当頁の内容更新は2008年6月18日をもって終了しました。以後の更新は、あるとしても単なる修正か情報追記です。
2008年3月25日、『下関市史(通史第一巻)原始〜中世』は再発行されました。市役所(本庁)広報広聴課、市史編修室(カラトピア)、下関図書館、長府図書館、彦島図書館、旧市内各支所、豊浦4町総合支所で購入できるようです。A5版、774頁、表紙装丁は布クロス張り、3000部、価格は1冊4,760円。全体で12巻構成、通史編は1〜4巻(2巻は2008年度刊行予定)、残りは資料編(刊行済み)。詳しくは市役所広報広聴課(083-231-2951)までお問合せください。(2008/04/10 2008/06/18Last Update)
2006年9月15日に公表された『下関市史(通史第一巻)原始〜中世』(以下『下関市史』)における、編修委員H氏による不適切引用問題についての頁です。私自身、地元の歴史に興味を持っており、、流し読みですが問題の記事に目を通し、その内容や執筆者H氏について当サイト掲示板で言及したことがあり、この問題は他人事ではありません。
本来なら問題となった部分と引用元の論文を比較して検証したいところですが、『下関市史』はすでに著作権を侵害していることで回収がはじまっており、現在手に取ることができません。また基本的に著作権に関わる問題であり、私のような第三者が騒ぐことではありません。したがって、内容の検証は機会があればということにして、とりあえずこの問題について個人的にまとめ、整理したいと考えています。なお、回収された『下関市史』については、H氏が費用負担して内容に加筆修正した上、年内にも再発行とのことです2008年に再発刊されました。詳しい問い合わせは、下関市役所市史編修室(0832−35−5842)まで。
問題の発覚は、I氏による著書からの5頁にわたる引用について、著作権を侵害するものであるとの抗議によるものです。抗議を受けてH氏は非を認め、不適切な引用はH氏自身が指摘した範囲で、H氏の執筆部分のうち、27頁17箇所であり、6人1社分の引用、参照部分について出典を明示しないなど、不備があったとのことです。(2006/09/17 2008/06/18Last Update)
再発刊された『下関市史(通史第一巻)原始〜中世』で、この問題に触れた箇所は「あと書き」の以下の部分だけのようです。
本編は、平成十七年十二月に一度発刊したが、一部において不適正引用が見受けられたため、修正して再発刊するものである。下関市は、平成十七年、旧豊浦郡の四町と合併し、新たな下関市が発足したが、下関市史増補改訂版の発刊については、旧下関市域を対象として編修をすすめた。(p.715)
細かい事情は触れられていませんが、必要最低限のことを簡潔に述べています。問題発覚直後の対応もそうですが、このあたり市役所の対応は、可能な限り波風を立てない姿勢で、なかなか上手だと思います(註:褒めてます)。(2008/06/18)
といっても、既読の記憶はすでに忘却の彼方だったりするのですが……。とりあえず、再発刊であるがゆえの違和感は、全くありません。再発刊の時期について、2006年4月の問題発覚直後は年内としていましたが、結局ほぼ2年を費やして2008年となりました。しかし、それだけのことはある内容になっていると思います。さすがに出典は非常にしっかりしています。あ、「寧楽遺文」
は「ネイラクイブン」のままでしたけども。
当サイト的に注目の鎌倉時代後半についても、やはり充実した内容だと思います。具体的には「第二編:中世 第一章:政治と支配者 2鎌倉幕府の成立と長門国衙」
のあたりに注目です。長門守護についての記述は、基本を田村哲夫氏の論文におき、最新の研究成果を反映しているとはいえませんが、落ち着いた内容だと思います。もっとも、「長門探題の設置」
とするタイトルは、内容と若干ずれている気もします。豊浦郡域の在地勢力については、さすがに詳述されており、ためになります。
ちなみに弘安の役における長門襲来は、『勘仲記』『壬生官務家日記抄』などから「十四日に大宰府から京都に到達した報告によると、高麗軍の一部で三百余隻が宗像の沖を通って長門国の浦に直接着岸したという」
となっています。「高麗軍」
