(注意):
 時間の記入は目安です、時刻表ではありませんので、実際の巡行が30
分程度前後にずれることをお許し下さい。

 泥酔者がフラフラと危険な場所まで歩き出たり、写真コンテスト用の写真
を撮りに来たのではないかと思われる一部の心無いカメラマンが祭り人の
顔の表情にフォーカスを当てようと非常に危険な場所まで進み出ているケ
ースが近年あちこちの祭りで多く見られます。石川県内でも祭り関係者以
外の事故で翌年の祭りが嫌なムードとなった事例もあるようです。
(このような事故が起きると、どうも祭り開催側の割が悪くなるようで、"対策
は","対策!"と責められるようです。)
 おかえり祭りに来られるお客様に、お願い申し上げます、祭り関係者、警
備員及び警察の指示には必ず従い、マナーをわきまえ安全な場所で祭り
をお楽しみ下さい。祭り客で混雑が予想される土曜・日曜開催の今年度、
事故、怪我のないことを心から願います。

以上 宜しくお願いします。


 また巡り来る春の日に胸躍らせる人が住む。
  男色の宴が、もうじきこの地にやって来る。
   美川魂男(みかわじん)よ、今年も5月に熱くなれ!
    皐月、美川の祭り色!

  それでは、おかえり君がご案内させて頂きます。

  前日のよんめ(宵宮)
 夕方18時過ぎから、船職組、家方組を除く各町内11台の臺車(だいぐる
ま)と呼ばれる三輪の曳山が本番同様の飾り付けを施し、各々の町内だけ
を練り歩き翌日に備え21時くらいには終了します。おかえり筋では「御
神燈」<と書かれた提灯の灯が燈り、多数並んだ提灯が幻想的で、その中
を臺車が<練り歩きます。10年に一度巡って来ます。
 

  お旅の日(神幸祭)
 3:00頃〜:
 一日目。朝未明3時過ぎから祭り開催の合図の『集合ラッパ』が鳴り始
め、ラッパ隊が3名ずつに分かれて美川校下のおもな筋を南から北に歩き
ながら辻々で『集合ラッパ』を吹き鳴らします。祭り好きの男達はこのラ
ッパの音に反応し目が覚めます。
 
 4:30頃〜:
 美川校下青年団は4時半過ぎには母校である美川小学校の玄関前にぞく
ぞくと集まって来ます。
 
 5時前には青年団の出陣式なるものが始まりそれが終わると、旗手長を
先頭に美川小学校からは南に位置する藤冢神社へ、和波町通りを東進し大
正通りを南進し"コの字"を書くように行進して行きます。さながら"いくさ
"に向う若武者達の出陣のようで沿道で見ている我々は、胸がジーンと来
ます。行進時は『集合ラッパ』とは違う『行進用の曲』を吹き鳴らします。
 
 6:00前後:
 南町の藤冢神社では「発輿式」が行われ「発輿式」が終わると、青年団
の手により拝殿内から神輿が外に運ばれ2日間に渡る熱き祭りの象徴が我
々の前に姿を現します。
 6時半には地元美川の消防団により神輿の足と担ぎ棒が取付けられ、神
輿は出発を待ちます。
 
 6:30前後:
 神輿の屋根の上に青年団祭礼委員長が鳳凰を取り付け、記念撮影を行っ
た後、美川小学校で行った出陣式なるものを再度行い7時頃には「御立ち」
となり『渡御用のラッパ』を吹き鳴らしながら神輿は深夜まで美川校下を
練り歩きます。
 時を同じく、各町内からぞくぞくと臺車が動き出し南町の神社に向いま
す。
 
