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目次
はじめに
第一章 イエスの心
第二章 イエスと神
第三章 イエスとキリスト
第四章 イエスの悟り
第五章 イエスの憤り
第六章 イエスの幸福
第七章 イエスと罪人
最終章 永遠
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第一章 イエスの心
汝の信仰、汝を救くえり ルカ7-50
イエスは旧約に記されている予言者らの言葉の意味をユダヤ教徒一般の解釈とは別の、特異な方法で理解していたといえるのではないでしょうか。それと同時に、旧約聖書を信じるとする人々の誤解の経路をも理解していたと思われます。
新約、旧約、という場合の新約聖書とは、イエス・キリストによる新たなる神との約束を記したものとの意味での聖書のことです。本文の目的はその新約聖書に記されたイエスの言葉の意味を通説を離れて、我流で探っていこうとするものです。
新約聖書においての神との契約とは旧約聖書の予言者らを介しての神との契約との言い方を踏襲したもので、その書の成立においては基本的にはユダヤ教の新宗派の布教と信仰のためであったといえるでしょう。聖書の目的は信徒の礼拝に用いるためのものであったのがほとんでしょう。
たとえ、当時の善意で、信仰をより良く理解するため付け足され、注釈されたのであっても、この布教や礼拝の目的を注意深く除外してみないと聖書からイエスの生身の姿は現れてこないと私は感じています。聖書では、この信仰はユダヤの律法を廃するためにではなく、寧ろ、律法を遵守せんがためのものであったとイエス自身が語ったことになっています。とは言え、イエスは旧約の律法の中に、単なる古くからの言い伝えではなく、普遍的な法を見ていましたが、ユダヤ人は民族的自己証明を見ていたと言えるのではないでしょうか。
信仰目的で、信仰の正統性また救世主の正統性を証明しようとする努力をしていたような新約聖書の成立事情からイエスだけを抜き出すのは容易ではありません。イエスの事跡、言動を綴ったとする新約聖書の中の福音書ですら正確にイエスの言葉と判断できるものは稀であり、その確証はほとんど得られません。イエスの真意の探求よりも信仰の獲得が急がれたかもしれないのです。しかも、各々の言葉には常にユダヤ教教師職ラビの間での伝統としての教義問答が付加され、個々にそれなりの安易な理屈が当時の人々に理解されるように付加されているので、より見分けがつき難いのです。
まず第一に、聖書に記された理屈の大半は旧約中に記された予言の成就に関するものです。多くの預言者を神と人との仲介者としてきたユダヤ教の伝統的信仰において、イエスの出現に旧約での予言があったするような理屈をつけることはユダヤ教の一改革派として見れば当然の経緯であったのでしょう。
イエスの言行事跡を綴ったとする福音書中ですら、イエスの見た神、イエスの言うところの父なる神はわずかに垣間見られるだけであって、イエス自身による神の解釈は断片的にしか与えられません。それ故にイエスの抱いた神の全体像を踏まえない個々の言葉の断片的な解釈は誤解を招きやすいのです。そこで、全体が一つのビジョンに基づき、各語句の間の多くある矛盾にも奥深い意味を与え、一致をもたらす神と信仰をイエスの内なる一致として捉える必要を私は切に感じます。
当然とされるでしょうが、イエスは自分の教説を宗教のカテゴリーに入れ、そこに教説の足場を築きました。そのことは、ユダヤ人の間にあっては、宗教とはエホバ信仰であり、ユダヤ教の用語を用いなければ人々に何等をも語りえなかったであろうことを、当時の状況として予想させます。メシヤとの救世主もそのメシヤの復活も最後の審判もユダヤ教において当時すでに究極の救いとして概念化されていたのであり、それに関連させてイエスが解釈されたのは聖書成立時の歴史的事情によるといえるでしょう。ところが、聖書を全体で見てみると、イエスはそれら宗教、神学、形而上学の概念をユダヤ的通説、用法とは異なる意味あいに用い、かつ同一の名詞で用いたことに気付かされます。
イエスの信仰改革を律法の内面化と説明することが多いのですが、それでは不充分であって、律法の自己化と説明した方がよりイエスの意識に近いでしょう。
聖書の中でイエスがギリシャ哲学について沈黙しているのは偶然ではないはずです。そこには信仰者達のその時代の立場が関わっています。キリスト教の成立時期を考えれば、ローマに支配され、その傀儡政権を自分たちの王としていたイスラエルにあって、当時ギリシャ哲学やストア哲学は社会上層の信仰であり、かつ征服者達の教養であって、使徒らが民衆への布教の必要から意図的に無視したのもうなづけます。だからと言って、当時の中東世界にあって、ギリシャ的な思考がイエスの思想形成に直接ならずとも何等の影響をも与えなかったとは想像しえません。
