すいちゃんとの共生日記

最新記事に飛ぶ。最終更新日 2004 年 09 月 04 日

始めに

発症して、入院して、退院して、はや 2 ヶ月。やっと "日記もどき" を書くことにします。"闘わない" のがモットーなので、表題は、"すいちゃんとの共生日記" としました。"すいちゃん" と、そこに巣食う "がん" と共に生きようという意味です。それはともかくとして、この間、何をしていたのかと言えば、自宅療養、5 月の連休明けから再び働き始めたといったところです。ま、のんべんだらりの生活です。こんなことではいつまでたっても "共生日記" は書けないので、思い立ったが吉日ということで、今日から書くことにします。治療や体の具合を中心に書くつもりでいますが、脱線が続くかもしれません。

2004 年 6 月 19 日

6 月 15 日は、病院の日。いつものように、採血から始まる。

白血球 2670
赤血球 303
ヘモグロビン 11.2
血小板 34.6

共生日記の記述は今日が初めてなので、これまでのデータと比較することにするが、白血球は、6 月 8 日が 4730 だったから、1 週間で、約 2000 落としたことになる。ジェムザールを使い始めて以来、最低新記録。赤血球も、ジェムザールを使い始めた頃は 385 だった。漸減傾向は止まっていない。ヘモグロビンは、一時かなり低下したので、フェロ・グラデュメット (貧血の薬) の投与を 3 週間ほど受けて以来、基準値を下回っていることに変わりはないが、だいぶもち直している。血小板は元気である。ついでに言うと、体重は、2 月下旬の発症時には、53kg で、退院時が 48kg、今が 46kg だから、退院後は、毎月 1kg の割合で減少している。別に食欲がないとか食べる量が少ないとかいう訳ではないのだが。

白血球の減少が著しいので、来週、採血して同じような状態なら、ジェムザールの投与方法を変更して、量を減らして 2 週間に 1 度にすると主治医の I 先生は言っていた。で、ジェムザールの点滴。私の場合、副作用に "疲労感" が出て、投与後はひどくしんどいのであるが、今週は特にひどい。翌日の 16 日は、仕事をやめにして一日中寝ていた。夕方まで寝て、夕食を無理して食べて、予想通り、嘔吐。夜も普段のように眠れるという状態だった。その後はだいぶよくなった。しかし、こんなしんどさが続くのなら、ジェムザールを、一時的にであれ、停止してもらいたいという気がしている。抗がん剤をやめたら治療方法がないというのは知っているが、来週、I 先生に話してみるつもりでいる。

3 月下旬以来、MS コンチン 10mg を朝晩服用している。退院後、先週まで、痛みが徐々に盛り返してきたという感じだったが、今週は比較的おさまっている。痛みが一時的に中休みしているのか、それとも MS コンチンがその効果を回復してきたのか、様子見といったところである。痛みが増してきたら、I 先生に相談してみるつもりでいる。

2004 年 6 月 26 日

トップページのリンクにも載せてあるが、医師の平岩さんのインタビューを掲載したページを見付けた (ページによって状態が良かったり、悪かったりして、聞き取りやすさに雲泥の差があるのが玉に瑕ではあるが、RCC 放送は優れた内容を発信してくれていると思う)。私は、高校時代まで広島で育ったので懐かしさも手伝ったのかもしれないが、聞いていて "そうだな" と思える内容が多かった。すべてを聞いた訳ではないが、氏の意見は、治療の有効性を判断する場合に学界の最高レベルの論文誌に発表された見解を判断の根拠とするというものであると思う。がん治療は、個人差が大きい。ある人には効いても、別の人には効かないというのが多いらしいし、副作用についても同様である。その意味で、統計的な有用性が判断の基準になるというのも一理あると思う (他の人には効かなくとも、私には効くというラッキーなケースに遭遇できれば幸いである - しかし、"藁にもすがる" という言葉もあるが、そんな確率は、宝くじの一等に当たる位のものだろう)。代替医療の話を例に取ると、私はそういうのは全然やっていないのであるが、それが仮に万人に効くとすれば、それこそノーベル賞ものの発見であろう。それが日本のローカルな出版物だけで大々的に発表されていて、学会誌の論文のテーマにもならないとすれば、それは、やはり、ある人だけに効く、あるいは、まがいものと判断されて然るべきものなのかもしれない。

