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桐島絢子WebSite>エッセイ・評論篇>若山牧水 若山牧水1〜53(2007/03/09〜2007/07/03) 若山牧水1 君睡れば灯の照るかぎりしづやかに夜は匂ふなりたちばなの花 『海の声』(明治41年刊) 「君」が眠ることの周辺のささやかな出来事である。 「灯の照るかぎり」とあるように、夜の部屋のともしびの光が届く辺りだけに限定された世界のことであるのに、その限定ゆえに、逆にくらくらするほどの夜の濃密な「匂ひ」を、読者は全身で感じてしまう。 それは、古語における「匂ふ」に近く、夜そのものが、たちばなの花を通してつややかに、五感の区別を超えて立ち昇るのであろう。 歌に詠み込まれた素材同士のなめらかな緊密さと、そこから醸し出される世界の艶をしみじみと味わいたい。 短歌という形式に対して素直であることが、きわめて自然に可能であった牧水。 それは、歌人として最上の美質を備えていたということである。
春の夜の匂へる闇のをちこちによこたはるなり木の芽ふく山 『海の声』(明治41年刊) 作者の位置は、世界を俯瞰する場所ではなく、春の夜の闇の中心とも云うべきところ。 そこから世界を「見る」のではなく、皮膚に沁みてくる世界を感じ取っている。世界もまた、作者の中から沁み出すものを受け容れて闇が「匂ふ」。 木の芽ふく山が「をちこち」によこたわっていると感受するのも、視覚的な把握ではなく、五感のいずれによるとも峻別できない、すべての感覚が溶け合っての触知。 短歌を読むという行為が、作者と同じ感覚のざわめきに素直に充たされて幸福であることは、私の場合、そう多くはない。 牧水は、そのような幸福感を与えてくれる数少ない歌人のひとりである。 若山牧水3 うらこひしさやかに戀とならぬまに別れて遠きさまざまの人 『海の声』(明治41年刊) 正岡子規の短歌が一輪の花に天地を見るものであり、与謝野晶子の短歌がぜいたくな種々の花、ことに両極端の種類を活けて巧みな花かごのようなものだとするなら、牧水のそれは、花を活けているのかその周りの空気を活けているのか、一輪だったかそうでなかったか、何の花であったかどのような色と形であったか、目をそらせばすぐに忘れてしまいそうなのに、たまらなくなつかしい何かである。 一輪の花が活けられているとしても、その花の背後に、そこはかとなくその花をその花たらしめているものたちの気配がまとわりついている、とでも云おうか。 目の前に現在の恋人がいるとしても、その人をその人たらしめているものは、あるいはこの歌のような、はっきりと恋とはならぬうちに別れて遠いさまざまの人たちではないだろうか。誰かをなつかしさとともに愛おしいと思うのは、その人の輪郭をよい意味であいまいにしているこのような空気のせいではないだろうか。 ほのかな喪失が、虚無でも非在でもなく、しっとりしたあたたかみをもって存在を支えるかたちがみずみずしい。
われひとり暮れのこりつつ夕やみのあめつちにゐて君をしぞおもふ 『独り歌へる』(明治43年) 自分ひとりだけが暮れのこる。「あめつち」は夕やみであるのに、自分だけはとりのこされて暮れることなく君を思う。 君に心がとらわれて世界と自分とが同じ「暮れる」という状態になってゆかない疎隔を歌っているのに、そしてその疎隔はたしかに近代の抒情であるのに、ここにはひりついた孤絶感はない。 世界と自分との疎隔をもさらに包み込むものが、牧水の歌には霧のように沁みわたっていて、不幸や孤独にもやさしい湿度を与えている。 短歌という〈型〉に対して畏れを抱きつつも素直な者にのみ与えられる、それは恩寵のようなうるおいとでも云おうか。
命より摘みいだすべき一すぢのさびしさもなしかなしさも無し 『路上』(明治44年刊) もう抒情も涸れ果てた、という思いですら、叙情的に歌うことができる。 涸れても乾き果てても、まだ歌うことができる。 世界の底に横たわる自分の命の中から、一すじ、さびしさやかなしさを摘み出そうとする。そのようにして歌を詠んでいたけれども、今はそれらの一すじすら見出せない。 では虚無かというと、そのような自分を溶かして放つ霧のような世界への〈信〉がしぶとく歌に底流している。 その人の作る短歌が壊れていないということは、その人にとって世界が壊れていないということだ。 その人の人生上の痛手よりも、短歌を壊すものは、むしろ世界を侵蝕する散文性である。
