が面倒だが、ジェネレーションの違いかな。携帯を持たすようになってからは、電話が減り断然メールが増えた。私も、会社や出先で、潤に用事がある時、潤が遊んでいても、バスに乗っていても直ぐに潤と話しが出来たり、メールを送れるので、大変便利である。使用方法を間違わない限り、何て便利なものだろうと思う。「バスに乗ってバッティングセンターに行って練習した」とメールが私のPCに飛んできた。練習を終えて、また一言飛んできた。「今日は、良く打てた。」等など。昨日の雪で、今晩も車を出すのが不安だったために、一人で練習に行けと伝えていた。身長も伸びてきて、一人で行動する機会が多くなり、一歩づつ、大人に近づいて行くのかなー。それでも、TVを見ては、幼稚なアクションキャラクターの真似をして、騒いでいる。これに、もう少し経てば好きな子ができたり、益々不安定になって行く。勉強、スポーツ、異性、親離れ、自己主張等など、ここらを寛容に柔軟に対応しないといけないな。こんな事、私にできるだろうか。
2003年01月07日 13時16分37秒

  • 2003年1月5日
    リトル最後の年の初っ端は、大雪だった。昨日から今日のために準備万端だったが、車が出せない。本日、欠席の電話連絡を入れた。一昨年もやはり大雪で欠席していた。休むのはこの時だけである。それにしても、悔しいがどうしようにもない。諦めて、家の前の道路の雪かきをした。11時頃になり、漸くバスで下界に下りる事ができた。潤と2人で五日市のサンリブのゲームセンターで遊んだ。そして、歩いてバッティングセンターに行き、練習。ちょっと、この冬休み中、打撃が雑になってきていた。舐め腐っているのかなー。私には良く理解できない。140kmのケージから潤を連れ出し、90kmで打たせてみた。潤は、「トスバッティングみたい。」と言いながら、左、中央、右にと打ち分けていた。以前は、遅いと待ちきれず、前に行ってしまうことが度々あった。私は安心して、ゴム製の妨球版の前に仁王立ちに立った。潤が外せば当然私に球が当る。潤はスタンスをやや小幅に修正していた。軸を安定して、腰骨を水平に素早く回転させるのには、以前のような、スタンスより、この方が良い。子供の感覚って凄いなと改めて思い知らされた。無意識で行っているのである。最近、メジャーリーガーの歩幅スタンスと日本人のスタンスに注目していた。潤は、正月番組に登場する、メジャーリーガーのそれを無意識のうちに真似していたのだと思う。そうであれば、あまり、こちらがごちゃごちゃ言わん方がよい。90kmのケージが面白いのだろう。やめようと言わない。以前は、馬鹿にしていた。小雪の舞う中、唄を歌いながら、時々空から降ってくる雪をパクりと食いながら、行なっていた。一先ず休憩しに、近くの美鈴ガーデンボウリング場に行った。4ゲームを行った。そして、また、バッティングセンターに戻って練習。潤は「今度は、父さん、ケージに入らんで、後ろで見といて。」ときた。さっきの90kmが、あまりに上手く行ったので自信を戻したのであろう。小雪が視界の邪魔になりながらも、良い当たりを放った。というか、今度は、フォームに無駄が無くなっていた。ガチャガチャした無駄な動きがない。こうすれば、当たりも良くなるはずである。直ぐに調子に乗る潤は、奇声を発しながら、私にコインを次から次えと入れるように指示する。全く、いつまで経ってもガキンチョである。まあ良いか、しかめっ面しながら行うよりは、上達するだろう。練習を終えて、打って変わっておすまし顔でケージを出て、おじさんに丁寧に挨拶した。こいつ、やっぱ、病気かも、何を考えているのか良く分からん、ついていけない。潤がジャンケンで負けたら背負うのをやろうというので、負けたら50歩、背負って歩くのをやった。バス停までの道のり、歩道は雪が積もっていたり、所々凍結している。雪が降っていて、通る車は、チェーンを着けて走っている。脇でじゃれながら、邪魔臭い親子とドライバーには写った事であろう。今日は、何だか楽しくて、そんな事お構いなし。バス停に着くと、バスが既に行ってしまっている時刻だった。「なんだ、行っちゃった。次のバス停まで、歩こう。」と私が潤に言うと、潤は、そばの見知らぬおばさんに「あのう、すみません。彩が丘行のバスは、もう行きましたか?」と物怖じせず聞く。「まだ、バス来てないですよ。」とおばさん。私の早合点でバスに乗り過ごす所だった。雪の向うにバスのライトが見えてきた。いつの間にか、私より、シッカリしているのかも知れない。
2003年01月06日 13時46分22秒

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