車の免許取得は遅く、33歳のときの昭和47年8月2日だ。
昭和47年、年が明けてから友達のE君が自動車学校に行き始まった話を聞いたので、
自分も取ろうと思い、たしか昭和47年1月31日上尾自動車学校に入学したのだ。
仕事が終わった後、自転車で行くのだ。この学校には、女性の教官が2名いた。
自分より少し若いボーイッシュな方と、自分より少し年上の奥様?タイプの方だ。
第1段階
どうもクラッチのつなぎがうまくいかずたびたびエンストした。
ある日、若いボーイッシュな教官に当たった。その時”クラッチのつなぎ方が早い”と
左太ももをたたかれることもあった。
そんな事で2時間オーバーした。
第2段階
ここでも確か1時間オーバーした。
第3段階
この段階の教習途中で教習所が上尾市の東のはずれに移転することになり
1ヶ月休校になった。新教習所が開校になったとき、コースが変わったため1時間は
サービスで乗れた。この3段階目ではうまく行き時間内でパスした。
この年の4月から学科試験が100問式に変わったのだ。幸い教習所の学科試験も
仮免許試験も一発で合格した。
第4段階
第4段階は路上だ。最初の1時間目のとき、小雨の日だった。運転席の窓が少し開いて
いたので閉めた。
するとしばらくしてからフロントガラスが曇り始めたのだ。
前が醜くなったので右手の平でガラスを拭いた。教官に怒られた。
”何をしている! 窓を閉めるからだ! ”とやられたこともあった。
2時間目、例の奥様の教官にあったたのだ。7月始めごろだったか暑い日だった。
一寸ゆるい登りの坂道だった。突然ハンドルを握っている左腕に
抱きついてきたのだ。”へび!へび!・・・”と叫んで。
へびが車の前を横切ったのだ。
3時間目のときだったか、坂田の17号に左折で入る信号の所で、
教官が何か言ったのだ。止まれと聞こえたので止まったら怒られた。
”なぜ止まったのだ!” と。
自分は黄色になったので止まれと聞こえたので止まったと言った。
それからは教官黙ったまま何も言わず教習所に戻った。
心配したが、見極め印を押してくれたのだ。ほっとした。
第5段階
2時間目比較的若そうな教官だ、走り出すとすぐに時計をはずして何か始まった。
そのうちに、”スピードを落としてゆっくり走ってくれ”と言う。
何事かと思うと体を曲げて足元を何か探している。バンドの留めピンを落としたのだ。
しばらくして今度は、”事務所の近くに来てからそこで停めてくれ”と言うので
停めると、”時間まで一人で走れ”、”時間がきたらここに来てくれ"と言うのだ。
まだ時間まで20分もあるのだ。教官なしで一人で走ると、
すれ違う他の車が皆見るのだ。当たり前だよ、ルール違反だもの。
しかし時間までコースをぐるぐる走った。
坂道、一時停止、S字、クランクと。事務所のところで止めると、
”判は押しとくけどもう1時間乗れよ"と言って見極め印を押してくれた。
1時間少ないのに判をもらったのだ。ラッキーだ。当然練習しないで、
本験を受けた。見事一発で合格した。
大宮の免許試験所
8月2日。暑い日だったが、94点で合格だった。一週間後?待望の免許証が来た。
8月14日夏休み。友達H君から車(スバルのF-1?とかの1400CC)を借りて茨城県の
阿字ヶ浦に海水浴に一泊で家族とドライブに出かけた。
教習所では、クラウンのFRで3段コラムシフトだったが、
この借りた車はFFで4段フロアシフトだ。ハンドルにも、
ミッションにも慣れないためか、帰り道、結城で50号から左に曲がる時に
スピードが速すぎて回れきれずに大回りした、ひゃ!としたが、
先頭にいたのはバイクだった。バイクの人が体とバイクを倒して
避けてくれたのだ。
以上が、自動車運転免許取得の思い出だ。
昭和48年3月購入、色:メタリックブラウン 型式:N510
No.は、埼56 さ 63-88
車台番号:PN510-00473、メータ37,000〜61,000Km、 走行距離:24,000Km
免許取る前はどうせ車なんて買えないからと思い免許を取らなかったのに、