畏れる神から変化して愛の対象としての神との着想は、ユダヤ人の信仰以上にギリシャ思想やブッダの思想に近いでしょう。さらに、イエスの論法が哲学的論理的である点からもユダヤ人の歴史的文献的宗教観とは異なっています。インドやギリシャに発した先進の信仰哲学の根拠である人間主義、認織における自我の論理、自然と解放の理念は、イエスの思想形成に少なからず影響していたことでしょう。
イエスの神観には論理的な正確さがあります。しかし、哲学者達と違って、イエスの思想で最も特色あるのは救済であって、考えるだけの哲学でも、神の証明でも、律法の確立でもありませんでした。大乗仏教が試みたような救済の信仰の確立があり、それ故に律法問答や神に関する問答にはは、殊更なる対立を避けていたとも思われます。
イエスは、律法の解釈が律法学者やパリサイ人の如くであっては天国に行けないといっています。例えば、弟子たちが安息日に落穂を拾い、労働を禁じた律法に反すると非難された時などは、頑ななユダヤ的な律法の立場より寧ろ人間主義にたっていて、律法を当時のそのままの信仰の意味で解していたのではないのは充分に窺えます。イエスにとっては文献的教義問答よりも、イエス自らどう生きるかを考える現実の方が神のより深き在り処と思われたのでしょう。
イエスは旧約の予言者達をユダヤの教説とは異なる自分流の読み方、見方から認めていたと思われます。ユダヤ人としてではなく一個人として旧約の預言者と向き合ったのです。かれら預言者の言葉から、風俗、習債、歴史的状況の制約下に妥協的解釈をとった部分をイエスは認めようとはしませんでした。イエスにおける信仰は純粋に理念的なるものであって、社会、道徳、歴史状況に規定されるものではありませんでした。
イエスは普遍的神のみを見詰めていました。「視よ、神の国は汝らの中に在るなり」と言う者に不思議や予言は無意味であったでしょう。「神の国は見ゆるべき様にて来たらず」と言わねぱならなかった訳は、人々の誤解を念頭に入れてのことであって、神の国がどの様なものであるかを言葉で語ろうとしなかったのは、言葉はすぐにあやしげな律法となる危険をはらんでおり、異なる状況で発せられれば誤解を深めることにもなるからであったでしょう。イエスとともに十字架にかけられ、自らの罪の罰せらるべきを認めた罪人にたいして、「我らは天国に在り」と言っています。天国とはかくなるところだったのです。
イエスが説こうとした神の国とは、全き理念、理想の内にいのちを燃焼させるいのちの場でした。それ故、その神の理念、理想は完全なる意味で真でなけれぱならないのです。それは、外形から眺めるならば、地上的には永久に不可能であるところの希望的理想であり、具体的、現実的には、殉教者の幸福を意味することとなります。イエスの好まない犠牲者ではなく殉教者です。大なり、小なり、日々殉教者たることがイエスの天国への道であり、希望でもありました。
福音書をたどっていくと、イエスは生きながら殉教者たることの不可能を次第に理解していった様です。故郷ナザレではイエスの信仰は受け入れられず、人々の誹謗にたいして、背を向けたイエスも、工ルサレム入城ではついに人々と向き合いました。それは民衆への不信と人々への愛の交錯した、頑なな殉教者の態度でした。
かつて、イエスは言っています、「人は安息日の主たり」と。イエスの事跡を辿るとイエスがいかにも無垢を目指し、自然的であり、直感的であったかがしれます。
しかし、聖書でキリスト復活の模様を語るのに、使徒たちが律法で禁じられている安息日を引き合いに出してイエスの墓への墓参りをひかえたとの下りではどうにも納得がいきません。イエス自身が人々に訴えようとしたことと当時キリスト信仰を選んだ人々の信仰とには多少ならぬ隔たりかあったと思われます。
イエスの信仰は社会悪の摘発者としての宗教の立場を砂漠の聖者バブテスマのヨハネより学び、その基本理念をさらに推し進め、超越して非社会的秩序のあることを示し、非社会的秩序としての自己の完全性を説くに至ったのであり、社会的、外的個人を全く認めないところに信仰の救いがあると考えたのでしょう。イエスは社会的価値よりも一人間的価値を、社会的に自分を規定する相対的価値よりも自己に忠実な絶対的価値を信じました。
イエスの言う偽善は常に社会的に成立する事柄に対してでした。善は社会的事柄のカテゴリーに類します。それ故、イエスは普通の宗教家のように善を成せとは積極的には言いません。善それ自体が既に偽善的であるからです。
