ビリー・ホリディ/レディ・イン・サテン



ぼくがこのCDに出会ったのは母親の死で精神的に参っていた時期だったと思う。ジャズ・ボーカルではダイナ・ワシントンが好きで時々聴いていた程度だったが偶然手にしたこのアルバムを聴いて脳天をぶち抜かれる思いを感じた。フランク・シナトラの作詞によるI,m a Fool to Want Youこの出だしから参ってしまった。それから彼女のCD,LP,LD等を集め彼女のことを知ることによりよけいにのめり込むようになった。1959年7月17日亡くなったが彼女の人生は人種差別、愛、麻薬、アルコールと言う言葉に凝縮されているように感じる。これから彼女の事を語っていきたいと思う。


ビリー・ホリディは1915年4月15日フィラデルフィアで生まれた。少女時代は後年本人が語っているように悲惨そのものだったらしい。エレノラ(ビリー・ホリディの本名)は学校に行かなくなり一年間キリスト教の施設に収容される。11歳の時にレイプされ、その後売春容疑で施設に収容される。ビリーがジャズに興味を持ったのは1928年”小さな売春宿”で、ルイ・アームストロング゙の「ウエスト・エンド・ブルース」を聴いたときだとインタビューで答えている。その後ハーレムに移り住み母娘共々売春で生活を立てることになる。その時点でビリーは14歳だった。
1929年ファースト・ネームを映画スターのビリー・ドーヴから拝借し、父親のクラレンス・ホリディから貰って、彼女は初めてビリー・ホリディを名乗るようになる。当時ビリーはハーレムでウェイトレスをしながら歌の練習を始める。彼女が次に見つけた仕事先はハッズ&ジェリーズで、この店で若き日のアーティ・ショウと出会っている。