よりは「東路軍」の方が適切ではないかとか、「宗像の沖」
に根拠はあるのかとか、若干気になりますが、旧版に較べればはるかに落ち着いた内容と言えます。
全体に、プロの研究者が書いた自治体史らしく、いわゆる「郷土愛の過度な発露」や「筆のすべり」がないので安心して読めます。ただその分、表現が硬かったり慎重な記述だったりするので、これまでの住民が関与した自治体史の書き方に慣れた人には物足りないかもしれません。私は喜んでいますよ、ハイ。(2008/06/18)
| 2005年12月 | 『下関市史 原始〜中世』刊行 |
| 2006年1月13日 | 『下関市史 原始〜中世』販売開始 |
| 2006年2月15日 | 下関市史「原始〜中世」編をわかりやすく読む会参加者募集締切日(市報「かがやき2/1号」) |
| 2006年2月23日 | 下関市史「原始〜中世」編をわかりやすく読む会(市報「かがやき2/1号」から推測) |
| 2006年4月8日 | 2ちゃんねるに関連ブログ記事のコピペ貼り付け(元記事削除済)※1 |
| 2006年4月18日 | I氏が自著からの引用について著作権侵害を主張して抗議 |
| 2006年4月19日 | 発売休止を決定 |
| 2006年4月27日 | 下関市史「原始〜中世」編をわかりやすく読む会(市報「かがやき4/1号」にて予告)※2 |
| 2006年7月or8月末 | 市史編修委員会が992部の回収を決定(販売96部、贈呈896部) |
| 2006年9月14日 | 中国新聞が記事掲載 |
| 2006年9月15日 | 市役所が問題をマスコミ発表、会見でH氏が不適切な引用による著作権侵害を認める NHKニュース報道を確認 |
| 2006年9月16日 | 山口新聞・読売新聞(地方版)・朝日新聞(地方版)が記事掲載 下関市役所公式サイト報道発表資料は更新なし 2ちゃんねるに関連スレ確認 |
| 2006年9月19日 | 下関市役所公式サイト報道発表資料に掲載を確認 |
| 2006年9月26日 | 2ちゃんねるに関連・言及スレを複数確認、おおむね沈静化 |
| 2006年9月28日 | 朝日新聞下関版に市史回収再発行の「お知らせ」掲載を確認※3 |
| 2006年9月30日 | 下関市立図書館にて閲覧中止を確認 |
| 2006年10月1日 | 市報「かがやき10/1号」に関連記事なし |
| 2006年10月15日 | 市報「かがやき10/15号」に関連記事なし |
| 2006年10月29日 | 市報「かがやき11/1号」お知らせ欄に市史回収再発行の記事を確認 市役所公式サイトに同じ内容の「お知らせ」確認※4 |
| 2006年11月8日 | 山口新聞・朝日新聞(地方版)が所属研究機関がH氏の処分を報道 |
| 2008年4月1日 | 市役所公式サイト教育:お知らせ「市史・町史発行情報」に発刊を掲載※5 |
| 2008年4月18日 | 西日本新聞が市史回収再発行を報道 |
私がこの問題を初めて知ったのは、2006年9月15日(金)夜のNHKニュース報道で取り上げられた、H氏の会見によってです。諸事情により一部しか確認できませんでしたが、これにより把握した内容は以下の通りです。
正確な時期は失念しましたが、2006年の前半、『下関市史』該当部を読み、簡単な感想を当サイト掲示板に書きました。ログをとっていないので詳細は不明ですが、記憶にある範囲の認識は以下の通りです。
また、その後まもなく「下関市史「原始〜中世」編をわかりやすく読む会」の記事に反応して、当サイト掲示板に書き込みました。これまた詳細はすでに不明ですが、おおむね「(3)このクラスの自治体史としてはハイレベルな内容であること」
という前提に基づく内容だったと記憶しています。
この問題の中心は「不適切な引用」にあります。具体的には「引用元の文献を明記しなかったこと」となります。では「適切な引用」とはどういうものか、文化庁が作成している「著作権なるほど質問箱」の関連用語「引用」頁から引用してみます。(2006/10/17)
(1)引用する資料等は既に公表されているものであること
(2)「公正な慣行」に合致すること
(3)報道、批評、研究などのための「正当な範囲内」であること
