“オトナ”の名車・珍車図鑑




VOLVO
P1800ES

 

 JR千葉みなと駅近くにあるボルボの店内に展示されていた素敵なデザインのボルボ車。
 ずいぶんと以前に見たものなので、現在も展示されているかどうかわかりませんが、ひと目見て「いいデザインだなあ」と感心しました。

 ナンバープレート付近にモデル名が入っていたので調べてみたのですが、「VOLVO P1800ES」は、1950年代に開発され、売り出されたのは1960年代。
 写真のハッチバック・タイプは、シリーズ最終モデルで、1970年代に入ってからリリースされたモデルだそうです。

 1960年代には、そのエンジン性能なども“ウリ”になっていて、人気モデルだったようですが、1970年代に入り、設計の古さが目立つようになり、このハッチバック・タイプのモデルを最終モデルとして生産は終了したようです。

 それにしてもリアのフェンダーの“張り出し”具合といい、グラスエリアの取り方の斬新さといい、ハッチバック部分の大胆なデザインといい、今見てもカッコイイ、素敵なクルマという印象がしました。

 ちょっとお金持ちの家族が週末にキャンプに出かける、なんてシチュエーションが似合うような気がします。

 今回は、たまたま見つけた古いボルボ車のご紹介でした。

[更新日:2013_08_18 ]




 このクルマの印象を決めてしまうのは、やはりこのリアスタイルではないでしょうか。
 広いハッチの取り方と、シグナルの横配置、バンパーの出っ張ったメタル部分のデザイン、メタリックな縁取りも、今見ると“オシャレ”に見えます。





クラウン
トヨタ


 トヨタがクラウンをフルモデルチェンジしました。

 すでにCMなどでそのルックスを確認された方もいらっしゃると思いますが、イメージカラーが『ど・ピンク』です・・・それも限りなく“下品系”なピンク色・・(-_-;)

 イメージカラーと共に強烈なのがフロントグリルを中心とした前面のデザインです。
人によって取り方は色々だと思いますが、その色といい、グリルのバカでかさ、稲妻型の切り込みといい、やはり“族仕様”な印象が漂っています。

 「何を言ってんだ、このカッコよさがわからんのか!」と言われれば、トヨタも大きくシフトしたもんだ・・とも思います。

 トヨタ内でもモメたとは思いますが、「今は若者がクルマ離れしています。ここは思い切ったデザインとイメージカラーで若者を取り込みましょう!」なんて言った人がいたのでしょう、で、こんなんなっちゃいました・・( ̄◇ ̄;)

 予兆はありました。
 マークUの後継車種、「マークX(エックス)」のフロントグリルに先代から早くもそんな雰囲気が漂っていました。
グリルの真ん中に「エックスだぞぉ〜」って、でっかくエックスが書いてあってf^_^;) 正義の味方の乗り物実車版みたいになっていました。
 モデルチェンジ後もそんな「エックスだぞぉ〜」路線は変わりありません。

 変えないってことは、あの子供っぽいデザインは“ウケ”ていたんでしょう。クラウンへも更に「王冠マークだ、えらいんだぞぉ〜!」的路線を拡大したようです。

 デザインなんて、何年後、数十年後にはどう評価されるかわかりません。
私が感じた子供っぽい印象も全くお門違いなのかもしれません。

 それに既にご注文なさってワクワク状態な方もいらっしゃるでしょうからあまり不謹慎なことは言わんとしときましょう。

 売れるのかなぁ。

[更新日:2013_01_13 ]



 
 色をシルバーに変えるとこんな感じ。
 でも、やはり大袈裟かなぁ・・海外の人が見たらどんな印象なんだろう。

 まだ実物を見ていないので、実物との遭遇が楽しみっていえば楽しみだな・・・。





アルシオーネSVX
スバル


 スバルのレオーネから派生した「アルシオーネ」という高級クーペの二代目のクルマです。
 初代アルシオーネは、まるで宇宙船のような未来的な印象のけっこう鋭角的なデザインでしたが、こちらはグランドツーリング・カーとしての高級な風格も漂わせるものでした。

 ちょっと見ても国籍不明、あれっ?フランス車?と一瞬思ってしまうほど異国感がありました。

 水平対向6気筒エンジンを搭載し、3,300ccのNAエンジンが主力でした。

 サイドのウインドゥがルーフまで回り込んでいるため、窓はほんのちょっとの部分しかガラスが下がりませんでした。
 それも逆に高級感を漂わせることになったのですが。

 パワーもありましたし、試乗車に一度乗ったこともあるのですが、かなりな堅いサスペンションで、見た目の感じとは異なり、ビシビシに固めた乗り心地でした。

 90年代半ばに生産を終了したのですが、あらためて写真を見ても“なかなか”のデザインです。

 早すぎた・・というか、どの時代にも合わなかったというべきか、オンリー・ワンなクルマでしたね(*^_^*)

[更新日:2012_11_10 ]




 特にリアから見たスタイルが、グラスエリアの多いこのクルマの特徴をよく感じることができます。

 日本ではせいぜい5,000台程度、海外も含めて2万数千台の生産だったようですが、記憶に残るデザインのクルマでした。





フェアレディZ 240
日産




 このフェレディは1970年代くらいのものでしょうか。駐車場で見つけ、「昔のデザインっていいよなぁ」としばし見とれてしまいました。

 ロングノーズ、ショートデッキで、ボンネットは前にいくにつれてスラントしています。
 当時の6気筒既存エンジンをボンネットにどうにかこうにか収めたため、ボンネットの一部は盛り上がっていますが、全然気になりません。

 アメリカでとても売れて「DATSUN Z」(ダッツン・ズィー」などとも呼ばれてヒット作だったのですね。その当時はクルマに興味なども無い時代なのであとから聞いた話ですが。

 今見てもフロント・ライトの部分が、ボディーをえぐり取るようにして取り付けられており、ゼットと言えばこのデザインという印象でした。

 他の国の繊細なスポーツカーのエンジンなどとは異なり、鋳鉄ブロックの重い、量産型SOHCのL型水冷直列6気筒は、アメリカの人達にはむしろメンテナンスもし易く、気軽に乗れるスポーツカーとしてマッチしたのではないでしょうか。

 軽量モノコック・ボディに前後輪ストラット式サスペンション、四輪独立懸架は、当時としてはかなりハイスペックな足回り。
 魅力的に感じます。

 アメリカではリーズナブルな価格設定であることも手伝って売れ、日本でも高価格ではありますが、あこがれのスポーツカーになったようです。

 古き良き時代のカッコイイスポーツカーです。

[更新日:2011_06_19 ]




 フロントから見たところ。
 そう言えば、昔、日テレで日曜夜に放映していた『バイオニック・ジェミー』(米国では Bionic Womanというタイトル)という番組で、主人公のスーパーウーマン、ジェミー(リンゼイ・ワグナー)がこのクルマに乗っていたのを思い出します。

 ジェミーは自分と同じバイオニック(サイボーグみたいなもの)化されたバイオニック・ドッグ(シェパード)と共に悪と戦い、普段は小学校の先生として働いていて、いつもこのフェレディのハッチバックを開けると犬がサッと乗り込んだシーンを思い出します。
 それも懐かしく思い出してしまいました。

 




二代目 MR2
トヨタ


 初代MR2は、モーターショーでのコンセプト・カーが現実化されたもので、当時は人気があったと記憶しています。

 この二代目は、見た目は初代よりも“カッコイイ”のに人気はそれほどでもなかったように思います。

 デビュー間もない頃は、ジャーナリスト達の試乗会で操縦性が過敏であり、素人には乗りにくいものであったとの評価が出てしまい、その後かなりチューニングも変えられていったようです。

 ミッドシップで、もちろん後席も無く、ある意味不自由なクルマが売れる理由が段々と無くなってきて、スポーツカー的に若い男性が乗りこなすということも世の中で減少していく最中のクルマでした。

 今でも街中で見かけることがあります。
 このようなスポーツライクでスタイリッシュなクルマの出現はどんどん少なくなっていくのでしょうね。

[更新日:2011_02_01]




 ある日駐車場で見かけたMR2。
 うれしくなりました。
 こうして長く乗っている人、きっとクルマ好きなんでしょう。

 どうか、このまま綺麗に丁寧に乗ってほしいと思いました。





NSX
ホンダ


 きょうは、ホンダの『NSX』がコンビニの駐車場に止められているのを発見!
 今見ても、やはりその姿は“スーパーカー的”なオーラを発していました。

 1990年頃のデビューだったでしょうか。2005年までの長きに渡ってリファイン、モデルチェンジを繰り返しながら生産が続行されてきました。

 発売された頃には、定価でも800万円以上のプライス。・・当時はさらにプレミア価格がついて、1000万円を超える価格で取引されていたような記憶があります。

 V6、3,000ccのVテックエンジンを搭載し、馬力は当時の自主規制設定により280psでした。
 そして、その評判はかなり良く、エンジンの良さ、ハンドリングの良さ、などは世界的な良い評価を得ていました。

 もちろんスタイリングは独特のワイド&ロー、そしてエンジンをミッドシップに置き、まさに“スーパーカー然”としています。

 日本でも、多くの評論家が自分のクルマとして手に入れていたようです。

 左の写真は、前期のもので、前照灯が「リトラクタブル」になっていますが、右の写真、後期は、ライトにはフタが無く、デザインの変更がなされています。

 タイプR、タイプT、タイプSなど、スポーツに“振った”シリーズなども展開し、クルマ好き(特にホンダ党)には、高嶺の花ではありますが、あこがれのクルマでした。




 2009年の、このページ掲載時点で、19年も前のクルマですが、スタイルはいまだに魅力があるんじゃないでしょうか?

