2001年が、明けました。
おめでとうございます。
これを、読んで下さってる皆様一人一人に、幸せが訪れますように・・・
そして、幸せをGETした人は、すこぉし・・・私にも分けてくださいますよう・・・
2000年12月29日〜2001年1月5日 年末スキー&岩手帰省編
最初に断っておきますが、私にはこのHPに地図を書く事も、載せる事もできません。
(その方法を知らないんだ!技術がないんだ!)
なので、日本地図が頭に入ってない方は、もしかしたら、子供の地図帳でも、
車を運転する人は、道路地図を用意して読んだ方が、いいかもしれません。
| 1日目 | 2000年12月29日 | ||||||||||||||||||
| am3:00、予定通り出発。目指すは新潟県湯沢町NASPAスキーガーデン。 このスキー場は、スキーヤーonlyなので、ゆったり安心して滑れるのがいい。 我が家のスキーは、泣き虫くんが加わってからというもの、スノボのいる所には 近付かなくなっている。それはそれはずっと昔・・・泣き虫くんスキーデビューの時 スノボがものすごい勢いで、泣き虫くんめがけて突っ込んできた。ギリギリの所で 怪我はなかったが、それ以来怖くなってしまったのだ。ボーダーの方々にしてみれば、 逆にスキーヤーが危なくて邪魔だと言うけれど。うまく、共存できるといいよね・・・ まあ、あと2年位はスキーonlyのゲレンデで、腕を磨いて、楽しもう!と、思っている。 am6:00、NASPAに到着。 まだ、辺りは暗く、駐車場には泊まり客の車しかなく、車の頭はかなりの雪が積もって いる。ようやく、駐車場整備員が動き始めたので、オープン時間を聞いてみると、 まだたっぷり2時間半もある。しばし仮眠をとろうか・・・ 気がつくと、外も明るくなり人が増え始めた。 8時30分、リフトが動きだし、我が家も一気に上へと行く。とりあえず、1本目は 足慣らし。迂回コースを選んだはいいが、あまりにも平坦で、止まってしまうのだ。 スケーティングのうまく出来ない、おこりんぼママと泣き虫君は、一度止まってしまうと これがなかなかやっかいで、くたくたになりながら、歩き始めるのだ。ふぅ・・・ 迂回コースを抜けると、やっとゲレンデらしくなったぞ! ヤッホ〜、まるでプライベートゲレンデ。こんなに広いのに、我が親子3人しかいない。 一気に降りてしまうのが、もったいなく、わざと右へ左へ大きくターンする。 何だか、自分が上手くなったような錯覚が・・・!? 今度は、中級コースへ。ここにも、人の影がなく、おまけに圧雪されてないので、 昨日から降り続いてるフワフワの新雪を滑れる。泣き虫君いわく「モフモフ」だぁ!! 斜度もちょうど良く、滑りも快調。あー、ここなら転んでも痛くないかも・・・なんて、 思いながら滑っていたら、あらら、おこりんぼママ天と地がひっくり返った。 何本滑ったろうか?設備もきれいで、リゾートっぽいゲレンデなのに、利用客は あまりいない穴場らしいが、本当にその通りで、リフト待ちが全然ないので、11時には 12本位滑ってしまった。おこりんぼママはもう足腰痛いぞ。 ここで、昼食休憩をとることにする。誰も、これから起こる恐ろしい事など考えもせずに。 休憩後、1本目。山の中腹でおとぼけパパと別れ、下で合流しようと約束する。 おとぼけパパは、そこから上級者専用リフトに乗って行った・・・のは、この目で 見ている。なのに、下で待ってても来ないのだ。余程コースが面白くて、そのまま また続けて行ってしまったのかな?いいや、そんなことはないだろう。コースガイドで 見たよりもコースが長いのかもしれない。と、考えながらも、実は頭の中は考えては いけない事を考え始めていたのだ。レスキューが出動すると、もしや・・・?と思い 見えない目で必死におとぼけパパの姿を探す。そんな不安と寒さの中待ちくたびれて いる所、バランスをくずして滑ってくるおとぼけパパ発見!!良かった・・・と、ホッと したのも束の間。おとぼけパパの様子がおかしい。時折顔をしかめ、額には汗が。 どうやら、上の方で雪だまりをよけきれず、バランスを崩し、転倒したらしい。 一番近くのカフェで休憩しようと、足を引き摺りながら階段をあがり、ホットコーヒーを 頼んだが、ほとんど口もつけず状態。「吐く」とトイレに行ってくると立ったおとぼけパパ だが、立つ事もままならずに、へたりこんでしまう。