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11月12日 明け方まで雨 のち 晴れ

「大小山」懐かしい山である。隊長がまだ一年生、ぺんぎん登山隊が結成された年に登っている山である。そしてこの山の登山記をHPに掲載した事がきっかけで知り合ったのが採食集団の酒田のおっちゃんである。「うちの故郷の山を紹介してくれてありがとう。」これが掲示板におっちゃんから書き込まれた第一声だった。小さい頃から登り、今でも朝晩大小山を間近に見て暮らしていると言う。人と人の出会いとはこうして突然始まるものだ。
顔を合わせての付き合いが始まって足掛け3年。つい最近おっちゃんの自宅を知ることになった。そして今日が二回目の訪問。おっちゃんの家から見える大小山が上の写真である。「確かに近いわな。」
今日、おっちゃんの家に行ったのは柿狩りのお誘いを受けたからである。「柿狩りするけど来ねぇ?」そう言われてノコノコ出掛けて行ったのである。ノコノコ出掛けて来たのはぺんぎん隊ばかりではなく、千葉からマムシ親父さんご夫婦もやって来た。まあ、マムシ親父さんたちは沼田の小峰さんの別荘に遊びに行く道中の寄り道である。
おっちゃんの家から車で1分のおっちゃんの実家に案内された。柿の木が数本ある。その全部が枝も折れんとばかりに柿の実を付けている。早速にハサミを手に柿の木に登る。柿の木は折れやすいので要注意だ。
たわわに垂れ下がる枝先。(沢山の実が生ってその重さで枝が垂れ下がっている状態。先端が一番低くなっている。まあ、尺イワナを掛けた軟調竿の様である。)
柿の実をハサミで切り落とす。すると実が少し無くなり軽くなった枝は徐々に上へと立ち上がり手が届かなくなる。頭の悪いぺんぎん隊は同じ失敗を何度も繰り返すのだった。しかし転んでも只は起きないぺんぎん副隊長。納屋の横に隠れていた脚立を目ざとく見つけて持ち出して来るのでした。一件落着。
ところが副隊長の頭の中は、やはり鳥並みに軽かった。脚立に登り柿の実を順調に採っていた。脚立から落ちない様に左手で枝に掴まりながら美味しそうな柿の実を選んでいたのだ。「あったあった!」と勢い込んでハサミで切り離した枝は、何と左手で身体を支えていた枝だった。落ちないように掴んでいた枝の更に掴んでいた上を切り離してしまった訳である。当然落ちる。傍目には脚立から飛び降りたように見えただろうが、実は落ちたのだった。
いや〜、しかし採れた採れた。ぺんぎん隊だけでスーパーの袋が6袋である。マムシさんの方も同じくらい。それでも柿の木にはまだまだ実が残っていたがもう許してやることにして退散。
![]() たわわに実る柿の木に隊長もニッコリ |
![]() 柿の木に登るマムシ親父さん |
さて、柿狩りに満足した一行。マムシ親父さんご夫婦は沼田へ向けて出発すると言う。ぺんぎん隊とおっちゃんは目の前の大小山にのんびりまったりと登る事にしている。柿を沢山採った後のデザートである。
大小山は何故か隊長の「お気に入り」に登録されている。事ある毎に「大小山なら行く。」と言っていた。やっとその訳が判った。
前回の登山では南尾根から大小山、妙義山、東尾根という順路の大小山登山コースでは一番長いものを選んだ。隊長にはどこの山に行くにも出発前にガイドブックを読んで聞かせ大体のコース内容を教えている。当時、大小山の南尾根コースは出来たばかりでガイドブックには載っていなかった。南尾根のコース取りは当日現地で決めたものだった。
家で仕入れて来た情報では見晴台の東屋があり「大小」の文字の真下に出る中央の男坂・女坂のコースだった。隊長はその東屋と「大小」の文字の下に立ちたかったのである。こうして今回は男坂を上り東屋に出て大小山と妙義山に登り、同じ道を引き返し女坂を下るコースにした。これで一般的な大小山登山コースは全部歩く事になる。
今回はおっちゃんの同行でコースガイドとカメラマン的な役割を果たしてくれた。まずは登山口の阿不利神社前でツーショット。ここは南尾根コースと東尾根コースとの分岐点でもある。ここから神社右手を進む中央の登山道を歩く。
