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与謝野晶子1〜14(2006/12/22〜2007/02/06)



与謝野晶子1

春雨やわがおち髪を巣に編みてそだちし雛の鶯の鳴く  『舞姫』(明治39年)

 晶子にとって、〈対象を詠む〉という感覚など無かったのではないか。

 切れ字があるから「春雨」が感動の中心ということになろうけれど、ここで詠まれているのは、〈対象〉と呼ばれるものではなく、〈物語〉である。それも晶子本人の身体と濃密に関わり合うように構成された物語。

 斎藤茂吉が世界を己れの体液の延長としてどこまでもぬるんだくれないに染めていこうとしたのとはまた別の、傲然たるナルシシズム。

 詠まれた歌の中で、世界は晶子のものである。

 けちくさく〈対象〉などに神経を集める必要はない。

 晶子にとっての世界の成り立ちざまを歌えばよいだけ。

 短歌はそんなふうに歌えるということを、忘れてはいけない。


与謝野晶子2

地はひとつ大白蓮の花と見ぬ雪のなかより日ののぼる時  『夢之華』(明治39年)

 この世界を自分の世界としてわしづかみにするときの大胆さが晶子の持ち味だと思う。

 堂々と押え切った世界の中から、自身の物語を構成する要素をダイナミックにつかみ出し、比喩として提示する手際が鮮やか。

 雪の中での日の出の光景の広大さを、一輪の大白蓮(だいびゃくれん)の花として大地を把握することで伝えつつ、同時にその大地をも眼下に睥睨するかのような晶子のまなざしのスケールをも浮かび上がらせる。

 アララギ的な写生概念とは対極にある、世界の把握のあり方が顕著な一首。


与謝野晶子3

わが宿の春はあけぼの紫の糸のやうなるをちかたの川  『舞姫』(明治39年)

 晶子が「をちかた」という言葉を使うとき、不思議なことに遠いものへの憧れをそそられない。

 遠いものも、晶子にとっては未知というより彼女の押さえ切った世界の一部なのだから、歌に詠まれたそれも、身を焦がすような憧れや自身の欠落感やほとばしる暗い衝動などとは無縁の、明晰なロマンの構成要素であるかのようだ。

 ここでの「をちかたの川」も、「わが宿」の春の極上のロマンの一部として、「紫の糸」という繊細優美なかたちをとりながらも、遠くへ視線を投げるのではなく、楽々と晶子の身辺に呼び込まれた風景として歌われている。

 この世界をまるごと把握する力は晶子の最大の長所でもあるが、把握した世界の輪郭が明晰すぎて、せっかくその世界に呼び込まれた大いなる非日常性の振幅を限定してしまうことにもなる。

 明晰でないもの、輪郭のはっきりしないもの、不可視のもの、世界のむこうの世界。己れの内にも外にも果てしなく広がるそれらを伝えるための言葉を、この国の短歌史はまだ十分に獲得していない。


与謝野晶子4

初夏は百里がほどの野山をばあざやかに置くわれの心に  『火の鳥』(大正8年)

 百里ほどの野山を一望するということはヴァーチャルな行為なのだが、ざっくりとその程度の野山、といった感覚で一すくいするかのような数詞の使い方が新鮮。

 これが果てしなく広がる無辺の野山であればいっそ死の匂いがしてしまうし、実際に視野におさめられるほどの広さであればスケール感が乏しく散文的になる。

 虚構でありながら、肉感的なリアリティー溢れる初夏のイメージとして「百里がほど」は秀逸である。また、たかが百里、といったニュアンスもこもって、作者のまなざしの大きさを暗示する。

 遠近、大小、虚実、人事、風景、時代の新旧、さまざまな素材が晶子の意のままに構成され、あざやかな比喩を成すことができる、その根底に、晶子の捉え切った世界の広やかさがある。捉え切れぬことへの畏れは乏しかったかもしれないが、捉え切った世界の中で大胆に織り成される素材と素材が清新なリアリティーを生み出している。


与謝野晶子5

美しくおのれのままに生ひ出でし野馬の声する初春のかぜ  『太陽と薔薇』(大正10年)

 晶子の歌では、一首の内に盛り込まれた複数の素材が、それぞれ均等に存在感を主張している。

 ここでは、野馬(やば)の声と初春のかぜ。

 正岡子規ならば、野馬の声を描写することが無意識のうちに初春の情趣を描くことへと広がってゆくという、いわば一輪挿しの花の中に天地を見るような歌になったろう。

 晶子の歌は、器の中にあれもこれもぜいたくにダイナミックに花を投げ入れて、しかも互いの花の存在を殺さぬように、全体として一つの晶子の物語が出来上がるといった風情で、野馬の声と初春のかぜは対等の濃さをもって、しなやかで生命的な官能性の物語を織り成す。

