Chromodorididae [イロウミウシ科]と、含まれる2属の日本語名称について。 Chromodorididae [イロウミウシ科]に含まれるシロウミウシ属 [Chromodoris Alder & Hancock, 1855] のタイプ種は、Chromodoris magnifica (Quoy & Gaimard, 1832) で、元記載では Doris magnifica とされた。 今で言うシロウミウシ属のウミウシを、本邦で最初に記載したのは藤田経信(明治25〜明治27)だが、このとき藤田が参照した体系の亜目 Nudibrabchiata [裸鰓類:元記載のママ]には、科として Dorididae Rafinesque, 1815 [海牛類:元記載のママ]があった。藤田は一連の文献で Dorididae科には日本語名称はつけなかった。 藤田の Dorididae科は Bergh の分類体系を参照しているものと思われるが、この体系には Chromodorididae [イロウミウシ科] は存在せず、Chromodorididae という亜科を含んでいた。藤田は Chromodorididae に対して「隠鰓うみうし科」と記した。 藤田は亜科 Chromodorididae に含まれる亜族[not 亜属:元記載のママ]として、Chromodoris族という階級名を参照したが、この亜科に含まれる亜族ひとつひとつには日本語名称をつけず、Ceratosoma, Thoruma などの亜族も含め、総称として単に「くろもどーりす類」と記した。 藤田に続く研究者の平瀬信太郎は、幾つかの Chromodoris属のウミウシを研究したが、一貫として分類体系には触れなかった。よって、日本語名称も存在しなかった。※アメフラシ、頭楯目、側鰓類の分類体系には触れている。 平瀬に続く研究者の馬場菊太郎は「相模湾後鰓類図譜」にてはChromodoris属は参照せず、Glossodoris属とした。このときも 超階級は Dorididae科であったが、隠鰓ウミウシを分類階級とはせず、ただの Cryptobranchia [隠鰓類]という概念的なグループとしてまとめた。このため、「隠鰓ウミウシ科」を「ドーリス科」と改訂した。 ここからは改訂につぐ改訂が発生し、非常に複雑な経緯のため、アウトラインだけ示す。 いったんはドーリス科となったが、その後 Dorididae科は Chromodorididae科となり Glossodoris属を含んだ。馬場は Chromodorididae科に対してイロウミウシ科、Glossodoris属に対してイロウミウシ属という名称をつけた。 続く後年、オーストラリアのRudmanは、裸鰓類の包括的な研究を行い、Glossodoris属に置かれた多くのウミウシを Chromodoris属や Hypseodoris [アオウミウシ属]などに改訂し、馬場もそれに追随した。 このときChromodoris属にはシロウミウシ属という名称をつけた。恐らく藤田の文献にある本邦最古の Chromodoris属(元記載ではChromodoris sp.)の日本語名称がシロウミウシ(白うみうし:元記載のママ)(現:Chromodoris orientalis)であったため、これを尊重したのかもしれない。 ややっこしいが、馬場はこのとき、Glossodoris属のイロウミウシ属という名称をタイプ種に則り、日本語名称をシロタエウミウシ属と改訂したが、Chromodorididae科は、イロウミウシ科のままとした。 これは Glossodoris Ehrenberg, 1831属のタイプ種が Glossodoris xantholeuca (Ehrenberg, 1831) で、元は Doris xantholeuca として記載されたのだが、のちにこの種はシロタエウミウシ Glossodoris pallida (Ruppell & Leuckart, 1831)[元記載では Doris pallida ]に改訂されため、馬場はこのタイプ種を参考にしたのだと考えられる。 後鰓類の分類体系・学名の遷移と、伴う日本語名称の遷移にはこのようなことがままあり、多少の混乱を招く場合がある。
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