ハイブリッド社会の続編
 



必然的時の流れ

● それは、商品経済の“商品„が創りだすメカニズムに従った流れです

● それは、「99%と1%」の超格差社会という墓場に向かう流れです

● それは、「自給の力」を借りたハイブリッド生活への新たな流れです

● それは、「自己止揚」して崇高な未来社会へ向かう流れです

19世紀までの資本主義商品経済は、今日とは状況が違い人力に頼ることの多い非効率生産という事もあり、低賃金、長時間労働という過酷な労働条件の中で搾取という言葉が似合う環境であった。
20世紀の始めに自動車の大量生産に成功した米国へンリー・フォードは、商品を大量に生産し、流通する中で利益を得ていくという今までの資本主義とは一味違ったフォーディズムを考案し、米国は世界の覇権を握ることとなった。その根底には、化石燃料の固体石炭から液体石油エネルギーの大転換を見逃すことは出来ない。
日本は45年の敗戦後、50年代半ばから米国のフォーディズムに習い経済の繁栄を齎し、GDPは80年後半にドイツを抜いて世界第二位となった。
しかし、90年のバブル崩壊と共にフォーディズムのメカニズムは壊れ、企業は海外流出を加速させ、経済の収縮の道を歩き始め、2012年にはGDPで中国に抜かれ、さらに混迷を深めている。
さらに言えば、その間政府は黙って見過ごしていた訳ではない。
税金を使った公共投資は単なるカンフル剤でしかなく「来年になれば景気は良くなるだろう」という繰り返しをしながら相変わらずの公共投資に明け暮れ、財政赤字は膨大となってしまった。
それに懲りずデフレ脱却という名目のアベノミクスなる政策は、今までにない膨大な公共投資と異次元の金融緩和は、円安株高で一部の輸出企業と一部の人間たちは恩恵に預かったのかも知れない。
しかし円安は、原油の高騰と国民食糧の70%以上を占める輸入食品の高騰に繋がり、大半の多くの国民はさらなる消費税増税で困窮を深め続けている。
こうして観てくると、バブル崩壊後の産業構造と商品経済の何かが狂い始めているのではないか。
そして成長という幻想の呪縛から抜け出せず、「格差と貧困」の道を歩かされている。
何故なのか、商品経済の“商品”が創りだす二つのメカニズムの解析と二つの生活様式の違いを解析してみ
なければ、真の回答は得られないのではないか。
☆商品経済の二つのメカニズム
一つは、 フォーディズムのメカニズム
フォーディズムとは、商品の大量生産、大量消費、大量廃棄型の商品経済で、商品を「大量に生産し」
「賃金を上げて」「消費を喚起し」「利益を得ていく」という四つのプロセスから成るメカニズムです。

