4 感情と行動について
 感情と行動は、生命の行動様式としては内的外的刺激と欲求に対する反応である。
 感情は,高等な哺乳類にも認められると仮定できるが,本質的には意図的理性的抑制
が可能な人間に固有
のものである(チンパンジーに,喜怒哀楽の感情を確認できることに
異論はないであろうが,これは情動とみなすべきか)。情動は通常は生理的身体的変化を
伴い,外的行動として表れるが,感情は内在的な反応であり必ずしも表情や行動には表
れない。ただ,緊張や心臓の鼓動,発汗やのどの渇きなどの情動的変化を伴うことが多い。
ある。
 感情をコントロールすることが情動をコントロールすることにつながる。人間の幸福は、一
般的には肯定的感情(例えば喜び、楽しさ)の状態が優位となり、否定的感情(例えば哀
しみ、怒り)
が抑えられることによって得られる。
 日常的習慣的行動は、習慣化されるまでは何らかの欲求に促され感情や情動を伴う
運動
である。従って、行動の成功をもたらすには、行動の原動力となる肯定的感情と否定
的感情が調和して、統一した行動を導かなければならない。
自分の感情の起伏を知ることは、自分の性格や行動様式を知り、社会の中で自分を生
かせる条件ともなる。

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付録

感情について
 感情
は,内的外的変化に対する大脳皮質的反応で,情動的起源をもち,感情が高揚すると情動反応(身体的生理的反応)を誘発する。感情は意志や意欲・思考などの大脳前頭連合野の機能により,情動よりも持続的な反応である。例えば,愛する人を失った悲しみの情動は,悲しみの感情としてある期間持続するが,何かの機会(思考による想起や写真などの知覚的刺激)にその情景の記憶が呼び戻されると再び悲しみの情動が引き起こされる。また異性への恋慕は,心臓の鼓動を高めるし,宗教的信仰は,わが身を忘れさせるほどの感激をもたらすことがある。
 感情は人間において最も発達し,直接的外的刺激によらずとも,思考や想起によって反応が起こる。例えば環境の悪化を予想することによって未来に対する不安感が生じたり,恋人との再会を思うことによって喜びがこみあげてくることなどである。感情は,様々の知的判断の影響をうけ,矛盾した判断によって,矛盾した複雑な感情が生起する。例えば,けんかの絶えない夫婦が離婚することによる一人身の寂しさと,自由であることによる喜び・解放感との両価的(アンビバレント)な感情などである。
[感情の形成]
 感情は,情動反応が幼少時からの経験や大脳皮質前頭連合野のコントロールを受けることによって派生的に形成され,人間において自覚される内的反応である。感情が情動と異なるのは,感情が大脳皮質における快・不快の価値感情を伴い,意志や思考(あわせて理性とも知性とも言いうる)の介入をうけるが,直接的には身体的生理的反応を起こさないことである。しかし,感情が高揚すると情動反応へ移行し,理性の働きを低下させて身体的生理的変化や行動をもたらす。
 感情は,発生的にみると,乳児期の単純な興奮(おそらく快・不快)と平静ないし抑制から発達が進み,快(肯定的)感情と不快(否定的)感情に分化していく。感情の持続は,感情を生起させる直接的刺激とともに行動と思考の動因となる。感情は,意志や意欲,希望や絶望,永遠性など人間的心的内面的反応であり,いわゆる精神的な側面が強く,大脳生理学的に言えば大脳皮質とりわけ前頭葉的な反応である。
 また,感情は,情動と異なり個体維持や種族維持という生理的身体的な特定の反応を引き起こす反応には分類できず,喜怒哀楽など基本的な感情から,夢や希望,芸術性や宗教性など精神性の高い感情まで含んでいる。後者の精神性の高い感情は,環境の可変性の中に,生命の永続性を求める根源的欲求と結合している。生命の意に反した環境の変化に対して,生命の永続性と安全をもたらすものには快を,生命の永続性と安全性を損なうものには不快の感情反応が引き起こされる。多くの宗教的信仰は,「信じるものは救われる」というように,いかに欺瞞に満ちた非科学的なものであっても,人間の心に高揚した快感情をもたらすことを目ざしている。