(4)引用部分とそれ以外の部分の「主従関係」が明確であること
(5)カギ括弧などにより「引用部分」が明確になっていること
(6)引用を行う必然性があること
(7)出所の明示が必要なこと
2ちゃんねるでは「2006/09/14(木) 19:10:51」
に中国新聞をソースとして(本文およびURL貼り付け)スレッド「【山口】「下関市史・原始―中世」編に不適切な引用 抗議を受け、回収へ」
が立てられました。が、書き込みが20にも届かぬうちにdat落ち。確認が完全とは言い切れませんが、現段階ではこの問題について、特に注目すべきスレッドは無いようです。引用ルールの問題なのですが(そしてそれは明記されているのですが)、「『市史』に『不適切』」という部分にのみ反応していわゆる「言葉狩り」と認識していたり、総裁選挙にからめた単なる思い付きの陰謀論的解釈などが多く、一部ネタと化しているものもありますが、とりたてて気になるコメントはありません。(2006/10/01)
| スレッドタイトル | 板 | 時期 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 自治体史編纂を語ろう | 日本史 | 適宜 | 適宜 |
| 【山口】「下関市史・原始―中世」編に不適切な引用 抗議を受け、回収へ | ニュース速報+ | 2006/09/14(木) 開始 | 17 |
| 【朝鮮人学者の盗作発覚】金大助教授が謝罪【下関市史】 | ニュース速報 | 2006/09/18(月)開始(推定) | ネタ? |
| 【謝罪】金大助教授が盗用発覚で500万円を賠償【下関】 | ニュース議論 | 2006/09/19(火) 開始 | ネタ |
| 【石川・山口】「下関市史」の編集で文章を無断引用 金沢大文学部の40代助教授を出勤停止、市史は回収再発行に | ニュース速報+ | 2006/11/10(金)開始 | |
下関市役所公式サイトの報道・広報資料をチェックしていたところ、9月19日(午後9時頃)に「9月15日」分として掲載されていることを確認しました。なお、18日午後の段階では掲載していませんでしたので、金曜日であった15日公表分を、土日祝日あけの19日に掲載したものと思われます。
下関市役所公式サイトの「報道・広報資料」は、基本的に発表当日17:00のタイミングで掲載しています。この掲載の遅れからは、「記述内容において不適切な引用箇所があったことが判明したために、この度配布されている同巻を回収し、修正した後再度発行し直すこととなりました」
というに留めた記事の表現とあわせ、現場レベルで不必要な混乱を起こしたくないという、市役所サイドの意図を読み取ることができそうです。WEB上の反応を見ると、小細工ですが有効性は認められ、個人的には後者の比重が高いです。(2006/09/19)
2006年9月28日朝日新聞下関版に、下関市市史編集(修?)室による「お知らせ」掲載を確認しました。内容は下記の通りです。いつも通り慎重な書きっぷりに終始しており、購入者の理解と協力が得られるかどうかは微妙なところです。執筆者が著作権侵害を明確に認めた以上、回収再発行は妥当な判断だと思いますが、私の経験からすると、自治体史における学術論文の引用方法や著作権について、読者層がそれほど意識しているとは思えません。(2006/09/28 2006/10/12Last Update)
お知らせ
この度、平成17年12月に発行しました下関市市史通史編第一巻を回収して再発行することとなりました。つきましては恐縮ではございますが購入いただいた皆様には、左記の歴史編集室までご連絡くださいますようお願い申し上げます。何卒ご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。
記
下関市市史編集室(住所・電話番号略)
2006年10月末に配布された市報「かがやき」11月1日号のお知らせ欄に市史回収の記事を確認しました。内容は次の通りです。これまでの報道等における告知とのかねあいもあり、まあこんなものでしょう。(2006/11/08)
下関市市史通史編第一巻「原始〜中世」を回収します
平成17年12月に発刊した下関市市史通史編第一巻「原始〜中世」を回収して、再発行することになりました。購入した方は連絡をお願いします。
