五線紙について・・・
このように、美しい。グレーの五線が上品です
大関売店の五線紙たち。上に乗っている中央ブルーのが市販のもの。その右、うすいグリーンのものから、自作です。

 大学生になるまでは、普通の五線紙のノートを使っていて、和声学、フーガの勉強、ソナタの勉強と、3つのノートをそれぞれ分けて使っていましたが、大学生になっていざ、今日から作曲となった時に、今までのようなノートじゃなくて1枚ずつのちょっとしっかりした紙で出来た五線紙をみんなが使っていて、カッコ良さそうだったので迷わず私もそれに。
 ところが書き散らす、というには1枚の値段がバカにならない。お清書だけならいいのだが。
 それに、書いたものがすぐにバラバラになってしまうのです。要するに自分の管理が悪いだけなんだけど。
 で、ある時、いまNHK教育のN饗アワーの司会をなさっている池辺晋一郎さんが、当時芸大のソルフェージュの先生で、「この大学ノートがいいんだよ、大関売店で売っているこれが」と、ナンのへんてつもない五線紙ノートをみせてくださったのです。もう、今から30年も前の話だけども、その時でさえ、「古臭ーい!」と思ったほど、ひなびた感じで、カッコ良いなんて感じからは程遠いシロモノでした。
 大関売店は芸大音楽学部にある大関さんというおばちゃんがやっている売店。ノートを糸で手綴じにする職人さんがここにだけ卸しているという話でした。
使ってみると、紙の薄いクリーム色が眼にやさしい。五線の薄いグレーがいい。なにより書いたものがバラバラにならないのがいい。と、いいことずくめ。
 モリキンのアレンジものなど、書きためたノートがナント!35冊。とにかく丈夫で使いやすくて、歴代の作曲科の学生にものすごく人気があったようです。
 卒業後も、ノートが無くなりそうになると、学生に頼んで買ってきてもらったり、1年に1度の芸大のお祭り、「芸祭」を見に行ったとき買い足したり、ということを続けていたのです。

 ところが・・・今から3、4年前、芸祭に行って大関売店をたずねたときのこと、いつもは機嫌のいいおばちゃんが、「ノートは?」と私が言ったとたんにヒステリックに怒リ出して、「もうその話は止めてちょうだい!あのノートは職人さんがいなくなったからもう作れないのよ。ホントに何人の作曲家から文句をいわれたか分からないわっ!」ってな調子で、わめくので、そそくさとその場を逃げ出してきたのです。
 芸祭を見がてら、私と同じようなことを考えてノートの補充に来る作曲家がいっぱい、いたのでしょうね。
 おばちゃんもお気の毒・・・
 さあ、そのあとがタイヘン。いままで20年以上困ったことがなかった五線紙モンダイ。サテ、これからどうするか・・・ずうっと空気のように座右にあったノートなので、いざ、変えるとなるとどれもしっくりこないのですよー。
 1冊だけ、ヤマハで買い求めたものを使って、(でも値段に見合わなかった)それ以後は、大関売店のノートと同じ罫のものをパソコンで作ってもらい、それをコピーして自分で製本して使ってます。
 しかし、惜しむべきはあの、クリーム色の紙の色!そしてなんとも上品なグレーの五線!
 夜中に曲を書くことが多かった私は、橙色の灯の下でこのトーンが素晴らしくハイセンスだったことを、そしてその中に身を置いて自分の世界に浸ることが出来た幸せを、忘れることが出来ません。
 フーッ!五線紙だけで、こんなに書いてしまったわい。でも、紙は基本だからね。
 なーんて、パソコンで作曲出来ない人の言い訳に過ぎないか・・・


鉛筆について・・・
きれいに削られて出番を待っている鉛筆たち。右端のグリーンと黒のストライプのは、SUTABILOと言うメーカーのもの。ちょっと試しに使ってみているお客さま的存在。端っこが赤くてオシャレで気に入っているのだが、書き心地はちょっとキメが荒い。