免許取ると車が欲しくなった。中古車を物色して最初に買ったのが、BLUEBIRD DXだ。
この車は、昭和45年型の車検が切れていた車で1400ccの3段コラムシフトのFR車だ。
メーターは37,000Kmと、結構乗っていた車である。
2年で約40,000乗った車、エンジンは快調である。
教習所のクラウンと同じ3段コラムであったので乗りやすかった。
一応デラックスと言うグレードであったが何がデラックスだったか覚えていないが、
足回りが4輪独立懸架で乗り心地とコーナーリングが良かった。
3段コラムは日光のいろは坂などにはぴったりの車だった。2速でぐんぐん上り
快適であった。
また、高速道路で90Km/hで振動音が大きくなり、110Km/hを超えると静かになるのだ。
非常に気に入った車だった。
名車と言われた510が、この当時の1600SSS である。2年前箱根の十国峠を
ドライブしていたらこのSSSが30年前の姿で走っていた。
あのSSSのエンブレムが、後姿が、かっこいいのである。
しかしタイヤがはみ出していたのは頂けないが・・・
昭和53年2月購入、色:シルバーメタリック 型式:E-P811
大宮 56 ち 51-54
登録 S53-2-23 〜 S59-11-12
車台番号:P811-00286、走行距離: 135,000Km
昭和52年の秋Zエンジンが開発され1600や1800GLが発売されたが、
1800SSS は次の年の1月に発売された。
このZエンジンは、高性能&低燃費で2プラグ急速燃焼方式で53年の
排気ガス規制をクリアしたエンジンである。
ですから4気筒エンジンであるが8つのプラグが付いていたのである。
早速購入した。発売を待っていたのだ。5速フロアシフトで4輪独立懸架である。
5月の連休にはひとりで房総半島を一回りしたり、8月の夏休みには、
子供と女房を茨城の実家においてこれまた一人で6号を北に向かって早朝出発した。
7時すぎごろ相馬郡**と言うところでネズミ捕りに引っかかった。
がっかりしながら鳴子温泉を目指して走った。
次の日の朝、これまた早朝おにぎりの朝ごはんで大雨(台風だった)の中を
天童、山形と南下して、5色沼目指して走った。
途中エアコンが不調になり困ったこともあった。
このエアコンはデスカウントショップで後付したものであとでリレーを
交換したが、リレーの取り付けてある所をたたくとショックでエアコンが
入るのである。などなど・・・
昭和55年4月柏市の工場に転勤になった。車で通勤した。片道丁度50Kmである。
1年で2万5000Km走るのである。エンジンオイルにモリブデンと言う添加剤を
入れたり、高圧ケーブルを性能がよくなる?と言うケーブルに交換したり。
プラグを交換したり、とにかく車をいじるのが好きだった。
70,000Kmぐらい?の時、後ろのショックアブソーバーがへたって来た。
ガスが抜けてきたのだ。この時は、スカイラインと共用のGABと言うメーカーの
手動8段切替え式のショックアブソーバーを買い自分で交換した。
これが大変なのである。
下にもぐって取り外したり取り付けるのはいいのだが、ショックを交換するのに
あの太いバネを圧縮させなければ交換できないのである。
その工具は友達から借りることができたが、車検の時はまた元に戻すのである。
8段切替であるのでいろいろテストしたが「目盛 2」が少し硬くてよかった。
「目盛 4」にすると硬すぎてタイヤの内側が減るのである。
87,000Kmぐらいの時の会社の帰り道、ライトが暗いのである。
だんだん暗くなるのである。
バッテリに充電していないのだ。ライトをスモールにして、走った。
前から自転車が来ると懐中電灯をつけて窓から出して走った。
対向車とすれ違うときついにエンストした。
クラッチを踏むとエンジンの回転数が落ちるのでエンストするのだ。
ケーブをつないで助けてもらったがしかし、伊奈町の羽貫の信号で
またエンストだ。
この時は、タクシーの運転手2人に押してもらって駅構内の隅に寄せた。
