| 桐島絢子WebSite>短歌篇 HOME エッセイ・評論篇 短歌篇 桐島絢子短歌百一首選・・・「星辰」「路上」及びWebSite上に発表された作品群より みちゆき 螢火の沁み入るままに魂のあざのかたちをさぐられてをり 闇深みひなとおぼゆる己が身をかなしむやうに鳥鳴きてをり 蜩の声の継ぎ目を捜しをり夕湖に溶け切らぬ身さびしみ 往く声とも還る声ともおもはれて蜩坂を踏みまどふなり だるまさんがころんだら皆鬼やもしれぬ 内なる鬼と道行きの子ら 振り向けど振り向けどなほ言ひ当てられぬ後ろの正面誰でもなくて 身の内に鈴の殖えゆく怖ろしさ たつたひとりのかくれ鬼して ほろほろと角を喪くしてたたずみし鬼の子の眼と二月の湖 角〈つの〉 二月の湖〈にんぐわつのうみ〉 寝覚めては双子の星の片われのうぶ声のごと鳥青く啼く 夕猫を抱き了はる術知らなくに 里の雪見ゆ 山の雪見ゆ 身の内の幼女の拾ふわらべうた夜竹の色の韻を踏むなり 夜竹〈よだけ〉 山姥のさなぎのやうに眠る夜にのうぜんかづらの揺れやまぬなり ものの狂ふ音の初めのうす蒼さ 雪女よぶやうな口笛 やはらかくマリオネットが啼くやうな擬音語ばかり口つくゆふべ 渇く日は風孵る野に刺さりゐてるるるるるると雨乞ひをせり 得るものと失ふものと想ひつつ少しはこべを虐げてをり 踏まば蛇となる繊水をなつかしく夕森の底に眺めたりしか 蛇<じゃ> 繊水<ほそみづ> 前の世に産みつけられし螢火で内なる川を守る老樹かな 前〈さき〉 守る〈もる〉 白鷺の宿直する木の内闇にほの光りつつ身をのべてをり ふと花になりそこなひし山姥の透き影にじむ春地蔵かな 透き影〈すきかげ〉 遠方の雪の匂ひが掌に湧きておろおろと唖を持せるゆふぐれ 遠方〈をちかた〉 掌〈て〉 卵殻の外にも内にも鈴虫の声たち籠めて臨月なり 魂に鳥のかたちを与へんと霧の中にて身をほどきをり うろくづ 誰か今雨を孵しつ 鳥の名をつぶやきながら髪解きをれば 黄の花の遠くに咲きて我とのみ世に浮かびゐて声かはしをり 竹熟す音のみ統べて青巫女の視界あはあは霧りわたるなり 統べて〈すべて〉 母の手にぬぐひ去られしれんげ憑き うすむらさきの春雨と降る 夕闇に稲穂重りて風を無み童女の醸す乳色の霧 夕樹にははらりとなじむ兄なればかくれんぼよりさびしきは無し 夕樹〈ゆふき〉 通りやんせ 兄をくぐれば粉雪のひとつひとつぞほのかなる母 遠き世にも兄と途切れし道ならん 夢糸まじりのひぐらしの声 目と耳とむすぼほれたる姉棲みて霧口ずさむ里はづれかな誰そ彼に真白き琵琶に変化せる狐の恋のまじる我が息 闇笛の透りて後の弟の鎖骨に霧の湧きやまぬなり 銀漢にうち棄てられし思ひ出にひとり笑まるる夕穂波かな 霧の国に八百万ほど母音あり 緩く咬まれてそを聴きゐたり 八百万〈やほよろづ〉 すくすくと尖りにけりな 霧底にひたしおきたる爪の愛しさ 横雲は月に前世をなぞられて鰭も乳房も棄てかねてをり 鰭〈ひれ〉 我が内の火宅のたがをはらはらと壊ちて秋の野に棄てよ 鵙 先んじて雨ふり初める木の内にをんな奪ひに行く夕べかな 暗がりにあぢさゐ色の酒として横たふ我に灯ともせよ 君 木の内の瀧の溢れて曼陀羅の響むに似たるせみしぐれかな 火を焚きて森の深さを魂に彫り込むやうな日々のくちづけ 夕月を手に取るやうにやすやすと我が鱗に触るる君かな 鱗〈うろくづ〉 霧なりし我があやまちの滲み出でて樹皮の乾かぬ君とこそ思へ 月隠りに青光りする忌笛をあふるる息は君のまにまに 月隠り〈つごもり〉 忌笛〈いみぶえ〉 火矢 天辺ゆ垂れ来る葛よ 我にのみ触れてからみてこの世と思へ 弦月の沁みて青める我が爪を研げとばかりに風のするどき すべからく人みなシリウスたるべしと思ふ心の蒼白く燃ゆ 世界から君拒まるる白蛾月 暁水の鋭く鋭く匂ふ 暁水<あかときみづ> 鋭く〈とく〉 青鈍の細身の秋の舞の手の剣のにほふ夜風愛しき 