ある日、特にやる事も無かったので近所の人気の無い池で煙草を吸いながら釣りをしていた。煙草を一本吸い終わり、釣竿をうっちゃって二本目に火を付けようとすると、運悪くその瞬間に魚がかかり、釣竿を池に引きずり込んでしまった。

 これはどうしたものかと考えていると、池の中が妙に明るく光ると同時に白い衣を着た女が目の前に出現した。両手には釣竿を持っている。
「私はこの池の女神です。貴方の落としたのはこちらの金の釣竿ですか、それとも銀の釣竿ですか」
「……普通の釣竿ですが」
 馬鹿な展開だなと思いながらも正直に答えると女神は予想通りにっこり微笑んだ。
「貴方は正直な方ですね。褒美にこの釣竿をあげましょう」
 童話と違い、女神がくれたのはただのぼろい釣竿だった。
「何ですかこれは?」
「この釣竿は人魚を釣る釣竿です」
「はあ」
「人魚というのは文字通り人の形をした魚であるわけです」
「はあ」
「一般的には伝説的な存在とされていますけど、川にも池にも海にもちゃんといるんです。これはそんな人魚をおびき寄せる釣竿です」
「はあ」
「人魚は陸に上がれば両足歩行になり、人間と変わらないようになります」
「はあ」
「はい、これ釣竿の説明書。それじゃ、頑張って良い女の子引っ掛けてくださいね」
 一方的にまくし立てると女神を名乗る変な女は池に戻り、僕の手には一枚の安っぽい藁半紙に一つの釣竿だけが残された。

 幸い俺は暇人で、いつでも時間はあった。
 まあこの際良い女でも捕まえてやろうと考えたので俺は久しぶりに海へ釣り糸を垂れているのだった

 暫くするとすぐに獲物はかかった。上半身は裸体の美女、下半身は魚身という珍妙な生き物。たしかに人魚だ。
 見事な裸身をことさらに強調し、俺に媚を売っている。迷う間もなく釣り上げた。
 こいつは良い魚を釣った。わくわくしながら家に連れ帰り、さて楽しもうと思ったところで危うく噛みつかれそうになった。
 何の人魚なのかと問いただしてみると今度はチョウチンアンコウの人魚であるとのこと。
 自分の身体を餌にして獲物を引き寄せ、食らいついた獲物を一飲み。そんなものは人間の女と何ら変わりない。
 早々に海に帰らせた。

 次の日は、何処かキツイ感じがするが矢張り別嬪な人魚が釣れたので案の定連れ帰った。
 さて、楽しもうという所で肌に触ってみると妙にザラザラとしていて心地が悪い。
 案の定サメの人魚だった。少しばかりもったいないとは思ったが、やはりこいつも海に帰した。

 またまた次の日。今度は川に行ってみた。川でも海と変わらず人魚が釣れたので家に連れ帰った。
 楽しもうと思ったがのらりくらりと巧妙にかわされて手が出せない。
 名を聞いてみると今度はウグイ。
 あの悪名高いネコマタギ。成る程、煮ても焼いても食えない曲者なわけだ。
 勿論喰えない女に興味は無いので海に帰してやった。


 更に次の日。今度はやけに可愛らしい人魚が釣れた。
 眼に涙を溜めて許しを乞う姿に心は揺らいだが、その裸身に気を取られ、結局吊り上げた。さて、はじめようという段にあんるとやけに嫌がるわ恥ずかしがるわで手が出せない。女は好きだが無理にするのは好みではないので困惑する。
 今度は何かと魚名を聞いてみるとオボコ。
 人魚とはいえ、初めてを無理矢理するのも悪かろうと思い、やっぱり海に帰してやった。

 更に更に次の日。
 今度はすんなりとベッドまでこぎつけられ、やっと満願成就かと思いきや、やけに淡白だった。
 反応も冷たい。冷たい女は俺は苦手なのだ。
 海に帰してやると特に未練も見せずに去っていった。そのサバサバしている人魚の名前が何だったのかは言うまでも無い。

 その後も、
 やけにつんつんしているハリセンボンやら。
 おじさんのオジサンやら。
 おばさんのオバサンやら。
 ロクなものが釣れなかった。人間の女と同じで人魚も欠点のある奴が多い。満足できる女なんてそう簡単には見つからない。

 仕方が無いので海や川は諦めて、釣竿を貰った近所の池に行った。
 そこで釣れた人魚は今まで釣った人魚達の中で特に美しいというわけでも無かったが、俺はもう十分に満足した。
 その人魚に恋をしたからだ。
 恋さえしていればどのような女性も素敵に見えるのだ。恋は盲目。あばたもえくぼ。
 その気持ちが持続していれば相手に不満も持つ事は無いだろう。
 恋心さえ手元に置いておけば人生はバラ色だ。

 だから俺は今ではそうして釣り上げたコイと共に、満ち足りた毎日を送っている。

トップへ