 ちょっとお尻が上がったようなスタイル、フロントボンネットは低く、地を這うようなイメージです。

 ミッションなども途中から「6速」が投入されたり、最後まで進化していました。

今後、ホンダが同様のコンセプトでクルマを出してくれるかは、わかりませんが、今後も“スポーツ”のホンダを思い起こさせてくれるようなスポーツタイプの発表をファンは待ち望んでいるのではないかと思います。





フェアレディ Z(4代目)
日産



 とある駐車場で見かけた、懐かしいフェアレディZです。
 1989にフルモデルチェンジで登場したフェアレディZの4代目。
 当時はここで、“5ナンバー”から“3ナンバー”になり、ワイド&ローなスタイリングになりました。

 国産車初の280馬力、それに3リッターのV6ターボエンジン、「VG30DETT」を搭載していました。
 4輪マルチリンクサス、リアビスカスLSD、アルミキャリパー&対向ピストンタイプのブレーキと、走るための装備をどんどん投入していました。
 エンジンはターボのほかにNA(自然吸気)も用意し、多様なニーズに応えようとしていました。
 ボディは2シーターと2by2、Tバールーフも設定されていました。

 スポーツカー的には、数々の走りの装備を搭載していましたが、この車の特徴は何と言ってもそのスタイルでしょう。

 特にリア、斜め後方から見たスタイルは格好いいのひと言です。
 もう、今ではほとんど見かけることなどありませんが、きっとこのオーナーは、大好きなのでしょうね。
 丁寧に乗って、このスタイリングを長い間見せてもらいたいものです。

 



 「Zカー」という呼び名は、北米で拡がりました。当時のアメリカではこの比較的“安価”なスポーツカーの初代版がベストセラーになったのだそうです。

 そういえば、アメリカのテレビ・ドラマ「バイオニック・ジェミー(プロテニスプレイヤーで教師、そしてOSIの美人諜報員のお話)」で、主人公のジェミー・ソマーズを演じていたリンゼイ・ワグナーが、Zカーの初期版に乗っていました。

 ハッチバックをあけて荷物を放り込み、さっそうと出かける“ジェミー”カッコよかったです!





ユーノス・ロードスター
(MX-5・ミアータ)
マツダ

 デビューは1989年頃だったでしょうか。ロータス・エランやMGなどの再来か!?などと、ロードスターマニア、スポーツ・カー好きなどには大いに期待を抱かせる海外発表、そして予約発売が行われました。

 魅力的なオープン2シータ−のスタイリング、軽快な印象のエクステリア。
 どこを見てもマツダのやる気が満々なのがうかがえたのです。
 その頃『人馬一体』という言葉が、このクルマの製作者側からキャッチコピーとして流されてくるに至って、「ますますクルマ好きがやる気になって作ったのだな」と思うに至りました。

 海外では先行販売され、「MX−5ミアータ」の名で大ヒット商品となりました。
 そして、日本でも一時期は見かけない日は無いというくらいのヒットとなりました。

 エンジンはファミリアのものをチューンして、排気音などにも気をつかい、シフトも超ショートストロークにして、“速い”クルマよりも“速く感じる”クルマに仕上がっていて、誰もが楽しめるオープン・スポーツでした。

 そして、こういった特殊なジャンルであるにもかかわらず、その後も代替わりしながら人気車種として存続しました。

 いわゆる“日本の名車”です。
 これに異論があるという方はあまりいないのではないでしょうか。




 すっきりしてシンプルなコックピット。
 内装については、タン色の本皮仕上げなどの豪華なものも用意されていました。

 屋根はもちろん幌なのですが、脱着式ハードトップも用意され、至れり尽くせりという感じでした。




ザッツ(That's)
ホンダ


 ホンダの軽乗用車で、たぶん2008年3月現在、生産を見合わせている状態なのではないかと思います。
 これ、我が家で妻が乗っています。

 登場した頃は、デザイン重視の軽自動車で、今までに無かったものだ・・という触れ込みでした。
 たしか、“i−Mac”のデザインをモチーフにしたと、当時の担当デザイナーが言っていました。
 フロントから見た感じが、なんとなくそんな感じも醸し出しているような気もします。

 で、このクルマ、色々なクルマ雑誌や、評価本などでは、こっぴどく叩かれていました。
 デザインも、その他性能的な評価も、使い勝手等についても、ほめている本なんて見たことがありませんでした。

 でも、いざ使ってみると、そんな批評は全く“でまかせ”であったと思わざるを得ません。
 非常にいいですよ。
 動力性能については、我が家の車種は、ノンターボなので弱いところがあるかもしれませんが、高速道路にでも乗らない限り、普段使いには十分です。何の不足もありません。

 それにコーナーまで十分に生かしたデザインによる広い室内は使い勝手が非常に良いです。軽自動車と聞いて驚く人もいました。

 乗り味も、軽らしからぬ重厚なものです。ドアの閉まる音も重厚です。非常に落ち着いた走りをみせてくれます。

 リファインして売ってくれれば、もう一度買いたいくらいですが、すでにホンダでは「ゼスト」が後継車となっているようです。残念!!

 評論家の言い分など全くあてにならないという、見本のような実質の良さを持つクルマです。
 我が家ではまだまだ走らせるつもりです。




 軽らしからぬすっきりとして、落ち着いた室内。内装も貧相なところなどありません。

 後席も広く、十分な空間があります。
 シート地も安っぽくありません。




エルグランド(初代)
日産

えらそうな『グリル二段重ね』
トヨタ・アルファードに市場参入された日産は
【もっと“えらそう”に見える】作戦で応戦

明らかに“やり過ぎ”の
エルグランド第二弾の【にぎにぎしいグリル】

 まず、左に並んでいるのが、今回の「エルグランド」です。

 日産が大型のワゴン車をモデルチェンジする際に、ボディを回り込ませないで、しっかりと四隅まで使い四角く、いっぱいいっぱいスペース利用した上に、フロントのグリルを思いっきり大きく、派手に、アメ車風にして、全体にアメリカのミニバン的なテイストにしたことが事の発端でした。

 で、このクルマは売れだしました。意外なセールスを記録し、たぶん原因は、今までこういうクルマに見向きもしなかった人達が購入したためだと思われます。

 セドリックやクラウンなどの高級車が、ヨーロピアン・テイストな流麗なスタイルになり、成金趣味の方から見ると、“押し出し”の弱い印象になってくる傾向にあったため、その手の趣味の方々からは、「これじゃ高いクルマに見えない」という不満があったのだと思います。

 そこに、これだ!「明らかに高そうに見える立派なフロント・グリル、強面な外観、高そうな室内」しかも、何人もが快適に乗車できて、家族からも不満が出ないというオマケ付き。売れないはずがない。

 その意外な市場に気付いたトヨタは、思いっきり真似ッコした右側の写真「アルファード」を恥も外聞もなく投入。しかも、日産の開拓した新しい成金市場を奪い始めます。
 日産も写真左のように『グリル二段重ね・にぎにぎしバージョン』で対抗します(^_^;)

 それを見ていたホンダも、その市場の魅力に勝てず、高級ミニバン「エリシオン」を発売。しかし、トヨタよりは、羞恥心のあったホンダは当初、ややおとなしいグリルのついた形でリリース。
 で、売れない・・とみると、ついに我慢の限界で、えらそうなグリルをくっつけて、ホンダ版成金カーを遂に投入!!(^^;)

 今現在、ちょっとお金のある田舎のおとっつぁんや、サラリーマンでも、小金持ちなどには、まだまだ魅力的なマーケットとなっている状況です。
 さて、このあとどういう展開になりますやら・・・。




 真似ッコ・トヨタの『アルファード』。
 本家よりも“スカした”感じが心憎い。
 前も後ろもグリルなどの金属周りがピカピカしていて、小金持ちの心をくすぐります。


 ホンダの「エリシオン」、初期のプレーンなバージョンは、まだ“成金”趣味を無理矢理押さえ込んでいます。


 最初はオトナの対応をしていたエリシオンだが・・・。
 ついに我慢しきれなくなり、グリルを押しだしの強い成金バージョンにして、エンジンもパワーアップした、「辛抱たまらんバージョン」で勝負。





WiLL VS
トヨタ

 WiLLは、1999年から2004年にかけて行われた、日本の異業種企業による合同プロジェクトです。

 WiLLのブランド名とオレンジ色のロゴで統一されていました。
 花王、トヨタ、アサヒビール、松下電器産業、近畿日本ツーリストの5社で開始され、その後、江崎グリコ、コクヨが参入したのですが。