連絡先・詳細 市史編修室(電話番号略)
当頁の趣旨からは話が逸れますが、私、山太娘(さんにゃん)からもお願いします。問題の『下関市史(通史第一巻)原始〜中世』を所持している方は、ぜひ回収に応じてください。著作権を侵害している書物を所持し続けるということは、即ち著作権侵害に加担する行為に他なりません。可能な限り、一刻も早く、著作権を侵害された方々の名誉と権利を回復することが、下関市民、あるいはその関係者のつとめであり、あるべき郷土の歴史への関心の寄せ方だと考えます。ご理解とご協力をよろしくお願い申し上げますm(_ _)m
公式サイトトップのトピックスや更新情報では確認していませんが、2008年4月1日生活情報・教育コンテンツにおいて、お知らせとして「市史・町史発行状況」に刊行の告知が掲載されました。サイト上には、再発行に至った経過の説明も見あたりません。報道発表もしていないようです。相変わらず極力目立たせない作戦のようですが、みごと成功しているようですね。
再発刊の記事で記憶にあるのは西日本新聞だけです。当然ながら網羅できていないので、洩れがあるかもしれません。ログをうっかり喪失してしまい、西日本新聞公式サイトでも収納されてしまっていたので、個人ブログから孫引きさせていただきました。(2008/06/18)
あらためて刊行した下関市史第一巻「原始‐中世」
執筆者の不適切な引用が発覚したため回収されていた下関市史第1巻「原始‐中世」がこのほど、「増補改訂版」としてあらためて刊行された。回収対象となった市史を所有している人には、無料で交換する。
第1巻は旧石器時代から毛利氏支配の始まりまでを対象に、2005年12月に一度刊行された。しかし、中世部分を担当した執筆者が17カ所で、引用元が不明確だったり、引用とは分からないような表現をしていたりしたことが発覚。06年9月から回収するとともに、この執筆者の負担で修正版を出すようにしていた。
増補改訂版はA5判744ページ。最初に出版された市史より6ページ少なくなっている。3000部を作成し、一般にも4760円で販売する。問い合わせは同市広報広聴課=083(231)2951。
◆2008年6月をもって、自分の中でやっと一区切りつきました。ヤレヤレ。(2008/06/18)
◆2008年3月、めでたく『下関市史』が再発行されたとのこと。諸事情あって私が手に取るのはしばらく先になりそうですが、内容を確認して当サイト的にまとめることができれば、当頁の役割は終了として、リンクをIndex上部から下ろす予定です。予想より随分時間がかかっちゃったなー…(2008/04/10)
◆関係者の安心のために、あまり好きではないのだけど当頁アクセス解析の結果など。一日平均、片手の指で足ります。しかもこちらが得ている情報から判断するに、おおむね同じ人がローテーションつくっているようです。当頁テーマに興味を持つ人が動向チェックに覗いている感じ。数日に一人くらいサーチエンジンから新規にお見えですが、そのうちの何割かが居つく頃には古い方が間遠になるので、数字上の変動はさほどありません。迷い込んだ人はすぐいなくなり、残るのは関係者ばかりです。何か動きが報道されると連動して増えますが、それでも10倍にも届かないし、翌日にはほぼ沈静化します。当頁の内容に特別なことはないし長文で読みづらいので、集客力はありません。(2007/01/04)
◆当頁の来訪者に編修委員や発行所や編集室関係者がおられましたら、ご確認ください。現在閲覧できないので確証はありませんが、私の記憶によれば、『下関市史』の巻末に近いところに参考だか引用だか関連だかの文献が並んだ中で、『寧楽遺文』が妙な位置にありました。この読み仮名はふつう「ネイラクイブン」ではなく「ナライブン」ではないでしょうか。年末に再刊されるのであれば、しかるべき対処をされるがよろしいかと。私の記憶違いでしたらすみません。(2006/11/08)
◆調査委員会及び審議会を設置したというニュースを見て以来気になっていたのですが。やはり処分が要るんだな。まあ大学側としては、研究機関としても教育機関としても放置するわけにはいかないんでしょう、きっと。処分の妥当性を云々する気はありませんが、この時期のこの処分は『下関市史』再発行のためにはありがたいこと(←ジコチュー)です。受け持っている講義は休講なのか代役が見つかったのか、いずれにせよ学生に影響がないと良いですね。(2006/11/08)