あかつきの寝覚の床をひたしたるさびしさのそこに眼をひらくなり 『路上』(明治44年刊) 歌集『路上』に収められた歌の頃から、牧水の目の位置は、歌の中の主体から離れはじめる。 それまでは世界の中から歌っていたのが、世界を歌うようになり、世界の中の自分を眺めるような歌い方に変わっていく。 この歌からも、あかつきの寝覚の床に横たわる自分の姿を、離れた場所から眺め下ろしているような目線を感じる。 さびしさの底に眼をひらく自分の姿を見つめるもうひとりの自分。 この距離感が、歌に透明なかなしみを与えてもいるが、〈距離〉の意識なく世界と感応していたみずみずしさが喪われたことに、読み手として胸が痛む。
わがいのち闇のそこひに濡れ濡れて螢のごとく匂ふかなしさ 『路上』(明治44年刊) 世界の中の自分を客体視して歌うようになるということは、自身の身体に対して不幸な関わり方を始めるということだ。 この歌における牧水は、自分が螢のように匂いたち世界に溶け合う感触を、ひろやかに解き放って歌ってはいない。 自身から離れた場所で、自分のいのちが闇の底でじっとりと濡れて螢のようにおぼつかなくも妖しい光を放つ様を、かなしみを込めて凝視している。 自分の眼の位置が自分の身体から離れるということに、自意識と内省とを持たぬ限り、この不幸はより大きくなるばかりだ。
雪ふれり暗きこころの片かはにほのあかりさしものうきゆふべ 『路上』(明治44年) ほの暗いものとほの明るいものとのあわいでものうくたゆたっているけれども、牧水にはそのような歌においても饐えた退廃的な匂いはない。 己れを離れた場所から見すえるようなまなざしになっても、かなしみ、さびしさ、あわれさを素直に歌う。「どうせ」といった居直りの場所から世界を見切るようなひねこび方はしない。 また、「こころ」や「いのち」や「たましひ」にも、繊細でやわらかで自然な形を与えて照れるところがない。 この歌でも、「こころ」にあまり具体的な形や比喩を与えるのではなく、ほのあかりのさす「片かは」の存在のみを示すにとどめることで、雪と「こころ」とのあいだにゆきかう湿度がよく伝わる。
わだつみの底にあを石ゆるるよりさびしからずやわれの寝覚は 『路上』(明治44年刊) 牧水に寝覚の歌は多い。 与謝野晶子ならば、右手に太陽、左手に月を握り締めて放さぬ、といったダイナミズムが寝覚にもこもるところで、それが魅力でもあるが、牧水の場合、ほの暗さとほの明るさが同居した闇にたゆたい、明晰な輪郭を嫌うところが私には好もしい。 ぎらついたもの、てらてら明るいものに傷ついた人の、けだるくはないがまっとうな湿度のある抒情が美しい。 「わだつみの底」の「あを石」の揺れと比べられることで、寝覚のさびしさが、極まりながらも酷薄にならずに美しく掬い上げられてカタルシスがある。
晝の海にうかべる月をかきくだき真青き鰭となりて沈まむ 『死か芸術か』(大正元年) ぎらついた光の届かぬ海の底の闇でまどろんでいたいのに、この現世になおも自分の体を繋ぎ止めている、昼の海に浮かぶ月のような明るみへの苛立ち。その明るみがあればこそ、生き得ているのだが、いっそかき砕いて海の底へ沈んでしまいたいともおもう。それも真青き魚ではなく、鰭として。もはや魚のように悠々と海を泳ぎまわるのではなく、全体性を欠落させた「鰭」として。しかも魚の属性である「泳ぐ」行為に欠くべからざる「鰭」として。 たとえば晶子の歌で「黒髪」が象徴的である場合とは対照的なかたちで、「鰭」が高度に不幸な象徴性を獲得している。 女の一部でしかないものを挙げることで、全体を凌駕する存在感を示す「黒髪」。 魚の一部でしかないものへの志向を打ち出すことで、欠落の大きさを過剰に表現する「鰭」。 人間としてのまっとうさからはぐれ、歌人の属性である「歌う」行為のみのものに成り果てて、光の届かぬ海底へと沈みたいという過剰なおもいが、意図せずして、牧水にしては幻想味の強いこのような歌を生ましめたのかと思う。
朝づく日うるほひ照れる木がくれに水漬けるごとき山ざくら花 『山桜の歌』(大正12年) 山ざくらの歌をたくさん歌った牧水。彼の抱える闇と、山ざくらの発する光とは、折り合いが良かったのだろう。 それらの歌は、はかなさの美でもなく、溢れる生命力でもなく、冷たい水の性(さが)をもちながらも牧水の闇への志向と混じり合うとき自然な希望をもたらすような光を歌っている。 この歌は特に、山ざくらをはらんだ世界が、水の相として牧水の目に沁みわたる瞬間をとらえてしずしずと美しい。
海明り天にえ行かず陸に来ず闇のそこひに青うふるへり 『海の声』(明治41年刊) 人口に膾炙した「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」にも似て、天(そら)にも陸(くが)にも属することの出来ない魂のありかを海明りに託し、闇の底に青くふるえる姿として吐露している。 与謝野晶子は、この天地をすべて我が物とするかのようなロマンティシズムを堂々と歌い上げたけれども、明治十年代後半生まれの歌人となると、斎藤茂吉には歪みが、北原白秋には欠落が、石川啄木にはひび割れが、牧水には哀しみがつきまとっている。 初期の歌のみずみずしさの中にも牧水のこの哀しみは既に流れていて、まるで未生以前に刻印された哀しみであるかのような感触を呼び起こす。