 で、トヨタはこのクルマで参加したわけです・・・。

 このムーブメントは、イマイチ、これだけの企業が参入したのにもかかわらず盛り上がりに欠けていたように記憶しています。

 トヨタのWiLLシリーズは、この「VS」以外にも、かぼちゃの馬車のような「Vi」、“育てるクルマ”として色々な場所のナビゲーションをより持ち主の好みに近づけるような記憶装置をもった“カタツムリ”のような「サイファ」がありました。
 どいつもこいつも全然売れませんでしたが(^^;)

 このVSは、ルックスからわかるように、若者向け、スポーティー、ちょっと人相(車相?)が悪い、スタイルのために居住性を犠牲・・・などといった印象が残ります。

 190psモデルも用意され、かなり動力性能は高いものがありますが、1速と2速のギア比が離れていて、美味しい回転域(6,000rpm)を維持するのがちょっと難儀するなどの欠点があったようです。
 結果的に街乗り時のパワフル感が無い、というような印象になってしまったと・・・。

 結局わけわからんクルマに仕上がり、クルマ好きの人はあまり触手を伸ばすことはなく、かといって、珍しモノ好きなだけではなかなか買う勇気を持つ人もいなく、クルマのことは良く知らんが、形が変わってるから買ってみよう・・というような人のみが手に入れたため、全然売れないクルマになってしまったようです。


 このクルマの最大の特徴は、バックから見たルックスであることは誰も異論が無いでしょう。

 まるで“ステルス戦闘機”のような一種異様な佇まいは、かなり不気味です。
 このクルマに街で出会うと、けっこう驚きますよ。なんだ、どこの国のクルマだ!?・・と。

 トヨタは、せっかく190psという過激な動力性能を与えたのだから、さらに何かもうひとつ走りの魅力を加えて販売したらよかったのではないでしょうか。
 例えば、4輪操舵や路面状況に応じてトルク配分可変な4輪駆動などの目玉を設けるなど・・・。

 おしいね、あと二歩・・というクルマでした。





bB
トヨタ

 トヨタが作った、トヨタによる『ワル』を表現したクルマになっております。
 初代は、ビッツをベースに、この写真の二代目は、パッソをベースにしています。

 初代も“ワル”を表現していましたが、実は四角いボディーが家族向けに使いやすく、善良な“おとうさん”達がけっこう乗っていました。トヨタの意図からはちょっと外れ、所帯じみたクルマという印象もありました。

 で、この二代目は、その反省?から、さらに“ワル”度を増して左の写真のようにフロントから見るとまるで『張りぼて』状態のお顔をしています。ほんとにかっこ悪い゜・(ノД`)・

 挙げ句に、キャッチフレーズは『トヨタのミュージック・プレイヤー』です。これは、クルマではなく、音楽再生の家電のような品物であると作ったトヨタが言っているのです(T_T)

 スピーカーが11個もついて、しかも夜にはそのスピーカーが風俗店のような怪しい光を放つのです。あまりにも馬鹿っぽくて哀しいクルマ・・いやいや、ミュージック・プレイヤーです。

 これを作ったトヨタの技術者は、走って曲がって止まるという基本性能を一生懸命考えて作っただろうに・・“クルマ”として売りに出されていないのです。その技術者がクルマとして作っていなかったら、もっと悲しい・・!!

 このかっこ悪い、張りぼて“ワル”演出ミュージック・プレイヤーは、オトナにも子供にも恥ずかしいクルマとなり果てました。
 乗っている方、ごめんなさい。でも、クルマじゃないんだからクルマの評をされても怒る必要無いか?!


 トヨタが、自らちょっとワルっぽい人向けにクルマを作るなんてことは、過去にありませんでした。

 そういう、“チョイ悪”需要の世界にもトヨタが入り込んでくると、ヤンキー上がりをターゲットにしたクルマなどを得意としていた日産には驚異となったのではないでしょうか。

 しかし、所詮は付け焼き刃、トヨタの“ワル”演出は、いまひとつ煮え切らないものに感じます。
 ミュージック・プレイヤーという位置づけも、もっと極悪な感じのアンプ、スピーカーを配し、音も低音がズボズボいうような、どうしようもない音質にすると更に“ワル”の方々には受けたのではないでしょうか。

 ようするに中途半端。優等生サラリーマンにこんなもの作らせちゃいけないって気付いたかもしれません。
 トヨタには、次回には本格的な“ワル”社員を雇って、こんな仕様のクルマを作らせてみたらどうでしょう??!!





4(カトル)
ルノー

 まだまだ走っているのを見るとうれしくなります。
 我が家の近くの道を走行しているのを発見し、思わずついて行ってしまいました。そしたら、我が家のすぐ近くの家に入って行きました。
 こんな身近に乗っている人がいたなんて・・・。

 まず単純にその佇まいがいいですよね。
 不思議な品格があります。それは、値段が高いとかいうのと別な・・・。

 これで、大きさは実際に比べると、きっと日本の軽自動車よりも小さいかもしれないですね。
 それでも、なんだか一家のために黙々と走りそうな家族の車という気がします。

 サスペンションの構造の関係で、その部品を前後に配する必要があったため、後輪は、その位置が前後しているという不思議なタイヤ配置になっています。
 要するに、右ドア側から見た場合と、左ドアから見た場合では、後輪の位置が異なっているわけです。
 日本じゃ考えられないレイアウトですが、乗り心地はけっこう良いという話を聞きました。

 なんか、ステキですよね!


 今の時代にこのクルマに乗るということは、性能面でも、安全面でも、環境面でも、空間的にも辛いものがあると思います。

 でも、こうしてきれいにレストアして乗るっていうことが、素晴らしいことだと思います。
 クルマ好き、特にフランス車好きでなければ、できないことだと思います。





バンデン・プラス・プリンセス




 英国では、かつて、メーカーがエンジンやシャシーを製造し、ボディをコーチビルダーが架装するというのが一般的だったらしいです。

 このバンデン・プラス・プリンセスは、コンパクトなサイズながら、VIPカーとして、ハロッズやリッツなどに乗り付けても違和感の無いクルマだったのだと思います。
 まさに小さなロールス・ロイスです。

 バンデン・プラス社は、ベルギーで、1800年代に当時の貴族階級用の馬車などを手がけていたのだそうです。
 それが、やがて英国王室などから注文を受けるようになったのだとか。

 お金持ちの奥様などが、ちょっとお出かけに使用するのが“粋”だったのでしょう。

 二昔前くらいに、テレビドラマで、女優さんが乗っているシーンなどを見ましたが、その時でも既にクラッシックカーだったのですから、今やかなりの貴重品となっています。

 サスペンションは、液体の入ったパイプが前後の車軸を繋いでおり、前の車輪が突起に乗ると、後ろに液体が回り、後ろが持ち上がり、車高を保つというサスペンション・システムが装備されているのだとか・・・。

 実物は一度も見たことがありませんが、まさに英国車、まさに名車と言えると思いませんか?

 いいクルマです!!


 『英国王室御用達』のコーチビルダー
バンデン・プラス社によるクオリティの高い内装

 後席には格納式の“ピクニック・テーブルが供えられています。





サンビーム
英国車

 音楽やクルマなど、趣味多彩なH.Shigetaさんに見せていただいたご本人が手に入れたクルマ“サンビーム”です。
 正式には、「サンビーム・アルパイン・ロードスター」と言うのだそうです。

 1954年製ということで、私よりも古い?クルマなのです。それをレストアして、クラッシック・カーが実際に高速走行するレースと祭典が合体したような『ミッレ・ミリア』に出場したいというのがH.Shigetaさんの素晴らしい夢です。

 お話しを聞くと、1930〜50年代のクルマが時速150キロくらいで突っ走るとのことで、相当いい状態に持って行かなければならないもののようです。

 もともとラリー用のクルマらしいので、きっと豪快な走りが見られることでしょう。

 こういうクルマを保有し、しかもレストアをこつこつやっていく人が本当の“クルマ好き”なんですね。尊敬してます<(_ _)>


 美しいコックピット、感動的でさえあります。

 ボディのラインも素敵です。
 レストアには、色々工具も必要ですが、スパナひとつ取っても“ブリティッシュ・インチ”なんてサイズがあるようで、単純にインチサイズの工具を揃えても駄目なようです。
 プラスドライバーまでブリティッシュ・サイズがあるのだそうです。でも、それがまた大変だけど楽しみかもしれません。

※写真はH.Shigetaさんよりいただいたものを使用させていただきました。





プジョー205
プジョー

 フランスのプジョー社製、ちょっと“飛ばしや”のお兄さんが乗っていました。もちろん、当時の外車なので、ある程度財力がなければ買えなかったわけですが。

 日本では、カローラFXや、スターレット・ターボなどが、ボーイズ・レーサーなどと呼ばれて、若者に乗られていた時期だったでしょうか。

 私は、もちろん乗ったことがありませんが、当時の自動車評論などを読むと、シャープなハンドリングで、山坂道にもってこいみたいな書き方をされていました。

 私も、当時あこがれました。
 きっと日本車と比べたら、エンジンの吹け上がりなども全然違うんだろうな、などと思っていました。

 今でも、乗りたいと思う、クルマです。


 スタイルがいいですよね。
 こんな、キリッとした小股の切れ上がったようなシルエットのクルマは、今ではほとんど無いような気がします。




カリーナED
トヨタ

 トヨタ往年の人気シリーズ「足のいいやつ・カリーナ」のスペシャル・バージョンとでも言えばいいのか・・とにかく売れました。“猫も杓子も”乗っていた、そんな記憶があります。

