home.gif

第1回「芦屋市立美術博物館を考えるワーキンググループ」

日時:    2004年2月13日(金)19:00-21:00
会場:    芦屋市立美術博物館 講義室
パネリスト: 大森一樹(映画監督)
       角野幸博(武庫川女子大学教授)
       橋本敏子(生活環境文化研究所、芦屋市立美術博物館運営協議会委員)
       西本佳子(「芦屋市立美術博物館を守る会」代表、「集・空・間Tio」代表)
       高橋広美(「同上」事務局)
       福間公子(「同上」、「おもしろプランニング」メンバー)
オブザーバー:三栖敏邦(芦屋市総務部参事、行政経営担当部長)
報告者:   河崎晃一(芦屋市立美術博物館学芸課長)
       和田秀寿(同歴史学芸課係長)
一般参加者: 約80名


〔目 次〕


I. 基調発言
I-A.必要のない美術館なら廃絶すべきだ
I-B. 「経済v.s.文化」の二元論からの脱却
II. 美術館・博物館とは
II-A.美術博物館運営委員会の「答申」と「運営基本方針」
II-B. ミュージアムの機能
II-C. 市民との距離
III. 美術博物館の現状報告
III-A. 市民に向けて
III-B. 郷土史料
III-C.企画展と公募展(芦屋市展、童美展)
IV.フリートーク・芦屋市立美術博物館の今後の方向性について
IV-A.「民間委託」イコール「丸投げ」?
IV-B. 箱、もの、ひと
IV-C. 市の財政危機
V. 結び


I. 基調発言

↑TOP

I-A. 必要のない美術館なら廃絶すべきだ


大森:『美術手帖』の「芦屋市立美術博物館問題を考える」という特集記事に、栃木県立美術館館長の大島清次さんの文章が掲載されています。「必要のない美術館なら廃絶すべきだ、とまず極論を提言しておきたい。(…)少なくとも税金で運営している美術館が、主権者である納税者の付託にこたえられなくなったら、また、正当な手続きを経て廃絶するものなら、当然のことではないのか。きわめて筋の通った話である」。
ここで重要なのは「必要のない」美術館なら廃絶すべきだ、という点です。当館の場合、非常に控えめに見積っても「必要ではない」とはいえないのではないか。
↑TOP

I-B. 「経済v.s.文化」の二元論からの脱却


大森:一方、大阪市立大学大学院教授の上山信一先生が書かれた『ミュージアムが都市を再生する』(共著、日経新聞社、2003)に「もう経済と文化の二元論で美術館を語るのはやめよう」とあります。
この館は1億5千万の予算に対して5パーセントの800万円しか儲かっていないのですが、これで美術館の価値が決まるのか。世界的にみても、20-30パーセントの収益があれば優良美術館だといわれています。5パーセントは低いですが、これは100パーセントと比較すべき数字ではなく、20-30パーセントと比べれば、まだ余地があるのではないでしょうか。
残りの70-80パーセントは、美術館がもたらす地域経済の活性化や、市のイメージアップなど「経済と文化の二元論」では語れない部分です。文化がむしろ経済をひっぱる時代になってきていて、よく「お金に換算できない価値」といいますが、現実的には換算しうるのです。
そもそも人口8万人の芦屋市で、美術館へ足を運ぶ人口は、世界的な統計では35パーセント=約2万8千人です。常設展の入場料の300円をかけても1億5千万には到底及びません。つまり、どうすれば美術館を黒字にできるか、といくら議論しても仕方ないし、黒字になれば美術館は存在を許される、という問題でもない。黒字でなくても、美術館には存在の意味があるのです。
さらに、市民だけでこの美術館をいっぱいにするのはほとんど不可能に近い。市外からの動員に期待すべきだし、それが経済活性やPRにもつながるのです。ここはよく地の利が悪いといわれますが、駅から遠いからこそ途中のお店や景色が目に入るわけで、考えようではこの距離がプラスになりうるのです。
使いようでは、この館は財政がひっ迫している芦屋市の救世主にもなりうるのではないでしょうか。そう考えると、入館者数と売上げだけを理由に閉館してしまうのは非常にもったいないと思うのです。



