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正岡子規1〜6(2006/11/30〜2006/12/18)



正岡子規1

くれなゐの二尺のびたる薔薇の芽の針やはらかに春雨の降る  明治33年

子規は乱雑なものが好きだったように思う。

二尺といえば60センチほど。その、おそらくは無秩序なまでに勢いのある薔薇の芽の伸びようを詠みたいという情念は、古典和歌の世界にはみられなかった。

しかも薔薇の芽の針にまで細かく注がれた視線は、一転してそれを包み込むやわらかな春雨の情緒へと大きくひらかれる。「やはらかに」が、針のやわらかさでもあり、春雨の感覚でもあり、その情緒的融合感はおおどかで、子規の体液には、即物的な〈近代〉とともに十全な前近代的・古典和歌的感覚が沁みこんでいたことを感じさせる。


正岡子規2

鶏頭の十四五本もありぬべし  明治33年

鶏頭を十四五本という半端な数たらしめているものの、圧倒的な絶対感がみなぎっていて、いさぎよい。

子規の短歌・俳句は、即物性の強い写生歌・写生句でありながら、その「物」をその「物」たらしめているコスミックな生命力を作品に充満させることができている点で、以降の(写生をひたすら重んじた)歌人・俳人たちの作品とは、一線を画している。少なくとも作品が訴えかけてくるリアリティーの質が、私には大きく異なって感じられる。


正岡子規3

 淋しさを猶も紫苑ののびるなり  明治26年

 正岡子規には珍しい女性的な抒情味の感じられる句。

 短歌でいうなら若山牧水の歌のようだ。

 紫苑のほっそりと伸びたさまが淋しい。その淋しさを猶ものびてゆくのは紫苑か作者か。

 作者と紫苑と淋しさとが分かちようもなく一体となったさまが手際よくこの短い詩形におさまるのは、「淋しさをのびる」からであろう。

 現在の散文的な言葉づかいならば、たとえば「野を行く」でさえ不十分な気がして、「野の中を行く」と叙述したくなる。「を」は実はもっとひろやかな使われ方をしてよいので、「春をゆく」のも「夜をゆく」のも「霧をゆく」のも構わない。

 だから「さびしさをゆく」のも「さびしさをのびる」のもあり得るのだが、世界をそんな風にはとらえなくなってきている昨今、子規のこの句も不思議な新鮮さを湛えて感じられる。

 紫苑を写しながら、そこに世界との安定度の高い濃密なかかわりの空気を流し込んでみせた子規の、抒情と写生のバランスがうつくしい。


正岡子規4

 天地を我が産み顔の海鼠かな  明治27年

 世界と子規との一体感は揺るぎないものであり、それゆえにその一体感の有難みに対して無自覚でもあったろう。恐れ気もなく〈近代〉を推し進めんとする革新の情念は、さまざまな素材を貪欲に短歌・俳句に持ち込み、この句のような表現も生じたのだとおもわれる。

 この天地〈あめつち〉を産んだのは俺様だ、という顔の海鼠。そのあやしげな掌サイズのカオス=海鼠をふっくらと、ユーモラスにとらえてみせる子規。

 天地のスケール感とユーモラスな海鼠とを自在に行き来する感性がたのしい。

 初発の近代の活きのよさとでも言おうか、前近代的な安定感をベースにしながら、対象との距離感を闊達に、すこやかに、伸縮自在にとってみせる感受性。

 常に病と闘っていた子規であるが、魂にはおよそ近代の病理の影のささなかった人だったとおもわれる。


正岡子規5

名月や笛になるべき竹伐らん  明治29年

 この句における情趣は、平安貴族的な女性的「もののあはれ」ではなく、男性的で雄渾な気韻溢れるものであろう。

月の光が天地に遍く充ちて、何ごとかの機が熟したかのような夜、笛になるべき竹を伐ろうではないか。

その竹から作られた笛をもし吹くならば、天地(あめつち)をも揺り動かしてみせるものを。

病の中からほとばしり出た激しさかもしれないが、作者が病床にあるとかないとかいった前提を読む者に強制しない清廉さを感じる。

子規の憧れた実朝に一脈通じる、魂の高さ。


正岡子規6

足たたば不尽の高嶺のいただきをいかづちなして踏み鳴らさましを  明治31年

明治31年、「足たたば」で始まる激烈な一連の短歌が作られた。

足たたば二荒のおくの水海にひとり隠れて月を見ましを

足たたば北インヂヤのヒマラヤのエヴェレストなる雪くはましを

足たたば蝦夷の栗原くぬ木原アイノが友と熊殺さましを

足たたば新高山の山もとにいほり結びてバナナ植ゑましを

足たたば大和山城うちめぐり須磨の浦わに昼寝せましを

足たたば黄河の水をかち渉り崋山の蓮の花剪らましを

病床にあってこのような「反実仮想」の歌を詠まねばならなかった不幸はいたましいが、後のアララギ的な歌人の多くのように、病の不如意のあれこれに対して読む者の想像力をじくじくと刺激して共感を強制する、あのいじましさが子規には無い。

このような烈迫のトーンそのものも、この後の短歌史において、ほとんど見受けられない。

子規が写生、写生と強調し過ぎたことを、近代短歌史を眺めたときに、私は少し恨みに思うのだけれど、子規の短歌そのものには、スケール感のある闊達さ、得がたいすこやかさ、写生による革新という小さな枠ではくくり切れない雄々しい魂の高さや感受性の振幅等々、さまざまな美点を見出さずにはいられない。


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(C)Kirishima Ayako