 9:00前後:(日中一番の見どころ)
 中町通りでは予めくじで決めた順番通りに臺車が並び(但し鳥居を乗せた
桜型の今町臺車だけは常に一番です。)その後に獅子舞、神輿、随身と続き
ます。実際の美川おかえり祭りの時代絵巻がここから繰り広げられます。
 常に一番の今町臺車から順次動き出し美川駅前を通過して行きます。
10時前後には神輿が美川駅前で乱舞し、青年団による余興も見ることが出
来ます。臺車の車輪から響いているスゴイ軋み音とラッパの音色を是非ご
堪能下さい。
 
    (上下4枚写真提供:我楽多家さん)
 
 12:00頃 ,13:00頃:
 新町東(本町通り近辺:美川駅の近く。)に青年団は神輿を停め、昼食休憩
を取ります。昼食場所への往路、復路の移動際には『行進用のラッパ』を
吹き鳴らした青年団の行進を見ることが出来ます。
 17:00頃〜:
 昼の部終了の際に、臺車は本町通りに登場し(末廣町〜和波町:美川温泉
前)にずらりと揃い並びます。カメラのシャッターチャンスとも云えます。
 19:00頃から順次各町内の臺車の提灯に灯が燈り、臺車を前に各町内ごと
に宴が始まります。周囲はなんとも云えない雰囲気になり、おかえり君は
この時間帯には家にじっとしていることなど出来ません。
 
 18:00頃〜:
 和波町通り(美川小学校前)の坂を登り切った大正通りに神輿がご到着にな
り、この場所でも青年団による宴が始まります、祭り前から練習し準備した
余興が行われます、おもわず笑ってしまうようなものもあります。
 この余興の間に青年団役員の一部とラッパ隊及び旗手は夜の部の神輿の担
ぎ手応援を仰ぐため青年団OB一年目の先輩方をお迎えに行きます。(往路、
復路ともに『行進用のラッパ』を吹き鳴らした青年団行進を見ることが出来
ます。)
 青年団OBの先輩方が来られたら、まず最初に現役青年団団長と前年度の団
長が互いに挨拶を交し合います。とても厳粛な雰囲気な中で行われますので
どうぞお静かにお願いします。その後、ここでも出陣式なるものを行い夜の
部の御渡の始まりとなります。神輿の周辺は非常な盛り上りを見せています。
 
 19:45頃〜:
 本町通りに泊まっていた臺車も夜の部の巡行の始まりとなります。提灯に
灯を燈した臺車は、今町を先頭に順次末廣町通りを西進して行きます。狭い
下り坂の難所があり、臺車の舵取り達の見せ場もある通りです。
 
    (上2枚写真提供:我楽多家さん)
 21;00頃〜:
 濱町(大正通り:地元ではしらさきや横で通じます。)で最後の休憩を終え
た臺車の一日目最後の見せ場がこの宮入です。高浜のお旅所を目指し3、4
台ずつ臺車が露天商の中を進んでいく姿は圧巻かつ勇壮です、お旅所の境内
では乱舞を行う町内の臺車にギャラリーは歓声をあげます。
 但し、臺車には近寄ることなく、安全な場所からの見学をお願いします。
各臺車は格納庫前で提灯に灯りを燈したまま、神輿の「御着き」を待ちます
 近年獅子舞も復活し臺車の御旅所到着後にお旅所の境内でテンポの速い心
地よいリズムの獅子舞も見ることが出来ます。舞の最後には首を切られた獅
子頭がお旅所に入って行くようです。(獅子舞は巡行の際にあちこちで見るこ
とが出来ますが首を切られるのはここだけです。)