◆当頁が下関の歴史に興味のある純朴な人とアンダーグラウンドを直結する場所になることには抵抗感がありまして、悩んだんですがわかりにくくすることにしました。どうしても見たいのなら仕方ありませんが、自力で探せないってことは基本的に性が合わないというか、そぐわないってことだと思うので、無理しないでください。(2006/10/01)
◆某市議というか元町議と世間話というか立ち話をしたので、ついでに市史回収の話を振ってみた。さすがに承知はしていたけれど(実は知ってる人に初めて会った)、得意分野じゃないこともあってか、あまり興味なさそうな感じ。市議会では問題にならなかった(あるいはならない)ってことかしら。出典を明記していないからという認識らしいのだが、なにぶん旧市が旧市域のことを書いた本の件なので、まあ冷たいこと(苦笑)(2006/09/30)
◆この問題に対する下関市役所の姿勢は、公明正大とか正々堂々という表現には到底当てはまりませんが、必要最低限の情報を公開し面倒を排除しようとする徹底したリアリズム、あるいはその保身の妙技には感心(褒詞)します。著作権侵害とは、本来当事者同士の話であり、解決方法について購入もしていない私が口出しすることではありません。では何故こんな頁作っているのかといえば、ルール違反を見抜けず褒めるテキストを公表して赤っ恥をかいたという私怨がひとつです。勿論、もっと大きな理由は、引用ルールの存在と地域史をやる以上自治体史の位置付けが必要だってこと、そしてその認識を広めたいってことですが。(2006/09/28)
◆WEB上の反応を見てみようと思ったのは、リアル生活においてこの話題に触れる機会が、全くと言ってよいほど無いからです。匿名掲示板に重点を置いたのは、あてもなく放浪するより効率が良いだろうと思われることと、WEB世論とリアル世論の乖離現象に興味を持っている時期だったからです。それと、ココなら何かあるかもな、という漠然とした期待。むしろそれ以上と言うか、確かに朝日新聞記事は読み取り辛い書き方でしたが、いかにもなネタ化を果たしていました。しかしまあ、ここは真面目に作っているつもりなので。(2006/09/26)
ある日、県外の某社社長と自称する方から電話がありました。
「私の信念と御社の理念は大変共通する部分があるので、御社のTOPに目を通してさえもらえれば必ず同意し、話を聞いてもらえると確信している。これからFAXするので、ぜひ見せて欲しい」
そして届いた数十枚に及ぶFAX。かかった時間は数十分。もちろんその間、当社のFAX通信は麻痺状態。どう見てもどっかのサイトの印刷物に殴り書きの上、敬語の使い方を間違っていて、この時点でかなり感じ悪。
「FAXが届いたと思うが」
「届きましたけど、これWEBサイトホームページをプリントアウトしたもののようですが、URLアドレス教えていただければ時間のかかるFAXでなくても良かったのでは(≒嫌がらせか)」
「それじゃあ言いたいことが伝わらん」
「(FAXでも伝わらんぞ)…ところでコレ、宛名の一番上が某社(※ライバル)になってますけど」
「ああ、そっちにも送ったから」
「(使いまわしかよ)…で、今見た限りでは個人のホームページなんかも交じっているようですが、どれが御社のものなんでしょうか」
「いや、うちのはない。言いたいことが書いてあったから送った」
「(?)…って、そちらで作られたものではないんですか」
「違う。良い事が書いてあるから送った。そこに自分の言いたいことが全部書いてあるから」
「(意味わかんねぇし)…あのぅ、他の方の作った文書をですね、そちらのお名前で送るというのは、厳密に言えば著作権法かなんかに引っかかるんじゃないかと思うのですが」
「そんなことはどうでも良いから、とにかく上の人に読んでもらえばわかるから、話がしたい」
……良くないです。法律無視するようなところとは付き合えませんぜ、ダンナ。(2006/10/17)
WEBを放浪していたある日、角島について取り上げた某ブログ記事に、見覚えのある画像が使われているところを発見。サムネイル表示されているものの、クリックすると元サイズ(320×240)に。
