リゾート地バーデン・バーデンなどで知られる欧州屈指の温泉国。 医師の処方があれば、温泉(クア)療養の旅費や宿泊費の大半は保険が 適用されたが、96年に給付額が削除された 100ヶ所前後の温泉治療施設がある。温泉水の飲用療法も盛んで ミネラル水で有名なエビアンは、有数の高級温泉保養地でもある。
温泉を意味する英語「spa」の語源とされる南東部のスパ温泉は、 ローマ時代から名水の産地で有名。 古代ローマ時代の浴場の遺跡も多く、国内に200以上の温泉(テルメ)がある。 温泉泥を利用した美容ファンゴエステが盛ん。
ともに風呂好きの古代ローマとオスマントルコの影響を受けた。 温泉は135ヶ所。エプロン姿で湯船につかる独特の方式。 温泉の施設は元来少なかったが、ローマ時代に温泉保養地として栄え 浴槽「bath」の語源にもなった南西部のバース市に、大分県別府市の協力で 温泉施設の整備が進められている。
温泉は「カプルジャ」という。マルマラ海南西にある有名な温泉保養地 ブルサのほか、鍾乳石で有名なパムッカレやイスタンブール周辺のヤロワ などがある。 湿地の保護をうたった国際条約で有名な北部の町ラムサールは、ラジウム濃度が 世界で最高レベルの温泉が湧き、保養地としても知られている。
秦の始皇帝以来の歴史がある西安郊外の麗山温泉が代表的。 地方の温泉は皮膚病の療養が主体だったが、近年は 香港資本などによる観光開発が進む。 伝統的なサウナ「汗蒸」(ハンジュン)があるが、日本の占領時代に 温泉の開発が進められた。
先住民は「不老の泉」として温泉を信仰した。 近年は、ストレス解消や美容のため、都会を離れた土地に出かけて 温泉を楽しむ人が増えている。 約800ヶ所の温泉の約75%が標高2千メートル以上。スペイン征服時代には 使われていなかった温泉が、近年は観光資源として脚光を浴びている。





会社の慰安旅行やお友達同士で温泉地へ一泊し熱いお湯に肩までつかり 山海の料理を楽しむ。 日本の温泉街ではよく目にする光景ですが世界的にはどうでしょうか。

欧州の温泉には、宿泊、娯楽施設が整備されている場所も一部ありますが、 多くは長期滞在の療養、保養向けです。

温泉をめぐる地域差は文化と密接に関係しているという説をとってみると
「熱湯浴」熱い湯を満たした深い浴槽につかる(日本と東アジア)
「熱気浴」乾燥した熱い空気を室内に満たして汗をかく(アラスカ、ロシア、韓国)
「熱気、蒸気浴」熱い蒸気を使う(北欧、北米先住民族)
「冷水、温水浴」水着でぬるいお湯に長時間つかる。(欧州)

外国には温泉に含まれる成分の効能を生かす飲泉も盛んで専門の医師が 治療に適した温泉を選び、クアハウスの利用に医療保険が適用される 公的制度もあります。
日本にも温泉病院がありますね。米国ではストレスが多い現代人向けに下界 との接触を絶ち減量や禁煙、精神の疲れを癒すコースを備えた施設が増えています。

日本の風呂好き=温泉として「明治以降の富国強兵策が密接に結びついた要素が大きい」説では 銭湯がいくらでもある江戸の町を除けば、入浴を好む習慣は費用がかかることもあり 人口で多数派の農民には江戸末期まで一般的ではなかった。

明治に入り徴兵制が採用されると旧軍が温泉を医療に利用することを 考えていたこともあり、湯船につかる習慣のなかった地方出身の若者も 兵営での生活をきっかけに入浴するようになったという。

軍施設周辺には、歓楽街もできた。除隊後の兵士らが 遊興とついになった温泉観光を普及させるのに一役買った可能性が 高いのではないか
戦後の高度成長期に、この習慣が形を変えて会社組織にまで 持ち込まれた。 日本の温泉観光は、快楽の装置として集団を維持する機能を 果たしてきた面が強いという

あれはいつごろまでのことだったか忘却のかなたですが 温泉といえばおじさん達がが行くものだった。 屋台も酒場もまともな女ならけっして足を踏み入れる 場所ではなかったし、仕事の延長でお付き合いをする場合でも 飲める口の人も飲めぬ振りをしジュースでしたね。

女性の心を射止めなければ温泉街は存続があやしくなっています。 よい湯とよい部屋よい料理。そして適正価格。 もっともっとのお客のわがままに応じるのもしんどいものでしょう。

はじきだされたおじさん族は快楽の装置を求めアジア方面まで足を伸ばし 新聞沙汰となっています。
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