ぐるぐる温泉の思い出を思い出しながら語る
あつまれ! ぐるぐる温泉とは
ドリームキャスト専用ソフトとしてセガが1999年9月23日に発売したテーブルゲーム。
収録ゲームは麻雀・将棋・大富豪・7並べ・ナポレオン・ユーコン・フリーセル・占い。
(ユーコン・フリーセル・占いはオフライン専用)
アバターを作成しオンライン対戦やチャットができる事は当時としては斬新かつ最先端で好評を博す。
このソフトをきっかけにネットゲームを始めた者は意外と多い。
だいたい月に一度のペースで公式大会も開催された。
スポンサー大会では賞品が出ることもあり一層の盛り上がりをみせる。
2001年9月23日をもってネットワークサービスを終了。
その後発売された「2」「3」「大ぐるぐる温泉」では他機種との対戦やチャットが可能となったが、これらの全ネットワークサービスも2005年11月30日をもって終了された。
魅力
まだネットゲームが一般的でない時代、遠く離れた人と気軽に遊んでチャットできるというのは本当に画期的なことであった(まだハンゲームは存在していない時代なのである)。
今みたいに基本料金無料という概念がない時代、1か月あたりの利用料金が300円と比較的安価であったのも良かった。
温泉でテーブルゲームというのは、放課後の教室や修学旅行の夜のような趣きで、ちょっとした課外活動的な感じで遊ぶことが出来た。
チャットで一度に表示される文字数が最大12文字なのもパッドで遊んでいる人が多い中で丁度良い制限であったと思う。
皇帝杯事務局のお話
一部では尊敬され、一部では畏怖され、一部では嫌われていたらしいナポレオン大好きサークル、それが皇帝杯事務局である。
その中心人物として当時を振り返りながらどんな集団だったのかを語ろうと思う、が、なにぶんもう10年以上の前の事なので結構忘れているし思い違いも多々あるかもしれない。
そんないい加減な感じではあるが、覚えている限りの事を振り返ってみる。
皇帝杯事務局とは
ナポレオンで遊ぶ事をメインとしたサークル。
運営していくうちに超ハイレベルな面子が集まってしまい、ある種のブランド化を果たしてしまった。
定期的にサークル内大会として「皇帝杯」を開催。
途中から麻雀大会の「皇帝牌」も開催した。
設立の経緯
良く遊ぶようになっていたフレンド達とゲーム終了後にチャットしていたら、サークル作ろうだか大会開こうだかみたいな話になり、既にホムペ持ってた俺が「んじゃそのためのページ作るわ」って感じの軽いノリで始まったのが最初。
オリジナルメンバーはその時部屋にいた5名。
「皇帝杯」って名称はもちろんナポレオンから取ったのだが、誰が名付けたのかは忘れた。
俺かもしれん。
ちなみにサークルを名実ともに仕切っていたのは俺だけど、サークルのトップは別の人。
黎明期
メンバーが自らのフレンドを連れてきたりとか、遊んでみて強くてウマが合う人をスカウトしたりして少しずつサークルの規模が大きくなるが、この頃はまだほんの小世帯。
大会もこの頃から開催し始めた。
当初は参加者も少なくお遊び感覚に近いものがあったように思う。
暗躍から拡大へ
ちょうどその頃。
大富豪か7ならべの公式大会で不正というかシステムの穴をついた輩がいて、そいつらが上位独占しかけたことがあった。
まあ穴といってもバグとかではなくて、入室ボタンを押した順に部屋に案内されるシステムとなっていたため、共謀して同時に入場すると仲間だけの部屋になれる可能性が非常に高くなる。
別の人と一緒になったらすぐ退室して同室になるまで繰り返す。
それだけ。
ただこれを大会でやられると勝ち役負け役決めておくことで確実にポイント増やせることになる。
で、そのことをメンバーのフレンドだったと思うけど、気づいた人がいまして。
これじゃ大会にならないから運営相手に抗議活動しようぜという話になり、それにウチもかなり中心のところで一枚噛んだ。