「対象」にではなく、「物語」という場所に歌の軸を据えるなら、切り捨てたり削ったりせずともよい。

そもそも短歌という器は、切り捨てたり削ったりしなければ思いを盛り込めないような狭苦しい器ではない。むしろ短歌の方から、お前はこの器にふさわしいだけのものを盛ることができるのか、と問うてくるほど広やかな世界である。


与謝野晶子6

しろがねの笛の細きも燃ゆる火の焔の端も甞むるくちびる  『太陽と薔薇』(大正10年)

 ほっそりとしたしろがねの笛も、めらめらと燃える火の焔の端も、いずれに触れるのも恋。いずれもが生きるということ。くちびるというものは、その両方を甞めるようにできていることよ。少なくともわたしのくちびるは。

 ふたつの両極端のものがあった時、晶子はその中間でバランスをとるということがない。

 いずれも晶子の世界の中にある以上、いずれにも深く触れずにはおかない。

 いずれをも棄てないところが、この歌人のスケールを大きくしている。

 どちらかに転んではいけないと、バランスをとること。ちょうど中間のほそいほそい道を繊細に歩こうとすること。そのような場所に固執して、みすぼらしくも〈社会〉などに転んでしまった人をたくさん見た。

 日常と非日常も、炎と氷も、雄々しいものと繊細なものも、いずれかを棄てるには及ばない。

 両性具有的というのも、ちょうど中間、というのは〈いずれでも無い〉かたちだが、〈どちらでもある〉というかたちはすぐれて官能的であると思う。

 与謝野晶子はそういう意味で、両性具有的な歌人であった。


与謝野晶子7

夏のかぜ山よりきたり三百の牧のわか馬耳吹かれけり  『舞姫』(明治39年)

 この歌においても、晶子の視点は、基本的に世界を見渡す位置にある。世界を対象として把握することは、普通は世界との断絶の始まりとなるところだが、晶子の歌に肉体が伴っていてヴァーチャルにならないのは、個別の素材の息づかいをもそこに織り込んでいるからだ。

 わか馬の数を「三百」と捉えることは、ざっくりとひと息で馬の群れを見渡せるということであり、しかも個々の馬の息づかいが生々しすぎず遠すぎず、さらにわか馬のしなやかな生命力を寿ぐような、聖なる数としての「三」でもあるだろう。

「三百」と捉えるだけならば、視点は引いた場所にあるけれど、「耳吹かれけり」によって、読者はまるで自分もわか馬の一頭であるかのような、そして群れの中にあって、山よりきたる夏のかぜに耳を吹かれているかのような一瞬を体感できる。それでいて、〈引いた視点〉からのヴィジョンも受け取っているせいで生臭くなることがなく、颯々とした透明感が失われない。

 このような大づかみの世界の把握と個別の対象に寄り添った視点との往還によって、匂いたつような官能性を実現している作品として、『源氏物語』が思い浮かぶ。『源氏』を身体化していた晶子にとって、短歌における世界把握が似かよっているのも当然かもしれない。


与謝野晶子8

傘ふかうさして君ゆくをちかたはうすむらさきにつつじ花さく  『舞姫』(明治39年)

 傘を深くさしている君の姿はまず近景として浮かぶ。その孤独とロマンを抱えて君は「をちかた」をゆくのだが、そこで遠景として茫洋とうすむらさきに霞むかと思えば、その花がつつじであることによって、「君」と「花」とは溶け合い切らずに、読む者は再び花の肉感性を間近にすることになる。

 一面に細かな花が咲き広がるレンゲや菜の花などであれば、「君」ははるかに「をちかた」へ溶けていってしまうのだが、ここでは、まるで晶子の分身として、その花弁に存在感のある官能性をたたえたつつじが「君」のそばに寄り添うかのようだ。

 はるかなロマンティシズムを、あくまで己れの肉体に手繰り寄せずにはおかなかった晶子の面目躍如たるものがある。


与謝野晶子9

何ごとも仮のごとしと微笑みぬ二なく執するものも見ながら 『太陽と薔薇』(大正10年)

 これ以上ないほどに執着するもの、たとえば男、あるいは女を目の前にしながら、何ごともすべてかりそめ、と微笑んでみせる。

 このような情景も『源氏物語』的である。

 若い頃から、今にも出家しそうなことをすぐ口にして、現世をさらりと俯瞰していながら、目の前の女との情愛は細やかで熱っぽくもある。ぼろぼろにもなる。そんな光源氏の艶やかさが浮かんでくる。