どこかのホームページ (アドレスは忘れた) で代替医療に関連する食品の情報を発信しているサイトを見付けた。現在行なわれている治療に対する批判と代替医療の紹介はそれなりに説得力はあったが、幾つもある記事にこれでもかいうくらいの重複する文章が載っていたことにはうんざりした。更に、そこに掲載されていた内容の根拠が非常に古いものであることを見付けてしまうと、こういうのもあまり信頼できないなとも思ったのも事実である。私はすい臓がんであるので、やはり、そこに関心がいってしまうのであるが、そこにあった記事には、すい臓がんに効く抗がん剤はないことを示す表が載っていた。しかし、その表の根拠となる日付が、ジェムザールが認可される以前であると知った瞬間、その記事に対する信頼が吹き飛んでしまったことを覚えている (そこで紹介されていた本を買おうと思ってその書籍をながめていたのであるが、その書籍は元の位置に戻した)。私は、そうした健康食品の効用を否定するものではないが、そうしたものは服用していない。それは、金がないというのが一番の理由であるが、それ以外にも、どの食品が自分にとって効果があるのかという判断ができないからである。私は、"ジェムザール" を服用しているし、その副作用に悩まされている一人である。にも関わらず、今 "ジェムザール" が使われているのは、統計的にそれが有用であるからだと認めるのにやぶさかではない。上で紹介したインタビュー記事は、新米のすい臓がん患者である私に、ある意味で、がんに立ち向かうための見方の一つを教えてくれたものであると思っている。いわゆる IT 時代は、誰でも、余りある情報を手にすることができる。しかし、そうした情報が必ずしも真実ではないというのも事実である。だから、お互い、情報を交換して、誤った情報に振り回されないようにしましょうね。そのためにこそネットはあるのだから。ここまでは、6 月 21 日に書いた。

6 月 22 日は、病院の日。今日も、採血から始まる。

白血球 2470
赤血球 295
ヘモグロビン 11.1
血小板 11.1

先週もこの数字は掲載したので、それを比較してもらうと、変化は一目瞭然だろう。先週は、白血球が著しく減少していたが、今週は、血小板が大暴落である。先週と比較して、1/3 になっている。これってひどくまずいのとちゃうのではないだろうか。この日は、横になっていると嘔吐感があるなど体調も悪かったので、ジェムザールの点滴は中止になった。血圧が低いのも気になっている。今日は、91/65 だったと記憶している。点滴の前には体温測定と血圧検査があるのだが、最近は、最高値が 100 に満たない状態が続いている。体重も漸減傾向が続いていて、今は、45kg に近くなっている。もう一度言ってしまうが、これってひどくまずいのとちゃうのではないだろうか

ということで、この病気の "先輩" である Yokomaku さんにご相談。氏には、4 月にメールを出したことがあるが、こちらのドタバタというかいい加減さというか、そのままになっていた。相談にのって下さった Yokomaku さんに感謝したいと思う。

Yokomaku さんよりいただいたアドバイスをまとめると、次のようになる。

Yokomaku さんは、ジェムザールの副作用で、翌日寝込むようなことはないと言っておられたが、あのしんどさは、入院中の 4 月に最初に投与を受けた時から現われている。いつでも寝ていることのできる病院での生活は別として、先週の異常なしんどさは体調がよくなかったことも作用しているのかもしれない。次回の診察時には、上の 3 番目のアドバイスにあるように、投与量を減らすことができるか相談してみるつもりでいる。どうも、"ジェムザール恐怖症" になっているようだ。

今週、神奈川の beechan さんと、Heaven's Door の take さんよりメールをいただいた。ありがとうございました。話をするのははげみになるので、今後とも、こうした関係を大事にしていきたいと感じている。