 22:30頃:
 お旅所の大鳥居近くに神輿を見ることが出来ます、ここで青年団は神輿を
停め最後の休憩を行います。美川校下青年団団歌が終わるといよいよ一日目
のクライマックス、神輿の乱舞が始まります。
 23:15頃:
 露天商の中を慎重に慎重に進んで来た神輿は、何かから解放されたように
大鳥居と小鳥居の間を前へ後ろへ、右へ左へとのたうち廻るように動きます
。地元の人はラッパの音とこの動きを脳裏に焼き付けようとお旅所でこの時
を待ちます、あちこちで歓喜を耳にします。しつこいようで申し訳ありませ
んが旗手や神輿の近辺は非常に危険ですので安全な場所からの見学をお願い
します。(特にお子様をお連れの方はなお更です。)
 小鳥居をくぐってからものたうち廻る動きは暫く続きます、ラッパの音が
少しずつ少しずつ速くなり、ついに「御着き」となります、美川校下青年団
は巡行がどんなに遅れてもその日のうちに「御着き」することを掟として守
り続けています。
  
    (上3枚写真提供:我楽多家さん)
 23:30頃:
 青年団は「御着き」後暫くの間放心状態になり、旗手は旗手で集まりラッ
パ手はラッパ隊で集まり、各長は一日の活躍をほめたたえ、互いの肩を叩き
合い涙します。横で見ている青年団OB達も目頭が熱くなる瞬間です。
 感動も冷めやまぬ間に、青年団団長は梯子を利用し神輿の屋根にあがり鳳
凰を抜き片手で持ち上げ、観衆から大きな拍手を浴びます、神輿周辺の観衆
の心とひとつになる瞬間です、梯子を降り青年団団長はお世話になった祭り
関係者にお礼の挨拶をします。 
 神輿の中の美川の神様をお旅所の拝殿にお移しになる為に、辺りはしばら
くの間真っ暗になり、暗闇の中宮司さんは神様を人目に触れぬように懐に入
れお運びになります。とても神秘的かつ厳粛な雰囲気な中で行われます。辺
りに灯りが戻り「着興式」が行われお払いを受けて長かった一日の御渡を終
えます。
 24:00頃:
 美川校下青年団は解散場所に向い行進をし一日目が全て終了します。この
時間帯になるとほとんどが地元の人です。『行進ラッパ』を吹き鳴らした一
日目最後の青年団行進です。


  おかえりの日(還幸祭)
  9:00頃〜
 明けて二日目。高浜のお旅所では各臺車の格納庫が開き、13台全ての臺車
が綺麗に一列に並んでいるのを見ることが出来ます。美川仏壇の技を随所に
取入れた各臺車をゆっくり見て歩くにはこの日がよいと思います。各臺車の
ちょっとしたそれぞれの違いを見つけてみて下さい。
  
    (上2枚写真提供:我楽多家さん)
 お旅所の拝殿には昨日美川校下を一日かけてお旅された、神様がいらっし
ゃいますし、昭和48年(1973年)までは実際に担がれていた、「紺屋三郎兵衛
氏」が寄進した大神輿もお飾りしてありますので参拝するのには良い時間帯
と思います。
 16:00頃〜
 おかえり筋には、ラッパ隊による『集合ラッパ』がこだまします。おかえ
り筋の男衆はこの音が聞こえると身支度を整え集合時間を待ちます。家の中
でラッパを吹き鳴らすこともあるようです。
 18:30〜19:00頃
 おかえり筋の西地区から行進をして来た青年団とおかえり筋の男衆が、お
旅所の高浜仮宮殿に姿を現します。またこの時間には獅子舞も見ることが出
来ます。青年団は到着後しばらくして、大きな円陣を書くように座り余興を
行ないます。
  
    (上2枚写真提供:我楽多家さん)
 19:00頃〜
 一列に並んだ臺車の提灯の灯りがあちこち点き始めます、全ての臺車13台
に灯りが点いた様子を是非ご覧下さい。もちろんカメラのシャッターチャン
スです。
  
    (上2枚写真提供:我楽多家さん)
 20:00〜20:00頃
 この時刻には、臺車がおかえり筋めざし巡行を始めます。この際にお旅所
狭しと各臺車が乱舞しますので、臺車近辺は危険ですのでお気を付け下さい
。昨日の巡行で何番であろうともおかえり筋の臺車は、通常一番最後の拾参
番となりますが今町の臺車だけはおかえり筋の時も一番最初にお旅所を出て
行きます。
  
