句集『山椿』2004年6月
緑蔭にて
緑蔭にコーフィー点てる至福かな
囀りや谷ふく風を彩りて
夫婦滝若葉揺らして落ちにけり
薄暗き山路のしゃがの薄明かり
分け入りて芽吹きの色に抱かれをり
夏草やざわわざわわと峠道
芳香の降り来る空や朴の花
蜩の長啼き峪をわたりきて
雪渓の見えて穂高の山と知る
朝まだき我が垂涎の夏の槍
山路ゆく前に後ろに赤とんぼ
木の実みて木の名のわかる山男
若狭より近江に靡くすすき原
高き四里一葉一葉の薄紅葉
今しこそ時を止めたき紅葉道
伸びやかなどこか武骨な冬の山
かんじきの一歩一歩に雪鳴りて
冬霞して比良連峰の遠く見ゆ
つわぶき
懸案を一刀両断椿落つ
茶柱の立ちし新茶や退職す
若筍の皮はぐ至福些事ながら
あめんぼう己が人生アダージオ
点滴が支える命龍の玉
海芋四五本黒衣の胸に抱く娘かな
雨蛙跳ぶ寸前の思索かな
人柄を変えてみたくてサングラス
群れ集う人の弱さや鰯雲
帰心秘め砂漠の兵士星流る
好き嫌い言われて薔薇の疲れたる
いくつまで紅をひくのか百日紅
石蕗の花あたりの邪念振り払う
大菊や一茎一輪いさぎよし
春近し
麦秋やゴッホの彩の鄙となり
紫蘇畑古里の彩母の彩
真盛りに落ちて名をあぐ沙羅の花
大花火しだれしだれて闇に消ゆ
赤のままそよぐ線路を渡り来て
虫の音のもてなしもあり鄙の宿
陸奥や菊はべらせて芭蕉翁
コスモスや黄色の帽子見え隠れ
ドーム描く子等の未来や秋の空
冬ざれて回ることなき観覧車
長き夜や追伸一二と書き添えり
日脚伸ぶことの嬉しき夕支度
大灯籠社浮かびて春近し
伯耆富士裾野はすでに笑いをり