2004 年 7 月 3 日

6 月 28 日。投げやりな一日。別に陸上競技のやり投げをしていた訳ではない。メンタルケアの重要性については、全然、否定しない。でも、それですべてが円満に治まるほど、甘くもない。喩え話として言えば、"星の王子さま" で有名なフランスの作家サン・テグジュペリが、どこかの小説の中で、精神が健全に働くためには、適度の湿度が必要だと言っていたことを思い出す (出典の紹介も正確な引用もできない)。飛行機乗りの彼が、砂漠の真ん中に不時着した時の経験を綴った話で、水分が極度に不足すると、精神は、体や感覚をコントロールできず、幻覚や蜃気楼に対して、通常時には考えられない行動を取ってしまうという内容である。誰にでも悩みごとはあるから、ま、気にしないでもらいたい。ということで、今週は、症状と治療について語る他に、"暗い世界特集週間" として、"すい臓がんなんかに負けるもんか" というスタンスの背後にある別の感情推移について語ることにする。しかし、これは "特集" であって、時に、こんなことを考えることもあるということである。こんなことばかり考えていると誤解しないで欲しい。他の同病の患者さんの場合がどうかは知らないが、"がんばろう" の背後で、弱気や絶望が首をもたげることもあるということを話すのも自然な気もする。もちろん、それは間違っているという見解が成り立つことは十分に承知している。

6 月 29 日。どこで読んだのか忘れてしまったし、話が本当かどうかも知らないが、死んだ人には、すい臓がないらしい。つまり、死亡時に残っていたすい液がすい臓を溶かしてしまうということのようだ。すい液には、蛋白質を分解するトリプシン、デンプンを分解するアミラーゼ、脂肪を分解するリパーゼなど多くの消化酵素が含まれているので、分からない話でもない気がする。それが本当なら、"死人に口なし" ならぬ "死人にすい臓なし" である。再度、言っておくが、この話の信憑性については、保証の限りではない。ちなみに、中国の "五臓六腑" にすい臓が入っていないことを知っている人は多いと思うが、その理由は、拡張版 第1話 【膵臓癌はなぜ治療が難しいのか】 が参考になる。古いページであるが、興味深い内容である。

7 月 2 日。今週 (6 月 29 日) の診察について書くことにする。公約しているページアップの日は、明日だ。やっぱり、血液検査の結果からお知らせすることにする。

白血球 4210
赤血球 301
ヘモグロビン 11.4
血小板 27.5

6 月 22 日は、ジェムザールの投与が直前でキャンセルされたので、そのためだろう、血液成分は、いずれも回復基調にある。ジェムザールは副作用が少ないとはいえ、骨髄抑制という副作用はかなりのものがあると思う。今週も、ジェムザールの投与は診察の段階で中止と決まり、問診だけだった。しんどさという副作用が強く働く私にとっては、ルンルン気分だったが、ケセラセラで、明日のことは、明日考えよう。ただ、I 先生との話で、これまでの 1200mg を 3 週間投与、1 週休みというパターンは変更になり、次回からは、1000 mg を隔週投与ということになった。これでも、しんどさが続くなら、また、ご相談ということで、1 回の投与量を減らしてもらうようにお願いするつもりである。

とは言え、いいこと (?) ばかりではない。ここ 1 ヶ月、脂肪便というらしいが、おかしな排泄が続いている。排泄すると、茶色い油滴が浮かんでいるのである。ガス (おなら) とともに、そうした茶色い液体が噴出し、下着を汚してしまったことも何度もある。これに気がついた最初の頃は、理由もなく、勝手に、これは、当時服用していた貧血の薬 "フェロ・グラデュメット" の副作用だと信じていた。しかし、血液中のヘモグロビンの量が改善してその薬の服用が終わっても、その症状は続いていた。で、最近になって考えたのが、すい臓は、脂肪を分解するための酵素である "リパーゼ" も分泌しているので、すい液の分泌量が減少していて、脂肪の吸収に障害が発生しているのではないかということである。脂っぽいものばかりを食べている意識はないのであるが。I 先生には、そのことは報告しておいた。どうなんだろう。ちょっち (少し)、不安を感じる。それに拍車をかけたのが、6 月 26 日頃から始まった腹痛である。これまでは、MS コンチン (10mg) の 12 時間間隔の服用であまり痛みは感じなかったのだが、2 月下旬の発症時の痛みが戻ってきてしまった。朝は痛みはなく、昼すぎから始まり、深夜になって治まるというパターンである (2 月の場合は、深夜になっても、痛かったが)。お腹が痛いというのも、報告しておいた。十二指腸への出口にある腫瘍のせいですい管がつまって、分泌されないすい液がすい臓自身を消化し始めているための痛みだと考えると、怖い気がする。でも、不摂生なだけで、自分に、そんなことはないよと言い聞かせて、とりあえず、安心しておくことにする (根拠は何もない)。この痛みのため、MS コンチンの服用が 8 時間間隔に変更になり、1 日 3 回になった (してもらった)。残念ながら、今のところ、痛みの改善は、あまりない。