とこしへに解けぬひとつの不可思議の生きてうごくと自らをおもふ 『独り歌へる』(明治43年刊) 自らのことを永遠に解けないひとつの不可思議が生きてうごいているのだと思う。 この思いと表現とは切り離せない。 短歌であろうと他の表現形式であろうと、わかりきった自らを表白するだけでは、表現から力が失われる。 表現された己れの作品を前にして、他者の作品に触れるような鮮度を感じつつ、しかも限りなくなつかしい感触をも得られるとき、その作品の普遍性を確信する。 人や風景との出会いにおいても、自分の作品との出会いにおいても、そのような不可思議となつかしさとが取り戻されなければならない。
黒髪のそのひとすぢのこひしさの胸にながれて尽きむともせず 『独り歌へる』(明治43年刊) もし「ひとすぢの黒髪のそのこひしさの」であれば、相手の女性の黒髪の中の一本への過剰なフェティシズム漂う歌となるところ。 この歌では、「黒髪」はむしろ「ひとすぢ」を引き出す枕詞のように、輪郭のややあいまいなヴィジョンを提供するだけである。その古典和歌的な修辞が、歌全体をまろやかにして、個別の女性への思いを、象徴性のある相聞歌へとなだらかに飛翔させている。 短歌という器に身をなじませながら、個の思いを象徴性へと飛翔させる牧水の息づかいには、他の歌人には見られない自然さがある。 近代短歌史の中のきわめて貴重な自然さであると思う。
地のそこに消えゆくとおもひ中ぞらにまよふともきこゆ長夜こほろぎ 『独り歌へる』(明治43年刊) 与謝野晶子が「AもBも」と歌うときには、AとBは両極にあるもので、そのいずれをも手中にしているといった世界観がゆるぎないのだが、牧水の歌では、このようにAとBが歌われるとき、「地のそこ」と「中ぞら」は親和性が強く、結局ひとつの場所であるとも云える。 魂は地の底の深い闇の中にいて、その身は魂の発する闇の匂いをひきずりながら、この世において天にも地にも属することができずに中ぞらをさまよう。それでもかろうじて生活に身を繋ぎとめられているのは中ぞらにおればこそ。 魂とその身とがきれいに分離し切らずに、中ぞらに居場所を見出しているとき、牧水の短歌は壊れることなく世界の闇の気配をよく伝えてくれる。
朝地震す空はかすかに嵐して一山白き山ざくらかな 『海の声』(明治41年刊) 朝地震(なゐ)と、空のかすかな嵐と、一山埋め尽くすほどの山ざくら。その連結は、読む者の一抹の不安をかきたてるけれども、作者にとっては、断絶感のあるものを並べて詩的跳躍を狙ったわけではなく、深々と連続感のあるものを連続の相において歌っているとおもわれる。 朝地震と空のかすかな嵐によって喚起される不安のせいで、「一山白き山ざくら」の生命力も、もしやこの世をすみずみまで浄化し尽くさんとするエネルギーかとも思われて、不穏なものが漂う。 リリシズム溢れる歌の背後から、ふとさりげなくこのような不穏さが匂うのも、牧水の魅力のひとつである。
秋の海かすかにひびく君もわれも無き世に似たる狭霧白き日 『海の声』(明治41年刊) 「君もわれも無き世」のイメージを歌っているのだが、秋の海のかすかなひびきとたちこめる白い霧の世界は、君とわれだけのいる風景として立ち上がってくる。 「ひとりきり」よりも「二人きり」の世界の方が、誰もいない世界の風景と近しい。 「ひとり」というのは、意外ににぎやかなものだ。 そんなにぎやかさを知っている「ひとり」と「ひとり」もにぎやかなものだ。 「二人きり」のさみしさというのは、むしろ極限的なものがある。 その不安が、牧水の中に秋の海の声としてひびいている。
月光の青のうしほのなかに浮きいや遠ざかり白鷺の啼く 『海の声』(明治41年刊) AでもBでもない状態に耐えられなくて、人はAかBかにころびやすいもの。 牧水は、AがそのままBでもあるように世界を見る。 青い潮が満ちたような月の光の中の、白鷺の声。その声を月光の中に浮いていると捉えるのか、遠ざかるのだととらえるのか。 この歌では、二者択一ではなく、浮遊感と流れるように遠ざかる感覚とが共在して伝わってくる。 遠ざかっても消えてしまわない。そこに浮いていても常に遠ざかりつつある。 このような輪郭のあいまいな存在のかたちに、牧水は身体をよく開き、よく耐えていた。