どう見ても、「映画『四日間の奇蹟』をロケ地から応援する頁」内で使用している「私が私のデジカメで撮影して加工して私のサイトでWEB公開して、提供元を明記することを条件に他サイトでの使用を許可」(←重要)した画像に見える。トリミングはもちろん、水平線のライン、海岸線の角度、波の立ち位置、石とその間の漂着物、生えている草の伸び方、などなど。
ちなみに、私が掲げた使用条件は、下記のうちのどれかひとつを満たすこと。
(1)提供元として当頁のどこか(例:http://www.geocities.jp/ochappy_l/kiseki/film_kiseki.html)にリンク
(2)提供元として当頁URLを画像と同一ファイル内に表記
(3)提供元として頁名「映画『四日間の奇蹟』をロケ地から応援する頁」あるいは管理人名「さんにゃん」を画像と同一ファイル内に表記
が、該当記事のどこにも提供元の記述はない。半月ほど前の記事で、民話紹介のため「映画『四日間の奇蹟』をロケ地から応援する頁:雑学つのしま」へリンクされているだけ。普通に読めば、ブログ主が角島へ行った際に撮った画像、という印象。その印象がイヤだから、条件設定してるのになあ。
メールアドレスが見当たらなかったので、とりあえず該当記事に抗議コメントを書き込んだ。でもスパム多いから見逃されてる(←好意的解釈)らしい。今後どうするかは検討中。(2006/10/22)
追記:新着記事にしつこく指摘コメントを書き込んだ結果、もうひとつ別サイトで加工されてる画像を含め、コメント欄で指摘したぶんについては画像撤去完了を確認。私の権利回復については一応の解決を見たので、匿名化のためリンク解除。しかしこういう場合、他にもヤッてないとは限らないよな。この件についてブログ主は一切レスくれないのだが、こちらの指摘どおり画像を撤去したということは、私の主張を全面的に認めたのだろう、たぶん。しかし反応がまったくないので、何を考えているかさっぱり。てか、騒がなきゃ放置するつもりだったんじゃなかろうか、と思われる今日この頃。ったく、音楽野郎(の一部)はこれだから…(2006/10/25)
私が当頁作成を思い立った理由は、実はもうひとつあります。それは、下関市役所の対応が、あまりにも見事な事無かれ主義に見えたことです。具体的には、ニュースで報道していながら、市役所公式サイトの報道発表に、リアルタイムで掲載されていなかったことが大きいです。なんだか如何にも有耶無耶で済ませたい意志が垣間見えて。
私は、役所の事なかれ主義を一概に否定するものではありません。この問題の対処に関しては非常に見事と感心していますし、そのことは関係各氏にとっても有益とは言えないまでも、むやみに騒ぎ立てるより良かったと考えています。回収再発刊にあたっての費用は、H氏が責任をとって負担しているのですから、蒙った被害といえば発刊が遅れたことだけですし。
では、何が問題なのか。
非常に迂遠ですが、私の杞憂に近い危惧は、『下関市史(通史第一巻)原始〜中世』は「回収再刊行」された…というイメージだけが残り、それが後にいわゆる陰謀論に援用されるのではないか、というものです。
具体的には、「実は当初の下関市史には○○にとって都合の悪いことが書かれていたため圧力がかかって書き換えられたのだ」てな主張がされちまうんじゃないかと心配なのです。ほら、最近多いじゃないですか、「マス○ミは権力者の公式見解を鵜呑みにして垂れ流しているだけだ」とか、「回収なんて平成の焚書だ」とか、「歴史など所詮は勝者によって造られるものだ」とか。ええ、だからこんな片隅に書くわけですよ、ほぼ杞憂ですから。
この件に関する下関市役所の対応があまりにも巧妙で(註:褒めてます)、結果として経過を追いづらくなってる気がしたもので、2005年の発刊直後に目を通し、内容についてコメントし(ログ喪失しちゃったけど)、回収にリアルタイムで遭遇した者として、後から気づいた人が道に迷うことを少しでも防げればいいなぁと考えています。『下関市史(通史第一巻)原始〜中世』の回収再刊行は、不適切な引用方法が問題になっただけであって、それ以上でもそれ以下でもありません。(2008/06/18)