ガクガクと足が震え、全身をもブル ブル震わしているおとぼけパパを見て、正直頭の中が真っ白になった。情けない・・・ こんな時冷静にはなれないおこりんぼママ。二人を残して、医務室に助けを呼びに行く。 ざっと説明はしたが、私の説明でどこまで分かってくれたのかは疑問だな。 抱えられて、医務室に運ばれ手当てを受ける。左ひざ捻挫。湿布をしておけば平気 でしょうと、あっさり言うんだな、これが。えっ?さっきまでの吐き気や震えは何だったの? って感じ。 まあこの程度で済んだんだから、この上なく嬉しいよ。でも、なんだか・・・・・ おとぼけパパが分析するには、怪我した体で急にタバコを吸ったために、体中にニコチン が一気にまわったためだろう。と、言うんだけれど。もぉ〜、そんなの私は知らないしぃ・・・ とりあえず、事故の事情聴取を受けて、今日のスキーは強制終了。ジャンジャン!! まだ、お昼なのに、スキー場を後にするおとぼけ家族であった。 | |||||||||||||||||||
| 2日目 | 12月30日 | ||||||||||||||||||
| 昨日は宿(湯桧曽保養所)に、急遽早くにcheck inさせてもらい、温泉に浸かり体を 休め、(冷やすように言われたのに、温泉で温めてもいいの?) おいしいご飯を頂いたおとぼけパパ。今日の調子を聞いてみると、滑れそうとの事。 今日は、このHPでもおなじみのKファミリーと合流し、一緒に滑る事にはなっているんだ が・・本当に大丈夫なんだろうか? 朝10時、湯桧曽駅前で待ち合わせをし、(Kさんには前日に 事情は話してあった)宝台樹に向った。もうかなりの人出だ。まず、軽く1本全員で流そう となだらかで、短いコースを選んだが、おとぼけパパが却下する。もしかしたら、この1本 が最後になるかもしれないから、長いコースを滑りたいと。それもそうだと、コース変更し、 皆、思い思いに滑る。子供達(泣き虫君と友達二人)は勝手に飛ばして先に行ってしまう ので、Kさんパパにまかせる。私もおとぼけパパを気にしていたが、多少痛そうだが、 平気そうなので、安心する。とりあえず購入した一回券だったが、たまたま係員が受け 取らず、??と思いながらもリフトに乗ってしまったので、ラッキー☆あと一回滑れるよと、 ニコニコ顔のおとぼけパパ。もう一本滑ったら、ビール飲みに行くと。おとぼけパパ、ここで もまた災難があるとは知らずに・・・ちょうど昼時で、店の中はいっぱいで身動き取れない ため、隣接されたテラス(?)で休憩。と!そこにザザッという音がしたそうだ。気がついた 時はもう遅し。おとぼけパパは頭から屋根に積もっていた雪をかぶっていたそうだ。 足が痛いので、ブーツを脱いでいたために逃げる事も出来ず、そばにいた親切な人が 心配そうに覗き込んでいたらしい・・・子供達もお腹がすいたので、お昼にしよう。 でもいっぱいで入れないなぁ・・・ おとぼけパパ一回券を2枚購入し、比較的すいている中腹のレストランへ向う。足も朝より も大分良いらしく、問題はリフトを降りる時だけのようだ。ここで、ゆっくり休憩をとり、また 滑り始めるが、我が親子は明日からも長期戦が待っているので、二本だけKさんファミリー と滑ってあがることにする。夕方、お土産店で合流。今晩は、Kさんファミリーも一緒に 保養所だ。気に入ってくれるといいが・・・ ここで、湯桧曽保養寮の2日間の夕食のメニューを紹介!! 29日 30日
運ばれて来て、思った以上にお腹が膨れていく。子供料理も、単なるお子様ランチでは なく、大人の料理に準じたもので作られているため、小学生位までなら充分だろう。 我がおとぼけ家族はもちろん、Kさんファミリーも気に入ってくれたようだ。 来シーズンも、当選しますように・・・ | |||||||||||||||||||
| 3日目 | 12月31日 | ||||||||||||||||||