 カリーナの後ろについた“ED”は変な意味ではなくて、『エキサイティング・ドレッシー』の略だって!!・・・(*ノ∀ノ)ハズカシイ
 そう言われて、エキサイティングでドレッシーだぞぉって乗ってた人がいたわけです。

 ネーミングの“ダサ”さに輪をかけ、この車は天井を思いっきり低くして室内を狭くしてまで“エエカッコシイ”に走りました。特にリアのペッタンコに見えるスタイルから『ED』のロゴを眺めると、エキサイティング&ドレッシー気取りな方々は大満足だったのではないでしょうか。

 しかし、4ドアセダンであるにもかかわらず、後ろの席はほとんどオトナがまともに座ることができませんでした。せいぜい小学校低学年までがやっと・・・。
 4ドアセダンの機能さえも満たすことができなくてもトヨタは売れれば作って、さらに売れていく・・みんなが買えばオレも買う、みんながカッコイイと言えばオレもカッコイイと思うという日本的な展開でした。

 はっきり言って、サイテーなかっこ悪いクルマでした。


 爆発的に売れたこのクルマにあやかろうと日産は「プレセア」を、マツダは「ペルソナ」というクルマを発売。プレセアはそこそこ売れましたが、ペルソナは全くダメ。
 さらにトヨタはカローラ、スプリンターシリーズに「セレス」と「マリノ」という4ドアセダンだけど後ろには幼児しか乗れないクルマを発売しました。
 さすがに、その頃になると「ドアが4枚あるのに家族がまともに乗れないクルマを誰が買う?!」と気づき始めた消費者は見向きもしませんでした。
 そして、本家カリーナEDもひっそりと姿を消しました。あの人気はいったい何だったのだろうかと思います。





カンガルー・バー OR ブッシュバー

 前回に続いて、クルマそのものではなくて、カー用品・装備品について取り上げます。
 日本では「ガード・バー」と表現されることが多い一時期4WD車の前方に多く装着されていたものです。

 今はほとんど死滅しましたが、私は当時見る度にいやな気がしました。
 元々は、オーストラリアなどで大陸を走る車がカンガルーなどの動物に衝突するとラジエーターなどが破損して距離のある人里までたどり着けなくなることを虞れ、動物をはねとばしてクルマを助けるための補助器具だったのだと思います。
 また、アフリカなどで灌木をかき分けながら道無き道を突き進むためのものでもあったと思います。

 それを街や都会を走るクルマに“ファッション”として装着したのです。車に損傷を与えないのなら人に損傷を与えるわけで、凶器を装着して多くの4WD車がすごいスピードで走り回ることになったのです。メーカーも人の安全を考えていたのなら絶対にこんなものを標準装備にしたりはしなかったのではないでしょうか?
 当時のテレビニュースで歩道を歩く高校生の列に突っ込んだ4WD車が、このバーのおかげでまったく損傷のない姿で事故現場に止まっているのを見ました。学生達は何人もなぎ倒されて亡くなったにもかかわらずです。
 ひどい流行でした。さすがに現在ではほとんど見かけなくなりました。少しはメーカーも消費者も“オトナ”になったのかもしれません。

 せいぜい、田舎の山奥に住んで、風雨のあと、倒れている木々をかきわけて進まなければならないような環境の方のための装備品なのではないでしょうか。


 こんなのに轢かれたらひとたまりもありません。
 中には、ホンダの初代CRVなど、ガード・バーそのものを樹脂で作り、メッキで金属に見せかけ、注意書きに「これで物を押したり、衝撃を与えたり、昇ったりしないでください、破損します」と記されたものもありました。それはそれで機能を果たさないモノをファッションだけで装着するという、まったく購入者を馬鹿にしているとしか思えないものでした。
 要するに見た目だけのためのモノだったのです。オトナが使う工業製品とは思えない、消費者を“お子ちゃま扱いした”事象でした。





水中花シフトノブ

 今回はクルマそのものから離れまして、カー用品と言いますか、昔から気にかかっていたグッズを取り上げようと思います。

 左の写真のシフトノブ、ご存知ですか?
 主にヤンキー系の方々、トラックの運転をされる方々が愛用しているものです。
 すごいものになるとトラックに装着されているもので長さ30センチメートルくらいのものもあります。
 
 私、考えてみたのですが、何て言うか日本人のトロピカルなものへの憬れみたいなものが形になって、日本人にはマイ・ルーム的なクルマへの持ち込みに発展しているのではないかと思うのです。

 そう考えると右の写真二番目の数珠みたいなシートカバーも納得がいく?ような気がします。なんか南国風じゃありません?
 熱帯地方の空港に着いてタクシーに乗ったら“数珠シート”、なんか似合いそうです。

 そういう風に話を進めると、ヤンキーの方々がよくフロントのルームミラーにハワイのレイのようなものや、貝殻のネックレスのようなものをぶら下げているのにも納得がいきます。

 さらに、ふた昔くらい前に流行ったダッシュボードにヤシの木のミニチュアを置いていたサーファー気取りの大学生などもこれに当てはまるでしょう。

 以上に挙げたグッズやその使用法などは、微笑ましいというか、笑いが取れるのですが、笑いが取れないのが、シートにTシャツを着せて、ヘッドレストにバンダナを巻いているヤツです。いまだに見かけますが、これはマジですから、笑いも取れないし、かっこ悪いですねぇ(やってる人いたらゴメン!)。
 あと、最低なのは土足厳禁。駐車場に靴脱ぎ忘れるなよぉー!!!(n‘∀‘)η


 水中花シフトノブ装着状況


 数珠のようなシートカバー
 (タクシーの運転手さん&おじさん御用達)





フィット
ホンダ

 月間登録台数においてトヨタ・カローラを破るという大記録を達成した実績を誇るクルマです。
 しかも、実質的にカローラは色々なクルマにカローラというネームを冠せてあり、何種ものクルマの合計で登録実績一位という記録を保持していたわけですが、フィットはほんとうにフィット単独で記録を達成したのです。まさに実力第一位だったのです。

 ガソリンタンクを座席の下に配したりして省スペースに努め、不要な機能は廃し、ドライビングはシャープにという徹底的なコンセプトが明確で、それが買おうという気にさせたのではないでしょうか。
 カローラの“安いのに高そうに見える、それなりにいいクルマ”という消極的で不明確なコンセプトが破れたのかもしれません。

 スタイリングも、“上級車種の縮小版”的なカローラとは異なり、すっきり余分なものを無くした“おりこうそう”なクルマに仕上げたのも成功の要因だと思います。

 最近のマイナー・チェンジ版に乗る機会があったのですが、実はちょっとがっかり。
 メーターまわりが、いかにも若いあんちゃんに受けをねらったようなものに変わり、私の乗ったものはオレンジとグレーのカラーリングが非常に見辛いもので、0点。
 乗った印象もハンドリングがクイックに過ぎて落ち着いて運転が出来ず、終始修正をしたりしてとても疲れました。
 足回りもちょっと凸凹なところを超えると、大袈裟にはねる感じがあって、ナーバスに感じました。乗ってみなけりゃわからないものです。

 売れ行きも落ち着いてしまったので、若い人にターゲットを変えたのかもしれませんが、それがこのクルマの良いところをスポイルしているという印象でした。

 

 メーターは、レーシーなプロットがなされていますが、グレーとオレンジのカラーリングがとても見辛く、こけおどし的でいけません。
 その他操作系も、アニメ的未来系で、子供だましそのもの。とても自分のクルマだったら恥ずかしくて、他人様を助手席に乗せようという気にはなりません。改悪チェンジです。

 室内のレイアウトは、相変わらず無駄の無いすっきりしたもので、これは○。
 小さいクルマなのに、シートアレンジによっては、ワゴン的に使うこともできます。
 アイデアの勝利だったリリース時のこと(オトナにうけた)を忘れなければ、メーターまわりの不始末が無かったものを・・と残念な気持ちです。





デロリアン
デロリアン・モーター・カンパニー


 この姿を見ればすぐに思い出すことでしょう。そう、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でタイムマシンとして使われていた、あのクルマです。

 中には、“デロリアン”という車名がタイムマシンの名前だと思っていた人もいるかもしれません。
 それくらい、あの映画の印象は強いものでした。

 ガル・ウイングのドアに低い車高、そしてステンレス製の“無塗装”のヘアライン仕上げのボディは唯一無比のものです。

 私は、自分がクルマの免許を取るまでは、クルマには何の興味も無かったのですが、その時代に唯一雑誌で発見して、いつまでも見とれてしまったクルマがこのデロリアンです。
 ぎょっとする外観と“名前”に釘付けになってしまいました。

 大手自動車メーカーの重役を経て自身のメーカー「デロリアン・モーター・カンパニー」を設立したジョン・デロリアンの理想のクルマだったのだと思います。

 バック・トゥ・ザ・フューチャーでタイムマシンになったデロリアンを見たときには、感動してしまいました。
 このクルマを選択したっていうのが、素晴らしいセンスだと思います。