とはいえその抗議活動は実ることなく、大会は終了し結果も公表された。
でも納得いかなかった俺たちは抗議活動を更に活発化。
各所に火をつけまくった事が功を奏したのか、後日その大会は無効扱いとなり日を改めて再度開催される事となる。
そしてシステムの穴も解消された(けど、これもやろうと思えばある程度ズルは可能であった)。
大会が無効になった事は、きちんと参加して順位を出した人には申し訳なかったと思う。
でもこれを見逃すとゲームそのものの今後に影響すると思ったんですよ当時の青臭い俺たちは。
そしてこの時に協力してくれた方々とも仲良くなり、またちょっとメンバーが増えていくことになる。
拡大
そうこうしているうちになんかガチなイメージで局所的に有名になっていったらしく、強い人がどんどんサークルに加入してくるようになる。
実力
ギルドメンバーの実力はというと、公式大会において毎回数人が上位入賞する感じ。
本当にレベルの高い者が大勢いたと思う。
成熟したころになると宣言は15以上が基本でとりあえず14までは吊り上げる感じ。
そこらへんがナポ軍と連合軍が互角に渡り合えるライン。
宣言13以下はなんてのは操作ミスか、わざとスルー(最終戦でポイント上位確定しているとか、自分が副官になる可能性が高いとか)くらい。
全員の手札が微妙という場合は「皆が宣言に消極的ということはイコール後引き3枚が強力だろう」という思考の人が勝負賭けてくるからやっぱり宣言14程度にはなっちゃう。
クラブ伝説を察知して突っ張って実際その通りとか、いきなり宣言20とかは当たり前の世界。
ちなみにこのサークルにおいての俺の実力は底辺に近い方だったんじゃないかと思う。
少なくとも自分はついていくのがやっとの状態であった。
内部
そんなんだからメンバー全員ガチンコな集団だったかというと別にそうでもない。
実のところギルド参加条件は特に設けていなかったから、
・メンバーが連れてくる
・事務局BBSに参加希望書き込む
こんな感じでその気があれば誰でも入れたんで、軽い気持ちで登録している人も当初はそれなりにいた。
ただそういう人はガチイメージがついた頃には離れちゃったけど。
ギルド内の雰囲気はどうだったかというと、どうだったんだろう。
俺は初期からのメンバーと和気藹々と遊ぶ事が多かったし、時々野良プレイもしたけどあんまり変なことはしていなかったはず。
ただ俺はそうだっただけでメンバーが外でどんな振る舞いしていたかまでは知らない。
2ch見る感じ高圧的というか上から目線の人もいたらしいね。
というか、当時このギルドが良くも悪くも目立つ存在になっていたとは本当に知らなかった。
ちょっと強いナポレオン好きが集まった集団にしか思ってなかったもん。
衰退
これは単に俺のせい。
PC購入したのはいいけど、当時はテレホーダイ。
ルーターは所持しておらず、DCでネット繋げるにはPCから線引っこ抜いて接続しなければならないし、そうするとPCでネットできないしとなった時にPCを選んでしまった。
仕事時間が増えてきたのもある。
そんなこんなでぐるぐる温泉からは半フェードアウト。
要請されて大会だけは時々開いていたけど、管理人が管理していないんだもん。
誰かが暴走していたとしても気づかないわな。
うん。やっぱ俺が全部悪い。
閉鎖
それでも一応ケリはつけなきゃね、という事で最終大会を開催することに。
きちんと覚えてないけどすんげえgdgdな運営だったか、俺の仕事の都合で開催中止にしたかどちらかという非常にアレな結末。
最後に
当時のデータをHDDからもサーバー上からも消去してしまったこと、どこともリンクしない独立したページで作ったのが災いしてInternetArchiveにもデータが残っていないことにより、当時の状況を確認する事は不可能となっている。
それでも一応こんな感じだったよ的な痕跡を残すため、こんなページを作成してみた。