| 今日は、Kさんファミリーとお別れだが、チェックアウトしてそのままさよならでは、子供達 もかわいそうなので、近くの「水上町水紀行館」という所に寄る。ここは、水上町を通って いる、利根川を中心とした川に住む生き物の学習が楽しくできる、テーマパークになって いる。興味津々な子供達、小1時間位時間をつぶし、おとぼけ家族はここで遠慮しとく。 なぜって、この後がおとぼけ家族にとって、長期戦の旅・第2部が始まるから・・・ am10:30.水上IC。ここから、関越道・北陸道を北上し新潟まで行き、盤越道で郡山ま でひたすら走る。心配していた雪もそれほどなく、快調にNOAH号は進む。 pm2:05.東北道分岐点、郡山着。 ここからは、いつもの通り慣れた東北道。仙台を過ぎると、いつもの事ながら、走っている 車も少なく、ただただま〜っすぐ。夏に帰省する事が多いおとぼけ家族、いつもと違うのは 高速の外の景色が白い!という事。ラッキーな事に東北道に入っても、道路には雪はなく 普段通りに走る事ができる。 pm5:00.前沢SA着。ここまでくるとさすがに眠気が襲ってきたので、仮眠をとろう。 おとぼけパパの実家まで、あともう少し。でもね、東北道って、岩手県に入ってからが 長いのなんのって!!あんなに走ったのに、まだ岩手県なのぉ?って感じ。まあ、我が 親子はもうそれにも慣れてしまったけれど・・・それにしても、長い!! 普段ドライブしている時には、ラジオなんかほとんど聞かない。でも、今夜は違う。 NHKに合わせて、紅白を聞いている。今回の旅行の予定を立てた時点では、盤越道の 猛吹雪を想定して通行が困難・・・という設定だったため、「きっと除夜の鐘は車の中・・・」 と思っていた。が、もうここまで来ている。今夜中に無事つくであろう・・・ pm9:30.おとぼけパパの故郷に到着。岩手県は岩手県でも青森県八戸との境目。 おとぼけパパの名字とは逆に、山の上にお家がある。一戸ICを降りると、そこは雪国だっ た!?なんてことにはならず、やっぱりここにも雪がない。岩手・青森にまたがってこの辺 には一戸・二戸・・・・九戸と、四戸だけを除いて存在しているらしい。おとぼけパパの家は その二戸に程近い、軽米町という所。特産物は「さるなし」。さるが好んで食べる梨・・・ ではなさそうだが、一見小ぶりな洋梨の雰囲気があり、そのものを食べたことはないが、 ジュースにしたものは「キウイ」のような味がする。機会があったら一度試してみるといい かも。そうそう、二戸には「座敷わらし」が出ると有名な、金田一温泉がある。こっちの名前 の方がピンとくるかもしれないかな?!今日は、クタクタに疲れたので、紅白が終わって、 初詣に行くというのを断って、布団に入る。 | |||||||||||||||||||
| 4.5.6日目 | 2001年1月1日〜4日朝 | ||||||||||||||||||
| 2日の日に、おとぼけパパの中学時代の同級会があった。高校出てすぐに、上京した おとぼけパパ、なんと!卒業以来の再会だという。変わった人・変わらない人と様々だっ たようだが、ここには面白く、でも悲しいエピソードがあった。(ここでは公表しないよ! 私の口からはとても言えないので、興味のある人は直接おとぼけパパに聞いてね。) 42歳、男の大厄。神社で厄払いをして、その後ホテルで同級会。昼の2時から夜の12 時まで長ーい長ーい同級会。家に帰宅後もまたお酒を勧められ・・・あーあ。 他の日は、親戚回りをしたり、八戸まで買い物に出たりと、のんびりとしたお正月を過ごし た。 | |||||||||||||||||||
| 7日目 | 1月4日 | ||||||||||||||||||
| am10:30.出発する。 岩手県宮古市に向う。盛岡まで高速を使いそこから横走りで宮古に向う予定だったが、 皆さんの忠告で、久慈から海岸沿いを南下するルートを選んだ。盛岡からの峠超えは 毎年死者が出ているらしい、かなりの難所だという事だ。夏ならともかく、慣れてない人が 冬の峠は危険という事らしい。海岸沿いでも、ところどころ路面凍結していて、ゆっくりと 進む。おとぼけパパも三陸海岸は初めてで、リアス式海岸も教科書の写真でしか見た事 がないと言う。泣き虫くんはこれから、授業で習うであろうリアス式海岸をこの目で!・・・ と、思ったが、上から全体を見渡せるはずもなく、ただ単に海岸を走ってるってだけだった かな。でも、三陸にきたら海の幸。こちらは裏切られなかったよ。宮古に着いたのが2時を 回っていたので、お目当てのお店は、閉まっていたんだけれど。寿司屋に飛び込んで、 食べた海鮮丼に上寿司。埼玉ではこの値段では食べられないよ!! やっぱり、海の近くっていいよなぁ・・・ 本日の宿「休暇村 陸中宮古」に着いたのは、pm3時過ぎだった。 夕食は「岩手牛ステーキコース」。肉厚のステーキが目の前に置かれ、もうおなかいっ ぱい。味付けが濃すぎて、ちょっとおとぼけ家族向きではなかった。朝はごく普通のバイ キング形式だったが、いまいち食べたい物がなく・・・お風呂も温泉ではないが程々に 広く、料金は安く。 で、まあ普通の宿って所でしょうか・・・。 | |||||||||||||||||||