 ただ、このクルマは2800ccのV6エンジンを搭載していたのですが、パワーは130馬力と、いたって平凡でした。
 そして、あまり売れなかったようで、会社もつぶれてしまったそうな。

 今見てもスーパーカー“然”としている、特異なクルマです。


 バック・トゥ・ザ・フューチャーで大活躍したデロリアンの勇姿










 創業者にして「デロリアン」の生みの親、ジョン・デロリアン氏




新・旧シビック比較

新型シビック
ホンダ

 妻の軽自動車が点検なのでディラーに持って行ったら「代車がないので、この新車持って行ってください」という、うれしいお言葉。
 早速、新型シビックに試乗がてら家まで持ってきて、我が家の旧型シビックと比較してみました。

 今回から、エンジンが1800CCになるとともに、ボディも3ナンバー化し、サイズは上級のアコードよりも大きくなりました。

 写真で見ても、左の新型の方が明らかに大きいのがわかると思います。

 乗り味もワンランク上になった感じですし、パワーも格段に上がりました。スムースさも増したようです。

 ただ、ステアリング径が小さすぎるように感じました。しかも中央不感帯があまりなく(要するに“あそび”がない)、しかもかなりクイックで、運転があまりうまくない人や、女性には、やりそこないがあるかもしれないという心配があります。

 また、着座して、運転席からの視線にフロント・ウインドウの上部がかぶってきて視界が狭いような気もしました。

 クルマ雑誌などでは、ドライブ・フィールはかなり褒められていて、しかもカー・オブ・ザ・イヤーにも選ばれているのですが、実際に乗ってみて“極上”というほどの感覚はありませんでした。
 ただ、余裕があるせいか、気がつくと体感速度よりも、かなり速度が出ていました。ということは、やっぱり良いのかも?

 今回のモデルチェンジでは、ハイブリッドも、このシビックの“売り”になっています。ぜひ次回お店に行ったときには、ハイブリッド・バージョンも試乗してみたいと思います。

  


 新型シビックのコックピットです。
 配色と素材の妙が売りでしょうか。
 また、メーターが運転席ダッシュ上と、ステアリング奥の2か所にあり、上の部分はデジタルのスピードメーター、ステアリング奥はタコメーターになっていて、スピードは見やすかったです。

 旧型シビックのコックピット、ナビ・オーディオの下にシフトノブ(CVT用)が有り、助手席や後席までウォークスルーで移動できます。
 さっぱりしていて、使いやすいですね。

 旧型シビックの後席、メチャ広くて、大余裕&床の出っ張り無し、前席からもウォークスルーで移動できます。
 新型シビックよりも広大なのが不思議です。明るく、グラッシーで、ルーミーですね。





MS-6
マツダ

 マツダは一時期、アンフィニというブランドを作ってMSシリーズのクルマを立て続けに発表しました。これもそのうちの一台です。
 私は、このクルマのフォード版『Telstar TX-5』を所有していました。

 デザインがちょっと変わっていて、セダンのようですが、5ドアハッチバックでした。また、リアのトランクリッドがそのままウイングになっていました。要するにつなぎ目のないウイングが最初から着いているような形だったわけです。

 6ライトのレイアウトも当時はあまり無かったような気がします。

 また、オートマチックトランスミッションは、学習式で、飛ばし屋が乗れば高回転を多用するし、燃費を気にすれば、低回転を多用していました。

 そして、V6を奢ったエンジンは、何よりも高回転を好み、いくら回転を上げてもうれしそうに感じるくらい良く回っていました。
 さらに吸気は、低回転時と高回転時に流入するルートを電子制御で可変して、自然に慣性過給するような仕組みになっていて、低回転でもストレスがありませんでした。

 全然売れずに、しかもこの傑作だったK型エンジンも消滅してしまいましたが、この頃のマツダが私は好きでした。
 いいデザイン(シリーズ中のユーノス500は海外でも評判でした)と、いいエンジンの、いいシリーズだと思ったのですが・・・。



 マツダのK型エンジンは、V6ツインカム24バルブのショートストローク高回転型エンジンでボンネット・フードを開けてその美しい姿を見るとうっとりしました。回してみるとレッドゾーンの7,000回転を超えても、まだまだ悠々と余裕のある回り方をしていました。
 私の乗っていたフォード版は、ヘッドにお馴染みのFordのロゴが入っていて格好良かったものです。





ユーノス・コスモ
マツダ

 マツダが誇るロータリーエンジンの中でも、これは『トリプル・ローター』のものです。
 ようするに、あの“おにぎり”型のローターが三つ搭載されているのです。ローターの真ん中に通っているシャフトにとって、このトリプル・ローターがかなりの負荷を与えていたという噂を聞いたことがあり、「トリプルは、やめておけ」と一部でささやかれていたとも聞きました。

 私は、一度運転したことがありますが、その加速は当時ダントツの280馬力がものを言い、気絶寸前の加速感を味わうことができました。
 フル加速するとボディ前方が浮いて、まるでアヒルが水に飛び込むときのような姿勢で豪快な加速をしました。
 とにかく速い!そして、燃費悪い・・リッター2kmくらいでしょうか。

 豪快な加速と、それに見合った豪快なスタイリング、そして妙なゴージャス感、すべてが特別あつらえでした。



 当時としては、かなり大胆なデザインのコックビット。“コスモ”というだけあって「宇宙的」です。
 オールレザーのシートは、ちょっとすべって困りましたが、それはもうお金に余裕がある人が買うのですから、OKの範囲です。

 リアシートは、ピグミー族専用というくらい狭いです。ま、スペシャルティ・カーなんて言葉も使われていた当時、これは何の問題もありませんでした。“ワン・マイル”シートなどとも言われましたが、まさに“イヌもまいる”(^o^)シートでした。






レパード・Jフェリー
日産

 これもすぐいなくなっちゃいましたね。
 ていうか、覚えていない人の方が多いかも。

 トヨタ・ソアラの向こうを張って“レパード”を出し、イマイチだったレパードにてこ入れというか、むち打ったというか、“Jフェリー”なんてわけわからん名前までくっつけて高級車路線に上昇移行したクルマです。

 ジャガーのようなクルマだという売り込み方だったと思います。日産車好きで、そろそろひとつ高級車でも、と思った人くらいしか買わなかったのではないでしょうか。

 ただし、実際に革張りシートは、イタリアの高級家具メーカーに依頼した本格派で、本皮シートを選択するとかなりお得な買い物だったと思います。
 ウッドのインパネには、高級アナログ時計が鎮座していて、まさに贅沢を感じさせるものでした。

 パワーも270馬力仕様が用意されていたのではないかと記憶しています。エンジンは、VG30DEが200馬力で、VH41DEのV8が270馬力だったのかもしれません。

 もう、街で見かけることなんて皆無のクルマですね。やっぱり珍車の部類に入れられてしまうクルマかもしれません。







 この“お尻下がり”が北米ではうけたようで、向こうでは、かなりの売れ行きだったそうです。
 お尻下がりはアメリカ人好みらしいです。
 当時、同時期に発表された「ブルーバード」も同じくお尻下がりでしたが、そっちの方も日本では、売れ行きはイマイチというか、全然だめだったと記憶しています。

 私も、何度も何度もリアのスタイルをながめて、かっこいいと思いこもうとしましたが、だめでした。
 やっぱかっこ悪いと思うんですけど。フロントのデザインがもっと尻下がりのリアに似合えばよいと思うのですが、フロントはちょっと思い切りが足らないと思うなぁ。





デボネアAMG
三菱

 パルサーEXAを前回とりあげたので、もうひとつ“珍車”をいってみましょう。

 三菱は、当時30年近く続いた「走るシーラカンス」と呼ばれていた『デボネア』をついにフルモデルチェンジしました。返す刀でこの“AMG”です。
 ドイツのチューニング・メーカーであるAMGに依頼して写真のようなモデルが登場してしまったわけです。

 三菱のエライ人たちが、会議で、「モデルチェンジもしたことだし、どうだろう、若者にも“うける”仕様にチャレンジしてみては・・」などと発言して、「それは、ナイスです、社長!」なんて調子でとんとん拍子でAMGに依頼してしまったのかもしれません。

 さあて、この社用車丸出しのクルマをどう料理すればいいだろうと、困ったAMGが作ったのが写真のデボネアAMGです。

 できてしまったものは、もう、どうしようもありません。売り出したわけですが、シーラカンスにも成り得ず、滅びの美学の世界に突入してしまったのでした。







 私のような、クルマ好きには、ある意味“いけてる”クルマです。
 どうしちゃったんだろう、でもここまでやれば感心されなくても、笑いをとれるかもしれない、など、色々な乗りこなしが期待できるクルマでした。もう、中古車なんかほとんど無いだろうな・・・。

 AMG仕様でない、ラグジュアリー仕様のデボネアに乗ったことがありますが、シートはスポンジケーキの上に座っているかのようなふわふわ、グニャグニャで、乗り心地も、ロールしまくりで、クルマ酔いしそうな“クニャクニャ”フィールでした。ま、AMGは固いのだと思いますが。

 もう、外観の面白さだけで乗るクルマに感じました。あとは、三菱の社用しかないですね。
 でも、いいよ、このクルマ。『オレがやらなきゃ誰がやる』的な素敵な割り切りが、かっこいいのです。