このメカニズムが成り立つためには、需要>供給という絶対条件が備わっていなければならないのです。そしてこのフォーディズムのメカニズムは、90年のバブル崩壊と共に需要<供給で「賃金減少」と「消費減少」という二つのプロセスが壊れ始めたという認識が今の混迷した社会を知るうえで重要です。
二つは、 “商品„自ら生む「格差と貧困」のメカニズム 
商品経済の生産と流通と生活の根底に流れているメカニズムで商品は「商品間の格差が生まれ」「格差は競争を生み」「競争は貧困を生む」というプロセスから成る「格差と貧困」のメカニズムです。
この「格差と貧困」のメカニズム、これを言い換えて商品経済の「負」のメカニズムは、普段私たちが商品を通して生活している中で自然に働くことになります。
このメカニズムは、商品経済の根底に流れている原理レベルの問題で“商品„自ら生む「格差と貧困」のメ
カニズムに従って、「99%と1%」という貧困の超格差社会に向かって
歩かされることになる。
私の心の奥底に蟠っていた、これ程までに生産技術が高度に発達した先進国と言われる国々が、なぜ皆一様に財政赤字と高失業率を創りながら「99%と1%」という貧困の超格差社会へ向かって歩かされるのかという事が、このメカニズムを見出すことで解けてきた。
原因が解れば、解決の方向性は自ずと生まれてくるのではないか。「99%と1%」という超格差社会の代表的社会がフォーディズム創業総本家のアメリカ社会で、1%という富裕層が99%の貧困層の90%の資産を有している国です。経済の事は市場に任せておけばいいという市場経済主義も国民の税金を使って維持しなければならないという「政治と企業の癒着構造」が出来てしまった。
経済は、生き物であり複雑で難しいのだと言われているがしかしそれは、経済の表面現象を捉えて自ら難しくしているに過ぎない。商品経済が成り立っている商品の根本をよく見つめることなのではないか。
その商品の根本には、きわめて単純で一定方向を向いたメカニズムを創りだしていることが解ります。
それが”商品„自ら生む「格差と貧困」のメカニズムです。
私たちは今、商品経済の二つのメカニズムで運命づけられ、99%の大半の人間たちは“成長の幻想と貧
困„のジレンマに貶められていることになる。
これが商品で生活している重大な問題で、商品の魅力と魔
力で人間は商品の虜となり商
品の奴隷となる。
本来ならこの“商品„のメカニズムに従った流れに恐れ、戦き、わめき散らさなければ
ならないのだが・・
フォーディズムのメカニズムが壊れた中でも日本を始め先進国の政治や商業主義に走るマスメディアは
国民を誤魔化し続け、税金を使った経済成長を唱え続けなければな
らない何かが存在するのです。
一つは、大量生産、大量消費商品経済以後の仕組みが見えてこないが為の方便です。二つは、1%とい
う一部の人間たちが豊かになる為の方便です。
三つは、国民の財産を吸い上げる為の方便です。それが、
彼らが言う「来年になれば賃金が上がるだろう」とか「来年になれば景気が回
復するだろう」等と国民
の弱みに付け込んだ幻想の押しつけであり、経済成長の本質で
す。最早、フォーディズムのメカニズム
が壊れたことによる商品経済の成長と99%の国民
の豊かさとの因果関係は存在しない。それどころか
国民の財産を吸い上げる「政治と企業の癒着構造」が出来上がっている。
それが、無駄な公共事業であ
り、消費税増税であり、お金の価値を下げ物価上昇に繋が
る異次元の量的金融緩
和であり、民間企業への規制緩和であり、TPPです。
☆二つの生活様式
二つの生活様式の解析は、商品経済が行き詰まり、”商品„自ら生むメカニズムに従って「99%と1%」
という貧困の超格差社会への流が加速しているこの時期に重要な問題
となっている。
⇒ 一つは、フォーディズムが産み落としたとも言える労賃生活様式です。労賃生活は、「労働をし
て」「賃金を得て」「商品を購入して」「生活する」という四つの
プロセスから成り立っているメカニス
ムです。
労賃生活様式には四つの機能が存在します。
  ① 格差機能
  ② 競争の働く機能
  ③ 二重の搾取機能
  ④ お金に利子の付く機能
これらを商品経済の四つの欲望機能と命名します。この四つの欲望機能が通常の商品を介在した生活の中
で「負」のメカニズムに従って、
自然な形で貧困の超格差社会へと歩かされることになるというのが労賃生活の特徴といえる。
そしてもう一つは、労賃生活の「労働をして」というプロセスの中に、人間の尊厳に関わる重大な問題が
潜んでいるのです。
それは、「労働をして」「賃金を得る」ということは、人間が労働力という商品を売
って、
賃金を得ることです。(これは、肉体的労働も知的労働も同じことです)つまり、人間から労働力を
切り離すことは出来ないのですから、労賃生活をしている限
り知らず知らずのうちに人間が商品化されて
いるという事になります。
商品経済の最大の悲劇、それは人間を商品化してしまうという所以です。
19世紀ごろまで行われていた欧米の奴隷制度と同じように21世紀に入った今も人間がお金(賃金)で売
り買いされているという構図です。
これが今、私たちが生活している労賃生活という構造的実態です。
⇒も一つは、先祖たちが何千年何百年と培ってきた自給
生活様式です。
自給生活は「労働をして」「生活する」という簡素な生活様
式です。
自給生活様式には、協同協調の基に三つの機能が存
在しています。