II. 美術館・博物館とは

↑TOP

II-A. 美術博物館運営委員会の「答申」と「運営基本方針」


大森:では、芦屋市は美術博物館をどういうものだと考えているのでしょう。2002年3月18日に美術博物館運営委員会が発表した「今後の市立美術博物館のあり方について」という「答申」と、それを受けて教育委員会が2002年12月26日にだした「運営基本方針」をご覧ください。この「答申」を読みますと、美術館、博物館に対する考え方が非常に古い、といわざるを得ません。例えば「時代の変遷とともに多様化した市民のニーズにそぐわなくなってきた」とありますが、果たして美術館は「時代の変遷」や「市民のニーズ」にいちいち左右されていいものでしょうか? 大英博物館やニューヨークの近代美術館をみれば明らかですが、基本的に美術館にはある種の普遍性が必要です。どうも「ミュージアム」と「サロン」が混同されているように思えてなりません。

橋本:美術館はよく「ホワイト・キューブ」といわれ、ある意味で守られた、限られた専門領域の中で存続してきました。一方、この館ではワークショップなどのアウトリーチ活動が近年積極的に行われています。そういった情報が、どこまで人々に共有されているのか疑問です。

大森:客観的にみても、実際の活動内容と、一般に流布している館のイメージの落差が、必要以上に混乱を招いていると思います。
どうも「具体」が美術博物館をダメにした、という先入観があって、もっと市民に近いものにしなければならない、というのが「運営基本方針」の趣旨なわけです。驚くべきことに、その末尾に「今後の具体美術については、一定の研究・調査・展示活動にとどめる」と書いてあるんですが、おおもとの「答申」には、どこにもそんな記述はないんです。
この約10数年間に行なわれた97本前後の企画展のうち、「具体」関連は約11本に過ぎません。しかも「具体」の時に入館者数が落ちているかというと、むしろ稼いでいるんです。このデータをみれば、「具体」がこの館を致命的にダメにしたとは思えない。
↑TOP

II-B. ミュージアムの機能


角野:ひと言でいうと、ミュージアムは街の必需品だと私は思います。その街を紹介し、あるいは住民が自分たちの街を考える場としての施設が、どんな小さな街にも不可欠だし、決して贅沢品ではありません。
阪神間の特性なのですが、一市一館というより、多くの小さなミュージアムが点在し、ネットワーク化されることで、この地域固有のイメージを育ててきました。そういう意味では、ここは芦屋市だけではなく、阪神間の美術館でもあるのです。
ある場所に美術館があることで、その界わいの環境はどんな影響を受けるのでしょう。少なくとも、この近隣の地域イメージは決して悪くはなっていないはずです。そういう意味では、近隣の方々もちゃんと利益を受けているのです。
この館を残していくためには、博物館法で定義された機能(展示、収蔵、研究、教育)以外にも、プラスアルファを考えねばならない。民営化とはそういうことです。例えば結婚式をしたり、ある企業のCMロケ地にこの場所が登場したり、役所の定義では美術館は社会教育施設ですが、これを高齢者のための福祉施設と読み替えることはできないか、など。ありとあらゆることを考えなければなりません。そのためには、行政の縦割りシステムを幾分柔軟化してもらう必要もあるでしょう。そういうことも含めて、ミュージアムとはいったい何なのか、議論せざるを得ない状況にあると思います。

大森:みんなで努力して、少し面白くならないと民間委託の話なんか出てこないわけで、現状のまま受けてくれるところなんてありません。困ったから丸投げして民営化なんて、ぜんぜん現実的ではない。その前に、いろいろやらなければいけないことがある。それを話しあわねばならないのです。
↑TOP

II-C. 市民との距離


福間:私が住まいを決めた理由は、図書館と美術館が近いことでした。自分たちの行きたいとき、みたいときに行ける社会教育施設が近くにあるのは、たいへん嬉しいことなんです。
実は「おもしろプランニング」というグループで、ここ1年ほど、美術館を何とか身近にするプランを、講座を通して考えてきました。ところが、いきなり行革が発表され、もし休館しようものなら努力がすべて無駄になってしまう。私たちの手の届かないところで話を進めるのはやめてほしい、ということで署名活動に参加したんです。
署名を集めていても「美術館て、どこにあったっけ」という方も少なからずいらしたんですね。館がどれだけ市民のものになっているか、それが存続の基本だという意見は、私も全く同感です。

