2016年12月、山口県下関市豊北町阿川浦の共同墓地に、日露戦争時のロシア兵の墓があると聞いて訪ねました。地元の方の話では、明治38年(1905)年5月27日〜28日、長崎県対馬沖で行われた日本海海戦の戦死者の遺体が漂着し、埋葬したそうです。現在では、浦自治会で管理しているとのこと。また、同じ墓地内に、前年6月ロシア艦隊に撃沈された常陸丸・佐渡丸の死者の遺体も漂着したので埋葬した慰霊碑もありました。(2016/12/12)
![]() | 日本海海戦露兵埋葬碑 阿川浦の共同墓地にある日本海海戦で漂着した戦死者の埋葬碑。「明治卅八年五月日本海海戦露兵ニ名埋葬之碑 阿川村」と刻まれている。2016年12月撮影。 |
![]() | 埋葬碑のまわり 埋葬碑にはニ名と刻まれているが、周辺の小さな石塚五基も、地元ではロシア兵の墓とされている。 |
![]() | 常陸丸・佐渡丸遭難者墓標 共同墓地の中にある常陸丸・佐渡丸遭難者墓標。「征露戦役忠死者之霊」と刻まれている。後ろには建碑の由来が書かれている。 |
2016年12月、安倍晋三総理とプーチン露大統領の長門会談にあわせ、地元のロシアにゆかりのあれこれが注目されました。その中で、阿川浦のロシア兵の墓も話題に上るようになり、12月7日にはKRY山口放送でニュース報道されました。改めて『豊北町史(2)』(豊北町史編纂委員会/1994)を見てみると、ロシア兵ニ名の遺体を阿川浦地区に葬ったことが書かれていました。