パルサーEXA
日産

 本格的な“珍車”の登場です。CMはたしか、サーキットのようなところを疾走しているシーンと開発者がダブって現れるような格好いいものだったと思います。

 私もお店にカタログをもらいに行った記憶があります。
 ちょっとスポーティーな印象で、若者にはインパクトがあったのではないかと思います。

 このクルマの特殊なところは、北米では、OKだったのですが、ボディーの一部(ルーフトップ)が外れて、別の形のトップを着けるとワゴン車になってしまうというものでした。
 残念ながら、ワゴンになるトップの写真はありませんが、着脱&交換式の屋根付きなんて、まさに“珍車”です。
 日本では屋根の交換は認可されなかったのですが・・・。


 ようするに、ドアのラインから上の部分が着脱式だったのです。
 ワゴンになるトップは、トランクの位置まで屋根の高さが同じものでした。
 珍車ですけど、当時はけっこう街で見かけることがありました。





C3 プルリエル
シトロエン

 前回のシトロエンC5に続いて、またシトロエンです。
 見た目は日産マーチくらいの大きさかな?なんて思ったら、横幅は小型車枠を超えて1730oもあるとのこと。つまり“3”ナンバーなのです。

 実は、この写真のクルマは日本で売られている日本仕様ではないのです。内装なども、日本仕様に比べて多少質素になっています。

 オートマチックのシフトパターンも日本仕様はマニュアルで操作しても、その後は自動的にオートモードに変わってしまうそうです。

 このクルマはいったんパドルシフトを使うとマニュアル状態の操作のままになるようです。

 なんともオシャレなクルマですが、実際に日本で乗っている人は何人いるのでしょうか?




 パドルシフトを採用したステアリングまわりです。
 こんな可愛いクルマでも、ちょっとレーシーなデザインの形状をしていました。


 キャンバス・トップを畳むとリアのガラスまで下に入っていきます。そして完全に収納されてしまうので、最大限度に折り畳むと、ピックアップトラックのような使い方までできるし、カブリオレのようにもなるし、タルガ・トップのようにもなるし、外せば、ウインドウ上部のピラーまで着脱可能とのこと。
 さすが、遊び心もとびっきりです。





C5
シトロエン

 フランス車と言えば、プジョーかルノー、そしてこのシトロエンとなるわけです。中でも一番の個性派はもちろんこのシトロエンです。

 実は“別館オトナの研究室”でご紹介したケーキ屋さん、「メルシー」のマスター所有のクルマです。
 さすが、フランス菓子職人!

 さらに、今後また紹介しますが、この他に同じシトロエンの『C3』と40年前の『DS』も所有しているのです。惚れ込んだシトロエンには既に一千万円掛けてしまったとのこと<(_ _)>

 内装も質素でありながら、さりげなくおしゃれなもので、キンキラキンの成金趣味的な日本のどこかのメーカーとはえらい違いです。

 独特の乗り味と、シートの座り心地を味わう“粋人”は、これに乗ってみるのもいいかも。

 




 このC5は現行車で唯一のハイドラクティブ(油圧で車高調整する)サスペンションです。これが好きでたまらないシトロエン・ファンはまだ日本にたくさんいると思います。
 シートは独特のしっとり、ふんわりした快適な座り心地でした。
 そして、キーを差し込むと、ふわん・・と車高が上がります。ためしに体重をかけてみると自動的に車高を元の高さに戻しました。





トヨタ2000GT
トヨタ

 あまりに美しいボディーに、今でもほれぼれしてしまいます。
 当時の最速記録なども生んだクルマです。
 このクルマの実物を見たのは今までで二度ありました。

 一度は、小学生の頃、実際に2000GTが活躍していた時代に“007”のボンドカーの本物をバス停で立っていて、目の前を通り過ぎるのを見ました。当時はクルマに興味が無かったものの、少年サンデーでボンドカーの特集をしていて、その写真とまったく同じものが走り過ぎて行ったので、すぐにわかりました。
 併走しているクルマのタイヤを外してしまうという武器までホイールに装着されたままでした。ひょっとして、千葉でロケがあったのでしょうか?

 二度目は20年前に自分の車の前を走っていたのを見ました。思わず追いかけてしまいました。

 マグネシウム・ホイールや「ヤマハ製」のツインカム・エンジンなどは、当時垂涎の的だったでしょう。そして値段も当時のクラウンが130万円程度だった時代に250万円以上していたのではないかと思います。
 まさに“高嶺の花”、トヨタ渾身のGTカーでした。

 いやあ、今見ても全然色あせない素晴らしいデザインです。


 このリアの上方から見たスタイルもグッときますね。
 ものすごく大きく見えるけど、実際は現在のカローラよりも小さいのです。
 デザインの魔力というか、風格の違いが出ています。


 フロントからのビューもいけてます。リトラクタブルのライトからAピラーまでの美しいラインは生つばものです。




マイティボーイ
スズキ

 軽自動車と言えば、スズキですが、スズキは“アルト”などで堅実な車を作り続ける一方で、“カプチーノ”や“アルトワークス”“スズキX−90”などチャレンジング゛なクルマも作ります。

 このマイティボーイは、チャレンジングなクルマの中でも最たるものだったと思います。

 ようするにピックアップ・トラックの軽自動車版です。コンパクトな“軽”の枠の中でかっこいいピックアップ・トラック(もともとビッグサイズなものなのに)を実現しようとする心意気がいいです。

 たしかナチュラル・アスピレーションの方は、わずか28馬力しかなかったと思いますが、軽快にシフトして回転数を保ちながらキビキビと走るのはきっと楽しかったことでしょう。


 『マー坊』って呼んでくれっ!
 というコマーシャルが印象的でした。

 後ろはトラックですから、ちゃんと荷台になっていて、ビニールコーティングがされていたと思います。

 友人が通勤の足に使っていたことがありますが、「便利だし、かっこいいし、いいよ〜」と言っていました。
 アウディやベンツ、ボルボ、BMWなどに乗っているその友人が言うのですから説得力あります。





Ka
Ford

 フォードがヨーロッパで発売して、なかなかの売れ行きを示した“Ka”です。日本でも発売されましたが、オートマチック車の設定が無く、それが原因か、売れませんでした。最後は100万円程度で売られていたような記憶が・・・。

 実は試乗したことがあるのですが、エンジンもOHVであったり、サスペンション形式も古いものであるにもかかわらず、しっかりした乗り心地でしかも軽快、楽しいったらありゃしない!!というクルマでした。
 必要もないのに、シフトチェンジをしたくなるというのは、よくできた証拠であったと思います。

 本気で購入を考えたのですが、妻がマニュアルが苦手なもので断念しました。
 今でも街で時々見かけますが、やはりクルマ好きそうな人が乗っています。
 それも見栄を張らないクルマ好きの人ですね。

 楽しさいっぱい、しかも決して安っぽくなく、品さえ感じるスタイルで、ただのコンパクトカーと侮ることのできない秀作でした。
 もう一度乗ってみたい。



バックスタイルもとてもキュートでコンパクトです。


 インテリアも当時としては、ちょっと未来的で、操作感も安っぽくなくなかなかのものでした。


 後席に妻と子供を乗せてみたのですが、けっこう余裕があるくらい広くて驚きました。見た目とえらい違いです。





シティ(初代)
ホンダ

 ホンダのシティは、一時期見ない日はないくらい走っていました。背の高い独特のスタイルが可愛くも見えたり、ボーイズレーサー風に改造できたり、お金が無くてもクルマを楽しむことができる、庶民・若者の車でした。

 そして、左の写真一番手前がオーソドックスなタイプですが、手前から二番目のシティはさらに天井高を上げ、「マンハッタン・ルーフ」なんて呼んで、高くなったルーフ部にスピーカーを配置して、オーディオをマニアックに楽しむ仕様もありました。

 さらに、ターボ、ターボ2(インタークーラー付)などとバリエーションを増やし、ボディ自体もターボ仕様は当時“ブルドック”などと呼んでいましたが、フェンダーを誇張していかにもその気にさせるようなスタイルに特化していました。

 お金がなくても色々な外見や色、走りなどが楽しめる、まさに庶民の車でした。

 今出しても安全面さえクリアできれば、楽しいクルマじゃないでしょうか。

 いかにもホンダらしいアイデアが光る“名車”の部類に入るものだと思います。



 シティには色々なバリエーションがあって、この写真の“カブリオレ”もそのひとつです。

 オープンと言えば“高い”という印象がありますが、比較的安価に手に入れることができて、ゴルフのオープンを高いお金を払って購入するなら、このシティは安くて気分を味わえるということで、なかなかいいねらいだったと思います。

ボディーはターボ仕様のものと一緒にして、マニアックな心をくすぐるようにしてあります。
 一時カラフルな色を七色そろえて一般車に無いようなカラーバリエーションも用意したことがありました。





バラード・スポーツCR−X
ホンダ

 良い写真が見つからなかったので、ブラモデルの写真です。
 シビックと兄弟車であるバラードのスポーツバージョンといえる車でした。

 思い切ってリアをスパッとカットしたようなデザインと、たしか天井にエアスクープがついていてポップアップ式で空気の取り入れができたと思います。

 当時のボーイズ・レーサーのあこがれだった車です。半分リトラクタブルになっているヘッドライトもかっこよかったし、DOHCを積んだモデル、Siも出ました。
 ただ、実際サーキットで走るとシビックのSiの方がサスペンションがやや柔らかいのが幸いしてトラクションが良く、速かったらしいです。

 


 この車を見ていて思い出すのは、当時少年ジャンプに連載されていた『よろしくメカドック』という、車のチューンナップ・ショップの漫画です。
 このCR−Xはゼロヨンに出場していました。あの漫画見ていた方、覚えてますか?




