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 新しいDVD
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朴壽南が『もうひとつのヒロシマ』に続き、沖縄戦時下における証言を中心に描いた作品。本土上陸を遅らせるための捨石にされた沖縄には、朝鮮人男性が「軍属」として、女性は「慰安婦」として連行された。 1989年から韓国ロケを行い、沖縄戦から九死に一生をえて生還した元「軍属」たちの証言を収録。沖縄の住民たちからは、日本軍による軍属の虐殺や、「慰安婦」について次々と語られる。 2005年、作家の大江健三郎氏と岩波書店を相手取り「玉砕の軍命は出していない」と提訴した沖縄座間味島の元戦隊長の梅澤裕氏の証言も収録している。また渡嘉敷島の慰安所へ連行され映画完成後91年秋に逝去されたペ・ポンギさんも登場する。 映画製作は「死んでいった人たちへの鎮魂であり、その魂を私たちと共に再生させること」という監督の言葉どおり、鎮魂の舞「アリラン」のラストシーンが印象的。
1991/16ミリ/カラー/100 監督 朴壽南 撮影 大津幸四郎、宮内一徳 編集 富塚良一 整音 甲藤勇 音楽 原正美 製作 アリランのうた製作委員会 定価
5000円/お申し込みは にて!
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| 「アリランのうたーオキナワからの証言」について
朴壽南
日本が侵略したアジア、太平洋地域の戦場へ送り込んだ「従軍慰安婦」は20数万人とも言われる。彼女たちは、将兵相手の“売春婦”にデッチあげられて、社会から葬られてきたのだ。その“死”の沈黙から1973年に名乗りをあげたペ・ポンギさんが特攻艇の秘密基地の慰安所へ連行され、将校らの性暴力で“日夜蹂躙された被害者”であると訴えたのである。 87年9月、訪韓した際、私は「韓国教会女性連合会」にペ・ポンギさんの告発を提起。類例のない国家暴力による性奴隷化の犯罪を明らかにして謝罪と国家補償を求める闘いに立ちあがるよう申し入れ私の活動との交流が始まる。 私はコリアン被爆を訴え全国をめぐる上映の旅で「慰安婦」問題を提起、2作目の製作支援を訴え、製作支援のネットワーク組織「アリランを創る会」を結成。90年4月、代表団12人と、政府・外務省にコリアン被爆の被害の公表、連行した軍人・軍属・労務者名簿の公開、「慰安婦」被害の実態等、調査して明らかにするよう要請している。 この要望に政府は「彼女ら(慰安婦)は商売人が連れ歩いた女で政府は感知していない」と答弁したのである。(1990年6月参議院予算委員会) 89年5月にクランクインした沖縄ロケは軍属の虐殺を目撃した証言や慰安所に監禁されていた少女たちの悲惨を目撃した証言などが続々寄せられた。このラストシーンが政府答弁に抗議して行われた犠牲者の慰霊祭である。 ペ・ポンギさんがこの慰霊祭に涙して「わたしらは戦争の犠牲者、日本政府からカネとるべきさ」と国家賠償を提訴するため弁護士に代理人を依頼している。その一ケ月後の91年10月、彼女は死後5日、腐乱した遺体で発見された。いかに無念の死であったろうか…。 しかしこの後、韓国の「慰安婦」がつぎつぎに提訴に立ちあがっていく。
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チョン・テッキ 当時23歳・軍属として慶尚北道から座間味島へ
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梅沢
裕 座間味島・元海上挺身第一戦隊隊長
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ペ・ポンギ 慰安婦として沖縄・渡嘉敷島へ連行
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「アリランのうたーオキナワからの証言」を出版
朴壽南が編集したこの本は、映画『アリランのうた−オキナワからの証言』(91)の完成を前に、編集から外した証言や録音取材の記録を活字としてまとめたものです。この間、なりやまなかった皆様のご期待にこたえて復刻版をお届けします。 玉砕必至の戦場へ連行され玉砕の最前線に立たされた朝鮮人「軍夫」や日本軍駐屯地の「慰安婦」たち、そして米軍上陸後、玉砕へ追い詰められていく、しまんちゅ(島人)たちの実相が語られています。 映画DVDもあわせてお求めください。
発行 アリランのうた製作委員会 第一版 1991年11月
復刻版 2012年11月 定価1.800円/お申し込みは にて!
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