非社会的なる善の概念の探求こそイエスの課題でした。善は対人的関係、社会規範、道徳通念に応じて生じてくる概念であって、非社会的な個人の内面では義とする方が言葉のニュアンスとして理解しやすいでしょう。義は社会性がどうあれ、諭理がどうあれ、そうすべきであるとの一種神的認識によって生じた善悪の価値判断であり、その直観的認識を信じて行動することです。義は行動の結果を社会的価値体系に位置付ける善とは異なり、動機としての過程的なる二ュアンスにおいて別の意味となります。善においては結果が全てですが、義においては行為の過程においてこそ善が存在します。義をなす人のことを義人といいますが、義人の価値を他人が推量することはできないというのがイエスの発見でした。
イエスは新しい概念を伝えるのに喩え話をよくしたようです。旧約からの引用では新しい概念を伝えるのが難しいと思えたのでしょう。それゆえに福音書に出てくる喩え話はイエスの肉声に近いものが聞こえてきます。迷える羊の喩えはマタイの福音書にもルカの福音書にも出てくるので、ここではルカから引用してみましょう。
「あなた方のうちに百頭の羊を持っている者があるとする。そのうちの一頭を見失ったら、九十九頭を荒れ野に残して、見失ったその一頭を見つけ出すまで、後をたどって行くのではないだろうか。そして、それを見つけ出すと、喜んで自分の肩に乗せて、家に帰り、友人や近所の人々を呼び集めて、『いっしょに喜んでください。見失ったわたしのひつじがみつかりましたから』と言うであろう。このように悔い改める一人の罪人のためには、悔い改めの必要のない九十九人の正しい人のためよりも、天においてはもっと大きな喜びがあるであろう。」
放蕩息子の話も、少し長くなりますがルカから引用してみます。
「ある人に二人の息子があった。弟が父に向かって、『お父さん、わたしのもらうべき財産の分け前をください』と言った。そこで、父は二人に分けてやった。幾日も経たないうちに、弟は全部のものをまとめて、遠い国に旅立った。そして、そこで放蕩に身を持ち崩し、財産を無駄使いした。全部使い果たしてしまった時、その地方にひどい飢饉が起こって、食べるものにも困りだした。そこで、その地方のある地主のところに行ってすがりつくと、その人は彼を畑にやって豚を飼わせた。彼は、豚の食べるいなご豆で空腹を満たしたいほどであったが、食べ物を与えてくれる人は誰もいなっかた。そこで、息子は本心に立ち返って言った。『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、食べ物がありあまっているのに、私はここで飢え死にしようとしている。さあ出かけて、父のもとに行こう。そしてこう言おう。『お父さん、わたしは天に対しても、あなたに対しても罪を犯しました。もうあなたの息子と呼ばれる資格はありません。どうかあなたの雇人の一人にしてください』と。そこで彼は立って父のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父は息子を見つけて哀れに思い、走り寄って首を抱き、口付けを浴びせた。息子は父に向かって、『お父さん、わたしは天に対しても、あなたに対しても罪を犯しました。もうあなたの息子と呼ばれる資格はありません』と言った。しかし、父はしもべ達に言った。『急いで、一番良い着物を出して、この子に着せなさい。手には指輪をはめ、足には履物をはかせなさい。それから太らせた子牛を引き出してほふりなさい。食事をして喜び合おう。この子は死んでいたのに生返り、、いなくなっていたのに見つかったのだから』と。そこで、祝宴が始まった。さて、兄は畑にいたが、帰ってきて家に近づくと、音楽や踊り騒ぐのが聞こえたので、僕の一人を呼んで、『いったいこれは何事だ』と尋ねた。しもべが、『弟さんがお帰りになりました。弟さんを無事に迎えたので、お父上が、太らせた子牛をほふられたのです』というと、兄は怒って家には入ろうとしなかった。そこで、父が出てきて、なだめたが、父は兄に向かって言った。『わたしは長年ずっとお父さんに仕え、一度も、言いつけに背いたことが無かったのに、あなたは、私が友人と祝宴を開くために子やぎ一頭もくださいませんでした。それなのに、このあなたの子が遊女どもと一緒にあなたの身代を食いつぶして帰ってくると、太らせた子牛を彼のためにほふります』。すると父は言った。『子よ、おまえはいつも私と一緒にいる。わたしの全てのものはおまえのものだ。しかし、おまえの弟は死んでいたのに生返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、わたしが祝宴を開いて喜び合うのは当たり前ではないか』」。