一般参加者:「具体」の話題が出ましたが、芦屋市展の歴史もあり、芦屋=抽象というイメージが定着しています。それこそが、この美術館で催しをしたときにお客さんが来ることの、歴史的背景なんです。私は抽象がきらいだとか、写実以外認めないとか、そういう次元の話ではなくて、発表の場所を残すためにはどうしたらよいか、もっと真剣に議論していただきたい。過去の歴史をみれば明らかですが、ローマでも中国でも、美術館や図書館がつぶされると、必ずその国が滅びている。それくらい大事な話をしているのですから。

一般参加者:今朝の朝日新聞を読んで、驚いて飛んで参りました。「国際文化住宅都市」に相応しいこんなに立派な芦屋の財産をなくすなんて、どういうことなんでしょう。
ただ立地の悪さのため、市民もこれまで必ずしも行きやすくはなかったのではないか、と思います。建物もどうも入りにくいというか、図書館なら気軽に入れるのですが。

三栖:てっきり、集会所トークの一環で、行政改革の趣旨説明をするものと思って来ました。この場で行政の立場で参加して意見を述べるのは、なかなか難しいことです。ここはひとつ市民のみなさんの議論をよくお聞きして、今後の参考にしたいと思います。



III. 美術博物館の現状報告


大森:本件を考えるうえで最大の問題は広報が全くなされていないことで、ここを改善すればまだまだ可能性はあると思います。これから報告してもらう活動内容を聞いて、私はそう思いました。
↑TOP

III-A. 市民に向けて


河崎:まず教育普及活動についてご説明します。毎年夏には親子を対象にしたワークショップを開催している他、近年は庭を使った「アート・フリーマーケット」や、いわゆる日曜画家を対象とした公募展「わたしの芦屋。」を開催しています。また美術講座や古文書講座なども多角的に展開しています。
学校との連携も重視しています。館のとなりの市立伊勢幼稚園や県立芦屋高校などと、様々な交流ワークショップを行っていますし、中学校との関連では、兵庫県の造形教育大会が、当館で「美術館と学校の連携」をテーマに来年秋開催される予定です。
さらにアウトリーチの一環として、市内の施設などに学芸員が出向く「出前ワークショップ」を行い、新たな来館者の開拓を図ってもいます。
↑TOP

III-B. 郷土史料


和田:歴史部門では、阪神淡路大震災を契機に、かなり意識が変わりました。近代からまず研究していかなければ、資料が失われてしまうと考えたのです。1997年の「阪神間モダニズム展」が追い風となり、ますます近代の資料を掘り起こす努力をするようになりました。年1回の特別展のほか、近年は企画展を年5本程度打っていますが、すべて地元に根ざした内容で、学芸員が足でかせいで発掘した資料をもとに企画してきました。見逃せないのが、市民の善意で寄せられた寄贈、寄託資料です。これらをもとに、実に様々な展示が企画でき、それがきっかけでさらに多くの資料が寄せられる、という連鎖反応も起きました。
もうすぐ芦屋市制施行70周年、そして精道村成立120周年を迎えます。これを機に、われわれはより一層芦屋の歴史を明らかにし、語り継いでいかねばならないと決意しています。
↑TOP

III-C. 企画展と公募展(芦屋市展、童美展)