綺麗な石造りの階段をしばらく登ると男坂と女坂の分岐点に出る。左がなだらかな女坂、右がほぼ直登に近い男坂だとおっちゃんのガイド。ぺんぎん隊は厳しい男坂を選択するのだった。
男坂に入り更に続く石段を登り詰めると綺麗なお社が現れる。「大小山仙間神社」である。鳥居に1994年と刻まれていたので11年前に新しく立て替えられた様子である。おっちゃんが言うには昔は屋根が掛かっていなかったらしい。
神社を巻くように左の登山道へと進む。ここからは変化に飛んだ岩場のコースが現れる。岩場は隊長が苦手とする所である。しかし今日は果敢にトップを歩いている。ガッシガッシとコースを外れながら・・・(笑)
岩場を越えた所に女坂との合流点があった。振り返ると関東平野が一望出来る良い場所である。
ここからは登山道お馴染みの丸太を模した丸いコンクリートを組んで造る階段のお出ましである。やはり歩幅と段差が合わずに歩きずらい。でもそれを整備する苦労を考えたら我慢するのが大人である。子供の隊長は素直に「歩きずらい。」と言っていた。もともと階段よりはその横の坂を選ぶ隊長である。
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階段を上りきると「大小」の文字の真下に飛び出す。隊長待望の場所である。東屋に立ち寄り備え付けられた登山ノートにぺんぎん隊の書き込みをする。
東屋からの展望も良い。年始めには初日の出を拝みに沢山の登山者で賑わう場所だと言う。見上げる岸壁には「大小」の文字が大きく眺められる。一文字縦横7m強の大きさである。工事の記録板を見ると「板面SUS1.4t」と書いてある。ステンレス製で重さ1.4tである。平成7年11月4日完成とのこと。おっちゃんのガイドによると、それ以前の文字は木製だったと言う。
東屋で小休止して、いよいよ大小山山頂にアタックである。
東屋から左に行くと岩場にほぼ垂直な鉄製の階段が架けられている。階段を登りさらに進むと南尾根からの登山道と合流する。合流点を右に折れ、山頂下を急登すると大小山の頂上に飛び出す。
ほぼ中央を直登する形の登山道。「大小山仙間神社」や「東屋」「大小」の文字を左から巻くような形で付けられている。岩場もあり楽しい登りである。
大小山頂上からはすぐそこに一段高い妙義山山頂が見える。妙義山に向かうには一度鞍部に下りて、すぐに岩混じりの急登に息を切らすことになるが、時間的には10分と掛からない。
汗をかいた身体に冷たい風が吹き付けて寒いくらいである。頂上でゆっくりと昼食を考えていたが東屋に戻ってから摂ることにした。下る前に360°のパノラマを楽しむ。
北には男体山を始め日光連山が、西には赤城、妙義の上毛の山々、東には遠く筑波山や八溝の山々、そして南には関東平野が広がり新宿副都心のビル群が見える。空気が澄んでいれば富士山も見えることだろう。
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冬の風が吹き始めた山頂を逃げるように下る。隊長には安全の為にお散歩ヒモを結んで下る。東屋で昼食を兼ねて大休止。おっちゃんとビールで乾杯だ。
ぺんぎん隊はいつも二人きりなので途中でビールなど飲んだ記憶が無い。休憩も水を飲む為に立ち止まる程度。頂上も10分と居ない時が多い。結構忙しい登山なのである。こうしたまったりした登山も良いものだと思ったがビールも相手が居てこその味である。「隊長とビールで乾杯出来たら最高だろうな・・。」ふとそう思った大休止だった。
東屋からはおっちゃんの家が見える。家から山が見えるというのは良くある事だが、山から自宅が見えると言う事実がおっちゃんと大小山の関係を示しているようだ。ぺんぎん隊の掲示板に最初に書き込んでくれた言葉をあらためて思い出す。
昼食を終えて腰を上げる。階段を下り岩場の手前から女坂に下る。雑木林の中をダラダラと土の登山道は下る。男坂と合流すれば右に小沢を見ながら登山口へと下りるのも間近である。
![]() 男坂と女坂の分岐点 |
![]() 待望の東屋にて休憩 |
![]() 「大小」文字の掲揚工事記録板 |
![]() 大小山山頂への急登 |
![]() 東屋脇の鉄階段 |
![]() 稜線にて |

山頂から北方向の日光連山を眺める