初代・プリメーラ
日産

 日産が作ったドイツ車と言うのが当たっているのではないかと思います。
 現行のプリメーラはすっかり様相が変わり、エクステリア・インテリアとも未来的なものになっていて、なおかつ、かなりデカくなっています。

 初代のプリメーラは日本の日産がもしドイツ車を作ったらどうなるだろう?の結果のようです。

 実際に当時、このクルマを所有していた方に乗せてもらったことがあるのですが、かなり硬めのサスペンションで、きびきびと曲がる印象がありました。
 コーナーでもほとんどロールを感じることがなく、ちょっとその乗り味がうらやましくなりました。当時のスタンダードな他車のサスペンション設定とはかなり異なっていたと思います。

 というわけで、このサスと、ドイツ風の外観に魅力があったのか、当時はけっこう売れていたと思います。街でもたいへん良く見かけました。

 日産やるじゃないっ!!と当時思ったものでした。



 インテリアは今となっては、古い感じは否めません。当時としては、それなりに質実剛健な感じだったのでしょうね。
 4本スポークのステアリングも当時はちょっと魅力です。


 エンジンは確か1800ccがメインで2000ccも出ていたと思います。
 ただ、パワーで振り回すようなクルマではなく、ハンドリングや乗り味を楽しむようなクルマだったわけで、パワーも丁度バランスがとれていたのではないでしょうか。
 写真のストラット・タワー・バーはオプションだと思います。セダンでも山坂道をクイクイ走るのが楽しみなオトナにもけっこう満足のいくクルマだったと思います。





セラ
トヨタ

 当時、売れてるトヨタがターセル・コルサのシャシーを使って“ガル・ウイング”ドアのクルマを作ってしまいましたとサ!

 このクルマは何度か見かけたことがありましたが、天井までガラスになっていて、果たして真夏の運転はいかがなものだったのでしょうか。

 小さくて虫を連想させるようなクルマでした。“珍車”の部類に入るのではないでしょうか?

 持ってても自慢できないような気のする不思議なクルマです。
 どういう人が買ったんでしょ。



 写真のとおりのガル・ウイングです。
 雨の日に乗り込んだり、降りたりすると雨水はどうなってしまうのか?トヨタだからそこいらへんはちゃんと処理できたのでしょうか?

 作った人の気持ちも謎、乗る人の気持ちも謎、コンセプトも謎のクルマです。





レオーネ
スバル(富士重工)

 今やスバルの看板である、レガシーの祖先と言えばいいのでしょうか?スバルは通常の乗用車にも古くから4WDを採用し、このレオーネの頃は7種類くらいの4WD方式を持っていたと思います。
 ドミンゴなんて車はたしか電磁クラッチを使ったものがあったと思うし、ビスカスカプリングや色々な方式を当時色々な車種に搭載していました。
 今でもレガシーはマニュアルとオートマチックでは異なる4WD方式を採用しています。
 日常走行に4WDを持ってきたのもスバルがさきがけだったのではないでしょうか?

 最後のレオーネは上級クラスには「エアサスペンション」を装備したものも有りました。
 路面の状況をセンサーで判断してエアサスはその硬さを変化させていたと思います。

 また、最後までOHVエンジンを搭載していたのもスバルではなかったかと思います。いいものは長く、熟成させながら使っていく。富士重工の真面目さがわかります。


今や懐かしい存在となってしまったOHVエンジン。バルブのところから出ている長い“孫の手”のような棒でバルブを駆動させていました。

 「タペット調整」なんて言っても今の若い人には「なんじゃらほい」だと思います。

 スバルはOHVも長く使いましたが、水平対向エンジンもずっと続けています。
 スバルにはずっと真面目にいい車を作り続けてもらいたいものです。




サンク
ルノー

 フランス・ルノーの古いモデルですが、とても可愛らしく、オシャレな印象のクルマでした。
 特にリアスタイルはキュートで、走り去るその姿は、当時の日本車には感じられない、優雅さまで感じたモノです。
 当時のフランス車独特のしなやかな乗り心地は、ぜひ一度自分のクルマとして使用してみたかった気がします。
 中には「バカラ」という車種があり、内装はオール・レザーで、後ろのトランクには、スーツケースがトノカバー裏に装備されているお金持ち仕様もありました。
 そこいらへんがフランス車らしくて、粋なところです。


 内装色もやさしい色あいで統一され、そのシートの座り心地は当時のフランス車特有のふわっと、しっとり、ゆったりした感じで、小さなクルマであるにもかかわらず、豊かさを感じました。
 また、リアシートは、ダブル・フォールディング(当時日本にはほとんど無かった)で、完全に埋没してフラットになり、大きな荷物も運べるようになっていて、さすが、大陸の車だなと感じさせました。
 当時はジャックスが扱っていたため、オーディオはソニーが標準で装備されていましたが、「オーディオはソニーですから、音もばっちりです」というディーラーの説明に思わず笑ってしまいました。





ジムニー550
スズキ

 360cc時代から550cc時代になってモデルチェンジされた小さなジープ型の4輪駆動車(ジープ・ミニの略だったのかも)。
 2サイクルエンジンで、ねばり強く、当時のキャッチフレーズは『タフ&ニート』でした。
 どんな悪路も、どんな高級な4輪駆動車もスタックしてしまう悪路をスイスイと、こともなげに走り去って行くのがこの超名車四駆ジムニーです。

 ラダーフレームの上に組まれた頑丈なシャシーや、しっかりした四駆システム、、アプローチアングルもデパーチャーアングルも、最低地上高もすべて日本で一番当時すぐれた数値の軽自動車でした。

 雪深いところや、悪路、山道の多い山岳地帯や田舎では、ほんとうに住民の最高の足として大活躍していて、この写真のモデルも20年くらい前のものかもしれませんが、まだまだ現役だし、海外でもアフリカなどでは、完全に大活躍している車だと思います。

 懐かしい板バネの乗り心地と2サイクルエンジンのオイルのにおいはわすれられません。



 このハーフ・メタルモデルは屋根が幌で、ドアは全部が幌ではなく、金属のフレームのついた幌のドアで着脱式、しかもフロント・ガラスはレバーを倒すと、上の写真の用にボンネットの上に倒すことができるのです。

 今、見てもかっこいいし、小さなガスバーナーでも持ち出して、山の中でコーヒーでも沸かして飲んでみたい気分になります。

 スズキの名車のひとつだと思います。
 もちろん、現行のジムニーもオンロード性能や乗り心地も良くなり、日本の名車の位置は変わっていないように思います。





初代・MR2
トヨタ

 東京モータショーで衝撃のデビューを果たし、市販化されたときは、思わずショールームに見に行ってしまいました。

 なんと言っても“ミッド・シップ”、ドライバーズシートの後ろにはエンジンが載っているのです。

 初期の内装のど派手さにもおどろきましたが、カローラ・スプリンターの駆動方式を逆に取り付けてとにもかくにもミッド・シップにしたトヨタの勇気に驚きました。

 当時アメリカではポンティアックの「フィエロ」というやはりミッド・シップで鉄骨組みにプラスチックのボディーのついた派手なセクレタリー・カーなどと呼ばれ(秘書さん用の車)、人気の車がありました。
 ミニスカートのかっこいい美人秘書さんがさっそうと二人乗りのミッド・シップスポーツカーに乗り込む、そんな姿がアメリカ人のあこがれだったのかもしれません。

 そこに目をつけたのか、いけると思ったのか、トヨタはこの車を市販したわけです。日本ではむしろ若いおにいちゃんたちが、喜んで乗る結果となったわけです。

 センタートンネル付近にガソリン・タンクを配置するなど、重量配分にも気を使っていた車だったようです。おかげで、隣の彼女とは手もつなげないほどセンター部分が高くなってしまったようですが・・・。


 内装は残念ながら、黄色と黒のもんのすごいカラーリングのシートの写真はありませんでしたが、この写真だと、オートマチックのレバーが「バナナグリップ」なんて当時呼んでいたのかもしれませんが、Tの字ではないスポーティーな印象のものでした。

 のちのち、1600ccのエンジンにパワー不足(1500ccバージョンも当初はあった)をうったえる人が多くなり、スーパーチャージャー付きのバージョンも登場しました。

 いまだ、街中で時々見かけることがあります。
 ぜひ、だいじに乗っていただきたいものです。







シャレード・デトマソ・ターボ
ダイハツ

 ダイハツ往年の最大功労車はシャレードだと思います。1,000CCのコンパクトなエンジンに小粋なボディで、初代は女性の心をつかみ、このシリーズでは、ボーイズ・レーサーを気取った男の子のハートをつかみました。

