ぺんぎん隊 Profile
![]() 平成8年生まれ 趣味はゲーム 道に迷い 渓で転ぶ しかし彼はおにぎりがあれば幸せ |
![]() 昭和35年生まれ 趣味は渓流歩き 隊長を褒めちぎるのが仕事 彼の機嫌次第で計画が 大きく変わってしまうのだ。 |
ぺんぎん隊という遊び
息子を連れて・・
一番末の息子佑次郎がまだ保育園の年中さんの頃だったから4年前くらいになるだろう。大好きな絵本で「ペンギンたんけんたい」と
いう絵本があった。それを毎晩寝る前に読んであげたものだった。もう何度も読んで聞かせているのに毎回々々目を輝かせては「次は?
」「それで?」と聞き返して来た。寝かせる為に読んでいた筈が、読み聞かせる内に目を輝かせてしまうのだから困りモノではあった。
その物語はペンギンの隊長とペンギンの副隊長とペンギンの副々隊長がペンギンの隊員50匹を連れて無人島のジャングルを探検する
という物語だった。探検の途中で色々な動物に出会う。島の動物に出会うたびに隊長が「ぼくたちは!」と言うとその後に「ペンギンた
んけんたいだ!」と副隊長と副々隊長が叫ぶのである。50匹の隊員は「うんうん・・」とうなずいて只々通り過ぎて行くというもので
ある。
ある日、高原山の麓の公園へ女房が作ってくれたおにぎりを持って二人で遊びに行った。息子と誰も居ない渓流沿いを歩いていた時だ
った。いきなり「ぼくたちは!」と息子が叫ぶので「ぺんぎんたんけんたいだぁ!」と乗りのいい父親は叫び返したのである。我が家で
「ぺんぎん隊」が結成された瞬間である。「たんけん」という言葉は少年の心を揺さぶる魔法の言葉である。私が小さかった頃にもこの
言葉を頭に浮かべては親の知らない色々な事をやったものである。
「隊長、探検に行こう!」こう声を掛けられた隊長(佑次郎)は目を輝かせて「どこに行くの?」と問い返してくる。魔法の言葉を使っ
ているのだから当然の反応とほくそ笑む父親である。「うん、山に流れる川でおさかな退治だ!」ここで魔法の言葉の二つ目をさりげな
く使うのである。「退治」これは「桃太郎」の昔から小さな子供たちにはお決まりのヒーロー的目的意識である。こうして何の事は無い
まんまと岩魚釣りに誘い出す悪魔の様な父親なのである。まだ雪の残る渓流を長靴で歩かされても「隊長、釣れましたぜ!」と下卑た言
い方で岩魚を見せればご機嫌である。私が先を歩けば「僕が隊長だよ!」と自分が前を歩きたがる。ふきのとうを教えれば「食える」と
聞いた途端に「全部採って帰る!」と言い出す始末。渓歩きが満更嫌いでも無さそうな姿に満足の父親だった。
またある日は「隊長、山を探検しませんか?」と誘いを掛けた。「山?いいよ。」父より上に立てる唯一の遊びがぺんぎん隊なのであ
る。こうして出掛けたぺんぎん隊最初の登山が古賀志山である。相変わらず「僕が隊長だよ!」と登山道を小走りに歩くのである。それ
から横根山、篠井連峰、大小山と数をこなして行く間にいつしか隊長の足は鍛えられて行った。最近では2000m近い山にも足を運ぶ
ようになり私より前を歩く姿は名実ともに「隊長」そのものである。
子供と過ごす時間は楽しいし貴重な時間でもある。そうとは知ってはいても現実は難しいものである。昨年、私の住む地域に「おやじ
の会」と言うものが発足したと聞く。土曜日が休みとなり余暇を持て余す子供たちに父親が如何に付き合うべきかを考え実践する会だと
言う。現在の父親は、こうしたお膳立てが無いと子供と遊べないらしい。確かに子供に合わせて遊んであげるのは結構大変なものである
。遊園地に行ったりテレビゲームを買い与えるのは容易いがお金が掛かる。薄給の財政を源流釣り一本に絞りたい父親としては避けて通
りたい道である。それならば自分の遊びに子供を巻き込むのが一番手っ取り早い。フィールドから道具立てまで或る物で楽しめる。大人
の遊びを子供がやるには多少のハンディキャップが伴うが時間を掛けることでそれは補える。私が楽しければ息子も楽しいのだと勝手に
決め付けて引っ張りまわしている。そうする事でいつしか自分が記憶の中の住人となった時でも彼らが山や渓で遊ぶ姿が見られたら・・
・と思う。父親の遊びを「楽しい」「羨ましい」と思って貰えればと願う。
ぺんぎん隊も今では仲間が増えた。私同様に手っ取り早い手段を選んだ仲間たちである。年に数回「遊びましょうか!」と集まるので
ある。それぞれ家族単位のぺんぎん隊だがそれでも集まれば楽しくにぎやかである。子供同士も仲良しになり魚捕りや山菜・キノコ採り
、釣りなどを一緒に楽しんでいる。父の楽しそうな姿を見て子供が笑う。子供の笑顔を見て幸せになれる。そんな遊びがぺんぎん隊の目
標である。