百村山

10月8日 晴れ&強風


 宇都宮から矢板、塩原を抜けて黒磯に向かう。途中、塩原の道の駅で原くんと合流。原くんの息子勇輝(イサキ)が眠そうな顔で迎えてくれた。
 当日は日本海に張り出した低気圧の影響で天候が不安定。雨こそ降らないが強い風が吹き荒れている。宇都宮からの道中、見上げる高原山が雲に頭を抑えられた姿を見せている。日光男体山の頭はスッポリ雲の中。雲は2000m上空付近と見当が付く。

 当初、原くんとの打ち合わせでは沼っ原湿原から白笹山経由の南月山に行く予定で集合を掛けていたが、山々を見た状況では高原山と標高が近い南月山では天候が怪しい。無理して雲の中に飛び込むよりは、もう少し標高を下げて眺望の効く範疇で”歩ける登山”を考えた。そこで候補に上がったのが百村山(1085m)である。原くんに事情を話し了解を得て出発。

 百村山に向かう車中、一件の電話が入る。黒磯に来ているナベちゃんからだ。すぐ近くに居る事を伝えると一緒に行くから迎えに来いと言う。登山口を知っているナベちゃんがいれば好都合だから一も二も無く了解する。ナベちゃんの家を経由して登山口に向かう。
 
 登山口である光徳寺の駐車場から歩き始めたのが午前10時。うちの隊長にライバル心を燃やしている勇輝を先頭にして歩く。勇輝はまだ就学前の6歳である。父ちゃん譲りの山に適した良い足を持っている。

  杉林の中をジグザグに少しずつ登って行く。

 この時期の山歩きは足の疲れよりも首の方が疲れる。何故かと言えばキノコである。里山のキノコはこの時期が旬だ。歩きながら「キノコはないか!」と登山道の左右を忙しなく探し回る為に首が疲れるのだ。とは言え、偉そうに”キノコ”と言ってもキノコの知識は皆無に近いぺんぎん隊である。キノコを見つけたところで名前も判らずに「キノコ!」と叫ぶのみである。

 そんな拙いぺんぎんキノコ隊でも判るキノコがある。スギヒラタケだ。スギヒラタケは杉林に生える数少ないキノコである。低山ハイキング専門のぺんぎん隊には植林された杉の山肌は得意中の得意。そこに生える真っ白く遠目にも目立つキノコは格好の獲物だった。ところが2004年秋に中毒事故が起きてスギヒラタケは一躍毒キノコの仲間入りをしてしまったのだ。

 その2004年秋に田代山から帝釈山に登ったぺんぎん隊。田代湿原から帝釈山へ至る鞍部でスギヒラタケを登山に来ていた多数のおばちゃんグループからの憧れの眼差しを感じながらビニール袋一杯に採って帰って来た。私自ら味噌汁の具として調理し、家族から「美味い!美味い!」と絶賛され、隊長に至っては美味な食材を自然の山から採取して来たヒーローとして持て囃されたのである。

 ところが・・・

 その翌日に全国ネットで「秋田県○○町にてキノコの中毒事故が起きました。スギヒラタケを食べた男性が急性脳症を起こして入院しました。」(確か死亡事故だったと思う)と報じられて私と隊長は一夜にして家族から白い目で見られてしまう境遇となったのである。食用とされて来たキノコが急に毒キノコとなった理由は現在も調査研究中であると言う。
 
 さて、寄り道をしてしまったが登山道を快適に登っている事には変りは無い。杉林の中の九十九折れの登山道を高度を稼ぎながら登って行く。時折吹く風は半端でなく強い。
 
 ナベちゃんの下調べでは登山口から展望の良い所までが80分、更に山頂までが30分の都合片道二時間コースだと言う。今日の天気おまけに子供を連れた登山だから展望所まで往復するのがいいところと決めての歩き。

 途中舗装された林道を横断して周囲は杉林から松やコナラの林に変ると尾根筋の歩きとなる。アップダウンを繰り返し笹原の様な尾根道を歩く。時折北側の視界が開けて那須方面の山々を眺める事が出来る。そこから更に尾根道を緩く登りながら進むと南に開けて眺めの良い場所に出る。見晴台と呼ばれる場所である。ここまでが登山口から80分と言うコースタイムである。腕時計を忘れたので携帯電話で時間を確認したら10時50分。コースタイムを大幅に更新していた。

 見晴台で記念撮影。近くは那須野ヶ原、遠く八溝山や奥久慈の山々を眺める。本当なら休憩に最高の場所なのだが相変わらず風は吹き荒れている。長く休むと身体が冷えて寒い。気が付けば汗ばんでいるのは服を来ている部分だけで肌が露出しているところは汗も出ないほどの身体が温まらない登山である。 

 勇輝も隊長も「疲れた、もう歩きたくない!」と言っているが大人たちは全く耳を貸さない。原くんも私も自分の息子の力は既に承知している。口だけの泣き言に付き合うほど甘くは無い。ここから頂上までガイドブックでは30分である。

「さあ、頂上まで行くぞ!」
「やだ〜!」
「じゃあ置いて行く。」
「・・・・・」

真っ先に歩き出したのは勇輝だ。つられて隊長も歩き始めた。

 雑木林の緩い下りを歩いて行くと鉄塔下に飛び出す。そこからまた登りだ。二本くらい脇道が出てくるがそれは作業用の道で頂上へは忠実に尾根道を歩いて行く。

 尾根道の笹原が強風に揺れる。右から吹いた風が大きく笹をなびかせたかと思うとスッと息をつく様に穏やかな無風状態が訪れる。そして数呼吸の後には左側からドーッと吹き返しが笹を引きちぎる勢いで吹いて来る。

 前を歩く隊長は風に飛ばされそうになって風上に向かって身体を預けて身構えたがハタと止まった無風状態に勢い余ってズッコケている。立ち上がって土を叩いている間に今度はお尻から風に煽られて前のめりに手を付いている。思わず笑ってしまった。

「お父さん、今日の風は波みたいだ。行ったら帰って来るよ。」

なかなか良い表現をする奴である。

 笑いながら尾根を歩いて行くと結構急な登りが出て来た。滑りやすそうな土が露出していて雨の日は苦労しそうな急登である。途中、カタクリの群生地を示す標識が立つ。

 
 急登に一汗かくと百村山山頂だ。

 山頂には三等三角点、木々にはいくつかの山頂標示の板が貼り付けてある。見晴台より一段高い位置から那須野が原の牧草地と栃茨県境の山々を眺める。

 11時28分。見晴台から大体20分弱である。〆て片道70分で登って来た。休憩は立ち止まって給水程度で見晴台と山頂でそれぞれ10分程度。トレーニングがてらの大人には丁度良いが子供たちにはこのペースは速いかも・・・。

とは思いながらも

「さて、下りは1時間切るぞ!」

の掛け声に走り出す勇輝と隊長。

言葉だけじゃ騙されない、子供たちはやっぱり元気だった。こいつらに置いて行かれる日もそう遠くないかも・・・。