[感情の分類]
 感情は,高等な哺乳類にも認められると仮定できるが,本質的には意図的理性的抑制が可能な人間に固有のものである(チンパンジーに,喜怒哀楽の感情を確認できることに異論はないであろうが,これは情動とみなすべきか)。情動は通常は生理的身体的変化を伴い,外的行動として表れるが,感情は内在的な反応であり必ずしも表情や行動には表れない。ただ,緊張や心臓の鼓動,発汗やのどの渇きなどの情動的変化を伴うことが多い。
 感情の分類は,情動と重複する面がありながら,情動に比べてはるかに困難である。心理学において明確に感情や情動を定義し区分した定説はない。感情は,意志や思考・判断,過去の感情・情動の経験が複雑にからみあって形成され自覚・認識されるものだからである。例えば,喜怒哀楽は感情の説明によく出されるが,喜びには強弱濃淡様々あり,これに怒りが加わるとより複雑な感情になる。給料が増加していながら,物価がそれ以上に上昇している場合とか,原稿が完成したがさっぱり評判がよくないなど「苦い思い」「複雑な感情」はこれに当たるだろう。否定的な感情が重複し蓄積すると「コンプレックス(複雑感情,劣等感)」とされることもある。
 従って,個々の感情と相互の関連や重複については多様な説明が可能であるが,ここでは大きく肯定的感情と否定的感情,そして人間特有なものとして意志的感情を分類してみよう。
  肯定的感情:
    [一般的感情] 快,充実,自由,安心,喜び,楽しみ,おかしさ、等
    [社会的感情] 連帯,愛情,保護,優しさ,安全,解放、等
    [優越的感情] 優越,自信,自尊,勝利,所有,支配、等
  否定的感情:
    [一般的感情] 不快,空虚,不安,悲哀,恐怖,当惑,失望、等
    [社会的感情] 孤独,憎悪,排除,怒り,嫉妬,閉塞、等
    [劣等的感情] 劣等,不信,自虐,敗北,軽蔑,拘束,恥辱、等
  意志的感情:
    好奇,探究,希望,期待,意欲,信仰,義務,高揚,戦い、等
[感情と言葉]
 情動を伴わない通常の音声信号としての言葉は,まず知覚を通して大脳皮質に働きかけ,言葉の刺激が大脳皮質を興奮させることによって感情反応を引き起こす。連想テストはこれを心理人格分析に応用したものである。感情反応は,主に否定的な場合には問題意識を引き起こし認識や思考を活性化させ,次の行動のエネルギーとなる。しかし否定的感情の強度が強すぎる場合は,情動(大脳辺縁系)に刺激を送って生理的身体的変化を起こし,不安や絶望の情動が思考や行動を困難にすることもある。(肯定的感情は快感情であり,それ自体が目的であるため認識・行動としては完結的である。)
 例えば,大学受験の結果を待つ場合,たとえ不合格通知が「さくら散る」という簡単な言葉であっても,本人にとっては期待が大きければ大きいほど失望が大きくなる。しかしここで「また来年がある」という言葉があれば再挑戦の行動にもつながる。言葉は,感覚的刺激()を記号化することにより,絶えざる変化のなかにある感覚的対象の多様性と微妙な変化を,記憶にとどめ,永続的な存在に転化させる。それらの変化に対する感情的反応は,単なる情動的反応や快・不快をこえた永遠性を求める感情として成長する。言葉は記憶の持続性や多様性を深めることによって,感情に微妙な変化をもたらす。
 例えば,幼小期に神への祈りとともに聖書の一節を暗唱した人は,その言葉によって自己の宗教的な感情生活を維持するであろう。また努力すること,耐えることすなわち「頑張りなさい」「努力しなさい」「負けるな」と教えられた場合を考えてみよう。それによって良い結果が得られれば,安心や喜び,優越や自信の感情が形成され,逆に失敗して結果が悪ければ,不安や不快感が生じ,孤独や憎悪,劣等感や不信感が育成されることになるであろう。
 想像と言葉の世界は人間の感情を増幅・拡大・固定化し,神的霊的天国的世界と悪魔的退廃的地獄的世界をもたらした。聖書における終末思想や仏教の地獄の世界はこれを教訓的に描いたものである。