  ①人間の欲望を調整する機能
  ②人間の信頼関係を蘇生する機能
  ③文化的自由時間を生み出す機能
そして、社会を持続的に発展させる四つの要素が存在してい
ます。
  ①人間生活を律する「協同協調」
  ②競争を生み出す「商品からの離脱」
  ③二つの矛盾した概念を一層高い段階で調和統一する「自己止揚」
  ④人間の安全を保障する「相互扶助」以上自給生活に含まれる三つの機能と四つの要素を「自給の
力」と表現します。 
「自給の力」には、民主主義の根本が詰まっていると言えるのではないか。
イヴァン・イリイチが説く、自給生活とは「自分たちの生活は自ら生きる場を創りながら生活するあり
方」、この中に民主主義の根本が詰まっていると言えるのです。
自給は食だけではない、エネルギーや生活する環境も自分たちで創るのが基本なのです。
労賃生活と自給生活の大きな違いは、生活に“商品”の介在の有無といえる。
こうして商品経済の二つのメカニズムの特質と二つの生活様式の違いを見てくると、今私たちが生活し
ている商品経済という社会がどのような社会なのか良く理解でき、
政治やマスコミに取り込まれた成長
は、国民の財産を吸い上げる「政治と企業の癒着構造」
が作り出す幻想の政策に過ぎないという事が見
えてくるのではないでしょうか。
       
 
☆では、どうすればいいのか!
商品経済のメカニズムという視点から見ても、人間の欲望を増殖する労賃生活様式という視点から見て
も文明をエントロピイの法則という視点から見ても、また文明を“生„のプロセスという視点から見ても
資本主義商品経済の制度疲労は限界にきており、世紀末に似た人間の欲望のみが現われ、マネー化した
お金が世界を折檻し、コントロール不能な社会となっている。

この流れは、バブル崩壊後の20数年間が表わしているように、政治家たちがどのような経済成長政策、
例えばアベノミクスのような国民の税金を使った膨大な公共投資と異次元
の量的金融緩和策を施したと
しても財政赤字と失業者が増え続けるだけで
1%という一部の人間だけが裕福になり、99%の大多数
の人間たちは貧困の超格差社会
へ向けて歩かされることになり、遺憾ともしがたい状況となっている。
何れにせよ今生活している大量生産、大量消費、大量廃棄という商品経済のフォーディズムのメカニズ
ムが壊れてしまったのですから、新たな仕組みを創る以外99%の人間たち
が救われる道はない。
  どうすればいいのかという答えは“商品”そのものに
よって矛盾が起きているのですから、「自給の力」
を借りたハイブリッ
ド生活で”商品”から少しずつ離
れながら自己止揚して新たな仕組みを創っていく以
外に
ない。こうした方法であれば、時間が掛かるよ
うに見えるのですが社会を混乱させずに、新たな

会の仕組みを成熟させながら着実に自然な形で未来
社会が創られていくのです。
☆労働市場の減少
ここで労働市場の減少と産業構造の変化という視点で少し時間を割いてみます。
グローバリゼーションは国際的価格競争を激化し大企業は低賃金労働と商品の需要を求め海外へ流出し
ているという現実
それに伴い日本の20分の1、30分の1という低賃金で同品質の部品が出来る下請
け構造が海外で完成しているという現実
つまりこの現実は、フォーディズムで繁栄してきた集中生産型
の輸出産業のあり方は日本を始め先進諸国においては最早構造破壊を起こしているといえる。