迷える子羊や放蕩息子の話の不可解さは、立場の差によつて生じます。これらの話の非社会性は言うまでもありません。これらの話を、第三者的にではなく、自分を子羊とし、羊かいとし、父とし、息子として体験するならぱイエスの言おうとした意味が見えてくることでしょう。
そこに示されるのは、救う者と、救われる者、ゆるす者と、ゆるされる者の内的ドラマであって、一切の外的なる計算は除外されています。そこにイエスのいう生命というものがあり、この世界での他者との出合いがあります。
羊飼いが一頭の迷える羊のために九十九頭を迷わすのが確実であれば、どうにも無責任な話しとなりますがここでは問題にしていません。九十九頭の安全はある程度に保証されているのは、間き手の方で了解しているでしょうし、社会的な配慮はイエスの教説の外です。放蕩息子の話しでは家に残った放蕩ではない息子の不満が述べられています。
それは、第三者の視点、すなわち客観的正しさの虚しさを示しています。どの様なる正当な不満を述べようとも、当事者とはなりえず、かつ、当事者のいのちの幸福感を感じることはできません。主観が人の生命を支えているとの認識が信仰へのイエスの最大の変革点であると同時に力点であったのです。
イエスは旧約を正しいと言いましたが、当時の通説に依ってでなく、あくまで主観によって読むことによりその正しさを知るのだと、即ち、救う者として、救われる者として、ゆるす者として、ゆるされる者として読むことによって、はじめて、言葉の深処に達することができると言おうとしています。そして究極的には、自己を救うの目的に目覚めなければ聖なる言葉の意味は明瞭とはなりえません。
ここに至ると、主観は単に客観に対比されるだけではなく、自己の属性と本質の対立から肉体や存在とも対比され、生活、行為、目的、全てにわたって対比されることとなります。本来の自己を求めて何処までも追求してゆくと、最後には自己の理念と自己の論理との間に自己と他者の関係と同じような隔たりがあることに気付くでしょう。イエスは自己の理念を直感的かつ絶対的なるものと捉え、第一義的、もしくは神的なるものと感じました。それをある時は神といい、人の子といい、われと言ったのです。
イエスの論理を観察すれば、律法の詳細は黒でも白でも同じように文脈に適応出来たことがわかります。ただ律法を黒だと信じている者にとっては、黒であることを疑い、黒でない行為に走り、もしくは逸脱を空想するのであれぱ、その者は偽善者です。これを白に置き換えても同じです。
善も理想もその人にとって借りものであってはなりません。どんなにつまらぬ善であっても、理想であっても、信じる以上はその理想の殉教者でなけれは真の幸福には至りません。これが聖書におけるイエスの究極の人間観察です。
イエスの意味にたいして、偏狭なキリスト教教義はすべてを救う神と救われる人間との構図に置き換え、人間の尊厳をことごとく奪い去ってしまいました。
キリスト信仰の中の大いなる誤りは、たとえ熱心かつ誠実なる場合でも、直接にイエスの言葉に耳を傾けずにユダヤ教からの伝統的な解釈や政治的な解釈の上にイエスの言葉を解そうとする混乱とこじつけから生じるものです。教説の誤りのなかで最大なのは天国について、即ち最後の審判における来るべきものではないでしょうか。
イエスにとっては歴史的時間は存在していませんでした。常に現在があり、その今が問題だったのです。「今日の苦労は今日にて、明日のことを思いわずらうなかれ」、との言葉を必要としたのは、日々に染みついたユダヤ的歴史主義からの脱却を説かんが為ではなかったでしょうか。イエスは最後の審判の神話を語りました、しかし、それはコミユニケートさせるべき言語の制約上、ユダヤ的風土、言話習慣の中に教説が閉じ込められたからであります。
イエスの基本理念に従えば、最後の審判は個々人の裡においておとずれます。大洪水も嵐も、地の叫びもみな個々人においておとずれます。「その国をもて来るを見るまでは、それを味はぬ者どもあり」とは、長生きするの意味ではなく、生きている間に悟りに至るの意味であり、悟りのなかに永遠があるといいます。イエスの説くところは常に個人的時間であって、集団的、外的時間たる歴史や物理時間ではありません。個人的な時間の中で最後の審判の時はやってくるのです。
「神の国は見ゆべき状にて来たらず、・・・視よ、神の国は汝らの中に在るなり」。
ルカによって記されたイエスの言葉にイエスの思考の在り様が窺えます。
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第二章 イエスと神 ⇒ |
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