青鈍〈あをにび〉 たましひを霧に試みられてをり歌に試みらるるごとくに 我が歌の撒かれて人の狂ふ時白く咲くなる夕木槿かな 夕木槿(ゆふむくげ) 十六夜月と未生の鵺のたましひと潮引き合へる暁の底 十六夜月〈いざよひ〉 母無しの狐あつめてたくらむは兄の刺さるによき雪野原 青白く大地に水脈の浮きて見ゆ 有明の月の領土なるらし 水脈〈みを〉 瀧のままみち足りてゐる兄の声疾風の中にかき抱くなり 雨の香に前触れさせて来る兄を闇桜にて待つほどの罪 大鴉ねぎらふごとく甘やかに兄のそよぎて我が頬に触る 夕立のひたむきな駄々を我が胸に容れてまどろむ 湖のかたちに 誰も知らぬ細身のけもの生みたしと身を映すたび思ふ 夏湖 夏湖〈なつうみ〉 梟と鈍色の水酌み交はす 我がくちびるに血の戻るまで 鈍色〈にびいろ〉 暗緑の藻のまどろみの溶け出でて真昼の水の不穏なるかな 吹く風のすべてに火矢の籠るらし 夏の夜すがら青馬匂ふ 青馬のかたちのままに吹きゆけばあかつきばかり広き世はなし 西空に抜き身の匂ひ流るれば兄の芯なる二日月冴ゆ 一枚の世の端に立つ君の瞳に聴き入れば遠く虹なぞる音 青馬の眠りのやうな天地に瀧懸かり我がおもひが懸かり 逢はん夜に懸けおく月のかたちして君の祈りの遠く漕ぎ出づ 弦月の鋼のやうに撓ふとき風もかなひぬ いざ世を透かな 暁露―あかときつゆ― ひとひらのただひとひらの牡丹雪溶けることなく湖底へゆけ 湖底〈うなそこ〉 秋の湖に櫂を流して占はんもつとも深く澄むひとところ ますらをのほころびのやうなかたちして芒ひとすぢほの揺れにけり 川霧の盲ひて我をまさぐれる手つきおもほゆ君のさびしさ 遠い名を揺さぶり合へば三日月のかたちに疼くわが五月闇 川上にたとへば雷の巣がありて君の流れて来さうなゆふべ 雷〈らい〉 細月のすみずみ白く痛みをり あのことばばかり聞きたかりけり 夕霧を産屋としたる狼の乳をおもへば母熟れやすき 五月雨の孵る匂ひにやはらかく咬まれて君をたしかめてをり 世の傷の数だけ恋と菜の花と君の痛みの在るが愛しき 愛しき<かなしき> 雪うさぎしんと鎮もるひとひらの夜の上にゐる者ぞ愛しき 口笛のひとすぢ遠く消えゆきぬ二月の湖を抱くひとの辺に 雪にのみ見られて君に逢ふための湖の昏さのそぞろおもほゆ 湖〈うみ〉 昏さ〈くらさ〉 湖ひとつ漕ぎ渡る間のさびしさを伝へるほどのくちづけもがな どの岸も遠くて不意に少年の君を抱きたくなる五月尽 美し〈はし〉 ただ孤り世に居て衣をぬぐごとく葉裏を翻す大けやきかな 染めて〈しめて〉 疵〈きず〉 夜葛なれば君のこころのさめざめとしみとほるときにあたたかかりし 逢ひたさの極まるやうに夕闇の積もりて全き我が水面かな 湖底の震へやまざる石ひとつ目守るやうに君だけを見てをり あたたかく錆匂ふなり 人遠き鉄路の上に雲咲くとき 咲く〈ひらく〉 抱くことと抱かれることの境より暁露のあふれて大河 暁露〈あかときつゆ〉 くちびるの触れるかぎりの闇にいざ君のいのちはたち籠めよ 春 ************************************************************************ 出典作品表題・制作年一覧 雷夢譚 12首 2007/07/04 湖芯譚 30首 2006/12/11 常闇の水 12首 2006/07/04 弓月ケ原 30首 2006/04/06 花桐 50首 2005年 闇の動脈 50首 2004年 繭の声 30首 2004年 弓月まで 30首 2003年 山姥遊行 30首 2003年 青巫女 20首 2002年 未生の鵺 33首 2001年 イニシエイション・ラプソディー 36首 2000年 翼の痕に 12首 1999年 シリウス 12首 1999年 魂の曲線 30首 1999年 離乳哀歌 30首 1998年 (C)Kirishima Ayako |