で、話は変わるのだが、今回、I 先生に "腫瘍マーカー" について尋ねてみた。私の数値を紹介すると、CA19-9 は "27" だそうである。"すごくいいじゃん !" と思われる方もいると思うが、これには、裏がある。先生に聞いた話では、腫瘍マーカーは、すべての人に対して、症状の度合いを正確に表わすものではなく、またしても、"個人差" が大きいということである。私の場合、少なくともこれまでのところ、腫瘍マーカーは、症状の改善や悪化を反映していないらしい。言い換えると、腫瘍マーカーは、症状がどうなのか表わす尺度とはなっていないということである。これは、病気とつき合うための武器 (測定器) が欠けているということなので、私は、これが、いい数字だとはちっとも思っていない。

で、ここまでのところ、上で書いた "暗い世界特集週間" が消し飛んでいる。これについては、日を改めて、お話したいと思う。期待していた人はいないと思うが、今回記述できなかったことについては、お詫びする。

2004 年 7 月 10 日

7 月 6 日。通院の日。初めての経験であるが、朝、病院に電話を入れ、"急用ができたので、今日は行けません" と断りを入れて、いつものように仕事に向かう。要するに、"サボってしまった"。でも、ま、これには、ここでは言えない理由があるのだが。"もーどうでもいいや、空が青いなー" と独り言を言ってみる。お、"暗い世界特集週間" 路線に走っている !!

7 月 9 日。MS コンチンが切れたので、薬をもらうため、病院に行く。本来なら、火曜日 (6 日) の時点で薬はなくなるはずだったのだが、3 錠余分があったのと、1 日 3 回の服用を 2 回に減らしてしのいでいたので、この日までもちこたえた訳である。MS コンチンが効かなくなったのではという危惧があったが、量を減らしてみて分かったことは、MS コンチンは効いていて、それでもお腹や背中が痛いということだった。これ以上、MS コンチンは増やしたくないので、困ったものである。

来週 (7 月 13 日) から、隔週、一回 1000mg として、ジェムザールの投与が再開する予定である。来週は、症状などについてもっと内容のある記述ができると思う。

2004 年 7 月 17 日

7 月 10 日。終日、Tomcat と格闘。3 月にすい臓がんだと分かった時には、時間がないから、プログラミング言語の勉強は、Perl ("ぱーる") に絞って、それまで並行して独学してきた Java ("じゃば") という言語はもうやめようと思っていた。しかし、仕事の関係でそうもいかず、Java の中でも、ウェブアプリケーションというか、サーバーサイドプログラミングというか、Servlet ("さーぶれっと") と JSP ("じぇーえすぴー") という分野の勉強を再開している。ついでに言うと、ウェブアプリケーションを動かすフレームワーク (枠組み) である Struts ("すとらっつ") と Tapestry ("たぺすとりー") もやっていたりする。そうしたプログラムを動かすためのソフトウェアとして使っているのが Tomcat である。

最近、ウェブで見つけた記述 (出典)

肝転移のある膵臓がん患者さんに対する治療法はGemcitabine等による全身化学療法です.膵臓がんで肝転移が存在する場合には,膵臓がんを切除する手術は原則としてはおこなわれません.なぜなら,肝転移を有する膵臓がん患者さんの平均生存期間は3-6月と短く,切除によって生存期間は延長されないからです.

