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< 作 品 > <予告編> |
★「もうひとつのヒロシマ」 |
★「アリランのうた」 |
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太平洋戦争末期、‘鉄の暴風’にさらされ、約20万人が死亡した沖縄戦。1945年3月26日、米軍が最初に上陸をめざした慶良間諸島では、日本軍が島の住民へある命令を下していた。
「玉砕」、つまり集団自決の命令である。 渡嘉敷島では330名、座間味島178名、慶留間島(げるまじま)では、島の人口の半分の命が玉砕の犠牲となった。
阿嘉島では日本軍によって、スパイ容疑による住民虐殺や飢餓で多くの住民が犠牲となった。
そして慶良間諸島には朝鮮半島から約1000名の若者が軍属として、また21名の少女たちが「慰安婦」として連行されている。
−軍命の真実−
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元座間味助役・宮里盛秀さんらが |
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1992年6月18日―25日(7泊8日)、元軍属6名と韓国太平洋戦争犠牲者遺族会代表ペ・ヘオン氏他遺族ら総勢12名が沖縄を訪問。招請はアリランのうた製作委員会、朴壽南。 |
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日本兵に母を殺され、また自分の食料を日本兵に奪われ暴行された当時の大城さんは、軍隊にとられないように、少女の格好をさせられていた。写真は米軍に収容された診療所にて。 |
<大阪ロードショウ-の監督トークにて>
監督トークに、映画で貴重な証言をなさった大城さんを紹介しました。大城さんに声帯障害があるので字幕をつけました。(2012-10/22、YouTubeに公開)
2012年10月13日(土)大阪シネ・ヌーヴォ公開初日監督トークの後半の模様です。(2012/10/23、YouTubeに公開) |
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アリランのうた製作委員会 |
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