| 8日目 | 1月5日 | ||||||||||||||||||
| 休暇村をチェックアウトした後は、陸前高田に住むおとぼけパパのいとこ宅に向うが・・・ 途中、釜石付近に「鵜の巣断崖」という観光スポットを見付け、人影のない路地を入って 行くと。駐車場にトイレがあるだけのひっそりとした所に、車を止めて、そこから先は歩い ていくようだ。ピリピリと刺すような痛みを頬に感じながら、三人で降りていくと、何だか 怪しい人達に見えるだろうな、と考える。翌日の新聞に「家族で心中か・・・?!」なんて 見出しが出るんじゃなかろうか?などと嫌な場面を想像出来ちゃう場所なんだな。これ が夏なら、そんな事も思わないんだろうけど。でもホントにそんな場所だったんだからぁ。 歩き出して500メートル、展望台に着いて下を見下ろすと、すっごーい!!これを断崖 絶壁というんだぁ。こんなの初めて見たよ。やめればいいのに誰もいないのを良い事に、 柵を乗り越えてギリギリの所まで行って、覗くおとぼけパパ。見てる方はハラハラしてる のに、「すごいよ!ほんとにストンと落ちてる」なんて呑気に言ってるもんだから、泣き虫 君も行きたくなってしまい、またぎかけた。 全く、子供の前でそんな危険な事を披露する親が・・・、ここにいるから仕方がない。 奇麗な景色を堪能して、また車は南下し、 pm12:30.いとこの家に辿り着き、しばし久しぶりの再会を楽しんだ。 pm1:30発車。今夜の食事は、仙台の牛タンに決定。仙台まではどう行こうか? 結局、時間もある事なので、ゆっくりと海沿いを走って、気仙沼・松島ルートで行こうか。 これが、実は正解だったことを、後で知る事になる。海岸沿いはあまり雪は降らない。 降っても海風で散ってしまい、積もる事が少ないと聞いていたが、今年はどうやら違う ようだ。道路脇では、子供から大人まで雪かきをしている。どこまで走ったら雪ががなく なるんだろう? まだ夕方前なのに、あたりは薄暗く、だけど夕日に染まった一面の雪が眩しく見える。 進むに連れて雪の降りは激しくなり、道路も凍結して、おまけにトラックの通った後は轍 ができて走りづらく、助手席側は崖だし、センターに寄れば対向車と、雪道に慣れている おとぼけパパでさえも、今までにない位神経をつかう運転が続いた。おこりんぼママも、 こんな状況の中、眠気が来ることもなく、ただ無言で、お互い時折ため息をつくくらい だった。 仙台市内に入ると、雪は降っていなかったが、路面凍結がひどく、横滑りを何度かしな がらやっとの思いで、パーキングに駐車する。少し歩いて、牛タンの老舗「き助」の前ま で行くが、運の悪い事に正月休みで、営業は6日からだというではないか。あんなに怖い 思いしてやっと来たのにぃ・・・以前行った事のある「伊達の牛タン本舗」まではちょっと 距離があるし、かと言ってまた車で移動するのもこの道路条件では・・・仕方がないので、 目に入った居酒屋に飛び込んで、ここで牛タン定食を頼んだ。牛タンには変わりはない。 そう、牛タンを食べられればいいんだ。と、言い聞かすが、やっぱり違う。確かにまずくは ないが、また食べに来たいという味ではないよね。次回に期待しよう。 pm8:00.仙台から高速に乗り、一路埼玉の自宅に向う。 大した混雑もなく、am1:00.我が家に到着。 ずっと、最高気温がマイナスの地に居たはずなのに、8日間あけていた我が家は 冷え切っていて、もっと寒く、その晩はいつまでも体が温まらなくて、眠れない夜を 過ごした。 昨日は、東北地方は大雪で、盛岡IC〜大和IC間吹雪の為通行止めだと、知った。 もしも、宮古から一関に出て、高速で仙台に向うルートをとっていたら、高速にも 乗れず、平行して走っている4号国道も渋滞し、疲れ切ってあきらめて、どこかで 一泊し帰りが1日 伸びたであろう。あの時の、選択が正しくて、本当に良かった。 今回の総走行距離:およそ1700km (完) |