河崎:開館以来の至上命題は、芦屋ゆかりの作家たちの顕彰です。小出楢重という、日本美術史上重要な洋画家を筆頭に、吉原治良と前衛グループ「具体美術協会」、さらに写真では中山岩太と「芦屋カメラクラブ」、これらの三本柱以外にも、多くの関連作家たちの生き様を丹念に跡付けることで、芦屋という土地の重要性をみなさまに知っていただこうと、努めて参りました。
神戸や大阪には多くの美術館があり、競合を避けて個性を出す必要から、地元以外では内外の同時代の美術に焦点を絞り、多くは巡回展として受け入れてきました。
公募展では、市展と童美展があります。これは戦後まもないころ、できたばかりの市美術協会や、市の担当職員の尽力で創立されたもので、震災後は美術博物館が会場となっています。市展については、60年代には「具体」への登竜門ともいわれ、特に洋画部門に抽象が多いのが特徴ですが、それ以外にも工芸、日本画、写真など様々な部門があります。一方の童美展は就学前の児童の公募展です。全国から毎年7千点を超す応募があり、約千点が展示されます。子どもたちののびのびとした、ストレートな表現が特徴です。
この14年間の活動を通じて、広報活動の至らなさを非常に反省しています。ただ限られた人員のなかでは、専属の担当者がおけません。各展覧会の担当学芸員や管理課で手分けしている状態で、日常業務に追われて細かいことに手が回らない、という現実があります。例えば広告代理店が入れば飛躍的に充実した広報が打てるのでしょうが、それには莫大な予算がいる、そういったジレンマもあります。



IV. フリートーク・芦屋市立美術博物館の今後の方向性について

↑TOP

IV-A. 「民間委託」イコール「丸投げ」?


大森:もし所蔵品を他にやってしまったら、寄贈者と芦屋市との政治的責任が問われます。下手すると裁判沙汰になるわけで、必然的に閉館という選択肢はあり得ない。

一般参加者(市会議員):少なくとも私個人にとって、この館は必要な施設です。ここに足を運ぶことは、自己実現の機会だととらえています。芦屋にとってだけでなく、ひとりひとりが、自分にとってどうなのか考えるべきでしょう。

一般参加者:基本的には、こうした公立のミュージアムは、市民のプライド、あるいはその街の文化を残す意味において、絶対になくしてはならないと思います。図書館だったら、有料なんて聞いたことないし、また売却されるという話も聞いたことがありません。
総予算のうち事業費が7千万だそうですが、市の人口が8万人だからひとり当たり約千円、これはたいへん安い費用です。日本の文化というものは、市民ひとり当たりたった千円の美術館運営費も出せないのかと思うと、暗たんたる気持ちになります。
総予算に対する入場料収入の割合は要するに程度問題ですから、5パーセントを10、15と上げていくにはどうしたらいいか。広報、マーケティングや経営コンサルティングを学んだり、指導を受ける必要もあるでしょう。
例えば広報の手助けにNPOにかんでもらうことも必要だとは思うのですが、実際の学芸が担っている業務まではどうなのでしょう。

大森:「民間委託」イコール「丸投げ」、「売却」という先入観も問題です。たとえば市内のラーメン屋さんに、当日の入場券の半券を提示すれば300円割引してもらえる、これでも民間が市民の入館料を負担してることになりますね。そういうささやかなレベルから、例えば企業にソーラーシステムを提供してもらって館の屋根に設置するとか、実に様々なことが考えられます。従来考えられているような民間への丸投げなんて、そういうことには民間が持ちこたえられなくなっている時代なのです。

角野:企業がこの館に価値を見出すためには、いきのいい企画が行なわれ、アウトリーチもしっかりなされるなど、諸々のことがあって初めて媒体としての商品価値が生まれてくるのです。死にかけているものを買ってくれる企業なんてありません。
理念やコンセプトだけでは館を支えられない。いろんな活動が、一体いくらぐらいの価値になりうるのか冷静に判断し、そのうえで何を残すのか考えなければなりません。
日本の税制では、寄付は基本的にすべて課税されてしまうのが最大の問題です。欧米の美術館はほとんど寄付で成立しているといってもいい。それは免税のシステムが確立しているからなんです。
↑TOP

IV-B. 箱、もの、ひと


一般参加者:私は、この館が民間に移譲されるに至った根本的な原因は、芦屋市民にとって非常に親しみのない、閉鎖的な存在だったからだと思います。文書や古地図をみせてほしいといっても、展示のあるときしかだめだ、といわれました。民間に移譲されようがどうしようが、情報開示についてもっと考えていただきたいと思います。