落初めの桐のひと葉のあをあをとひろきがうへを夕風のゆく 『独り歌へる』(明治43年刊) 桐の葉は、葉としてはとても大きいけれど、夕風が吹き渡るにはせまいのでは、と思う。 ところがこの歌、てのひらほどの葉の上を夕風がゆくことで、世界のやさしい寂寥感を広々と表現し得ている。 このような〈限定〉による逆説的な無辺の感覚の表現に、牧水はいやみのない技量を発揮した。 そのまなざしは、眼前の風景を読む者に正確に伝えようという構えからは遠い。 夕風が桐の葉の上を過ぎる瞬間の両者の、たとえるならば肌の触れ合う感触を、己れの肌の上に感じている牧水がいる。
よるべなき生命生命のさびしさの満てる世界にわれも生くなり 『独り歌へる』(明治43年刊) 生命(いのち)とかさびしさとか生きるとか、あるいは魂とかかなしみとかこころとか、こういった言葉が素直にかつ自然に読み手の心に沁みるように歌えるのは、近代短歌史において、牧水くらいのものである。 自然主義の影響を受けても、牧水の歌からこういう素直なうるおいが消えることはなく、孤独やかなしみを歌っても、酷薄に凄んでみせるようなところがなかった。 「よるべなき生命生命(いのちいのち)」という繰り返しに、自身と同じさびしさをもつ、この世界の一つひとつのいのちへの、自然ないとおしみの感覚が滲んでいてやさしい。 牧水のさびしさにはいつもやさしさが伴っていて、究極の孤独のかたちにしなやかさと湿度がそなわって、ぽきりと折れたりひび割れたりただれたりしない。 それは近代においてほんとうに稀有なことだ。
放たれし悲哀のごとく野に走り林にはしる七月のかぜ 『独り歌へる』(明治43年刊) 「野を走り」「林をはしる」ならば、悲哀が獣にたとえられた、その獣の目線に作者の目線が一体感をもって重なり、猛々しさの際立つ歌となろう。 野を走りぬけたと思えば、林を、行き当たりばったりにその獣は突っ切ってゆく。 「野に走り林にはしる」では、作者はやや俯瞰気味である。放たれた悲哀の走る様を、野も林も視野に収めた上で詠んでいるところに、さらなる悲哀がこもる。 悲哀は一時に、野にも林にも鋭く走る。 「を」か「に」か、などと牧水は悩んだり推敲したりもしなかったろう。 自身が歌うのではなく、己れ自身を歌うという不幸な距離感に追いやられたことで、自然にその距離感にふさわしい助詞が口をついて出たのであったろう。 短歌において、自身との、あるいは世界との距離感というものは、最も偽ることが出来ないものなのだ。
吾木香すすきかるかや秋くさのさびしききはみ君におくらむ 『別離』(明治43年刊) きわめて個人的な出来事である恋愛の歌が普遍性をもつときの妙味というものを、牧水の歌はいつもよくおしえてくれる。 彼の場合、個人のかなしみやよろこびに普遍性を与えようと意図して歌っていたというより、彼の思いそのものが、つねに普遍的なかたちでこの世界のありようと分かち難く存在していたのだと感じられる。 ほそほそとした秋くさのあわいの空気とともに、牧水のさびしさの震える感触があって、その分かち難さの表現が、自然と抽象度を帯びた相聞歌となって流れ出ている様を、しみじみ味わってみたい。
父母よ神にも似たるこしかたに思ひ出ありや山ざくら花 『海の声』(明治41年刊) 両親のそもそもの出会いに、神にも似た絶対感のあったことを、牧水の好きな山ざくらの花に託して詠んでいる。 牧水の歌にはすべて、牧水と風景とのかかわりの絶対感が流れている。 この歌においても、両親の出会いのことが詠まれているが、そのような両親の間に生まれた自身の存在と世界との絶対的な絆の強さと透明感が主題であると云ってもいい。 人や風景と〈絶対感〉のある出会い方をするのが、私たちはおそろしく困難になってしまったけれども、そしてさまざまな〈相対感〉に伴ううつろさが私たちを苦しめているけれども、表現とは、自分自身との絶対感のある出会いのことだから、ものをつくる人間は、この絶対感の追求から決して逃げるわけにはいかない。 どんなことがあっても。
おもひやるかのうす青き峡のおくにわれのうまれし朝のさびしさ 『路上』(明治44年刊) 私たちの生老病死には、もはやこのような〈詩〉が伴わなくなってしまって、仮に家族の祝福を浴びて生まれた子どもでも、どこか戦後臭いディズニーのような匂いがお産というイベントにつきまとうようで、とても私はかなしい。 たとえしんしんとさびしくとも、透明なうす青い〈詩〉とともに自身の出生の朝をイメージできることは、私には一つの幸福のかたちにおもわれる。
渓あひの路はほそぼそ白樺の白き木立にきはまりにけり 『路上』(明治44年刊) 絵画的なようでいて、北原白秋などにくらべると、ずっと音楽性の方が強い。 一首を一枚の映像として鮮烈に印象づけてしまうのではなく、時間の流れを読み手に追体験させるときの、牧水の自然な旋律の抑揚のなつかしさ。 牧水の歌には、いつも遠くへことばを届けようという息づかいが感じられる。 対象へ、あるいは対象の向こうへ、あるいは遠い誰かへ、あるいはまだ見ぬどこかへ。 短歌では、映像までの距離、あるいは映像の彼方までの距離、あるいは映像を届けたい人や場所までの距離、あるいは映像を紡ぐまでの時間、あるいは映像にならぬものへのもどかしさ、といった要素が俳句よりもずっと重要であるとおもう。 これらの要素が歌人の身体を借りてもの云うときの音楽性の豊かさを私は愛する。