商品経済のフォーディズムのメカニズムが壊れた中での成長政策は、何回も述べているように産業の構
造転換をしない限り、も一つの「格差と貧困」のメカニズムの働きによって国が破綻に向かうという事
を国民は認識しなければならない。
そしてそのことは、先ずエネルギーの独占的集中生産型産業構造から自然エネルギー、再生可能エネル
ギーの分散型産業構造へ転換しなければならない問題でもある。
こうした流れをそこで利益を得ている
1%という一部の人間やマスコミの誘導で経済成長
という幻想の一言で国民を思考停止状態に陥らせ、
利権をむさぼっている。
幻想に惑わされずに、今までの生活のあり方、仕事の仕方を変えていかない限
り何時まで経っても低賃金と高失業で苦しめられ、貧困に追い詰められる構図は変わらない。
労働市場
の減少は仕事をシェアし、賃金の不足分は「自給の力」で補っていくというハイブリッド生活のあり方
に変えていく必然性が商品経済の構造の中に今芽生えてきていると言えるのではないか。
つまりこれか
らの社会のあり方は、生活の多様性、働き方の多様性、産業の多様性、エネ
ルギーの多様性を求めて動
き出さなければならない時代です。
エネルギーの転換が産業の大転換となり、その都度社会が繁栄し、
人間の生き方も変えて
きたという歴史。
反原発運動が危険だからという問題だけではない、エネ
ルギー産業の大転換が地域産業へ
の大転換となるまさに
分岐点の闘争であるという認識が重要となっている。

そして自然エネルギー、再生可能エネルギーへの転換が
地球にやさしい地域産業と人間
にやさしい社会環境とい
う「自給の力」を借りたハイブリッド社会へと流れてい
く重要な
問題でもあるのです。原発のエネルギーは、3
・11で「安全神話」は壊れ、エネルギーの独占的集中
生産のあり方は今や生産負荷を大きくする時代遅れのも
のであり、トイレのない原発は、何十万年何百万年も後
世にその危険を残すことになる
 
労働市場の減少は、産業の構造をも変え、生活の構造も変えざるを得なくなっている。ハイブリッド生
活のあり方は、人間の多様な働き方、生き方また地球を守るという視点からも最早、必然性を帯びた流
れとなっております。
☆社会の仕組みを変えるには、二つの視点が必要だろう

⇒ 一つは、政治の民主化という視点
議会制民主主義制度の下で、生活を守る、民主主義を守る、平和憲法を守る、という国民の意識と民主
的政治家の議席確保は重要です。
経済が悪化すれば政治は右傾化しナショナリズムが台頭すると言われ
るように
安倍自公政権の「戦争前のめり」政策は、戦前の富国強兵政策を再現させる目に余るものがあ
る。
それは、参議院選挙で公約すらしていない特定秘密保護法をゲリラ的に決め、武器輸出三原則に風穴を
開け、天皇陛下も参拝できないでいるA級戦犯を祭った靖国神社への参
拝は近隣諸国との緊張を高め、
同盟国アメリカからも「失望」される始末。
今年に入り、集団的自衛権の行使容認、平和憲法までも変
えようとしている。
こうしたファッショ化した政治家が多数を占め、国民に美辞麗句を並べ立て戦前回
帰政策を計る勢力が常に存在するという事は、民主主義を求める政治家の議席拡大は重要な視点です。

しかし商品経済の原理レベルでの変革という視点は、政治の民主化という視点だけでは難しい問題があ
るのではないか。
  ⇒それがもう一つの「商品からの離脱」という視点
政治権力には政治の質を変える力学は存在するのだろ
うが、商品経済の根底を変える因果関係は存在してい
ないのではないか。

例え替えることが出来たとして
も、政治家や政治権力が商品経済の形態や生活の形態

を変えることは、今までの歴史が示す何々主義という
単一思想に取り込まれ、
また元の鞘に収まるという出
口のない改革となるのではないか。
それは商品経済の中で利益を得ている1%という人間達には好都合の事で、先の見えない今の政治の行
き詰まりを創りだしていると言えよう。
つまり、資本主義商品経済の改革には、政治の民主化という視
点と「商品からの離脱」
という二つの視点が存在してなければ、本当の意味での改革とはならないので
はないか。
お金と商品から離れる方法は、二つあるだろう。一つは、賃金が減少し商品を買うお金が無
く、貧困で離れていく方法
もう一つは、自分でモノ(食べるモノ、エネルギー、地域環境、地域通貨等)
を創り
お金と商品から「自給の力」で積極的に離れていく方法です。 
HPハイブリッド社会にも記述しましたが、商品には「善」「悪」という二つの商品があるのではないか
という事を述べました。
一つは、お金本来の通貨の介入した「善」ともう一つは、増殖するお金の介在
した「悪」という二つの商品です。
しかしどちらも商品であることには変わりはく、どうにでも動く問
題でもある。
「商品からの離脱」という視点は、10年前であれば何を馬鹿なことをと一瞥された、し
かし現在では興味を引く人たちが多くなってきたことは間違いない。
そして5年後10年後はどうか、
商品経済のメカニズムに従って興味だけに留まらず積極的に行動に移していかなければならない人たち
が増えていくことでしょう。
「自給の力」には、先にも述べましたように、社会を
持続的に発展させる四つの要素が含んでおり、「格差
と貧困」のメカニズムを少しずつ薄め、成長という幻
想の呪縛から解放され、自分の力で人間本来の生活を
取り戻し自分の力で崇高な未来社会を描き、創ること
が出来るのです。
「自給の力」にはそうした力が備わ
っているのです。