私の場合、発症時に、肝臓への転移が見つかっているので、この記事が本当だとすると、"んー" と考え込んでしまう。しかし、そんなことで思い悩んでいても何も始まらないので、ここは、"希望の道を歩もうぜ !!" と気を取り直すことにする。変わり身の早い自分である。

7 月 13 日。病院の日。まずは、採血の結果から。

白血球 7110
赤血球 376
ヘモグロビン 14.4
血小板 23.3

ジェムザールは、6 月 15 日以来、お休みになっていたためだろう。血液成分は、著しく改善している。取りあえずよかったということで、久しぶりにジェムザールの点滴を行なう。先日も書いたが、今後当分は、隔週投与で、1 回当たり 1000mg である。これまでのところ、疲労感はあまりない。今週は多分大丈夫だろうという気がしている。以前にも、1 回だけだが、疲労感がなかった週はあったので、今後はどうなることか。疲労感が現われるようなら、投与量を減らしてもらうということになるのだろうと思うが、でも、ま、継続してジェムザールの投与が受けられることを願っている。

とは言え、相変わらず、腹痛と背中の痛みは続いている。今日はそれ程でもなかったが、今後は、どうなるだろうか。I 先生に痛みが続いていることは話しておいた。MS コンチンの量を増やすという話も出たが、来週の診察まで様子を見るということで、これまで通り、10mg を 1 日 3 回ということになった。

名古屋も、今日、梅雨明け。いよいよ、本格的な夏。あまり、雨が降ったという記憶はないのだが、あの蒸し暑さの日々が本格化するのかと思うと、少し、げんなりした気分になる。夏ばてかどうかは知らないが、最近、食べたもの、飲んだものをもどすことが多い。一時的なものだと信じているのだが、あまり頻繁に続くようなら、I 先生にご相談ということにしようと思う。

7 月 17 日。今日から 3 連休。やっぱり、ジェムザール 1000mg というのは、多すぎるのかもしれない。投与の翌日の 7 月 14 日は、約 20 時間寝ていた。夕方まで寝て、しばらく起きていて、いつものように寝ることができるというのは、ある意味で、異常だろうと思う。来週、相談してみることにする。

統計的に言うと、すい臓がんの場合、発症してから 3 ヶ月で半数の人が亡くなり、1 年で 9 割の人が亡くなるという。このページでも、時々、そうした内容のことを書いているが、統計的にそうだからといって、個々のケースでどうなのかというとそれは、まったく別問題である。余命 xx ヶ月を宣告されながら、何年にも渡って元気に暮らしている人も多いし、病気と共生しようと決意したら、そうした数字はあまり気にならないものである。私の場合も、そうした数字に怯えながら暮らしている訳ではない。がんという大きなハンディーはあるが、連絡を取り合い、情報を交換することで、QOL を維持しながら生活できると信じている。今後ともよろしく。

2004 年 7 月 23 日

7 月 21 日。20 日は、例によって、血液検査から。

白血球 3980
赤血球 404
ヘモグロビン 15.0
血小板 15.7

白血球の減少が著しいが、前回がよすぎただけで、ま、こんなものだろう。病院側が間違えて、ジェムザール投与の準備をしたが、隔週投与のはずなので、ここは、断固、拒否。懐具合がさみしかったという理由もある。診察の際、先週水曜日はずっと寝ていたことを話し、ジェムザールの投与量を減らして欲しいとお願いしたが、次回の診察の際に、体調とかを判断して決めることになった。

この間続いている腹痛と背中の痛みに対して、坐薬のボルタレンサポを出してもらった。これは、3 月に MS コンチンに切り替わる前に使っていた薬である。こちらは、5 - 6 時間以上の間隔で、痛い時に使用してよいということで、これで、疼痛剤というのか鎮痛剤というのか、2 種類を併用する形になった。これで、一応、痛みは治まっているので、取りあえず、よかったというのが本音である。でも、いつまで効いてくれるのだろう。

体重は、この間、45kg 辺りで均衡していたのだが、暑くなって食事が進まないとか、嘔吐するとか、その他諸般の理由で減少傾向が続いている。7 月になって、一時は 40kg 近くまで落としてしまった。今回の診察でも、栄養剤の点滴とか体調が元に戻るまで入院とかいう話もあったが、それは断り、"薬だと思ってしっかり食べます" という決意表明で終わらせてしまった。医食同源という言葉もある通り、ま、がんばって食べるよう努めたいと思う

2004 年 08 月 11 日

そして、時は流れ... 更新を 3 週間近くサボってしまった ...