火の山のけむりのすゑにわがこころほのかに青き花とひらくも 『路上』(明治44年刊) この歌を読む者は、牧水が、自身の思いを十全に云い尽しているという感触を得る。 少しも削り落とされたところのない、掬いうるかぎりの思いを掬いとった歌、という感触。 だが、そこにはさりげない「抽象」が隠されていて、個的なものを類的に解き放つときのみごとな勇断がひそんでいるとおもわれる。 「けむりのすゑ」、「こころ」といったことばの、大胆で無駄のない抽象度。花の名を挙げることなく、ほのかな青さで抒情と叙景を融合する手腕。 自覚的に駆使した技術ではないかもしれないが、それだけに素直に読み手の胸をうつ。
さびしさのとけてながれてさかづきの酒となるころふりいでし雪 『路上』(明治44年刊) ひらがなを多用して、読めば目にもやわらかく、朗読すれば「さ行」「た行」の韻が織り成すまさにとけてながれるようなリズムの果てに「雪」に収斂する呼吸が、読み手の思いにもとけてながれ込むようで、人のつくった歌なのか、自分のつくった歌なのか、口にのぼせるほどにわからなくなるような味わいがある。 人とつながることに不器用であった人の、酒や雪とは素直につながるさびしさの、なんと読む者のさびしさとも素直につながることか。
かれ草のなかに散りたる楢の葉をひろはむとして手のさびしけれ 『路上』(明治44年刊) 前田夕暮は牧水の歌に好意的であったようだが、「近代的でない」と評したらしい。 たとえばこの歌において、「近代的でない」とはどういうことであろうか。 それは、かれ草のなかの楢の葉と、それを拾おうとする作者の手と、作者のこころとが、すべて分かち難くさびしくて、いずれのさびしさであるとも云えないようなありかたが歌われている、ということであろうか。 だが、この歌の、読む者の手もかさかさとさびしさに疼くような身体感覚は、やはり前近代的なものが喪われて疼いている傷の感触であって、それをあえて「近代的でない」表現方法に託さざるを得なかったところに、牧水の独自性と、近代性もまたあったとおもう。 少なくとも、威勢よくモダンなことが出来た正岡子規や与謝野晶子よりも、魂はずっと〈近代〉に苦しんでいたことだけはたしかである。
手を切れ、双脚を切れ、野のつちに投げ棄てておけ、秋と親しまむ 『死か芸術か』(大正元年刊) 明治四十四、五年ころ、牧水に破調の歌が一時的に増えた。その頃の作。 破調であるということは、短歌という器に身体がなじまぬということであり、世界に身体がなじまぬということでもある。 そのなじまぬ身体、ことに手や脚が世界と異様になじまぬことへのいらだちが、そのまま短歌になじまぬリズムで歌われる。 秋と親しむために、たましいだけになり得るものなら。 その身とたましいと世界との分かち難さの中で生きて歌った歌人の、これは切り離しがたい身体への逆説的ないとおしみの表現であるかもしれない。
しのびかに遊女が飼へるすず虫を殺してひとりかへる朝明け 『死か芸術か』(大正元年刊) ひび割れたサディスティックな行為をしても、「朝明け」に収斂することで歌の透明感は保たれている。 牧水にとっての自然は、どれほどのこころの痛みを負っても、最終的に受け容れてくれる母胎のようなものだったから、この歌の行為でさえも、「朝明け」の情緒を痛めつけることはできない。むしろ、サディズムの背後にあるこころの痛みのうす青い透明感と通底して静謐でさえある。 それでも、牧水としては過剰なかたちでその身と世界とのきしみが表われていて、痛ましい。
わが薄き呼吸も負債におもはれて朝は悲しやダーリアの花 『死か芸術か』(大正元年刊) 呼吸(いき)の薄さが負債(おいめ)におもわれる朝の悲しさ。 ダーリアの花に象徴されるものに傷ついているこころのありようが、現在の私たちにも通じる身体感覚で歌われていて、古びた感じを与えない。 ダーリアのきわめて洋風の存在の濃さ、暑苦しさが、初めて近代によって傷を負った当時の歌人たちにとって、絶好の象徴性を帯びた素材と思われたのか、白秋にも紅いダリヤの歌がある。 牧水や白秋や啄木から私たちまで地つづきのこの呼吸の薄さについて、自他の表現を味わうときに考えないことがない。 濃い表現においても、薄い表現においても、この呼吸の薄さをどう繰り込むかが、表現のリアリティーの質にかかわるとおもうから。