    (上2枚写真提供:我楽多家さん)
 21:00〜22:00頃
 おかえり筋により多少時間は違いますが概ねこの時間帯に、屋根に再び鳳
凰を乗せた神輿は、昨日の青年団の代わりにおかえり筋の男衆に担がれ「御
立ち」を向かえます。昨日の「御着き」と同様にのたうち廻りながら小鳥居
をくぐり、前進したかと思えば後退し右に行ったかと思えば左に行くといっ
た動きを何度も何度も繰り返しやがて大鳥居を後にしておかえり筋を目指し
ます。二日目の最大の見どころでもあります。
  
    (上2枚写真提供:我楽多家さん)
 21:00〜24:00頃
 時同じく、おかえり筋に次々とたどり着いた各町内の臺車とおかえり筋の
提灯の数々はなんとも言えない雰囲気を創りだします。
 おかえりの日は各臺車の前にござを敷いて休憩するのではなく地元美川で
は「舞い込み」と呼ばれており、おかえり筋で割り当てられた家に上がり込
んでの簡単な男衆による宴が行われます。『ごんしゅ』や『美川小中学校の
校歌』を歌う町内もまれにあるようです。この時間帯には臺車に乗っていた
子供達も家に帰りいなくなります。
 おかえり君個人としては、周囲に人気のない臺車を見ることに何とも云え
ない寂しさを感じ、早くも「また、来年やな!」と云う言葉が頭にふと浮か
びます。各臺車は何件かの「舞い込み」を行い最後の「舞い込み」を終える
とおかえり筋を後にし、格納庫のあるお旅所に向い疲れきった男衆により格
納庫にと納められ「また、来年!」となります。
  
    (上2枚写真提供:我楽多家さん)
 しかしながら、おかえり筋の男衆に囲まれた神輿はまだまだお祭りムード
が衰えません。

 24日未明頃:22日に出発した南町の藤冢神社におかえり
 この時刻は天候及びおかえり筋各町により時間帯が異なります。藤冢神社
の前で青年団による最後の余興が行われ、おかえり祭り最後のクライマック
スの「御着き」を向かえます。二重(二つ巻き)のラッパ隊は三重(三つ巻き)
へ、三重のラッパ隊は二重へお互い「悔いの残らんように力一杯吹けや!」
と声を掛け合い、また旗手達は最後に長時間旗を振る旗手長にエールを送り
最後のシーンに臨みます、担ぎ手のおかえり筋の男衆は次の10年後のおかえ
りの時には元気でまた神輿を担ぐことが出来るだろうか?と各自ふと思い、
神輿をなごり惜しそうに狭い鳥居前を何度も何度もぐるぐる廻します。
  
    (上2枚写真提供:我楽多家さん)
  
 22日の「御着き」同様にやがてラッパの音が少しずつ少しずつ速くなり、
ついに「御着き」となります。青年団は、互いの肩を叩き合い男泣きの涙を
流します
 青年団団長の挨拶、鳳凰の取り外し、そしておかえり筋の区長の挨拶があ
り二日間に渡った祭りのシンボル神輿は神社の拝殿の中に納められ、青年団
及びおかえり筋の男衆はお払いを受けておかえり祭りは終了となります。

 お詫び:24日未明の「御着き」の様子を経験した回数が少なく適切に表現
出来なかった事お許し下さい。

 お知らせ:
 2004/04月に完成したのでしょうか?最近お旅所の大鳥居を正面に右の脇
道を30m程度歩くと「おかえり公園」があるのを見つけました。狭い場所です
が休憩所とトイレがありますのでおかえり祭りの際に利用してはいかがでし
ょうか?
  
 その他に美川駅には2Fに一箇所、1Fの白山広場側と日本海広場側に一箇
所ずつと計三箇所ありますので併せてご利用下さい。

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