左右には夜闇に覆われた森。空には突き刺さりそうに鋭く細く、白い三日月。
僕は何かに導かれるかのように、胡乱な纏まらない思考と共に、だらだらと続く坂道を歩く。
何故こんなところを歩いているのかはわからない。
耳元を撫でる音がある。何処からか、遠くから、近くから、その音は絶え間なく聴こえる。
僕はその音に導かれるままに歩いている。それはとても人を惹きつけて止まない音。美しい音。音――というよりも寧ろ唄と形容されるべきなのかもしれない。音の何処からも拾える歌詞のようなものは無かったが、何故かそう感じた。
そして、強く思うのだ。この唄の元に行かなければならない、と。僕は求められている。
歩き続けているとやがて視界の隅に闇にありながらも淡く光る不思議な空間が見えてきた。その空間の中心には崩れ落ちた洋館がある。
恐怖心は無い。寧ろ恍惚としたような、快感に毒されたような、そんな感覚が気だるく僕の全身を包んでいた。
僕を導く音はいつの間にか消えていたが、僕の両足は歩みを止めようとしない。僕は自ら望んで唄の元に赴こうとしているのだ。
洋館の門は僕を招くかのように開いていた。
細く長い刃物のような三日月。星の瞬き。優しい光を放つ洋館。
洋館の庭には少女が嗤いながら立っていた。彼女は僕を嘲るように嗤っていた。
経帷子を連想させる白いワンピース。鴉の濡れ羽のように黒く長いそよ風に波打つ黒髪。華奢な身体。人形細工を思わせる整った顔立ち。
優雅な所作で彼女は僕を嗤う。ひたすらに嗤う。
僕は吸い寄せられるように彼女に歩み寄る。彼女はその艶やかな笑顔を少しだけ悲しそうに歪めて僕の身体を抱き取った。
彼女は何者なのか。僕は考えた。彼女の抱擁を受け止めながら考えた。
ずっとずっと考えているうちに、僕の身体は彼女の身体に吸い込まれるように縮んでいった。腕が無くなり、足が無くなり、胴が無くなり、僕はすっかり首だけになった。
彼女は僕の首を愛おしげに抱いて嗤う。首だけの僕も彼女に合わせて嗤う。
桜の樹の下には死体が埋まっていると云う。桜はその根にしゃれこうべを抱え、亡者を安んずるという。恨みつらみをすっかり吸い取って、花を咲かせて亡者を慰めると云う。
僕も彼女の足元で、もう一度ゆっくりと眠ろう。もう二度と迷い出ることがないよう、ゆっくりと。
彼女は桜。死体を抱いて嗤う。