母が飼ふ秋蚕の匂ひたちまよふ家の片すみに置きぬ机を 『みなかみ』(大正2年刊) 故郷において憩うことのできないこころの微妙なニュアンスが、秋蚕(あきご)の匂いへの異和感となって表われている。 斎藤茂吉にも蚕の部屋に螢を放つ歌があるが、この頃の文学青年たちにとって、蚕に象徴される家の空気感が、どんよりとした桎梏として作用していた様がうかがわれる。 彼らの親の世代が、近代をどのように受容して、どのようにその子らに傷を刻印したのか。 茂吉や白秋や啄木や牧水の親の世代に共通する匂いを感じるとき、なにか大きな時代のレールのかけ違いがあったとおもわれてならない。
二階の時計したの時計がたがへゆく針の歩みを合はせむと父 『みなかみ』(大正2年刊) ずれた時計の歩みを合わせることで、息子との合わせようのないこころのずれを修復しようとする父の姿のいたましさ。 近代というものを無邪気に受容してしまった世代と、近代によって痛めつけられたその子ども達の世代。 明治において起こったこころのずれが今も生々しいのは、戦後を無邪気に受容してしまった世代と、戦後によって痛めつけられた世代とのあいだに、同じドラマが繰り返されているからだろう。
鶏ぬすむ猫殺さむと深夜の家に父と母とが盛れる毒薬 『みなかみ』(大正2年刊) 啄木の歌を想起させる。 ふるさとの、父と母の家の、このようなひび割れのかたちに対するざらついた異和感。 親やふるさとのあり方の中に、自分を息苦しくさせる肉食的なものの不健康さを感じ取ることにおいて、牧水や啄木や白秋は鋭敏であったとおもう。 情愛の深い親であり、なつかしいふるさとの自然や風景でありながら、すこやかな母胎のようではなくて、よどんでひび割れた桎梏でしかなかったことによる歌人たちの痛みを、私たちもまた、自分のことのように共感することができる。
ダリアよ灯消さば汝が色も濃きあぶらなし闇となるらむ 『秋風の歌』(大正3年刊) ダリアに対するおびえのよく表われた歌。 「濃きあぶら」がこの花の本質であると、牧水はとらえている。その本質が闇の中ではきっとあらわになるにちがいない。灯(ともしび)を消すならば、闇に変じてゆくその「あぶら」の本質がいよいよ自分に迫ってくるのではないか。 牧水の好む山ざくらや秋くさにくらべて、こってりと濃いダリアの存在感に、異和感をおぼえつつも、眼をそらすことができないでいる様が、まるで〈近代〉そのものに金縛りにあっているようで、いたましい。
わがこころ青みゆくかも夕山の木の間ひぐらし声絶たなくに 『砂丘』(大正4年刊) 初期の牧水の歌風から、音域の幅のようなものが失われているけれども、「こころ」を「青みゆく」ものとして表現する素直さや、自然とのなめらかな融合感、全体を浸す透明感は健在。 「自分が歌う」のでもなく、「自分を歌う」のでもなく、この歌集(『砂丘』大正四年刊)の頃から、「自然を歌う」「風景を歌う」というまなざしが強くなっているようだ。「自分」はその自然や風景の一部として極力思い入れをなくして、淡々と歌おう、という身構え。 「自分」に疲れたとき、誰もがとろうとする身構えでもあるだけに、真に深く透明にこころに沁みとおる、澄み切った叙景歌、自然詠とはどのようなものか、風景に限らず、存在の〈自然〉からおよそ遠く隔たってしまった私たちの場合、無内省であっては困難な課題である。
地とわれと離ればなれにある如き今朝のさびしさを何にたとへむ 『白梅集』(大正6年刊) 自分にとってもっとも身にこたえるさびしさが、この「地とわれと離ればなれ」のさびしさなのだということを、不意に自覚したという風情の歌。 私たちは、いつも(生まれたときから)このようなさびしさの中にあるせいか、そして、まわりのさびしさを見るにつけても、(自覚の有無にかかわらず)このさびしさをまぬがれている人がいないことをおもうにつけても、逆に、牧水のこのことさらな感慨を詠んだ歌が新鮮に感じられる。 恋愛におけるさびしさも、このさびしさのメタファーにすぎないのだという感覚が、牧水の歌にはあって、それが相聞歌にも自然詠にも生臭くない透明感を与えている。
さやさやにその音ながれつ窓ごしに見上ぐれば青葉滝とそよげり 『さびしき樹木』(大正7年刊) 風景が自分を通り抜けて歌となって流れ出るように、といった作歌姿勢が感じられる、『さびしき樹木』(大正七年刊)の中の歌。 主体としての作者のすがたというより、青葉の音(ね)のながれる感触と、滝のように青葉のそよぐ視覚的な感触とを連結するものとして、作者の「窓ごしに見上げる」という動作が淡く描かれている。 散文的な動作の描写でありながら、その存在感の淡さがやわらかで透明な神秘性を保っている。 端的に云うなら、短歌における文法はただひとつ、巫女のように詠むことだと私はおもっているけれども、牧水には、ほとんど牧水だけには、風景と読み手とをつなぐ神秘的なメディアとしての歌人の風貌があるとおもう。