この間の経緯を、箇条書きで記してみることにする。

2004 年 08 月 22 日

前回の更新以降、少しずつでも、なるべく頻繁に更新しようと思っていたのだが、それも果たせず、今日まで来てしまった。時にこのページに目を通して下さっている方には、お詫びしたいと思う。また、メールを下さった方にも返事ができず、申し訳ない思いがしている。この場を借りて、お詫びしたい。

体調が悪くて、散々な日々が続いていたので、今回は、その辺りを中心につづってみたいと思う。だいぶんと体調は回復してきた。

8 月 13 日、観光でならいいのだが、残念ながら仕事で飛騨高山に日帰りの出張。その日は、いつもにも増して腹痛がひどいとか、朝から体調は全然よくなかったのだが、出かける間際には、鎮痛剤の "ボルタレンサポ" が効いたせいか、だいぶとよくなったので決行という運びになった。行きと現地での打ち合わせまではよかったのだが、帰りの車中は、冷房が効きすぎていて、体調は見る間に暗転。最悪の体調で、夜 9 時過ぎ、自宅に辿りつく。そのまま、寝てしまった。翌日は土曜日だったため、自宅でのんびり。この日は、普段と同じ生活ができたので、取りあえず、前日の出張の影響はないと安心していた。

ところが、その翌日の日曜日。ほとんど起きていることができなくなった。椅子に座っていることもできず、ただただ、ベッドの上で、しんどさと腹痛にのた打ち回る生活が始まる。何とか起きて、椅子に座っているようにしようとするのだが、5 分ともたない状態で、またベッドの上にごろり。腹痛の中、何とか眠って、浅い眠りから覚めると、また腹痛の現実。ちょっと前から、医者に勧められていた "再入院" を真剣に考える。

月曜日も同じ状態。火曜日は、病院の日で、ジェムザールの投与日だったが、こうした状態では無理ということで薬だけもらって帰ってくる。"ボルタレンサポ" が命という日々だった (今もだが)。要するに、夏ばてによる食欲不振と嘔吐による栄養不足が原因のしんどさで、高山への出張が、それを顕在化させる引き金となったのだろうと思う。"このままでは、寝たきりになってしまう" という危機感もあって、水曜日 (8 月 18 日)、病院へ行き、栄養剤の点滴をしてもらう。即効性はなかったが、翌日からは、起きていることができるようになり、少ないながらも、食事も食べることができるようになった。ということで、一応、危機脱出!! 来週中には、仕事に復帰できるのではないかと考えている。ちっとも無理をしているという気はないのだが、無理は禁物ということを心して生活しなければならないと思う。悲しきガン患者である。

寝つきが悪いので、発症前は、お酒を飲んで、それを睡眠薬代わりに寝る日々を送っていた。発症後も、そんな状態は続いていたのだが、最近は、"体が受け付けない" というのだろう、お酒を飲んでも、酔う前にもう欲しくないという状態になっている。不本意ながら、悪弊が 1 つ減ってしまった。ちょっと前、ビール (350ml) を 1 缶飲むのにどれくらいの時間がかかるか試してみたら、2 時間以上かかってしまった。ま、それはともかくとして、"ボルタレンサポ" 依存状態を何とかしなければならない。"MS コンチン" を増量してもらって、適正な量を割り出して、鎮痛は、"MS コンチン" 中心に戻したいと考えている。次回、主治医の I 先生に相談してみるつもりである。

2004 年 08 月 29 日

何か明るい話題はないのだろうかと考えてみるのだが、んー、ない。今年は、野球を見に行っていないので、我がチーム (=広島カープ) の名古屋最終戦を 9 月 12 日に見に行こうと思ってチケットを購入したくらいだろうか。外野の自由席なので、開場まで並んでいなければならないのが辛いのであるが、気分転換にはなるだろう。カープ応援団特有の立ったり座ったりの応援まではしたことはないが、楽しみにしている。XX 連敗していてもいいから、その日だけは勝ってほしい。"宮島さん" も歌いたい ("宮島さんの神主がおみくじ引いて申すには、今日もカープは勝ち勝ち勝ち勝ち...")。