 このデ・トマソ・シリーズはアルミホイールや派手なデカール、たしかモモのステアリングなど、レーシーな雰囲気でしかも1,000CCにターボ、なんてわくわくする車でしょうか。

 シリーズ中には1,000CCディーゼルにターボの組み合わせなど、当時世界に誇れる気概を見せたものもありました。

 今見ても“いいカンジ”です。



 当時のモーターショウで、出品されたシャレード926ミッドシップです。
 ミッド・シップですよ!ほら、後席をつぶしてエンジンが丸見えで積んであります。
 これもカッコよかった(^o^)丿


 後輪フェンダー付近のエアスクープはダミーではなくて、ほんとに後ろに積んであるエンジンを冷やすためのものです。
 どっかのリコール隠しのメーカーが後輪フェンダーにブレーキディスク・クーリングのためのスクープにみせかけたプラスチックのダミー板(穴はあけたふりをしていた)を接着剤で貼り付けて、しかも販売して、いいオトナをコケにするようなことをしたのとは大違いです。







三代目・シビック(ワンダー・シビック)
ホンダ

 ホンダのシビック三代目。名車というか、CIVICという名前のいわれ通りに大衆に人気のあったヒット車です。
 一番街でみかけたのが25R(左写真上)、一年後に出たスポーツバージョンがSi(左写真下)でした。

 ロングルーフで後ろがスパッと切れたようなリアデザインも斬新でした。

 若者にはスポーティーに見えたし、ファミリーユースにもちょっとかっこ良く使えたし、良い車でした。

 トヨタ・カローラやVW・ゴルフなどがやりたくてもやれなかった斬新なデザインは、ヒット後に「あんなの昔から考えてた」という某メーカー開発担当者の捨て台詞をむなしく聞こえさせるものでした。
 

 ワンダー・シビック投入後一年目、ホンダは久しぶりにDOHCを搭載したスポーツバージョン『Si』を発表しました。
 上記ZCエンジンはVテック以前のホンダスポーツエンジンの象徴でした。

 カムシャフト軽量化のため、中空にしたのみならず、カム(駒)部分まで肉抜きをして異形中空カムシャフトとし、バルブリフトをかせぐため、カムはバルブそのものを叩くのでなく、スイングアームを叩いて大きなリフト量を稼ぎ、しかもそのおかげでスパークプラグも理想的な位置に配置できました。
 
 ライバルトヨタの4AGエンジンが高回転型でトルク不足気味なのをよそに、ロングストローク化して、トルクまでかせぎました。それでもホンダはホンダで、高回転も難なくこなしたものでした。更にアルミ化や、F1での経験を生かしたPGM−FIによる燃料噴射など・・・。話題の尽きないエンジンでした。
 




初代・プレーリー
日産

 今回も、珍車の部類です。初代日産プレーリーは、まさに今、我が世の春を謳歌しているミニバンに該当する目のつけどころが良かった車です。でも、当時は誰も見向きもしないという感じでした。

 開発担当の総責任者の方は、これは最高だと思って自分も購入したところ、子どもから「どうしてお父さんは車の会社に勤めているのに変なクルマに乗ってるの?」と言われて愕然としたとか。

 目のつけどころが良すぎたのですね。
 私は当時見ていて、これは便利そうだ、と思っていました。それに両側が開くスライド・ドアなど当時は画期的だったと思います。

 スタイルも、写真で見るよりは、実物は実用的でちょっと日本車ばなれしているようにも感じたし、ひとつ間違えば(^。^;)売れていたかもしれません。
 おしい!!という車でした。

 3列シートで前席はベンチシートになっているなど、なかなかのアイデアレイアウトが光ります。

 ちょっと背高のっぽで、ボクシーなスタイルも室内の広さに貢献して二重丸です。




MX-6
マツダ

 今回はどちらかというと、珍車の部類に入るかもしれません。
 既に全く記憶にない方もいらっしゃると思いますが、マツダが“アンフィニ”や“ユーノス”などというブランド展開をして、片っ端から同型のV6エンジンを搭載して、色々な車種を次々と発表していた頃のクルマです。

 その中でもスポーティーな印象で2500ccエンジンのスタイリッシュなMX−6は外車のようなカッコ良さでした。

 しかし、全然売れず、マツダはこのシリーズ展開後にどん底に落ちていきます。でも、なぜか私はこの頃のマツダ車が大好きなのです。
 MS−9(後のセンティア)やMS−6、MS−8、ユーノス500、ユーノス800(後にミレーニアと改名)など、デザインが他の日本車と際立って異なる車ばかりでした。

 このMX−6は街で二三度すれ違ったことがあるだけですが、あまりの美しさに惚れ惚れしました。隠れファンはけっこういるかも(^_^)
 


 マツダのK型エンジンはショートストロークの1800ccから多分3000ccまでラインナップされ、私が使ったことのある1800ccのV6エンジンは天井知らずの高回転の伸びがありました。

 吸気方法に数々の工夫がされたり、一時期は『ミラーサイクル・エンジン』と『リショルム・コンプレッサー』による過給など、世界に誇れる技術を前面に打ち出しました。

 残念ながら、結果には結びつきませんでしたが、あの、ちょっと高速流入時に軽く踏み込んだだけであっという間に7000回転に達していた軽快さは忘れることができません。




スカイライン・RSターボC
日産

 数あるスカイラインの中で、高性能(日本で初めて200馬力を超えた)かつ過激なクルマであるにもかかわらず、スカイラインファンの中でも賛否両論の名車です。

 曰く「シリンダーが4本のエンジンはスカイラインじゃない」とか、「GTRになれないから、RSなんて名前をつけられたのだ」とか。

 ポール・ニューマンがCMをやっていたこのスカイラインは、NA、ターボ、ターボC(インタークーラー付ターボ)と短期間で進化して当時最強のパワーを誇っていました。顔つきから『鉄仮面』と呼ぶ人もいましたっけ。

 私も人のクルマですが、一度乗ったときに、そのパワーに驚愕しました。まさに機械が走ってるという感じで、“男”のクルマですね。
 


 レーシング魂を燃え滾らせる赤いヘッドのFJエンジンは懐かしいの一言。
 たしか、カムの駆動はベルトではなく、チェーンではなかったかと思います。
 音もたいへんうるさかったような記憶がありますが、それはそれ、オトコのクルマですから!!






エディックス
ホンダ

 ホンダの前3人、後ろ3人の2列のシートアレンジの珍しいクルマです。

 自分の車の不具合でディーラーに行ったときに「新車がちょうど展示してありますのでご覧ください」なんて言われて、そして見て新鮮な驚きを感じました。

 前後3人掛けで真ん中の席がちょっと後ろに下がっていて、実際乗ってみると非常に広いと思いました。

 真ん中に子どもを乗せると今までと全然違ったシチュエーションで運転できる可能性を感じました。

 車の中にドラマが発生するような、そんな気になり、自宅でホームページ検索すると、なんと、ドラマそのものがCMとして作られていました。現在は見ることができませんが、なかなかのもので洋画を見ているようでした。

 自分でも、この車のねらいがすぐに心に伝わってきたので、びっくりして、思わず掲載してしまいました。
 


 このクルマの難点というか、欠点はひとことで言うと、「乗ってびっくり、降りてがっかり」ということでしょうか。

 室内は、おもしろいシートアレンジで、いい意味でのおどろきがあるのですが、クルマから降りて、特にリアから眺めると、そのかっこ悪さに“がっかり”するわけです。
 もうちょっと何とかならなかったのでしょうか・・・。





初代・フェスティバ・キャンバストップ
フォード

 誰も言わないけど、日本が作った(マツダ製)小さな乗用車の中でも“名車”の一つだと思います。

 現在のデミオの原型というか、精神はこのフェスティバのコンセプトが流れているものだと思います。
 とても良く出来たドイツ製のキャンバストップは気持ちの良いドライブを実現し、初代のキャブレターのエンジンはとても静かで、アイドル時はエンジンが回っていることさえ気づかないほどでした(後期のインジェクションはうるさかった)。ころっとしたコーナリングとアップライトな姿勢のドライビングポジションも当時としては、異例。

 室内は広大で後席はまわりがラウンドしていてゆったりしている上に前後スライドしました。
 タムタム(小太鼓)が5つもあるドラムセットも後席をたたむとすべて積み込めるので重宝しました。ダッシュボード上のフタを開けると飲み物も冷やせました。

 韓国ではファミリーカーとしてヒットし、韓国版5ドアも後に発売されました。

 ブリスターフェンダーもキュートな素敵なコンパクトカーでした。


 アップライトな姿勢で座らせるシート、初代はシート地も変わっていました。
 ダッシュ上(中央)のフタの中には飲み物が入り、冷やすことができました。




 広大な室内で、当時のハイソカー・ブーム中のマークUなどの後席よりも広く、家族でも使えました。スライドさせれば、後席足元に正座できるくらい広かった。

 “オトナ”には『あの頃買った懐かしいくるま』、『あそこに出かけたポンコツ車』など、思い出に残るクルマが必ずあると思います。
 ということで、私が気になるクルマや過去の思い出のクルマなど少しばかり語らせていただこうと思います。
 けっして「徳○寺」さんや「三○和彦」さんのような車評論ではありませんので、お気楽に見てください。