何処とはさだかにわかねわがこころさびしき時に渓川の見ゆ 『さびしき樹木』(大正7年刊) 固有名詞や個人的な出来事を歌うのでなくても、濃いリアリティーを感じさせることはできる。 さびしさがどのような作者の体験や心のありように由来するのか、そんな時にこころに浮かぶ渓川がどこのどのような渓川なのか、さだかにわからないことこそがこの歌の主題であるとも云える。 仮に現実や体験を歌うとしても、牧水のこころのよく向かう場所、現実を超えていつも還ろうとする場所は、この歌に歌われているような、「何処とはさだかに」わからない場所であって、その場所の空気がどの歌にも流れているのだと感じる。 現実であるかどうかよりも、この空気の有無こそが、作品のリアリティーを保証するものだとおもう。
朝山の日を負ひたれば渓の音冴えこもりつつ霧たちわたる 『渓谷集』(大正7年刊) 初期の牧水の歌の、抒情と叙景とがダイナミックに融合した流動感には及ばないが、いかにも観察した、という嫌味な写生歌にはなっていない。 景観を過不足なく描写して密度の濃い自然詠ではあるが、情感が影のように寄り添って、わざとらしくない。 初期は己れを自然に解き放つ歌だったが、この頃は、自然の中に己れを消し去ろうとしているような歌。 〈己れを消す〉ことがよい表現であるためには、作者の内面がうつろで脆弱であってはならない。 そのような単純な逆説にさえも、近代短歌史は鈍感であったようにおもう。
山窪に酔ふばかりなる日の照りてひとりくるしき冬日向かな 『渓谷集』(大正7年刊) 世界から隔てられたエアポケットのような山の窪みにいて、冬ながら酔いそうなほどの日の光を浴びている作者の、苦しげに己れのさびしさと向き合っているすがたが浮かぶ。 冬らしく寒々しいのではなく、ひそやかな場所での意外な日の照りは、まわりの世界からの隔絶感を際立たせ、ふと己れの存在の真のありようがあぶり出された苦痛に立ちくらむようだ。 「冬日向」というのどかなことばの中に、生きている不安を映し出して繊細である。
木がくれにやがてなりゆく細渓のみなかみの山は秋霞せり 『渓谷集』(大正7年刊) この頃の牧水は渓に云いようもなく魅かれていたらしい。 細渓(ほそたに)のみなかみをながめやれば、すぐに流れは木の間にかくれて、その奥にある世界へのおもいを誘う。源はあのあたり、と視線を遠く投げれば秋霞の山。 風景のひとつひとつが、こころのくぼみのすべてを埋めていくときのなつかしさを、掬った水を手からこぼさぬように、でもその水を口にふくむときの鮮烈さが損なわれぬように、といった間合いで作歌されている。
とどろとどろ落ち来る滝をあふぎつつこころ寒けくなりにけるかな 『くろ土』(大正10年刊) 那智の滝を見て詠まれたもの。 なだらかな山や細い渓流が好きな牧水には、荒々しい紀州の深山の大いなる滝の姿は異国の風景のように思われたかもしれない。 正直な異和感の表現。 人間的で穏やかな、やさしさとさびしさの入り混じった風景への愛情が、牧水の歌の長所ではあるが、人間をはるかに凌駕するものへの感受性が弱く、極端な光にも極端な闇にもおびえるところがあったとおもう。 見ないようにしようとしても、日々浮上してくるそれらへの不安や恐れを、酒で紛らわしすぎたことが惜しまれる。
わがこころ澄みゆく時に詠む歌か詠みゆくほどに澄める心か 『くろ土』(大正10年刊) 生活の鬱屈や病や貧しさを詠んでも、それらを自身の純度の証のように衒うところがないので、牧水の歌はいつもやさしく澄んでいる。 濁っていたり、弱々しかったりすると、澄んだ歌、芯の強い歌は歌えないものだが、表現するほどに濁りが去り、芯が強まってゆくこともたしかである。 弱さも汚さもすべて吐き出せばいい、とだけ思っている表現は、その先に澄んだ場所も強靭な軸も生まれようがない。 牧水のこの歌の感慨は、彼が短歌という表現を生きる上での正しい伴侶としていたことを感じさせる。
春立つとけしきばみたる裸木の木の根をあらふ岩渓の水 『くろ土』(大正10年刊) 「けしきばみたる」が効果的。 自然の擬人化は、逆に自然を薄っぺらな存在にしてしまうこともあるが、ここでは「裸木の木の根」の形態が自然とエネルギッシュな人間のエロスを想起させるせいか、ほほえましいあたたかみを生み出している。 この頃は淡々とした自然詠が多い牧水だが、岩渓(いわたに)の水と、その水が洗う木の根の、素の生命力の躍動感にうたれた様が伝わってきて、自然に触れて体温が熱くなるこのような瞬間を、まだもち得ていたのだなとおもう。こちらの胸も少し熱くなる。