そして、タクシーで自宅に帰り予備のバッテリを持ち帰り交換したこともあった。
この車は、135,000Km乗った。この頃は100,000を越えると
メーターが0に(新車?)なるのだ。
上の写真のホイールは、ロナール製で 14X7Jのオフセット10のお気に入りで
14"あったが、205/65R14のタイヤを入れてスカイラインに乗り継いだホイールである。
昭和59年11月12日購入、色:ダークブルー 型式:E-P910
大宮 59 ぬ 5760
登録 S59-11 〜 S63-4: 11,400〜97,550Km
車台番号:P910-140496、走行距離:86,100Km
140,000Kmも乗るとSSSが飽きてきたのだ。しかし、ブルーバードは
FF車になってしまった。後輪駆動のマニアル車がないのである。
仕方なく中古車を物色した。1800SSS-Eの濃紺の車だ。
なぜかこの車に関して記録も記憶もない。次の車まで3年乗ったはずであるが。
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昭和63年4月購入 色:クリスタルホワイト 型式:E-FJR31
登録 S63-3-30 〜 H2-12 車台番号:FJR31-060800、走行距離:71,500Km
(手元の適当な写真がないのでカタログのものである)
ブルーバードも飽きてくると、次に乗る車は、FRの5速マニアル車となると
スカイラインしかない。2000ccに乗りたいが毎日通勤で100Km乗るので
経済的に1800ccとなってしまう。選んだのがこの車、4ドアセダン1800EXCELである。
この車は、当時のサニーを一回り大きくしたような車である。
サニーには乗ってないが、足回りが構造的に同じなので同じ乗り心地ではないか?
と思うのである。とにかく今まで乗りなれた4輪独立懸架ではないのである。
前輪はストラット式で独立4輪懸架であるが、後輪は5リンク式でパーナルロッドを
装着している。
そして、エンジンは直列4気筒のプラズマ-CA18Sという、電子制御キャブレター
(ECC)を採用したコンピュータ制御つきエンジンである。
平成2年12月購入 色:グレーメタリック 型式:E-FR32
大宮 54 ま 51-55
登録 H2-12-27 〜 H4-3-3 車台番号:FR32-011673、走行距離:33,300Km
(これも手元の適当な写真がないのでカタログのものである)
次の車もスカイライン1800ccである。ただこの1800GXiは、2000cc車と外観構造とも
ほぼ同じでうれしいことに4輪独立懸架にななり、またテールランプも
丸型4個方式になったのである。
また、エンジンもCA18iと変わり、出力・トルク共アップしている。
この車の思い出は、あまり書きたくないが平成4年3月3日に運転席の横前側と
小型4輪トラックとが喧嘩して、全損廃車、入院、1ヶ月の免停と
忘れられない事だけが残っている。
またこの車は、魔の51-55と覚えている。この事故以来グレーや暗い色の車に
乗らないと決心した次第である。
平成4年4月購入 色:シルバーメタリック 型式:E-HR32
大宮 77 つ 23-83
登録 H4-4-7 〜 H8-3 車台番号:HR32-120732、走行距離:102,500Km
(これも手元の適当な写真がないのでカタログのものである)
やっと待望の2000cc車である。この頃スカイラインも2500ccが新しく加わりスタイルも
かっこよくなってきた。もちろん、5速マニアル車である。
そして、エンジンは、RB20EのOHC・6気筒で無鉛レギュラーガソリン車である。
タイヤはアルミホイールの205/60R15を入れたが、純正アルミホイールは丈夫であるが
バネ下荷重が重くて、好きにはなれなかった。
平成8年4月購入 色:シルバーメタリック 型式:E-HR33
大宮 34 す 11-30
登録 H8-3-21 〜 H15-1-28、 走行距離:96,800Km