 紙の次は鉛筆・・・やはり青春時代のことなのですが、「よーし!作曲をやるぞー。」と思った18才の時。当時クラシック音楽の世界では、現代音楽華やかなりし頃でした。
 現代音楽の作曲家でいうと、武満徹さんなど、私にとってはスターのような存在。著書も多くて、彼の考え方に接する機会も多くありました。武満さんは、作曲なさる時、「ちゃぶ台に正座して、まず、大量の鉛筆を全部手で削リ、それから作曲に取りかかる」、と何かの本か新聞で、読んだのです。(書くのはちゃぶ台ではないと思いますが。)
 それは私にもすごく良く分かることで、曲を書きはじめたら最後、あるところまでは集中して書きたいし、それを鉛筆がチビた、みたいなことで作業を妨げられたくないのです。(もっとも私の場合、鉛筆がチビてしまう前に疲れて眠くなることの方が多いけど)
 で、鉛筆削りが上手くなろう!とばかり、1ダースの鉛筆を削ることからはじめました。じゃあ、鉛筆削りを使えば?と言う声が聞こえてきそうですが、機械はやはりあっという間に減ってしまう。

 ところがここに一つの問題が発生。どうしても長い時間書いていると肩も凝るし、つかれる。その解決策を教えてくれたのは、今は亡き伯父でした。伯父は建設会社で設計をやっていたので、やはり「紙と鉛筆」の世界の人。「鉛筆はどこの何々がいい。」と、えらそうに言っていた私に、「うーん、おなじものばかり使っているとすぐ疲れるんだヨ。いろんなメーカーの、それも濃さの違うものを何種類か用意して、鉛筆を持ち替えた時、常に違う感触のものを揃えておくと疲れないよ。」と教えてくれたのです。
 さすがプロ!言うことに説得力があります。それからはある一つのメーカーの同じ濃さのものを1ダース買うのはやめて、1本ずつ買うことにしました。鉛筆1本とっても値段はバラバラ。やはり、値段の高いものは質も良い。(これは当たり前か)
 良質というのは、私が思うに、書いていて、紙の上を鉛筆が滑る、滑り具合が良い、と言うことかなと思います。(鉛筆製造業の皆さん、違っていたらごめんなさい)

 現在、使っているのは、三菱ユニの、2B,3B,4B。トンボMONOのB、2B、3B。ドイツのメーカー、ステッドラ−社のBと2B。これらを2本くらいずつ、用意し、きれいに削ってからはじめます。お気付きになったかとおもいますが、どこの会社の鉛筆もBから3Bあたリまでを揃えないのはなぜか?
 これは、会社によって濃さ、つまり芯の固さにそれぞれの思想があるからです。(ちょっと大袈裟ですが)ユニの2BとMONOのBは同じくらいの固さ。ユニのBとステッドラーの2Bは、おなじくらい。と、けっこう差があるのです。鉛筆の木の部分にもいろいろ思想を感じます。会社によって重さが違うのです。

 ま、このように、伯父のウンチクある一言で使いはじめたいろんな鉛筆たちですが、いまでは書いて疲れるからこそ、分かる職人の魂!みたいなことまで感じてしまうようになりました。
 最初はカッターで削るのもホント一苦労で、それだけで疲れてしまうこともありましたが、今では、短時間のうちにきれいに削られた鉛筆が揃っただけで、「さぁ、あとは書くしかないか。」みたいな諦めに似た境地に達し、すごすごと机に向かうわたくしであります・・・(泣)


消しゴムについて・・・

消しゴムについて。
五線紙、鉛筆、と続いたので、次はやはり、消しゴムでしょう。
ところが、消しゴムについては、ほとんど、何のこだわりもなく、そこら辺に転がっているもので充分なのです。例えば、子供が学校で使っていたもので、マンガが書いてあっても。
良く消えるものであれば文句は言わないのですが・・・

