お天気山(天久山)

1月14日 晴れ


 今回はかねてから気になっていた山に足を運んだ。栃木県鹿沼市にある通称「お天気山」(777m)だ。
 この山の名前を初めて知ったのは2004年二月、羽賀場山に登った時だった。ガイドブックに羽賀場山山頂からこの山までの縦走ルートが書いてあった。しかしそこには「稜線の踏み跡は不鮮明、地図と磁石が必要」とも書いてあった。まあ、羽賀場山そのものも同じ様な記載で上級者向けなのだが、更にそこから先に進む勇気は息子を連れた私には無かった。

 そんな忘れかけた山の名前をチラリと目の端に捉えたのが昨年の秋頃、鹿沼市内から古峰神社に向かう通称「古峰ヶ原街道」での事だった。

 街道を走るリーバスの停留所に「上大久保」という所がある。その停留所の向かい側に何やら緑色の大きな看板が立った。いやいや、以前から立っていたのかも知れないが気が付いたのがその頃なのである。でも相手は立て看板でこちらは自動車で通り過ぎる立場であるからほんの一瞬目に止まるくらいのものである。でもその中に「天気山登山道」という文字を見た様な気がしてず〜っと気になっていた。気にはなるんだけど車を止めて見るまではしないうちに12月になってしまっていた。

 12月に大芦川自然クラブの忘年会があり、この街道を走った。その日はたまたま時間があり、この看板を目前にその存在を思い出したので「ちょっと見てみよう」という気になって車を止めた。

「天気山登山道案内板」

そこにははたしてそう書かれていたのだ。

 ほぼ3年前に目にした名前だけの山がいきなり近くに感じた。「行くしかないじゃん!」この看板がそう言っていた。

 山頂まで4km、2時間。

 そう書かれている簡略な地図を見て「隊長と歩いて1時間半かな・・・」と予測をした。遅くても表示通りの2時間だろう。十分に二人で歩ける筈との心積もりで帰宅した。登山日は思いの外早く来て年が明けた14日に行く事になった。この日は看板をじっくり見てから丁度一ヶ月、第二日曜日の自然クラブのイベント日である。

隊長に「天気山に登ろうよ、自然クラブのイベントの日だしさぁ・・・」と誘いを掛ける。

「イベントみんな来るかな?」

「どうかね、まあ山から降りたら行ってみようよ。」

という事で出発した。

 案内板の所から林道に入る。100mも走ると登山道の案内表示があり車が3台ほど止められる広場がある。そこから歩きだ。

 案内板に従って田んぼの中の道を進んで行く。道の先は杉林の中へと続いて行く。林の手前に墓地が見え、道は墓地の間を奥へと伸びている。要所要所に登山道の案内表示板が立っている。

 杉林の登山道を10分ほどのんびり歩いて行くと道の勾配がきつくなり始める。「一の宮」を過ぎた辺りからは登りの連続で高度を稼いで行く。途中、踏み跡が不鮮明な部分もあるが概ねテープを頼りに岩と岩の稜線に結ばれたコルへと登り切る。

 コルから急な岩尾根を登り切り大岩を越えた所に小さな石祠がある、「二の宮」だ。二人で軽く手を合わせて先に進む。

 尾根は岩の露出が目立つ。勾配もきついが注意して歩けば心配は無い。ただ岩尾根だけにルートは不鮮明である。ところどころにあるフィックスロープが正常ルートの証のようなものだが、その間を結ぶルートは適当だ。登れるところを登る感覚である。
 
「二の宮」から大体30分ほどで山頂に到着。

 山頂からは日光連山が一望出来て爽快。
 眺めの良い割には人が居ない静かな山は良いものだ。
 予想通りに1時間半の行程だった。

 
山頂を越えた先に羽賀場山が見える。往路のかなり急だった岩尾根を下るのが嫌そうな隊長が「羽賀場山の方から帰ろうよ・・・」と言い出す。しかしその用意はして来ていない。地図とコンパス無しで進むのはやはり自信が無い。
 急ではあっても注意してゆっくり下ろうと励まして往路を戻る。行きと帰りで違う道筋になるのも岩場の歩きだからか・・・。まあ、危なくない場所を進むという点では同じ道筋に拘る必要は全く無いのだが、隊長は変に融通が利かない性格で一々指摘して来るのが五月蝿い。

 それでも「二の宮」まで下り核心部は無事に終わった。杉林の斜面を九十九折れに下る。
 
「コ、コ、コ、コ」

時折斜面に木霊する音に足を止めて隊長に話し掛ける。

「佑、この音覚えてる?」

「え?何だっけ・・・。」

「前に聞いた事あるんだぞ、忘れたのか?」

「ちょっと待って」と音に耳を傾ける。

「判った!木の鳴き声だね。」

「そうそう、風で揺れる木が鳴っている音だね。」

そんな話をしながらいつの間にか車を見下ろす所まで降りて来ていた。