際やかに深き紅葉のひともとを目じるしとして森わけあそぶ 『くろ土』(大正10年刊) 森の中で迷わぬように、というささやかな心の動きが詠まれているだけだが、牧水が芸術至上主義的な居直りにも、酷薄で散文的な自然主義にも染まり切らなかった秘密が、さりげなく明かされているようで、心にかかる歌。 深い森の中でいっそ迷ってしまえ、という過剰な非日常志向にはしるのでもなく、日常をざらついた気持ちで地上すれすれにくぐり抜けていることを凄むのでもなく、牧水にとっての生活とは、ある凛としてすずしげなロマンのかたちを心に常に刻みつけていることにより、濁りに流されぬ軽やかな時間を無心ですごすことではなかったかとおもわれる。 少なくとも、そうあるべきだという無意識の祈りを抱いていたことが、彼の歌の透明度を保っていたとおもう。
戸のそとの闇に降るなる夜の時雨こころに見えていよよ降るなり 『くろ土』 初期の牧水の自然との融合感は、ダイナミックな反理知的なものだったけれど、この歌(『くろ土』大正十年刊所収)の頃は、さりげない理知による作歌姿勢も見受けられる。 自然の真っ只中に身をさらして歌うのではなく、夜の時雨の情景をこころに思い浮かべて抒情を託しているのだが、おのずからこころの眼に時雨が見え、そのことによって自身が時雨をより激しく降らしめているというあり方に、しずかな自負がこもる。
千よろづの松にまじらふこの松のひたに真直ぐにひたに真青き 『くろ土』(大正10年刊) 感情の抑制された描写の中にも、熱っぽいものが真直ぐに、真青に流れている。 ともすれば濁りそうになる貧しい生活の中で、生活は生活、歌は歌、と割り切るところから歌の純度を保とうというのではなく、こころの濁りを去ろう、澄んだこころで歌おう、というひたむきさが、歌のすがたをまっすぐにしている。
末とほくけぶりわたれる長浜を漕ぎ出づる舟のひとつありけり 『くろ土』(大正10年刊) 「ひとり」ということのさびしさに、落ち着きのある端正なやわらかみと深みを与えていて、初期の牧水とは別の良さがある。 「ひとり」であることに、若い頃のように過剰に切なくなったり、同じ切なさを他者と共有しようと苛立ったり、傷ついたり、といった不安から徐々に解き放たれていったのではないか。 「ひとり」であることにも、そこからくる茫漠としたさびしさや世界の輪郭のあいまいさにも、しずかに満ち足りて、しかもなお漕ぎ出そうとする強さへの志向。
この梅はものをかもいふ居向ひて久しくみればいよよかはゆき 『山桜の歌』(大正12年刊) 梅と向かい合って語り合っている牧水もまた「かはゆし」と思わせる一首。 生活の中にこのような空気が流れていることの至福の感覚を、いったいどれほどの人が知っているのだろうか。 私には、その数を具体的に想像することができないし、あまり具体的に知りたいともおもわない。 ただ、そういう人がひとりでもふたりでも存在するうちは、世界に対する絶望を凄む必要はないとおもう。
瀬瀬走るやまめうぐひのうろくづの美しき春の山ざくら花 『山桜の歌』(大正12年刊) 正岡子規が生きていたら好んだであろうような一首。 山ざくらの花が主題であるとき、その山ざくらの花を山ざくらの花たらしめている空気を描写することによって、存在の神秘を明らかにするような歌。 それをあくまで具象と具象との取り合わせによって成就させようとする行為のことを、子規は「写生」と考えていたようにおもう。 牧水の中では「写生」というよりも「無心」への志向が強かっただけのことかもしれないが、結果として絶品の写生歌となっている。
照り澄める春くれがたの日のいろにひたりて立てるとりどりの木よ 『山桜の歌』(大正12年刊) 読む者の記憶の中の特別な瞬間の風景のような既視感をさそう。 表現が普遍性を獲得するのは、そのような新鮮ななつかしさとも云うべき場所に触れ得たときなのだと改めておもう。 その新鮮さとなつかしさの地点を、現在からほど近いところで想起するか、未生以前にまで感覚をさかのぼらせて想起するか、読み手によってとりどりであろうこともまた、作品の魅力である。
今しわが片手あげなばたちどころにとよみかも出でむこの霧の海は 『黒松』(昭和13年刊[大正12〜昭和3年頃の作を収めたもの]) 「霧」というものの魅力が素直に伝わる。 霧に包まれて在るときの素直な感慨だが、「片手」をあげる行為にたちどころに「霧」が響み(とよみ)出すだろう、という思いの中に、ほのかに呪的な厳粛さがこもって歌の奥ゆきを深めている。 「霧」と呼応するたましい。 「歌」と呼応する霧。 その呼応の中で、存在を鍛えなおすのでなければ、私たちはいよいようつろにもろくなってゆく一方だ。 (C)Kirishima Ayako |
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