「今日はこれについて君たちに教えます」
 穏やかな風貌の初老の教師が黒板に白墨で字を書く。
「これは、とても良くないものです」
 バン、と軽く教卓を叩きながら教師は教室を睨みつけるように見回した。

「君たちの中には、もしかしたらこれをやっている者もいるかもしれませんが、身体に毒です。一時的に気持ちが良いと思っても決して続けてはいけません。すぐに止めましょう」
「これをするとたしかに多幸感や満足感は得られます」
「ですがこれには習慣性と耽溺性があり、使用を中止すると激しい禁断症状を起こしてしまうため、乱用してしまう場合が非常に多いのです。また、慢性中毒状態になると感情が不安定になると共に、常時いらだち、不安感、妄想などを抱き、正常な判断力が失われてしまいます。更に不眠や食欲減退などをも引き起こし、その結果体調を悪くしてしまう事もあります」
「自分が少し弱気になっている時にこれを薦められたり、逆に好奇心からこれに手を出したりする人もいますが、それは絶対にダメです」
「一時の気まぐれでこんなものをやるもんじゃなかった、と全ての人が後悔するのですから」
 自分の経験でも思い出しているのだろうか。苦虫を噛み潰したような顔をして教師はしばらくの間黙り込んだ。
「君たち、わかりましたか?」
 教師は思い出したように我に帰ると、学生服の群れに厳しい視線を投げかけた。
 教師は思う。自分たちが彼ら若い者たちに、きちんとこれの知識を身につけさせておけば、好奇心でこれに手を出すような者はいなくなり、この国は良くなるだろう、と。

黒板には文字が一文字だけ書かれていた。

「恋」と。


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