一般参加者:事業費は赤字かも知れませんが、実は黒字の部分があるんですね。つまり、芦屋市の美術館がここにある、それだけで寄贈作品がどんどん集まって来るわけでしょう。もし市がお金を出して買えば、莫大な金額になるはずです。年月が経てば、これは市民にとって非常に大きな蓄積になるでしょう。市の方も役所に帰って説明していただきたい。赤字だけではなく、黒字の部分がある、ということを。
この点を忘れると、百貨店がイベントの入場者数を競うのと同レベルの議論になってしまう。公立の美術館は、そうではないのです。公的な資料がどんどん集積される、という部分があるから、単にイベントで赤字が出るのとは意味が違います。この点だけとっても、芦屋市の美術館を潰すわけにはいかないんじゃないでしょうか。
これだけの資料がどうして集まるのか。これは学芸員が調査、研究して集めたものです。美術館は「箱」と「もの」だけではありません。「ひと」が不可欠ですから、学芸員の存在を無視した議論は問題だと思います。
↑TOP

IV-C. 市の財政危機


一般参加者:今回の議論で一番分からないのは、論点が不明なことだと思うんです。優良な美術館でも7、8割が持ち出しになる、それがいけないのか。それとも優良館なら2、3割戻ってくるところを5パーセントしか稼いでない、それがいけないのか。
5パーセントしか儲けがないのが悪いのなら、それは普通の組織なら「長」、つまり美術館長の責任です。ならば、どういう人物を据えればよいのか、まず議論するべきでしょう。私もこの美術館には不満があって、いまひとつビジョンや方向性がみえてこない。どんなに学芸員個人が頑張ったって、限界があります。どういう方向にリードするのか、ちゃんと議論する必要があるでしょう。
一方、7、8割が持ち出し、というのがいけないなら、芦屋市に美術館が必要かどうか、という根本的な議論になります。しかし「国際文化住宅都市」を謳っていて、今から美術館をつくるならまだしも、あるものをなくすというのは、いくらなんでも問題だと思うんです。しかも、運営予算は年間の市の総予算の1パーセントにも満たない。そんなわずかな金額で議論になるなんて。
これはいわば、会社の社長が株主に無断で会社をつぶす相談をしているわけで、商法でいえばかなり大きな背任です。もし強行すれば、恐らく、市の何人かの罷免運動や行政訴訟、損害賠償の訴訟も起こりかねない、非常に重大な問題だと思うんです。

三栖:震災復興の財政支出が2千億円以上、さらに日本経済が低迷するなかで、ピーク時には260億あった市税収入が、現在は200億円前後に落ち込んでいます。この10年間の市税と支出の差引を計算すると、約300億円の収支不足で、従来の行政サービスの水準を維持できない。この不足を埋めるために案出されたのが、今回の行政改革です。
このままでは2007年以降、いわゆる破産状態、赤字再建団体に陥ってしまう。それを何としても回避し、独立した自治体として存続するためにあらゆる知恵をしぼった、そのひとつに美術博物館の問題があります。「国際文化住宅都市」という理念は将来的にも不変ですが、この館を民営化することが、果たして芦屋の文化を捨てることと同義なのでしょうか。財政状況悪化のため、館を維持するのは非常に難しい状況です。市が考えているのは、建物をつぶさず、美術館の機能を存続させた上での民営化です。

一般参加者:しかし、この事態を回避する議論や努力が今までなかったじゃないですか。美術館がどうなるかということよりも、手続きとしてしかるべき議論を尽くすかどうか、それが今は大事なんです。市民がそんなことにお金を使うのはいやだという結論に達したら、その時美術館を処分すればいい。ただ結論に至るまで、きちんと議論していただきたい。

大森:極論すれば、美術館が無くなるくらいなら、市が赤字再建団体になってもいい、という市民もいるかも知れない。赤字再建団体になっちゃうぞ、とおどし文句のように突きつけられても… 一番困るのは市役所じゃないですか。再建団体転落を避けるためには何をやってもいい、ということではないはずです。