この車も2000ccの5速マニアル車である。この頃は、2000cc車ではGTSという一番
グレードの低い車だけしか5速マニアル車が選べないのである。
そして、エンジンは、RB20EのSOHC・水冷直列6気筒で無鉛レギュラーガソリン車である。
非常にアイドリング時の音が静かで振動が少ないエンジンである。
この頃から、運転席と助手席にエアバックが全車に装着された。
タイヤは今回はスチール製の185/70R14の標準仕様とし、自分でブルーバードの時の
お気に入りのロナール製 14X7Jのアルミホイールに、205/65R14のタイヤを
履き替えたり、ヨコハマのアルミに195/70R14をはいたり、さらに、
頂もののブリジストンの205/60R15を履き替えしたりして乗りまわしたものである。
パソコンの電源はDC19Vであるが、クルマの電源はDC12Vでも、出力は15Vぐらい有り
直結のコードを作りパソコンの電源として利用もした。(ちなみにパソコンは、
SAMUSUGのSENS Pro 600のノートで、Win98で有る)
さらにポータブルのカーナビを自分で取り付けし楽しんだ車である。
この車は、故障と言う故障はなく3年目の車検の時、前輪のショックアブソーバーを
10万Km以内のため、無償で交換した程度である。
因みにメーターは、70,700Kmであった。
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平成15年1月購入 色:ホワイトパール(3P)特別色 型式:TA-WRY11
大宮 501 た 9*-*0
登録 H15-1-20、 車台番号: WRY11-300443
スカイラインGTSも7年近く乗り車検も近づき、またメーターも96,800Kmとなり
ショックアブソーバのガスが抜けてきたようで、振動が多く遠乗りすると疲れる
感じがするので、この辺で実用的なワゴンタイプにしようかと、また、
車庫もスペースも大きくないので、5ナンバーのウイングロードに的を
絞って検討を始めた。
仕事の方は退職して車の通勤もなくなったので、デザイン的には今一だが、
ステイタスを語らず、気軽に走れて、何でも積めるベーシックなクルマ。
自分で買って、自由に使う。まさに「メタルのオモチャ」。
The Metal Toy。ウイングロード、とうたった。ツインカム2000ccのZX
と決めて、平成15年1月4日、年明け早々日産プリンスに打合せに行った。
そして、その日の夕方自宅にいい値段を持ってきたので決めてしまったのだ。
このウイングロードには、エアロタイプと普通タイプと2種類あり
2WDが、2000ZXと1500X,S,Gの4タイプ、4WDが1800X,S,G(Gは普通タイプのみ)
3タイプと合計13タイプが用意されている。(なんか日産のPRになってしまったが)
ここで初めて、前輪駆動のオートマチック車にのることになったのだ。
オートマチック車は、前に一度車検の台車として3日ほど乗ったことがある。
このとき信号待ちでPレンジに入れて待ち、信号が青で、バックに入れて発信し
少し後ろに動いたのであわててDレンジに切り替えたことがあった。
幸い後ろの車は、女性の方で少し間を空けていたので助かった次第・・・
さて、この2000ZXのエンジンは、QR20DEでDOHC水冷4気筒の無鉛レギュラー仕様ある。
変速機が、ハイパーCVT-M6といって、6速マニアルモードの無断変速機が付いている。
あまりマニアルの方は使っていないが山の坂道では面白いかもしれない?
タイヤは185/65R15であるが、ブリジストンのアルミ205/60R15を履くと走りが変わり
楽しい。また、後ろだけ205にしてもコーナーリングが安定して面白い走りが出来る。
この車にも前に使ったカーナビを付けて利用している。しかし、このカーナビの地図は
CD-ROMのため古く、遅い。H15年10月に近所に人たちと車2台で瀬波温泉に行った時の
帰りには、地図に、日本海東北道の中条ICもなく、
畑の中を100Kmで新潟まで走ったのである。