4年前、フランスに行った時、ひたすら、文房具を目を皿のようにして物色していた私。
ふつう、女の人が憧れるようなブランドの店などは見向きもせずに。
フランスは日本のように、子供の使う文具に子供の喜びそうなイラストが付いたものがほとんどなく、
とても地味です。
そのかわり実用的なものがしっかりある、と言う感じ。

消しゴムもしかり。かわいいものが全然無い。白い、一番事務的なものが定番。
でも、形が手にフィットしやすく出来ていたり、白地に書いた文字がオシャレだったりするところがフランスならでは、かな・・・
日本ではMILLANや、MAPEDというメーカーのものを近頃良く見るようになりました。
字体がシャープで、なかなかオシャレです。
写真にあるのはカンガルー印(?)のもの。形が気に入ってます。

仕事部屋について・・・

仕事場について。
紙、鉛筆、消しゴム、どれをとっても演奏家の必要経費に比べたら全然安上がりなのが作曲家。
まだかけ出しの頃、音楽誌の出版社で、自分の書いた楽譜を校正していた時のこと、つい立てのむこうからため息混じりにこんな声が聞こえてきた。
「あーあ、こんなことばっかりやっていてもなあ。仕入れてきて製品にして売るのならお蕎麦やさんだって同じ。もう、お蕎麦やさんになっちゃおうかなあ。そこへいくってえとあの、作曲家ってのはいいよなあ、元手なしのブッタクリだもん。」ですって!
なんて失礼な・・・と思ったけどホントのことだしね。
編集者に言われなくても、分かってますよーだ!
お金をかけようにも何千円の世界で充分満ち足りていた私でありますが、事情が許すならひとつだけ、欲しいものがありました。
それは、自分の部屋・・・
ま、主婦はみなそう思っているでしょうが、私の場合、楽音のしない部屋。
主人が、トランペットを練習している間、つまり昼間は常に楽音が鳴っているので、曲のことを考えることが出来ないのです。(数字の話をしている横で、計算が出来ないのと同じで)
それは結婚してからずっとつきまとう問題でした。
だから、昼間は家事、子育てに費やし、夜中に自分の時間を持つという風に決めて23年間、何とか凌いできたのです。
平均的な私の生活スタイルは、夜は9時頃には寝て、夜中の2時起き、それから朝7時に子どもを起こすまでが自分の時間、というもの。
夜中は本当に落ち着いて仕事が出来て、昼間と同じ世界とは思えないくらい、素敵な世界です。
精神が自由に解き放たれて、生活の疲れも吹っ飛ぶ、そんな幸せな時間を過ごすことが出来るのです。
ところが、そんなことばかりしていたら、健康に良いわけがない。だんだん年とともに出来ないことが多くなってきました。お医者さんには「ちゃんと夜は寝なければダメだ。」と怒られるし。
で、とうとう昨年の春、下の娘が中学にあがったのをきっかけに、思いきって独立することにしました。
と言っても近所、歩いて10分ほどの距離にあるワンル−ムマンションを借りただけなのですが。
そこで、昼間は仕事をし、夕方娘が学校から帰ってくる頃にはウチにいるようにすれば、八方丸くおさまる、というわけ。
でも、23年間昼夜逆の生活をしてきたわけですからそうそう簡単にポンと切り替えることが出来ず、この生活に慣れるのに1年かかりましたねー。
ここまでお読みいただいて、「いったいオリママは何年間子育てやってンの?」と思われた方もいらっしゃるでしょう?
イヤハヤ、ウチは2人の子どもの間が11才も離れちゃったのですよー。
つまりやっと一人手がかからなくなったな、と思ったらまた1からやり直しって感じで。トホホ・・・
涙なしには語れない、オリママの作曲奮闘記でありました。
「仕事場」と言うと何だか無味乾燥な響きなので何か他の言い方がないか、と考えていたところ「ゴテン!」と娘が言ったので、それからゴテンに。
さしずめ今の私は「ゴテンに通う姫ぎみ」といったところでしょーか。オホホホ・・・