日本にもそうした文化が“江戸の文化„として立派に存
在していたのです。
 
江戸の文化については多くの著名人達が書籍を出されていますので、江戸の先人たちの知恵と功績を学
ぶことも重要なことでしょう。
こうした話になると、近代化と効率に洗脳された人間たちは必ずと言っ
ていいほど、そんな貧しい時代に戻るのかと言うだろう。
そうした人たちは、「自給の力」の三つの機
能と社会を持続的に発展させる四つの要素を理解されることがいいのではないか。
資本主義商品経済の
限界論や諸現象の矛盾を論ずる書籍は多いが、
商品の持つ原理面、即ち商品の持つメカニズムという側
面からの考察は私の勉強不足もあるがあまり見当たらないと言える。
つまり商品経済はどの様な力学が
働き、どの様なメカニズムが働いているのか
特に商品経済のフォーディズムのメカニズムは20世紀の
人間たちを一時的に物質的に豊かにし、最終的には人間たちを「格差と貧困」の道へと追い込んでいる
という現象をどのように理解するのか。
この商品経済の二つのメカニズムの解析が21世紀の新たな未
来社会の仕組み創りに大きな影響を与えるのではないか。
☆最後に
商品経済の根底に流れている“商品„自ら生む「格差と貧困」のメカニズムに従って、アメリカ型の「9
9%と1%」という貧困の超格差社会へ向かって必然的に流されていく、
この流れは誰がどう弁解され
ようとも商品で生活している限り従わざるを得なくなってい
る。そしても一つ重要なことは、商品経済
の二つのメカニズムの理解と二つの生活様式の違い
を知ることは、経済成長政策が如何に政治やマスメ
ディアに踊らされた幻想であり、国民
の弱みに付け込んだ99%の財産を吸い上げる言葉の凶器となっ
ているかということが理
解できたのではないでしょうか。
  「格差と貧困」のメカニズムは“商品„自らが創りだし
ているのですから「商品からの離脱」
という機能を持
つ「自給の力」を借り、ハイブリッド生活で穏やかで
はあるが熟成させな
がら少しずつ商品から離れるしか
ない。
その社会とは、1%という人間だけが豊かにな
る社会とは違って、99%というみんなが
豊かになっ
ていく共生社会を目指すことになるのです。

「商品からの離脱」と言えば、すべての生活が商品で
生活するこの世の中にあって極端な響きを覚えるのか
もしれない。
しかし、無理な説得や説明は要らないのかもしれないが、商品の持つ意味を知っておく必要はあるので
はないか。
何故なら、そんなに遠くない2年後、5年後、そして10年後と順次格差と貧困が否応なし
に進み、今とは違った感覚で受け止めざるを得なくなる状況が創りだされてくるからです。

その時99%の私たちは、本当に考えだすのかもしれない。
今私たちが五感を研ぎ澄ませば、21世紀社会の根底に流れる二つの潮流を覘くことが出来るのではな
いか。
一つは、「99%と1%」という貧困の超格差社会の墓場に向かう潮流二つは、「自給の力」を
借りたハイブリッド生活で自己止揚して崇高な未来社会へ向かう潮
流です。
この二つの流れを”必然的時の流れ”と言わずして、何と言えばいいのであろう・・・
  ハイブリッド社会の提案

小 貫 昭 男