MS コンチンは、朝晩 2 錠ずつ (モルヒネ量は、20 * 2 = 40mg/日) にしてもらった。それまでと比べて、効用にあまり大差はない。相変わらず、ボルタレンサポ依存状態が続いている。I 先生によると、痛み止めは、複数を併用しておくのがよいことと、服用しすぎてボルタレンサポが効かなくなることは心配しなくてもよいとアドバイスいただいたが、MS コンチン君にがんばってもらいたいところである。次回の診察では、もっと増量してもらうように相談してみるつもりである。とにかく、痛みをなんとかしなければならない。

しばらく休止状態にあった嘔吐が復活して、8 月 26 日 (木) は、昼夜と 2 連発してしまった。肉類はもうだめかなと思う今日この頃である。少ししか食べられないとしても、食事は取るように心掛けてはいるのであるが。

2004 年 09 月 04 日

最近は血液検査を含めて検査を受けていないので、ずっと症状について書いている。自分がガンであったり、身内にガン患者がいるのでなければ何もおもしろくもない内容だろうと思う。書いている本人もこんなこと書いたって仕方ないじゃんと思うことが多々ある。ガンの症状は個人差が大きいので、ケーススタディーとして、こんな症状が出る場合もあるを知っていただくことも役に立つかもしれないと考えて書き進むことにする。

思い起こせば、2 月の下旬にお腹が痛くなって、3 月始めに病院に行った。胃の辺りにひどい腹痛が続いたからだ。そして、検査入院、すい臓ガン (膵菅細胞ガン) と判った。痛みに関して言えば、当時は、処方されたボルタレンサポが効いた。そして、3 月下旬にそれを引き継いだ MS コンチン (10mg * 2) で、痛みは治まっていた。その頃は、痛みも引いていたのでガンという自覚は少なかった。"ガンなんだ" という精神的な重圧の方が大きかった。6 月下旬に、痛みが再発。MS コンチンだけでは痛みを止めることができず、ボルタレンサポとの併用になった。その当時でも、痛みによって生活が乱れることはなかった。暑い夏になって、あまり食事を取ることができなくなったためもあると思うが、痛みは進行し、ボルタレンサポの使用量も増えた。ボルタレンサポが効く日もあれば、全然効かない日もあるのが辛いところである。8 月中旬からは、しんどさも加わり、仕事も休みがちになった。体重も今計ったら約 39kg だったので、半年で 15kg 落としたことになる。時に、"もうすぐ死ぬ" という弱気の虫が首をもたげることもあることは否定しない。来週には、今勤めている職場に "進退伺" を出そうかと考えている。

すい臓ガンについて聞く話にろくなものはない。痛みに耐えかねて自殺してしまった人の話や、のた打ち回るほどに痛いという話などなど... すべて分からない話ではない。私は、痛みを表現するのが下手なので、どんな痛みかと尋ねられると困ってしまうのだが、"お腹の中をつかまれて、ぐりぐりとかき回されるような痛み" と聞いた時には、うまい表現だと思った。ま、それはともかくとして、今週は 8 月 30 日午後、腹痛で仕事を早退。それ以後、ずっと欠勤してしまった。特にやることがなければ、ベッドの上でごろーんという生活が続いている。実際に眠っていることが多いのだが、一日に何時間眠っていることになるのか。15 時間を下らないのではないかと思ったりする。以前には考えられないことであるが、最近は、1 人の時には前かがみに歩いたり、100m と離れていないコンビニに行くのにも自転車を使う。お腹だけでなく、背中も痛かったりするためである。背中が痛いというのは、6 月の痛みの再発時に始まったと記憶しているが、膵中部や膵尾部にも病巣が広がっているのだろうか。

ガン細胞がもう少し賢ければ、ガンの対処法も異なったものになっているだろうと思う。がん細胞自身にとっての生存意義は、少しでも長く生きながらえることのはずである。であればこそ、転移したり、急速に成長するのだろう。であれば、宿主 (= 患者) を殺すまでに痛めつけることをせず、多少いじめる程度にしておけば、ガン自身も長く生き延びることができるだろうにと思う。逆に言うと、そのようにガンを誘導できるようになれば、人類は、ガンと共生できることができるようになったと言えるのかもしれない。


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