「中山忠光遭難夜話」へようこそ。ここは、山口県下関市豊北町の地元紹介サイト「おちゃっぴぃ」内のコンテンツです。中山忠光没後150年にあたり、地元在住の管理人さんにゃん(山太娘)による、幕末に長門国田耕村(山口県下関市豊北町田耕)で起こった、尊王攘夷派の青年貴族・中山忠光の暗殺事件について、少しばかり調べてみようという頁です。
中山忠光は、1863(文久3)年8月、大和国(奈良県)で天誅組の主将として討幕の兵を挙げましたが、ほぼ同時に京都で八月十八日の政変が勃発。幕府の追討軍に追われて、長州へと逃れてきます。田耕で匿われていた1864(元治1)年11月上旬、白滝山の麓でひそかに殺害されました。享年20歳。遭難の地は現在、本宮中山神社となっています。
ここでは、豊北町田耕における中山忠光の遭難が地元でどのように伝えられ、考えられてきたのかをまとめ、あわせて観光ガイド的な紹介もしていきたいと思います。長州における中山忠光の動静について、ご質問やご意見、情報提供は掲示板やメール(ochappy_s@yahoo.co.jp)でどうぞ。