 原作は、透明感は強いが晶子訳の『源氏』よりもけだるく、仏教的な無常観に侵蝕された空気が漂っている。晶子訳は仏教的なじとついたところが乏しく、ふくよかなすこやかさやみずみずしさが匂いたつ世界を生み出している。両者の空気感にはかなり落差がある。

だが、世界を俯瞰して押さえ切るまなざしと、個々の人物に肉薄して描写するリアリズムとの混淆は、晶子と紫式部に共通しており、いずれも時代が彼女たちから少し下れば失われてしまう、強靭な絶妙の精神のバランスを実現していたとおもう。


与謝野晶子10

秋といふ生ものの牙夕風の中より見えて寂しかりけり  『朱葉集』(大正5年)

 無生物を人や生きものにたとえることは、作歌においてスリリングなことだ。そのような比喩であれば、歌のリアリティーの要(かなめ)となるわけで、当然、表現の成否を左右する。

 ここでは、秋をたとえるのに、どのような生きものなのかを明確にしなかったことで、歌が生きた。

「牙」とあることから獰猛な獣を連想するが、特定はされない。そのことで、秋を獣にたとえたという理知のかたちではなく、作者が夕風の中に見たものの質感がむしろ正しく読む者に伝わる。

夕風の中から垣間見える秋の鋭くも孤独な気配を、読者が己れの想像力を駆使して手繰り寄せようとする時間の流れそのものを、歌の中に織り込んでいるとも云える。

こういう時間の流れの体感の豊かさ、なめらかさを含むかどうかは、短歌において最も本質的なことであると思う。


与謝野晶子11

四五本の楓の紅の芽を吸ひて眠りに入りし春かぜのむれ  『草の夢』(大正11年)

 春かぜを生きものに喩えながらも、やはりその生きものが何なのか特定されない。

 伝わってくるのは、やわらかく幼く人の世の手垢にまみれていない生命と生命のまどろむような交感のエロス。

描写としては、四五本の楓(かえで)の紅い芽を吸うという行為の後に眠りに入るような生きものが、群れの状態として描かれているだけである。

 この輪郭の不明瞭さがこの歌の生命線である。

 必ずしも春かぜというやわらかなものを喩えるのに、輪郭を明瞭にしない方が表現としてふさわしかったというだけではなく、晶子においてすら明晰には押さえ切れない世界の質感に触れている時の、幸福なエロティシズムとでも云うべきものが歌の中から立ち昇ってくる。それが比喩を活かしている。


与謝野晶子12

ほのかにもかねて心にありし絵のもの云ひにこし夜とおもひぬ  『佐保姫』(明治42年)

 人と人とが出会うということも、このようなものだ。

 私にとってとても大切におもわれる他者の表現との出会いというのも、このようなかたちであった。

 自分自身の表現というものも、実はこのようにしてかたちとなるときに、鮮烈で我が表現ながらなつかしくてならないものとなる。

 自分の歌と出会うよろこび。

 深々とそんなよろこびに充たされている歌こそ、また深々と他者と出会うことができる。


与謝野晶子13

あかつきの竹の色こそめでたけれ水の中なる髪に似たれば  『春泥集』(明治44年)

 水の中の髪は、ゆらめきつやめいて、思わぬなまめいた動きもして、日ごろ自分の身の内と思っていたことがあやぶまれるような色と性(さが)をあらわにする。

「あかつき」の竹も、女身が水に浸されたように、真昼間の竹とは相貌を異にする。

深く眠ったまま激しく目覚めてもいるような。

暗く沈潜した色合いでありながら、これから光に向かって解き放つものを矯めてもいるような。

この世界をまるごと水に浸すならば、世界はどのような貌を見せるだろうか、その「あかつき」に。


与謝野晶子14

  わがつくる諸善諸悪のみなもとをかへすがへすもすこやかにせん  『夏より秋へ』(大正3年)

 諸善諸悪のみなもとをすこやかに、とは晶子の面目躍如。

 世間というちっぽけなものさしは眼中にない。

 世間並みに見て善であろうと悪であろうと、わが身をかえりみてその行為の根にすこやかなものがあるかどうか。「かへすがへすも」には、決して芸術を言い訳に饐えて爛れた場所に転落しない峻厳さが感じられる。

 このような内省力が、晶子以降の歌人からは失われてゆく。


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(C)Kirishima Ayako