一般参加者:今回、お金の問題が大きな建て前となっています。しかし、美術館問題が浮上する以前から、すでに約2年間にわたり、館の運営に関して内部でいろんな議論があったと聞いています。
ほとんどの市民が、行革がどういうかたちで議論されて出てきたのか、何も知らない。館の運営委員会や協議会についても、しばしば非公開で議論されたと聞いています。そんな状態で立ち上げられたプランが、本当に市民の未来の設計図なのか、非常に大きな疑問を感じます。
数々のコレクションやこれまでの研究の蓄積、そういうお金に替えられない大きなものに対する、いわゆる教育委員会のレベルでの評価も疑問です。この「答申」をみても、単に気に入らないものはつぶしてしまえ、という姿勢です。教育委員会にやる気がないなら、例えば観光課や商工課で、もう一度美術博物館の価値を再認識し、活用してもらってはどうでしょう。この館のコレクションや、蓄積されたノウハウには、充分それに見合うだけのものだと思います。

一般参加者(市会議員):財政問題に関して、市民も何かこうしっくりしない実感があるのではないでしょうか。美術博物館をなぜこんなに小さく評価するのか。財政問題を理由にされると、一層違和感が募ります。今後毎年5、6億のお金を、南芦屋浜の総合運動公園という、多くの市民が批判しているものにつぎ込むわけですから。
美術博物館は社会教育施設ですが、教育や福祉は採算ベースで論じられない、ということが大前提にあると思うんです。それを財政面から論じるところに、根本的に市民との大きな食い違いがあるのではないでしょうか。
↑TOP

V. 結び


大森:今日の一番の目的は、館の活動と歴史について、まずみなさんに知っていただくことでした。そのことで、この館が「必要のない美術館」ではないことがおわかりいただけたと思います。
もうひとつは、仮に美術博物館を民間委託したとしても、芦屋市は完全には逃れられない、ということです。その理由として3つの責任がある。建てた責任、集めた責任、それからこの現状を招いた責任、これらはすべて芦屋市にあるのです。この現状を招いた責任については、代々変わっているので特定の館長を非難はできませんが、「答申」を読んでいると、一体誰が責任者なんだ、といいたくなる。実はこれを反面教師にして、本来の美術館像について話したかったんですが、それよりも会場のみなさんのご意見を聞くほうが面白く、そちらに若干流れてしまいました。

橋本:具体的な期限は2006年度ですよね。だとすると、あと1年半しかない。ご承知のとおり美術館は1年以上先まで計画を立てて、展覧会その他の活動をされています。ということは今年の前半、ないし秋までには具体的な対策を出さねばならない。一刻も早く具体的なアクションを起こしたいと思います。

大森:三栖さんにひとつだけお聞きしたいんですが、民間委託の可能性について、現実的にあるんですか?

三栖:そこまで具体的な報告は受けていないのですが、考え方としては、そういうことをお聞きしています。ただ、いろいろとこういう問題が取り上げられる中で、非常に厳しい状況になった、ということはあるのかなと思います。

大森:その程度で逃げ出す相手が、年間1億5千万円で美術館の面倒をみましょう、なんていうわけがない。私は映画をやっていますから、1億5千万円のスポンサーをみつけることがどれだけ大変か、よく分かっています。このワーキンググループが理由にされるなんて、本当に迷惑で、それだったら私たちの力で民間が振り向くような美術館に、まずしていくことが先決です。
次回からは、具体的にそういう話もしていきたいと思います。結論をいえば、美術博物館は絶対に閉館などしない。ただ、今のかたちのままでは残れない。ではどうするか、じっくり考えたいと思います。

一般参加者:市はいっそのこと再建団体になったらどうですか。集会所トークで市長の計画を聞きましたが、もともと住宅地である芦屋に大企業をひっぱってきて、財政赤字を直そうったって、そりゃ無理ですよ。よほど突飛なことをしないかぎり、1千何百億という負債を20年やそこらで解消できるわけがない。開館当初、まさか美術館で金を儲けようなんて人はいなかったはずです。美術館が赤字なのは、当然ですよ。

大森:本日は予想以上に多くの方々に集まっていただきました。今日の議事録は美術館のホームページに掲載され、また新たな反応もあるでしょう。それは次回に反映させたいと考えています。今日はどうも遅くまでありがとうございました。
↑TOP
home.gif